えっ……!?

 悲鳴にも似た鋭い叫びが、勝手に喉から飛び出てきて、そんな事に驚いて優理は自分の口を両手で塞いだ。

魔王少女

02.眩暈の世界

 優理は、全く見覚えのない場所──石柱に囲まれた広場に横たわっていた。
 慌てて体を起こすと、両手首に引っ掛けていたビニール袋が抗議のようにガサガサと音を立てる。それに気づく余裕も無く、優理は呆然と周囲を見渡した。

何、ここ……廃墟?

 廃墟、だろうか。

 海外の、古代の神殿跡のような印象を受ける石柱の立ち並びが優理をぐるりと取り囲んでいた。そのうち何本かは砕けたり、倒れたりしている。その殆どの表面を、蔦が無造作に這っていた。
 石柱の外側にあるのは薄暗い森。360°、どの方向に視線を向けても古ぼけた石柱の外側には鬱蒼と大樹が生い茂る。
 足元はところどころぼこぼこと荒れた石畳が敷かれ、その上を枯葉や砂が覆っていた。

なに……ここ、どこ…………

 余りの現実感の無さに、優理はただただ呆然とその疑問を口に出して呟いた。

 どんなに記憶を掘り起こしてみても、こんな場所には覚えがない。
 不安に震える全身をどうにか動かし、のろのろと優理は石畳の上を這った。

だ、誰か……

誰か、いませんか……!

 自分の呼吸音と、吹き抜ける風にそよぐ森の木々の音。
 それ以外に聞こえるものが無いことに耐え切れなくなり、優理は無駄だと知りつつもその声を喉から絞り出した。

 無論、答えは無い。

どう、しよう……どうなってるの……?

 優理は一人、呆然と風の音を聞くより他に無かった。

 日暮れと夜は当たり前に訪れる。見知らぬ場所で孤独と不安に喘ぐ優理に構いもせず。

……マッチがあって良かった。軍手も……それに、飲み物とチョコレートも、ブルーシートも……

 石柱と石柱の間に張った蔦を使ってブルーシートをテント代わりに、拾い集めた枝を薪に火を灯して、そうしてどうにか優理は気持ちを落ち着けた。

 異様な事態に巻き込まれているのは、嫌でも理解できる。それならば、少しでも冷静にならなければいけない。
 ペットボトルのフルーツジュースでほんの少し喉を湿らせ、チョコを一欠け口へと放り込む。

……甘い。おいしい……

 日が落ちると辺りは急激に温度が下がった。
 寒さに体力を取られるわけにはいかないと、買ったばかりのマッチを利用して焚火を作ったのだ。

…………。

 完全に世闇に包まれた中で、その火が揺れるのを優理はぼんやりと見つめる。
 買い物袋の中身を開けたからか、少しずつ、ここに来る直前と思える記憶を思い出せるようになってきた。

お使いの帰り……酷い眩暈が、突然して…………

そういえば、……誰かの、声を聴いた気がする

そうだね、気を付けたほうがいい

 確かにその声は聞こえたのに、周囲には誰も居なかった。
 眩暈が起こったのはその直後だ。そして、気が付くとこの場所に居た。
 非科学的だ、とは思うが、何かその三つには関連性があるような気がしてならない。

 優理は深く、深く溜息を吐いた。

 その瞬間、だった。

パキッ……

!!

 枝を踏んだような、小さな音が、薪の爆ぜる音に紛れて響いた。
 息を呑んだ優理は、そろりとその腰を浮かす。右手に鋏を握りしめて。

だ、誰がいるの……!?

 返事は無い。優理の不安気に揺れるか細い声だけが暗い森の中へと吸い込まれていった。
 代わりに、再びパキリと枝の折れる小さな音がする。
 優理は辺りを見回したが、それらしき影は見えない。

 緊張でどくどくと心臓が早鐘を打つのが嫌でも分かる。
 優理は鋏を逆手に、両手でぎゅっと握り占めた。十字架を持って祈る人のように。

ピシッ……
パキン……

 小枝の踏み折られる音が徐々に優理に近づく。

……で、出て来てよ!誰なの!?

 耐え切れず叫んだ。
 その瞬間、森の闇の中から何か大きな影が焚火の向こう側へと姿を現した。

…………ッ!!

 驚きすぎて喉が凍る、とはこのことだろうか。
 ひゅ、と小さな音を立たきり、優理の喉は閉じも開きもしなくなってしまった。はく、はくと唇だけが軽く開閉を繰り返す。

 闇の中から姿を現したのは、青い体毛の、大きな──おそらく、狼だった。そう思うしかなかった。

 一瞬で血の気が引いて、頭がくらくらと痛む。
 いつ心臓が口から飛び出るか。優理は自分自身でさえ把握できない程の緊張と、混乱の最中に突き落とされた。

 そうして、これ以上ないほどに驚いたというのに、次の瞬間更に驚く事となる。

……だから、気を付けたほうがいいと言っただろうに

 喋った!!

 その狼らしきものは、なんと優理に分かる言葉をその喉の奥からから吐き出したのだ。犬が唸り声をあげる時とそっくりの様子で。
 目の前の光景があまりにも信じられず、優理は自分の喉と言わず、全てが凍り付いたのを理解した。

……私、え  ええ、 何 え ?

頭が真っ白になる。

そうして優理は、目の前に大型の肉食獣が存在するにも関わらず、無防備にも遠のいていく意識をあっさりと手放した。

……と、突然気絶した、だと…………

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