──あれは5年前。

 俺と若葉が小学6年生、
亜百合が小学4年生で、
そして……。

 みさきさんが25歳。

 生きているみさきさんを、
最後に見た時のことだ。


 希島(のぞみじま)の閉鎖が決まり、
俺たちは本土の学校へ転校することになった。


 あの日は、希島での最後の登校日だったんだ。


 兄貴は校長先生に呼ばれたとかで、
教室にいたのは俺たちを含めた数名の生徒と、
みさきさんだけだった。

美崎 みさき(みさき みさき)

みんな、島を出ても元気でね

日良 若葉(ひら わかば)

うえーん……うえーん……

美崎 みさき(みさき みさき)

ほら、泣かないの。
若葉ちゃんは、引っ越した先でも
耀くんが近くに居るでしょ?

日良 若葉(ひら わかば)

耀くんだけじゃ、つまんないよぉ

美崎 耀(みさき あかる)

おい

美崎 みさき(みさき みさき)

でも、先生(さきお)先生や
私も居るじゃない?

日良 若葉(ひら わかば)

あ、そっかぁ~!
それなら寂しくないねっ

美崎 耀(みさき あかる)

おい

雲母 亜百合(きらら あゆり)

あっ、いいこと思いついた!
今日でお別れなんだから、
みんなの好きな人を
言い合いっこしようよ!

美崎 耀(みさき あかる)

えっ……

日良 若葉(ひら わかば)

それいいねぇ。
ねえ、耀くんは誰が好きなの?

美崎 耀(みさき あかる)

そ、そんなの言うわけないだろ

日良 若葉(ひら わかば)

教えてよぉ~!
亜百合ちゃんも知りたいよね?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

うんっ、知りたーい!

美崎 みさき(みさき みさき)

コラッ。
二人とも、無理強いしないの!
耀くんが困ってるじゃない

日良 若葉(ひら わかば)

困ってるんじゃなくて、
恥ずかしくて言えないんでしょ?
男らしくないなぁ

美崎 耀(みさき あかる)

みさきさん……

美崎 みさき(みさき みさき)

ん?
なあに?

美崎 耀(みさき あかる)

だから、俺が好きなのは
みさきさんだよ!

美崎 みさき(みさき みさき)

えっ

日良 若葉(ひら わかば)

ええ~っ?
みさき先生は、
先生先生と結婚してるのに?

美崎 耀(みさき あかる)

兄貴と結婚する前から
好きだったんだよ!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

じゃあ、先生先生に
取られちゃったんだ。
かわいそう……

美崎 耀(みさき あかる)

…………


 亜百合の言葉が胸に刺さり、
とても悲しくなってしまった。


 すると、うつむいている俺の頭を
みさきさんが優しく撫でてくれた。

美崎 みさき(みさき みさき)

ふふ、ありがとう。
私も耀くんが大好きよ

美崎 耀(みさき あかる)

えっ……

日良 若葉(ひら わかば)

ダメでしょ~。
そういうの不倫って
言うんだよぉ~!

美崎 耀(みさき あかる)

うるせえ、お前は黙ってろ

美崎 みさき(みさき みさき)

あらあら。
じゃあ、先生さんにはナイショね?

美崎 耀(みさき あかる)

……うんっ!


『私も耀くんが大好きよ』


 子供だった俺のプライドを傷つけないための
嘘だというのはわかっていた。


 それでも俺は、みさきさんの優しさが
嬉しかったんだ……。




廃墟島の1日目《前編》

美崎 耀(みさき あかる)

なんか、懐かしい夢を見ちまったな

日良 若葉(ひら わかば)

なんの話?

美崎 耀(みさき あかる)

こっちの話

日良 若葉(ひら わかば)

あっ、待ち合わせまでもう時間無いよ。
走ろう!

美崎 耀(みさき あかる)

そうだな

 待ち合わせ場所である駅の前には……。


 ニット帽を目深に被り、
やたらでかいサングラスをかけ、

そしてマスクで完全に素顔を隠している
怪しげな女がいた。

美崎 耀(みさき あかる)

変な女だな

日良 若葉(ひら わかば)

そんなこと言ったら失礼だよ

???

…………

美崎 耀(みさき あかる)

ゲッ、こっち見たぞ

美崎 耀(みさき あかる)

しかも近づいて来た!
逃げるぞ、若葉!!

日良 若葉(ひら わかば)

えっ、どうして?

美崎 耀(みさき あかる)

あの女からは犯罪の香りがする。
事件に巻きこまれる前に逃げよう

日良 若葉(ひら わかば)

事件って、大げさだよぉ……。
あっ!



 若葉は怪しい女の方へ一直線に走り出した。

美崎 耀(みさき あかる)

おいっ!
待て若葉!!


 遠巻きに見ている俺をよそに、
二人で何か話している。

???

…………?

日良 若葉(ひら わかば)

…………!

美崎 耀(みさき あかる)

(知ってる人なのか?
だったらサングラスを外せばいいのに。
やっぱり怪しい奴だな……)

日良 若葉(ひら わかば)

ねえねえ耀くん!
こっちおいでよぉー!

美崎 耀(みさき あかる)

お、おう


 意を決して、怪しげな女に近寄ると……。


 女はニット帽とマスクを少しずらし、
そしてサングラスをはずした。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ふふっ。
ひさしぶり、お兄ちゃん!


 そこには、中学3年生に成長した亜百合がいた。


 テレビで見るよりもずっと可愛くて、
俺よりも2つ年下とは思えないほどに綺麗だった。

美崎 耀(みさき あかる)

あ……亜百合!?


 亜百合は、すぐにサングラスとマスクをかけて、
ニット帽を深く被り直した。

美崎 耀(みさき あかる)

なるほど。
周りにバレたらまずいから
顔を隠してたのか……

日良 若葉(ひら わかば)

芸能人だもんね?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えへへ、怪しくてゴメンネ。
変質者だと思った?

美崎 耀(みさき あかる)

お、思うわけねえだろ

日良 若葉(ひら わかば)

耀くんったら、嘘ばっかり

美崎 耀(みさき あかる)

はい?

日良 若葉(ひら わかば)

さっきは
『あの女からは犯罪の香りがする』って
言ってたくせに……

美崎 耀(みさき あかる)

お前は黙ってろ!


 両手で若葉の口をふさぐ。

日良 若葉(ひら わかば)

むぐぅ~!
むぐぐっ!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

二人とも、
相変わらず仲いいんだね……

美崎 耀(みさき あかる)

な、仲がいいっていうか、
島を出てからも近くに居るのは
若葉ぐらいだしな

日良 若葉(ひら わかば)

そうそう。
高校も一緒だし、
話しやすいってだけだよね?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私もお兄ちゃんと同じ学校に
行きたかったなあ

美崎 耀(みさき あかる)

はは……。
学校で亜百合と仲良くしたら、
みんなから嫉妬されそうだな

日良 若葉(ひら わかば)

同じ学校じゃなくても、
こうやってコッソリ会えばいいんだよ。
これからはいっぱい遊ぼうね!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

そうだね!
ありがとう、わかちゃん!

 一際明るい声を出した亜百合の頭を、
若葉が撫でる。

美崎 耀(みさき あかる)

(この二人を見てると、
心が和むな)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

それにしても、お兄ちゃん

 亜百合がサングラスをずらして、
じっと俺の顔を覗き込んできた。

美崎 耀(みさき あかる)

なんだ?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

すっごくかっこ良くなったね。
好きになっちゃいそう……

美崎 耀(みさき あかる)

じ、冗談ばっかり言うなよ。
お前だって、その……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

なに?

美崎 耀(みさき あかる)

前よりずっと綺麗になったし、
テレビで見るよりも
ずっと可愛いっていうか、その……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

お兄ちゃん……。
私、嬉しい……

日良 若葉(ひら わかば)

ちょっとちょっと耀くん。
私にそんな風に言ってくれたこと
無いよね?

美崎 耀(みさき あかる)

はっ?
お前はそういうキャラじゃないだろ

日良 若葉(ひら わかば)

ひ、ひどいっ……!!

美崎 耀(みさき あかる)

今の言葉のどこがひどいんだ?

日良 若葉(ひら わかば)

もうっ、いいよ!
耀くんのバカッ!

美崎 耀(みさき あかる)

何怒ってんだ。
変なヤツ……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

あれ?
そういえば先生先生は?

美崎 耀(みさき あかる)

あー……。
俺たちより先に出て、
姫乃の親に挨拶に行ったらしいぞ

キキィーッ


 俺たちの目の前に、高級車が止まった。

 その車から出てきたのは、なんと……。

美崎 先生(みさき さきお)

よーう、お前ら

美崎 耀(みさき あかる)

なんで兄貴が!?

美崎 先生(みさき さきお)

俺は電車で行くって言ったんだけどさ、
姫乃がどうしてもって……


 そう言って兄貴が高級車に目をやると、
スラリとした長身の美女が降りてきた。

???

皆様、お久しぶりですわね!

美崎 耀(みさき あかる)

えーと、どちら様でしたっけ?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

宮ノ内 姫乃、20歳。
N大学の1年生ですわ!

美崎 耀(みさき あかる)

お前、姫乃か!?
ずいぶん変わったなあ。
昔はチビだったのに……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

フフッ、もう昔のわたくしとは
違いますわ。
高校生になったあたりから、
急に身長が伸びましてよ

日良 若葉(ひら わかば)

しかもN大学?
お金持ちのお嬢様しか
入学できないっていう
超名門の女子大だよね?
すごぉーいっ!

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

オーッホッホッ!
お二人とも、もっと羨望の眼差しを
送って下さってもよろしくてよ?

日良 若葉(ひら わかば)

うんうんっ!
すっごぉーい!!

美崎 耀(みさき あかる)

いや、俺は羨望の眼差しなんか
送ってないんだが……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

あら?
そちらにいらっしゃる
野暮ったいファッションの方は
どなたですの?


 姫乃が、サングラスをかけた亜百合の方を見る。

 亜百合は俺にしたのと同じように、
サングラスとニット帽をずらして顔を見せた。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

亜百合だよっ☆
ひさしぶり、ひめちゃん♪
先生先生も!

美崎 先生(みさき さきお)

おう、亜百合。
しばらくぶりだなあ~

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

まあ、亜百合さんでしたの。
よくテレビで拝見していましてよ。
あの島では、私の次に出世頭ですわよね

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えへへ、ありがとっ

美崎 耀(みさき あかる)

超お金持ちのお嬢様のくせに、
テレビなんて俗っぽいもの
見るのかよ

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

ゆくゆくは人の上に立つ身として、
下々の者たちの関心事にも
触れておく必要がありますわ

美崎 耀(みさき あかる)

お前、中身は昔と
変わってないな……

美崎 先生(みさき さきお)

おーい、お前ら。
運転手さん待ってんぞー

日良 若葉(ひら わかば)

私たちも乗ってもいいの?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

ええ、もちろん。
宮ノ内家専用クルーザーまで
ご案内いたしますわ

美崎 耀(みさき あかる)

姫乃んちの船で希島まで行くのか?
金持ちって便利だな

美崎 先生(みさき さきお)

おい、クソガキ。
『便利』じゃなくて、
『ありがとうございます』だろうが

美崎 耀(みさき あかる)

へいへい。
ありがとうございます、姫乃様

日良 若葉(ひら わかば)

ありがとう、姫乃ちゃん!

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

オーホッホッ!
地べたに這いつくばって
私の靴を舐めてもよろしくてよ?

美崎 耀(みさき あかる)

拒否権を行使する

美崎 先生(みさき さきお)

いいからガキども、早く乗れ~!

 姫乃の車に乗り、海沿いを走って数時間……。

 俺たちは、クルーザーの乗り場に到着した。

美崎 耀(みさき あかる)

(こんな立派な船を持っていたなんて。
姫乃は島に居た時も金持ちだったけど、
グレードアップしてないか?)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えへへっ♪
クルーザーの中で、
お兄ちゃんの隣りに座ってもいい?

美崎 耀(みさき あかる)

お、おう

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

あら、勝手に決められては困りますわ。
席順はすでに決まっていましてよ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えっ……。
じゃあ、お兄ちゃんの隣りは誰なの?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

もちろんわたくしですわ。
耀さんのお守りは、
わたくしの役目でしてよ

美崎 耀(みさき あかる)

お守りって、お前なあ。
ガキじゃねえんだから……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

20歳で成人しているわたくしにとっては、
高校2年生なんて子供と同じですわ

日良 若葉(ひら わかば)

えっ!
じゃあ私も子供なの?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

違いますわ。
若葉さんは大人でしてよ。
だからお守りの必要はございませんわね

日良 若葉(ひら わかば)

えへへっ、照れるなぁ

美崎 耀(みさき あかる)

わ、若葉が大人って……

美崎 先生(みさき さきお)

俺から見たら、
姫乃も含めて全員ガキだけどな……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

何かおっしゃいまして?

美崎 先生(みさき さきお)

いいや、なーんにも

佐伯 玲也(さえき れいや)

ははっ。
相変わらずだなあ、みんな

美崎 耀(みさき あかる)

お前……。
もしかして玲也か!?

佐伯 玲也(さえき れいや)

そうだよ。
ひさしぶりだね、美崎

美崎 先生(みさき さきお)

おお、玲也かあ。
でっかくなったなあ!

佐伯 玲也(さえき れいや)

おひさしぶりです、先生先生。
それにみんなも

日良 若葉(ひら わかば)

わあー!
玲也くん、かっこよくなったねえ
私、若葉だよ。覚えてる?

佐伯 玲也(さえき れいや)

うん、覚えてるよ。
ひさしぶりだね、日良さん

日良 若葉(ひら わかば)

私と耀くんはね、
高校2年生になったんだよ。
えーと、玲也くんは……?

佐伯 玲也(さえき れいや)

ボクは高校3年生。
この前誕生日がきて、18歳になったよ

美崎 耀(みさき あかる)

チッ……

日良 若葉(ひら わかば)

どうしたの耀くん?

美崎 耀(みさき あかる)

イケメンだからってすぐに食いつくなんて、
若葉のくせに生意気だぞ!

日良 若葉(ひら わかば)

そんなんじゃないよぉ。
懐かしかっただけなのに……

佐伯 玲也(さえき れいや)

美崎、ヤキモチかい?

美崎 耀(みさき あかる)

はあ~?
俺が若葉にヤキモチとか有り得ねえし!

日良 若葉(ひら わかば)

ひ、ひどい……

佐伯 玲也(さえき れいや)

安心して、美崎。
僕はこの5年間、
ずっと美崎のことだけを考えていたから

美崎 耀(みさき あかる)

は?

佐伯 玲也(さえき れいや)

冗談だよ

美崎 耀(みさき あかる)

だ、だよなあ。
焦ったぜ……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

今のは冗談に聞こえませんでしてよ!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

蒸し返さなくていいから

美崎 先生(みさき さきお)

これで参加者は全部か?

日良 若葉(ひら わかば)

あっ、待って!
まだ千雪ちゃんが来てないの

美崎 耀(みさき あかる)

千雪も来るのか?


 腰から脚の辺りに、何か柔らかい物が当たった。

 そちらに振り向くと、
俺に抱きついて上目遣いで見ている女の子がいた。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

耀おにぃ……ですよね……?

美崎 耀(みさき あかる)

そうだけど……。
キミ、誰だっけ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

元宮 千雪です……

美崎 耀(みさき あかる)

あのチビッコの千雪か!?
いつも俺にくっついて歩いてた千雪か!?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……!
おひさしぶりです、耀おにぃ……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

わぁ~。
すっごく女の子らしくなったね!

美崎 先生(みさき さきお)

島にいた時は4歳だったもんな。
何年生になったんだ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

小学3年生、9歳です……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

もう立派なレディですわね

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ありがとうございます……

美崎 先生(みさき さきお)

お、綺麗なお辞儀だなあ。
千雪は昔っからお行儀が良かったよな


 兄貴が千雪の頭を撫でる。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

照れちゃいます……

佐伯 玲也(さえき れいや)

元宮さんは、
相変わらずみんなのマスコットキャラだね

美崎 耀(みさき あかる)

可愛いからって手を出すなよ。
千雪はまだ9歳だからな?

佐伯 玲也(さえき れいや)

はは、まさか。
美崎じゃないんだから

美崎 耀(みさき あかる)

俺はロリコンじゃねえ!

日良 若葉(ひら わかば)

華麗な打ち返しだね、玲也くん!

美崎 耀(みさき あかる)

褒めるな!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ろりこん……って、
なんですか……?

美崎 耀(みさき あかる)

千雪は知らなくていい言葉だよ……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……?

日良 若葉(ひら わかば)

先生先生、これで全員そろったよ!

美崎 先生(みさき さきお)

おっ、そうか。
じゃあそろそろクルーザーに乗るぞ。
世話になるな、姫乃!

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

フフッ、礼には及びませんでしてよ

美崎 耀(みさき あかる)

船の中は結構広いな。
まるで遊覧船みたいだ

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

耀さんは私の隣。
そして、先生先生と玲也さんは
私たちの後ろの席ですわ

美崎 耀(みさき あかる)

へいへい……

佐伯 玲也(さえき れいや)

りょーかいっ

美崎 先生(みさき さきお)

おう……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

亜百合さん、若葉さん、千雪さんは、
通路を挟んでそちら側の席ですわよ

日良 若葉(ひら わかば)

うん、こっちだね

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えー。
これじゃお兄ちゃんと話せない……。
移動してもいい?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

もちろん却下ですわ。
運航中は危険ですから、
立って歩くのも禁止ですわよ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

もう、ひめちゃんったら……

美崎 耀(みさき あかる)

(はあ……。
こいつの女王様っぷりは健在だな)

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

では運転士さん、出発してくださる?


 姫乃の合図を受けて、
クルーザーは希島に向かって発進した。

佐伯 玲也(さえき れいや)

それにしても、さすが宮ノ内さんだよね。
宮ノ内さんがいなかったら、
今回のお別れ会は決行できなかったよ

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

オホホホッ。
賛辞を惜しまなくてもよろしくてよ?

美崎 耀(みさき あかる)

あん?
なんでお別れ会が
姫乃のお蔭っぽくなってんだ?

美崎 先生(みさき さきお)

馬鹿だなあ、お前は。
ちゃんと聞いてなかったのか?
希島は、もともとは宮ノ内さんちの
物だっただろ?

美崎 耀(みさき あかる)

姫乃の家が企業に島を売って、
更に大金持ちになったんだろ?
それくらい知ってるっつーの

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

ですから、
我が宮ノ内家が何十年かぶりに所有権を
取り戻したのですわ

美崎 耀(みさき あかる)

マジでか?
じゃあ、希島はもう缶詰企業の物じゃない
ってことか……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

そういうことですわね

美崎 先生(みさき さきお)

耀、本土に戻ったら宮ノ内さんに
ちゃんとお礼を言うんだぞ?

美崎 耀(みさき あかる)

なんで俺が姫乃の親に
お礼しなきゃなんないんだよ

佐伯 玲也(さえき れいや)

島の所有者のお嬢さんがいるから、
僕らはこうして自由に出入りさせて
もらえるんだよ。
……ね、先生先生?

美崎 先生(みさき さきお)

まあ、そういうこった。
さすが玲也だな

佐伯 玲也(さえき れいや)

安心して弟さんを僕にお任せ下さい

美崎 耀(みさき あかる)

は?

佐伯 玲也(さえき れいや)

冗談だよ

美崎 耀(みさき あかる)

ならいいけど……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

今のは冗談に聞こえませんでしてよ!

美崎 先生(みさき さきお)

蒸し返さなくていいから

 クルーザーは1時間ほどで、
俺たちの故郷である希島に到着した。

美崎 耀(みさき あかる)

思ったよりあっという間だったな

日良 若葉(ひら わかば)

あの頃はもっと時間がかかったように
感じたよね

美崎 耀(みさき あかる)

ああ。
本土と行き来することも
あんまり無かったけどな


 兄貴と姫乃がクルーザーの運転士と向かい合い、
何かを話している。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

では、また2日後に

美崎 先生(みさき さきお)

ありがとうございました。
帰りもまたお世話になります!


 兄貴が頭を下げると、運転士も会釈をしてから
クルーザーへ乗り込んだ。

 クルーザーはすぐにエンジン音をあげ、
またたく間に遠ざかって行ってしまった。

美崎 耀(みさき あかる)

あれ?
クルーザーってもう行っちまうのか?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

ええ、そうですわ。
明後日には迎えに来る予定ですので
心配はご無用でしてよ

美崎 先生(みさき さきお)

運転士さんは、他にも仕事があるだろうしな

美崎 耀(みさき あかる)

ふうーん……


 その時、俺は遠ざかって小さくなって行く
クルーザーを見送りながら、

漠然とした不安を覚えていた。

美崎 耀(みさき あかる)

(なんでこんなに胸がざわつくんだ?
二度と帰れないってわけでもないのに……)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

どうしたのお兄ちゃん?
早く行こっ!

美崎 耀(みさき あかる)

あ、ああ……


 亜百合が笑顔で、俺の手をギュッと握る。


 亜百合に手を引かれながらも、
俺は不吉な予感を拭えずにいた……。








廃墟島の1日目《 前編 》

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