Ⅱ 謎めいた”王子様”
青年はまっすぐに二人に向かって歩いてくる。
Ⅱ 謎めいた”王子様”
青年はまっすぐに二人に向かって歩いてくる。
大丈夫?資料が落ちたよ
えっ?あっ……ありがとう……ございます……
どうやら脇に置いた教科書の束から、先ほどの授業で使った資料が一枚落ちてしまったようだ。
よかった。今日は風が強いから、気をつけた方がいい
えっ?あ、あの……
ここ数日、木枯らしがきついね。ボストンの冬は堪えるよ。そうだろ?
そ……そうですね
取り繕うようにフェリシアは言った。上手く言葉がつなげなかった。
そんなフェリシアを、青年の美しい瞳が、不思議そうに見下ろしている。
あれ、この資料の走り書き……『死霊秘法(ネクロノミコン)』だって?君、この書物について何か知っているの?
これは……いえ、私は何も知らないんです。知らないから、これから知りたいと思っているだけで
……
青年は怪訝な眼差しをフェリシアに向けた。
その走り書きは、フェリシアが図書館の端末で『死霊秘法(ネクロノミコン)』を検索した時にメモしたものだ。
父が興味を持っていたその書物は、特別な許可がないと閲覧出来ないことがその時に分かった。
資料の端にした走り書きのことを指摘されて、恥ずかしさで頬が赤らむ。
あの……ごめんなさい。もうすぐ授業があるので、私たちはこれで失礼します。……ありがとうございました!
フェリシアは彼の手から資料を奪うように取ると、校舎へ向けて歩き出した。
ちょ、ちょっとフェリシア……すみません、フェリシアって男性に免疫がなくて。悪く思わないでくださいね
ああ、気にしないで。知らない人から話しかけられたら、誰だって警戒するだろう?
そうね、フェリシアはとりわけ警戒心が強いわ。私はベティ・グリーンで、あちらの無礼な彼女はフェリシア・ウィルソンっていいます。<噂の王子様>とお話できて光栄だわ。よろしくね、ウィルフレッド・フィールド
ウィルフレッドは、ベティから差し出された手を握る。
王子様だなんて。僕はそんな人間じゃないよ。よろしく、ベティ。君やフェリシアはどこの学部なんだ?寮はどこ?
あら、意外と口が軽いのね、ウィルフレッド。私たちは入学したばかりの学生で、女子寮にいます
新入生なのか?どうりで、初めて見る顔だと思った
王子様に気にかけていただけるなんて光栄よ。いつでも遊んでくださいね
ベティ、君は面白いね。これからよろしく
ウィルフレッドが差し出した手を、ベティはぎゅっと握る。
ひとしきり笑い合った後、二人は別れたのだった。