コンノが大きく目を見開く。観衆が、小さな声でざわついた。内容は聞こえてこないが、何を話しているのかは大体予想がつく。

 忍は小さくため息をついた。忍は、いつのタイミングだったか、桃の髪の毛にたいするコンプレックスの話を聞いたことがあった。本人から直接聞いたのではなく、間接的に聞いたのだったが。

知らなかった。コンプレックスだったんだ

 晃弘が、小さく言う。忍はひとつ、うなずき返した。

知らなかった、だってあんなに――

 晃弘の言葉に、コンノの言葉が重なった。

 晃弘の声は消えそうなほど小さく、コンノの声は、学校中に響き渡るほどに大きかった。

綺麗です! だって俺、その髪の毛見て、ああ、夕日みたいだって

 見てください、とコンノは手を広げた。
 オレンジ色の、夕焼け空。

 おい、おい。おーい。忍は苦笑する。

 これって感動的なのか? それとも笑っていいものなのか? 

 反応に困った忍が横目で晃弘を見ると、晃弘もこちらを横目で見ていた。二人で、思わず苦笑しあう。晃弘の向こう側にいる香里と桜歌も、目を会わせて苦笑しているようだった。

 観衆の反応は、学年によって異なっていた。一年生と二年生は、ロマンチックだと声をあげ、手を叩いている。写真を撮り始めるものもおり、シャッター音が響いている。

 生徒会役員と同じように、拍子抜けしてぽかんとしているのは、三年生だった。

あのロマンチスト野郎のために、こんな大事になったのか……あほらし

 忍が小さく言うと、こらこらと晃弘が苦笑する。

忍、頼むから俺の心を読まないでくれ

私の髪の毛の色が夕日みたいだって言ってくれてありがとう。でも、それがどうやったら、告白に繋がるの?

 冷静に、桃はコンノに訊ねる。コンノは、そうだったというように、広げていた手をしゅるしゅるとしぼめた。

そ、そうですよね。その、そのことを聞いて、俺、あなたが憧れの的じゃなくなったって言うか、ああ、そうか、普通の女の子だったんだって思うようになって、それで、その……守ってあげたいというか、俺はそんなの気にしないし、その、あなたのすべてがすごく好きで

 しどろもどろの告白に、しかし周りのざわめきはまたも小さくなっていった。

 ロマンチストな一面もあるが、まあ、純情で素敵ではあるな、と忍は思う。恋っていいな、とも思う。

そっかあ、ありがとう

 桃は、横を向いて夕日を眺めると、そっかあともう一度呟き、微笑んだ。

屋上から見る夕日は、こんなに素敵なんだね。知らなかった。君の気持ちも知らなかった

 コンノを正面から見据え、桃は微笑んだまま、静かに言う。

ありがとう。ところで君、部活には入ってる?

 コンノは、唐突な質問にとまどったようだが、慌ててこくこくと首をたてに降った。

美術部で、す

なるほどね。じゃあ、先輩に訊いてごらん。どうして――

桃っ

 叫んだのは晃弘だった。忍も、口を開きかけていた。

 ぴくり、と桃の肩が震える。振り返り、頭をかいて舌を出す。

あはは、ごめんごめん。告白に関係のないことだったね。返事しろって、感じだよねえ

 いつもの桃だ、と忍は眉を潜めた。

 先程までの、落ち着いていて、静かな桃ではない。元気で、明るい桃だ。

 我にかえったか、と忍は思う。先程まで、桃はずっと、怒りの感情にさいなまれていたのだろう。

 あのまま放っておいたら、きっと言っていた。

先輩に訊いてごらん。どうして、屋上は解放されていないのですか。
過去になにか、あったのですか。

えっと、公衆の面前で返事をするのもどうかと思うんだけど、まあ、君にその覚悟は当然あるものとして。

そういう勇気ある人は大好きだし、私のことを考えて無理してくれたのも嬉しかった。

でも、いきなりつきあうなんていうことは、私は器用じゃないから――

 そこでふっと、桃はうつむき、いや、と首を横に降った。

嘘はダメだね。

えっと、君とは友達になりたい。生徒会室に、いつでもおいでよと思う。

でも、つきあうのは多分無理だ

 独り言のように呟いていた桃は、顔をあげ、ショックを隠しきれないコンノに向かって、まっすぐに言う。

ごめんなさい。私、好きな人がいるから


その日のルビーウィッチスレッドは、学内アイドル衝撃の告白の話題で持ちきりになったのは、言うまでもない。

2 屋上の夕日はまるであなたの(6)

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