廃墟島の1日目《後編》


 クルーザーから降りた俺たちは、
5年ぶりに来た希島(のぞみじま)を眺めていた。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクたちは、どこで寝るんですか……?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

今日から2泊3日の間、
マンションで寝泊りしますわよ

佐伯 玲也(さえき れいや)

僕らが住んでいた所だね

日良 若葉(ひら わかば)

どうせなら丘の上のマンションがいいな!
姫乃ちゃんとか、お金持ちの人たちが
住んでたマンションがいい!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

ボクも興味があります……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

もちろん結構ですわ。
そのつもりで使用人にも部屋を
掃除させましたわよ

美崎 耀(みさき あかる)

おーっ、用意がいいな!


 ホテルがある丘を見上げた時……。


 背中から誰かが抱きついてきた。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ふふふっ。
お兄ちゃ~ん♪


 背中に、ふにふにとした柔らかい物体が
当たっている……。

美崎 耀(みさき あかる)

(こ……これはっ。
まさか亜百合の胸か?!)

雲母 亜百合(きらら あゆり)

今夜は、お兄ちゃんと一緒の
部屋で寝るのかぁ。
すっごく楽しみ♪

美崎 耀(みさき あかる)

ま、待て待て!


 姫乃のが反対側の腕をつかみ、
俺と亜百合を強引に引きはがした。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

誤解なさらないで下さる?
ねえ、先生先生(さきおせんせい)。
部屋は男女で別々ですわよね?

美崎 先生(みさき さきお)

あー、そうだな。
教師としても、保護者としても、
年頃の男女を同じ部屋で
寝かせるわけにはな……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えーっ、そうなの?
ざんねーん!

美崎 耀(みさき あかる)

どこまで本気で言ってんだ……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

全部本気だよ?

日良 若葉(ひら わかば)

そ、そんなの駄目だよぉ!
亜百合ちゃんはアイドルなんだから、
変なことしちゃ駄目だからね耀くん!!

美崎 耀(みさき あかる)

しねえよ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

してくれないの?
お兄ちゃんにだったら、
変なことされてもいいのに……

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃん?!

美崎 耀(みさき あかる)

あ、亜百合……。
お前なあ……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

…………

美崎 先生(みさき さきお)

おいおい亜百合、やめろよ。
千雪がビックリしてるだろ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

えへっ、ごめんなさーい☆

佐伯 玲也(さえき れいや)

そろそろ丘の上に向かわないかい?
もうすぐ日が落ちるよ

美崎 耀(みさき あかる)

ん、そうだな

 俺たちは荷物が詰まった
重いバッグを抱えながらも、
丘の上のマンションを目指して歩き始めた。

日良 若葉(ひら わかば)

ねえねえ!
マンションに荷物を置いたら、
島を一周しようよ。
懐かしくて見て回りたく
なっちゃった

美崎 耀(みさき あかる)

おっ、いいな。
行こうぜ!

美崎 先生(みさき さきお)

もう夕方だろ?
歩いてる内に真っ暗に
なっちまうぞ。
危ねえから明日にしろ

日良 若葉(ひら わかば)

えぇ~っ、そんなぁ!
ひどいよ先生先生~

美崎 耀(みさき あかる)

兄貴のケチッ!

美崎 先生(みさき さきお)

はあ……。
お前ら小学生か……

 マンションに着いてから姫乃に案内されたのは、
1階の部屋だった。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

こちらと、こちらの部屋が、
クリーニング済みですわよ


 窓から夕日が差し込んでいて、
部屋の様子がよく見える。

美崎 耀(みさき あかる)

ここが丘の上のマンションか。
俺たちが住んでた所より
立派な感じがするな

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

まあ、家具が無いせいで
当時とは雰囲気がだいぶ違いますけれど

佐伯 玲也(さえき れいや)

へえ……。
部屋の面積が広いし、
色々なインテリアが置けただろうね

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

宮ノ内家が所有していた芸術品や
高級家具の数々を
お見せできなくて、
とっても残念ですわ!

美崎 耀(みさき あかる)

うるせえ。
すぐ調子に乗るな

パチンッ パチンッ

日良 若葉(ひら わかば)

あれ?
電気が点かない……

美崎 先生(みさき さきお)

そりゃそうだろ、
電気が通ってねえんだから。
ちなみにガスと水道も使えねえぞ

日良 若葉(ひら わかば)

えーっ?
じゃあ夜は真っ暗じゃない?

美崎 耀(みさき あかる)

メシはどうすんだ?!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

それにお風呂は?
3日も入れないの?

美崎 先生(みさき さきお)

お前ら……。
今の今まで、
疑問に感じてなかったのかよ……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

みなさま、
ご安心なさって!!

美崎 耀(みさき あかる)

なんだなんだ。
急に大きな声出して

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

お風呂については、
島に湧いた温泉がまだ活きていますわ!
使用人が確認済みですわよ

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

そういえば希島には、
温泉がありました……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ここから温泉まで
ちょっと歩くけど、
助かるね♪

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

そして……。
人数分の懐中電灯、食料、水、寝袋、
カセットコンロ、ガスボンベなどなど、
生活必需品を用意してありましてよ!

日良 若葉(ひら わかば)

さっすが姫乃ちゃん!
でも、いつの間に?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

2~3日前に使用人に
運ばせましたわ

佐伯 玲也(さえき れいや)

へえ。
それは今、どこに有るの?

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

旧缶詰工場ですわ。
第一倉庫に積み上げてありましてよ

美崎 耀(みさき あかる)

俺たちがさっき通って来た所だろ!
先に言え!!

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

相変わらず短絡的な方ですわねえ。
さっきはみなさん、
ご自分のバッグを
持っていませんでしたこと?

美崎 耀(みさき あかる)

分担すれば、
少しずつ運べただろうが

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

細かい事は言いっこ無しですわ!
さあ殿方どの、
はりきって運んでくださいまし!

佐伯 玲也(さえき れいや)

仕方ないね

美崎 先生(みさき さきお)

はいはい、わかりましたよ
お嬢様……

美崎 耀(みさき あかる)

お前ら姫乃の言いなりかよ!
姫乃の教育に良くないぞ!?

佐伯 玲也(さえき れいや)

教育って……。
話し合ってる時間が無駄だよ。
早く行こう

美崎 先生(みさき さきお)

だな。
ゴチャゴチャ言ってる間に、
夜になっちまう

美崎 耀(みさき あかる)

くっ……。
女だって軽い物なら運べるだろ?
お前らも手伝えよ!

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

わかりました……。
ボクも行きます……

美崎 耀(みさき あかる)

えっ

佐伯 玲也(さえき れいや)

小さい子にまで運ばせるのかい?

美崎 耀(みさき あかる)

ち、千雪はいいんだ。
ここで待ってろ

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

えーっ……です……

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

今夜のお食事を作るだけの食材なら、
わたくしと亜百合さんが持っていますわ

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私たちは夕ご飯作りながら
待ってるからね。
いってらっしゃい、お兄ちゃん♪

美崎 耀(みさき あかる)

くそ、仕方ないな……

 三人で丘を下り、
ようやく第一倉庫まで辿り着いた。

美崎 耀(みさき あかる)

結構距離があったな……

佐伯 玲也(さえき れいや)

全部を一度に運ぶのは無理だね。
差し当たって、
今夜必要な物だけ持って行こう

美崎 耀(みさき あかる)

残りは明日の朝か昼間にでも
全員で運べばいいな。
よし、まずはガスコンロを……

美崎 先生(みさき さきお)

うーん……

美崎 耀(みさき あかる)

どうしたんだ兄貴?

美崎 先生(みさき さきお)

俺たち7人が
2泊3日する為だけにしちゃあ、
食料と水が多くねえか?

美崎 耀(みさき あかる)

そう言われれば多すぎるな。
カセットコンロ用のガスボンベも
大量に有るし

佐伯 玲也(さえき れいや)

急に人数が増えた場合に備えて、
予備を用意していたんじゃないですか?

美崎 先生(みさき さきお)

そういう事かねえ……

美崎 先生(みさき さきお)

そもそも、マンションの掃除をしたなら
食料とかも丘の上のマンションに
置きゃあ良かったのに、
どうしてここに置いたんだ……?

美崎 耀(みさき あかる)

そんなの姫乃に聞けばいいだろ。
いいから行こうぜ!

美崎 先生(みさき さきお)

うーん……


 ひたすら首をかしげる兄貴を横目に、

俺と玲也は水やガスコンロ、食料などを
空のボストンバックに詰め込んだ。



 兄貴もようやく考えるのを止めたようで、

人数分のランタンと懐中電灯を
バッグに詰め始めたのだった。

美崎 先生(みさき さきお)

だいぶ暗くなったな。
足元に気をつけろよ

美崎 耀(みさき あかる)

街灯が無いと、こんなに暗いんだな

佐伯 玲也(さえき れいや)

あっ……。
ごめん、二人とも

美崎 耀(みさき あかる)

どうした?

佐伯 玲也(さえき れいや)

倉庫の棚に携帯を
置いたままだ……。
取りに戻るから、
二人は先に行ってくれないか?

美崎 耀(みさき あかる)

お前、そういうとこが
昔っから抜けてんだよな~

佐伯 玲也(さえき れいや)

はは、美崎の言う通りだ

美崎 先生(みさき さきお)

ほら、懐中電灯。
寄り道すんじゃねえぞ?

佐伯 玲也(さえき れいや)

はい!


 玲也は兄貴から懐中電灯を受け取り、
荷物を抱えたまま倉庫へ戻って行った。

 そうして、兄貴と俺が丘を登り、
マンションの玄関に入った時に……。



 絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

美崎 先生(みさき さきお)

何だ!?


 兄貴と俺は玄関に荷物を置き、
駆け足でみんなが居るはずの部屋に向かう。

 部屋の前に到着した時……。



 開いたままのドアから、

青ざめた顔で瞳を異常なまでに見開き、
両手で口を覆っている若葉が見えた。

日良 若葉(ひら わかば)

…………

美崎 耀(みさき あかる)

どうした!
若葉!!


 すぐ様駆け寄った俺は、
若葉の視線の先を追うように眼球を動かす。




 そこには、姫乃がいた。




 姫乃が、倒れていた。





 口や喉から、ゴボゴボと血を噴き出して。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

ゴブッ……!!

 血……?



 これは本当に血なのか?



 絵の具かインクか何かで、
俺たちを驚かせようとして
いるんじゃないのか……?



 あまりにも現実離れした光景を前にして、
俺は現実逃避を始めていた。

美崎 先生(みさき さきお)

姫乃!
もう喋るな!!

美崎 耀(みさき あかる)

!!


 兄貴の怒鳴り声で、我に返った。
これは姫乃のイタズラなんかじゃない!



 本物の……血、なんだ……。



 兄貴は片膝を立てて姫乃の横に座り込み、

いつの間にか取り出していたタオルで
姫乃の喉を押さえている。



 それでも姫乃は俺たちに何かを伝えたいのか、
必死に唇を動かしていた。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

グボッ!!


 姫乃の口から、噴水のように血が噴き出した。

美崎 先生(みさき さきお)

馬鹿野郎!
喋るなって言ってんだろ!!

日良 若葉(ひら わかば)

姫乃ちゃん……!
姫乃ちゃん!!


 さっきまで放心していた若葉も、
堰を切ったように泣き始めた。

美崎 先生(みさき さきお)

クソッ……。
次から次へと血が流れてきやがる!
頚動脈をやられてんのか?!


 タオルは見る見るうちに赤く染まり、
血がしたたり落ちる。



 こんなに血が流れていては、
タオルで止血しても無駄なのかもしれない。



 それでも兄貴は額に汗を浮かべながら、
姫乃の喉を押さえ続けていた。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

みんな騒いで、どうしたの?

 亜百合が千雪を連れて、
驚いた様子で部屋に入って来る。



 姫乃を目の前にした瞬間、
二人の表情が凍りついた。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

……ッ!!


 とっさに亜百合が、千雪の目を両手で覆う。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

見ちゃダメッ!



 俺は気づくと、涙を流していた。



 止め処も無く零れ落ちる涙をそのままにして、
ようやく姫乃の側に駆け寄る。

美崎 耀(みさき あかる)

姫乃!
死ぬなっ!!


 そう言って姫乃に顔を近づける。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

…………


 姫乃は俺と視線を合わせると、
わずかに“にこり”と微笑み──。

宮ノ内 姫乃(みやのうち ひめの)

────

──瞳を閉じて、頭をくたりとさせた。

美崎 耀(みさき あかる)

おい、姫乃……?
姫乃?!

日良 若葉(ひら わかば)

姫乃ちゃん!!
姫乃ちゃん姫乃ちゃん姫乃ちゃん!!
姫乃ちゃんっっ!!!


 若葉は狂ったように叫び、
何度も何度も姫乃の名前を呼び続ける。



 しかし……。



 その呼び声に、姫乃が応えることはなかった。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

姫乃おねぇは……どうしたんですか……?
怪我をしているんですか……?

 視界を亜百合の手によって
さえぎられている千雪だけが、
状況を理解していないようだった。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

け、怪我っていうか、その……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

怪我なら、
救急車を呼んだ方がいいと思います……

美崎 耀(みさき あかる)

(そうだ、救急車だ。
病院に運べば、
まだ助かるかもしれないじゃないか!)


 姫乃が死んだという事実を受け入れたくなくて、
ポケットからスマホを取り出す。



 若葉もそれにならうように、
慌てて携帯で電話をかけ始めた。

美崎 耀(みさき あかる)

……通じない?


 電波が一つも立っていない事に気づいた時、
若葉が携帯を持ったまま兄貴の肩を揺さぶった。

日良 若葉(ひら わかば)

ねえ、先生先生!
電話が繋がらないよ!!
どうして携帯が圏外なの?


 さっきから一言も発せずに
姫乃の喉を押さえていた兄貴が、

ようやく口を開いた。

美崎 先生(みさき さきお)

この島に、携帯の電波は届かない。
とっくの間にアンテナは
撤去されてる


 姫乃に落とした視線を動かすことなく、
やけに冷静に言い切った兄貴が少し怖かった。

日良 若葉(ひら わかば)

じゃあ、姫乃ちゃんはどうなるの!?

美崎 先生(みさき さきお)

…………


 兄貴は無言のまま立ち上がり、
亜百合の方に向き直った。

美崎 先生(みさき さきお)

おい。
千雪を隣の部屋に連れて行け

雲母 亜百合(きらら あゆり)

う、うん……。
わかった……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

姫乃おねぇは
どうしたんですか……?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

後で教えてあげるから、行こ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

姫乃おねぇが見えません……!
手をどけてください……!

 騒ぎ始めた千雪をなだめるようにして、
亜百合は千雪を連れて
隣りの部屋へ行ってしまった。



 千雪を連れて行ったのを見届けると、
兄貴はベランダの方へ歩いて行き、窓を閉めた。

美崎 耀(みさき あかる)

(ベランダの窓、
開いてたのか……。
全然気づかなかった……)


 少ししてから、
二人と入れ替わるように玲也が入って来た。

佐伯 玲也(さえき れいや)

一体、何があったんだ……?

美崎 耀(みさき あかる)

…………

日良 若葉(ひら わかば)

…………


 俺も若葉も、うな垂れたまま黙っていた。



 今起こった事を玲也に説明する気力なんか、
あるわけがない。



 放心している俺と若葉を横目に、
兄貴は姫乃の顔にそっとハンカチをかけた。

美崎 先生(みさき さきお)

隣の部屋へ行こう。
話はそれからだ

佐伯 玲也(さえき れいや)

……はい

 俺たちは隣りの部屋へ移動すると、
ランタンの灯りをともした。

 そうしてから、しばらくの間……。
俺たちは、言葉を交わす事ができずにいた。







雲母 亜百合(きらら あゆり)

先生先生、ちゆちゃん寝たよ……

 長い沈黙を破るかのように、
亜百合が入って来た。

美崎 先生(みさき さきお)

そうか、お疲れさん

日良 若葉(ひら わかば)

私が……私が悪いの……!

美崎 耀(みさき あかる)

どうした、若葉?

日良 若葉(ひら わかば)

私が姫乃ちゃんを
一人にしちゃったから!
姫乃ちゃんは死んじゃったの!!

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ちがうの……。
わかちゃんのせいなんかじゃない……。
私が、ひめちゃんの側に居れば……

美崎 耀(みさき あかる)

若葉……?
亜百合……?

美崎 先生(みさき さきお)

なあ、二人とも。
俺たちが居ない間に
何があったんだ?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

夕飯を作ろうとしたら……。
ちゆちゃんが、
『トイレに行きたい』って言ったの

雲母 亜百合(きらら あゆり)

水道が止まってるから、
マンションのトイレは使えないでしょ?
だから、外まで連れて行ったけど……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

帰って来たらみんなが集まってて、
ひめちゃんが……。
ウウッ……!


 亜百合は顔を両手で覆って泣き崩れた。

佐伯 玲也(さえき れいや)

雲母さんと元宮さんは、
現場に居なかったのか……

美崎 耀(みさき あかる)

若葉、喋れるか?

日良 若葉(ひら わかば)

うん……

美崎 耀(みさき あかる)

亜百合と千雪が外に行ったとき、
姫乃と若葉は何をしていたんだ?

日良 若葉(ひら わかば)

二人が出て行った後にね、
包丁が入ったバッグを
隣りの部屋に取りに行ったの

佐伯 玲也(さえき れいや)

包丁……?
何に使うために?

日良 若葉(ひら わかば)

え?
夕飯はカレーにしようと思ってたから、
野菜を切るのに
必要だったんだけど……。
何かおかしい?

佐伯 玲也(さえき れいや)

そうだなあ……。
自分でも安直すぎるとは
思うけど……

美崎 耀(みさき あかる)

何が言いたいんだよ。
ハッキリ言えよ

佐伯 玲也(さえき れいや)

さっき部屋を移動する前に、
宮ノ内さんの傷口を
近くで確認したんだ

佐伯 玲也(さえき れいや)

宮ノ内さんの喉には、
鋭利な刃物で切られたような
傷口が有った。
第一発見者が
刃物を持っていたとなると……

日良 若葉(ひら わかば)

第一発見者って、私……?

佐伯 玲也(さえき れいや)

まあ、疑いたくはないけど

日良 若葉(ひら わかば)

違う!
私が姫乃ちゃんを殺すわけないよ!


 若葉が大粒の涙をボロボロとこぼす。

美崎 耀(みさき あかる)

テメーッ!
ふざけんな玲也!!

佐伯 玲也(さえき れいや)

!!


 玲也の胸倉をつかみ上げたが、
兄貴が強い力で俺の腕を押さえた。

美崎 先生(みさき さきお)

おい、耀っ!
お前が取り乱してどうするんだ!!

美崎 耀(みさき あかる)

だってコイツ、若葉を……!

美崎 先生(みさき さきお)

確かに、今のは良くないぞ玲也。
俺達は警察じゃないんだ。
犯人探しをするのは間違ってる

佐伯 玲也(さえき れいや)

……そうですね

佐伯 玲也(さえき れいや)

すみません、先生先生。
美崎もすまない。
いくらなんでも軽率な発言だった

美崎 耀(みさき あかる)

謝るのは兄貴と俺じゃなくて、
若葉だろ!!

佐伯 玲也(さえき れいや)

……そうだね。
ごめん、日良さん

日良 若葉(ひら わかば)

ううん、いいの……

 若葉は無理に笑おうとしているが、
涙が止まらない。



 ただでさえ姫乃の死に様を目の当たりにして
傷ついている若葉に、

追い討ちをかけた玲也が
たまらなく許せなくなった。

美崎 耀(みさき あかる)

なあ玲也。
お前、倉庫に携帯を取りに戻ったよな?

佐伯 玲也(さえき れいや)

それが何?

美崎 耀(みさき あかる)

倉庫に戻る振りをして、
先にマンションに行ったんじゃないか?

美崎 先生(みさき さきお)

耀、いい加減にしろ

佐伯 玲也(さえき れいや)

ははっ。
美崎は面白いことを言うね?

美崎 耀(みさき あかる)

何が面白いんだ?

佐伯 玲也(さえき れいや)

だって、そんなの無理だよ。
あんな重い荷物を持ったまま
美崎と先生先生を追い越すなんて、
できるわけないじゃないか

美崎 耀(みさき あかる)

荷物なんかその辺に
放っとけばいいだろ。
で、姫乃を殺した後に取りに戻れば……

美崎 先生(みさき さきお)

耀っ!!
いい加減にしろって言ってるだろ!

日良 若葉(ひら わかば)

やめてよ、耀くん……グスッ。
玲也くんが姫乃ちゃんを
殺すわけないじゃない……ぐすん

美崎 耀(みさき あかる)

自分を疑った相手を庇うのか?

日良 若葉(ひら わかば)

玲也くんは、
謝ってくれたよ……?

美崎 耀(みさき あかる)

だけど!

日良 若葉(ひら わかば)

みんな希島で育った仲間なのに、
信じ合わないとダメだよ……

美崎 耀(みさき あかる)

…………

雲母 亜百合(きらら あゆり)

あの……。
ちょっといいかな?

美崎 先生(みさき さきお)

なんだ?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

気のせいかな? と思って
今まで言わなかったんだけど……。
私たちがこのマンションに
入った時、
2階から物音がしたの

美崎 耀(みさき あかる)

物音なんかしたか?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

私が昔から
耳がいいのは知ってるでしょ?

美崎 先生(みさき さきお)

ああ、そうだったな。
小さな物音に敏感だったし、
音楽の成績も亜百合が一番良かった

美崎 耀(みさき あかる)

そう言えばそうだったな……

佐伯 玲也(さえき れいや)

つまり、僕らより先に
マンションに入っていた
人間が居るってこと?

美崎 耀(みさき あかる)

そんな、まさか……

美崎 先生(みさき さきお)

姫乃が殺された時、
窓が開いていた。
……という事は、
ベランダから逃げたのかもしれねえな

佐伯 玲也(さえき れいや)

1階ですし、
その可能性は高いですね

雲母 亜百合(きらら あゆり)

姫乃ちゃんが2~3日前に、
使用人に荷物を運ばせたって
言ってたよね。
その中の誰かが島に残ってたのかも……

佐伯 玲也(さえき れいや)

あるいは、
まったくの部外者が以前から
島に住み着いていたのかもしれない

美崎 先生(みさき さきお)

この島の中に変質者がいるってことか?

雲母 亜百合(きらら あゆり)

そうとしか考えられないよ……。
私もわかちゃんと同じ気持ち。
私だって、仲間を疑いたくない

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃん、ありがとう……

雲母 亜百合(きらら あゆり)

お礼を言われることじゃないよ

美崎 耀(みさき あかる)

…………

佐伯 玲也(さえき れいや)

……そうだね。
雲母さんの言う通り、
仲間を疑うべきじゃない

美崎 先生(みさき さきお)

変質者が潜り込んでるとなったら、
一人で寝てる千雪が心配だな。
ちょっと連れてくる

雲母 亜百合(きらら あゆり)

あっ、私も行く!

美崎 先生(みさき さきお)

俺だけで大丈夫だって。
お前らは絶対にここを離れるなよ?
単独行動はこの俺が許さねえからな

美崎 耀(みさき あかる)

兄貴が単独行動しようとしてんだろ……
って、もういねえし



──それから数分後、
寝ている千雪を抱えて兄貴が戻って来た。

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

スゥ……スゥ……


 兄貴がそうっと千雪を床に下ろすと、
亜百合が毛布代わりに寝袋を千雪にかける。

雲母 亜百合(きらら あゆり)

ちゆちゃん、よく寝てるね

 兄貴が玄関に行き、カギをかけた。

美崎 先生(みさき さきお)

これで今日のところは身を守れるだろう

美崎 耀(みさき あかる)

変質者がベランダから入って来たら
どうするんだ?

佐伯 玲也(さえき れいや)

その可能性はあるね。
武器になりそうな物を調達しないと

日良 若葉(ひら わかば)

私と姫乃ちゃんが持って来た包丁、
武器になるよね?
隣の部屋から取って来る

美崎 耀(みさき あかる)

いや、俺と玲也が取って来る。
お前はここで待ってろ

日良 若葉(ひら わかば)

でも……

美崎 耀(みさき あかる)

今のお前には、
姫乃を見せたくねえんだよ

日良 若葉(ひら わかば)

…………

佐伯 玲也(さえき れいや)

じゃあ、騎士(ナイト)二人で
行くとしようか?

美崎 耀(みさき あかる)

どのツラさげて騎士なんて
ほざくんだお前は

佐伯 玲也(さえき れいや)

はは、手厳しいな


 隣の部屋から持って来た包丁を手にして、
俺、兄貴、玲也が交代で番をすることに決めた。



 神経がたかぶって眠れそうになかった俺は、
トップバッターを申し出たのだった。

美崎 耀(みさき あかる)

(姫乃……)


 窓から見える月を眺めていると、
隣の部屋に置き去りにしてしまった姫乃が

なんだか無性に可哀想に思えてきた。

美崎 耀(みさき あかる)

(一人ぼっちにしてすまん……)

美崎 先生(みさき さきお)

交代の時間だぞ、耀。
もう寝ろよ

美崎 耀(みさき あかる)

眠れそうにないから、
兄貴と一緒に起きてる

美崎 先生(みさき さきお)

寝ておかないと明日がキツイぞ。
何が起こるかわかんねえんだから、
体力は温存しておけよ

美崎 耀(みさき あかる)

そうだな……


 明後日には、
姫乃の家のクルーザーが迎えに来るんだ。



 それまで、少しの辛抱だ……。




 姫乃を失った悲しみと、
島に潜む殺人鬼への恐怖に打ち震えながら、

無理にでも眠ろうとして目を閉じた。








廃墟島の1日目《 後編 》

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