──あれは5年前。
俺と若葉が小学6年生、
亜百合が小学4年生で、
そして……。
みさきさんが25歳。
生きているみさきさんを、
最後に見た時のことだ。
希島(のぞみじま)の閉鎖が決まり、
俺たちは本土の学校へ転校することになった。
あの日は、希島での最後の登校日だったんだ。
兄貴は校長先生に呼ばれたとかで、
教室にいたのは俺たちを含めた数名の生徒と、
みさきさんだけだった。
──あれは5年前。
俺と若葉が小学6年生、
亜百合が小学4年生で、
そして……。
みさきさんが25歳。
生きているみさきさんを、
最後に見た時のことだ。
希島(のぞみじま)の閉鎖が決まり、
俺たちは本土の学校へ転校することになった。
あの日は、希島での最後の登校日だったんだ。
兄貴は校長先生に呼ばれたとかで、
教室にいたのは俺たちを含めた数名の生徒と、
みさきさんだけだった。
みんな、島を出ても元気でね
うえーん……うえーん……
ほら、泣かないの。
若葉ちゃんは、引っ越した先でも
耀くんが近くに居るでしょ?
耀くんだけじゃ、つまんないよぉ
おい
でも、先生(さきお)先生や
私も居るじゃない?
あ、そっかぁ~!
それなら寂しくないねっ
おい
あっ、いいこと思いついた!
今日でお別れなんだから、
みんなの好きな人を
言い合いっこしようよ!
えっ……
それいいねぇ。
ねえ、耀くんは誰が好きなの?
そ、そんなの言うわけないだろ
教えてよぉ~!
亜百合ちゃんも知りたいよね?
うんっ、知りたーい!
コラッ。
二人とも、無理強いしないの!
耀くんが困ってるじゃない
困ってるんじゃなくて、
恥ずかしくて言えないんでしょ?
男らしくないなぁ
みさきさん……
ん?
なあに?
だから、俺が好きなのは
みさきさんだよ!
えっ
ええ~っ?
みさき先生は、
先生先生と結婚してるのに?
兄貴と結婚する前から
好きだったんだよ!
じゃあ、先生先生に
取られちゃったんだ。
かわいそう……
…………
亜百合の言葉が胸に刺さり、
とても悲しくなってしまった。
すると、うつむいている俺の頭を
みさきさんが優しく撫でてくれた。
ふふ、ありがとう。
私も耀くんが大好きよ
えっ……
ダメでしょ~。
そういうの不倫って
言うんだよぉ~!
うるせえ、お前は黙ってろ
あらあら。
じゃあ、先生さんにはナイショね?
……うんっ!
『私も耀くんが大好きよ』
子供だった俺のプライドを傷つけないための
嘘だというのはわかっていた。
それでも俺は、みさきさんの優しさが
嬉しかったんだ……。
廃墟島の1日目《前編》
なんか、懐かしい夢を見ちまったな
なんの話?
こっちの話
あっ、待ち合わせまでもう時間無いよ。
走ろう!
そうだな
待ち合わせ場所である駅の前には……。
ニット帽を目深に被り、
やたらでかいサングラスをかけ、
そしてマスクで完全に素顔を隠している
怪しげな女がいた。
変な女だな
そんなこと言ったら失礼だよ
…………
ゲッ、こっち見たぞ
しかも近づいて来た!
逃げるぞ、若葉!!
えっ、どうして?
あの女からは犯罪の香りがする。
事件に巻きこまれる前に逃げよう
事件って、大げさだよぉ……。
あっ!
若葉は怪しい女の方へ一直線に走り出した。
おいっ!
待て若葉!!
遠巻きに見ている俺をよそに、
二人で何か話している。
…………?
…………!
(知ってる人なのか?
だったらサングラスを外せばいいのに。
やっぱり怪しい奴だな……)
ねえねえ耀くん!
こっちおいでよぉー!
お、おう
意を決して、怪しげな女に近寄ると……。
女はニット帽とマスクを少しずらし、
そしてサングラスをはずした。
ふふっ。
ひさしぶり、お兄ちゃん!
そこには、中学3年生に成長した亜百合がいた。
テレビで見るよりもずっと可愛くて、
俺よりも2つ年下とは思えないほどに綺麗だった。
あ……亜百合!?
亜百合は、すぐにサングラスとマスクをかけて、
ニット帽を深く被り直した。
なるほど。
周りにバレたらまずいから
顔を隠してたのか……
芸能人だもんね?
えへへ、怪しくてゴメンネ。
変質者だと思った?
お、思うわけねえだろ
耀くんったら、嘘ばっかり
はい?
さっきは
『あの女からは犯罪の香りがする』って
言ってたくせに……
お前は黙ってろ!
両手で若葉の口をふさぐ。
むぐぅ~!
むぐぐっ!
二人とも、
相変わらず仲いいんだね……
な、仲がいいっていうか、
島を出てからも近くに居るのは
若葉ぐらいだしな
そうそう。
高校も一緒だし、
話しやすいってだけだよね?
私もお兄ちゃんと同じ学校に
行きたかったなあ
はは……。
学校で亜百合と仲良くしたら、
みんなから嫉妬されそうだな
同じ学校じゃなくても、
こうやってコッソリ会えばいいんだよ。
これからはいっぱい遊ぼうね!
そうだね!
ありがとう、わかちゃん!
一際明るい声を出した亜百合の頭を、
若葉が撫でる。
(この二人を見てると、
心が和むな)
それにしても、お兄ちゃん
亜百合がサングラスをずらして、
じっと俺の顔を覗き込んできた。
なんだ?
すっごくかっこ良くなったね。
好きになっちゃいそう……
じ、冗談ばっかり言うなよ。
お前だって、その……
なに?
前よりずっと綺麗になったし、
テレビで見るよりも
ずっと可愛いっていうか、その……
お兄ちゃん……。
私、嬉しい……
ちょっとちょっと耀くん。
私にそんな風に言ってくれたこと
無いよね?
はっ?
お前はそういうキャラじゃないだろ
ひ、ひどいっ……!!
今の言葉のどこがひどいんだ?
もうっ、いいよ!
耀くんのバカッ!
何怒ってんだ。
変なヤツ……
あれ?
そういえば先生先生は?
あー……。
俺たちより先に出て、
姫乃の親に挨拶に行ったらしいぞ
キキィーッ
俺たちの目の前に、高級車が止まった。
その車から出てきたのは、なんと……。
よーう、お前ら
なんで兄貴が!?
俺は電車で行くって言ったんだけどさ、
姫乃がどうしてもって……
そう言って兄貴が高級車に目をやると、
スラリとした長身の美女が降りてきた。
皆様、お久しぶりですわね!
えーと、どちら様でしたっけ?
宮ノ内 姫乃、20歳。
N大学の1年生ですわ!
お前、姫乃か!?
ずいぶん変わったなあ。
昔はチビだったのに……
フフッ、もう昔のわたくしとは
違いますわ。
高校生になったあたりから、
急に身長が伸びましてよ
しかもN大学?
お金持ちのお嬢様しか
入学できないっていう
超名門の女子大だよね?
すごぉーいっ!
オーッホッホッ!
お二人とも、もっと羨望の眼差しを
送って下さってもよろしくてよ?
うんうんっ!
すっごぉーい!!
いや、俺は羨望の眼差しなんか
送ってないんだが……
あら?
そちらにいらっしゃる
野暮ったいファッションの方は
どなたですの?
姫乃が、サングラスをかけた亜百合の方を見る。
亜百合は俺にしたのと同じように、
サングラスとニット帽をずらして顔を見せた。
亜百合だよっ☆
ひさしぶり、ひめちゃん♪
先生先生も!
おう、亜百合。
しばらくぶりだなあ~
まあ、亜百合さんでしたの。
よくテレビで拝見していましてよ。
あの島では、私の次に出世頭ですわよね
えへへ、ありがとっ
超お金持ちのお嬢様のくせに、
テレビなんて俗っぽいもの
見るのかよ
ゆくゆくは人の上に立つ身として、
下々の者たちの関心事にも
触れておく必要がありますわ
お前、中身は昔と
変わってないな……
おーい、お前ら。
運転手さん待ってんぞー
私たちも乗ってもいいの?
ええ、もちろん。
宮ノ内家専用クルーザーまで
ご案内いたしますわ
姫乃んちの船で希島まで行くのか?
金持ちって便利だな
おい、クソガキ。
『便利』じゃなくて、
『ありがとうございます』だろうが
へいへい。
ありがとうございます、姫乃様
ありがとう、姫乃ちゃん!
オーホッホッ!
地べたに這いつくばって
私の靴を舐めてもよろしくてよ?
拒否権を行使する
いいからガキども、早く乗れ~!
姫乃の車に乗り、海沿いを走って数時間……。
俺たちは、クルーザーの乗り場に到着した。
(こんな立派な船を持っていたなんて。
姫乃は島に居た時も金持ちだったけど、
グレードアップしてないか?)
えへへっ♪
クルーザーの中で、
お兄ちゃんの隣りに座ってもいい?
お、おう
あら、勝手に決められては困りますわ。
席順はすでに決まっていましてよ
えっ……。
じゃあ、お兄ちゃんの隣りは誰なの?
もちろんわたくしですわ。
耀さんのお守りは、
わたくしの役目でしてよ
お守りって、お前なあ。
ガキじゃねえんだから……
20歳で成人しているわたくしにとっては、
高校2年生なんて子供と同じですわ
えっ!
じゃあ私も子供なの?
違いますわ。
若葉さんは大人でしてよ。
だからお守りの必要はございませんわね
えへへっ、照れるなぁ
わ、若葉が大人って……
俺から見たら、
姫乃も含めて全員ガキだけどな……
何かおっしゃいまして?
いいや、なーんにも
ははっ。
相変わらずだなあ、みんな
お前……。
もしかして玲也か!?
そうだよ。
ひさしぶりだね、美崎
おお、玲也かあ。
でっかくなったなあ!
おひさしぶりです、先生先生。
それにみんなも
わあー!
玲也くん、かっこよくなったねえ
私、若葉だよ。覚えてる?
うん、覚えてるよ。
ひさしぶりだね、日良さん
私と耀くんはね、
高校2年生になったんだよ。
えーと、玲也くんは……?
ボクは高校3年生。
この前誕生日がきて、18歳になったよ
チッ……
どうしたの耀くん?
イケメンだからってすぐに食いつくなんて、
若葉のくせに生意気だぞ!
そんなんじゃないよぉ。
懐かしかっただけなのに……
美崎、ヤキモチかい?
はあ~?
俺が若葉にヤキモチとか有り得ねえし!
ひ、ひどい……
安心して、美崎。
僕はこの5年間、
ずっと美崎のことだけを考えていたから
は?
冗談だよ
だ、だよなあ。
焦ったぜ……
今のは冗談に聞こえませんでしてよ!
蒸し返さなくていいから
これで参加者は全部か?
あっ、待って!
まだ千雪ちゃんが来てないの
千雪も来るのか?
腰から脚の辺りに、何か柔らかい物が当たった。
そちらに振り向くと、
俺に抱きついて上目遣いで見ている女の子がいた。
耀おにぃ……ですよね……?
そうだけど……。
キミ、誰だっけ?
元宮 千雪です……
あのチビッコの千雪か!?
いつも俺にくっついて歩いてた千雪か!?
はい……!
おひさしぶりです、耀おにぃ……
わぁ~。
すっごく女の子らしくなったね!
島にいた時は4歳だったもんな。
何年生になったんだ?
小学3年生、9歳です……
もう立派なレディですわね
ありがとうございます……
お、綺麗なお辞儀だなあ。
千雪は昔っからお行儀が良かったよな
兄貴が千雪の頭を撫でる。
照れちゃいます……
元宮さんは、
相変わらずみんなのマスコットキャラだね
可愛いからって手を出すなよ。
千雪はまだ9歳だからな?
はは、まさか。
美崎じゃないんだから
俺はロリコンじゃねえ!
華麗な打ち返しだね、玲也くん!
褒めるな!
ろりこん……って、
なんですか……?
千雪は知らなくていい言葉だよ……
はい……?
先生先生、これで全員そろったよ!
おっ、そうか。
じゃあそろそろクルーザーに乗るぞ。
世話になるな、姫乃!
フフッ、礼には及びませんでしてよ
船の中は結構広いな。
まるで遊覧船みたいだ
耀さんは私の隣。
そして、先生先生と玲也さんは
私たちの後ろの席ですわ
へいへい……
りょーかいっ
おう……
亜百合さん、若葉さん、千雪さんは、
通路を挟んでそちら側の席ですわよ
うん、こっちだね
はい……
えー。
これじゃお兄ちゃんと話せない……。
移動してもいい?
もちろん却下ですわ。
運航中は危険ですから、
立って歩くのも禁止ですわよ
もう、ひめちゃんったら……
(はあ……。
こいつの女王様っぷりは健在だな)
では運転士さん、出発してくださる?
姫乃の合図を受けて、
クルーザーは希島に向かって発進した。
それにしても、さすが宮ノ内さんだよね。
宮ノ内さんがいなかったら、
今回のお別れ会は決行できなかったよ
オホホホッ。
賛辞を惜しまなくてもよろしくてよ?
あん?
なんでお別れ会が
姫乃のお蔭っぽくなってんだ?
馬鹿だなあ、お前は。
ちゃんと聞いてなかったのか?
希島は、もともとは宮ノ内さんちの
物だっただろ?
姫乃の家が企業に島を売って、
更に大金持ちになったんだろ?
それくらい知ってるっつーの
ですから、
我が宮ノ内家が何十年かぶりに所有権を
取り戻したのですわ
マジでか?
じゃあ、希島はもう缶詰企業の物じゃない
ってことか……
そういうことですわね
耀、本土に戻ったら宮ノ内さんに
ちゃんとお礼を言うんだぞ?
なんで俺が姫乃の親に
お礼しなきゃなんないんだよ
島の所有者のお嬢さんがいるから、
僕らはこうして自由に出入りさせて
もらえるんだよ。
……ね、先生先生?
まあ、そういうこった。
さすが玲也だな
安心して弟さんを僕にお任せ下さい
は?
冗談だよ
ならいいけど……
今のは冗談に聞こえませんでしてよ!
蒸し返さなくていいから
クルーザーは1時間ほどで、
俺たちの故郷である希島に到着した。
思ったよりあっという間だったな
あの頃はもっと時間がかかったように
感じたよね
ああ。
本土と行き来することも
あんまり無かったけどな
兄貴と姫乃がクルーザーの運転士と向かい合い、
何かを話している。
では、また2日後に
ありがとうございました。
帰りもまたお世話になります!
兄貴が頭を下げると、運転士も会釈をしてから
クルーザーへ乗り込んだ。
クルーザーはすぐにエンジン音をあげ、
またたく間に遠ざかって行ってしまった。
あれ?
クルーザーってもう行っちまうのか?
ええ、そうですわ。
明後日には迎えに来る予定ですので
心配はご無用でしてよ
運転士さんは、他にも仕事があるだろうしな
ふうーん……
その時、俺は遠ざかって小さくなって行く
クルーザーを見送りながら、
漠然とした不安を覚えていた。
(なんでこんなに胸がざわつくんだ?
二度と帰れないってわけでもないのに……)
どうしたのお兄ちゃん?
早く行こっ!
あ、ああ……
亜百合が笑顔で、俺の手をギュッと握る。
亜百合に手を引かれながらも、
俺は不吉な予感を拭えずにいた……。
>さらすさん。
さらすさんはお話をまとめるのがうまいなあ(*´∀`)
姫乃は多少バカっぽいところもあるけど、気に入ってもらえて何よりです!
口は悪いけど、みんなとの再会を一番喜んでるのが姫乃だったりします。
佐伯くんの絡みwww
そこに突っかかる姫乃さんに笑ってしまいますwww
雲母ちゃんと千雪ちゃんは嫌味が無くて可愛らしい!!
登場人物それぞれが個性豊かで魅力的ですね!
誰から、どのように犠牲になっていくのか、次話以降も楽しみにしています!!
>バブリシャスさん。
ホモブチこんでごめんね、佐伯がごめんね。
ツッコミを入れる姫乃は丁度いい表情が無くて、思いのほか怒り顔になってしまった!
雲母と千雪、嫌味が無いと言ってくれてありがとう(*´∀`)でも雲母は確実に女性から嫌われるキャラだよね(ビクビク)次回もよろしくです!
千雪ちゃん出ました!クロスオーバーしてますが、あちらの世界とは無関係ですw
あ、やっぱり玲也そういうキャラに見えますか?ご期待通り、話が進むたびに引っ掻き回していきますね!
姫乃のキャラいいですねー!
お約束的なテンポの良い会話(ライトなホモネタとつっこみ)など、軽妙で読んでいてにやりとしてしまいます!
他の子たちも短い中にキャラクターがしっかり出されていて、面白いです!