美崎 みさき(みさき みさき)

ここから見る景色は、
いつ見ても綺麗よね

???

うん……

美崎 みさき(みさき みさき)

先生ね、本当のこと言うと嬉しかったの。
あなたは先生のこと嫌ってるんだと
思ってたから……

美崎 みさき(みさき みさき)

でも、これでやっとあなたの力に
なってあげられる。
さあ、なんでも話して?

???

……死ね

美崎 みさき(みさき みさき)

──え?

 全速力で走り出し、
みさき先生に体当たりをする。

美崎 みさき(みさき みさき)

きゃっ!!


 不意を突かれたみさき先生はよろめき、
吸い込まれるように崖の下へと落ちて行った。






 みさき先生の叫び声が遠のき、
そして消えていった……。


 崖の縁に手を突き、恐る恐る下を覗き込む。








 そこには波打つ海が広がり、そして……。






 遥か遠くの岩場に、ぐったりと横たわる
みさき先生の姿があった。


 よく目を凝らさないと
みさき先生だとわからないほどに、その姿は小さい。

???

…………


 みさき先生は、
本当に死んでしまったのだろうか?

???

みさき先生ーーっっ!!

 大きな声で呼びかけてみるも、
返ってくるのは波の音だけだ。


 頭から血を流しているみさき先生は、
ピクリとも動かない。

???

本当に……死んだ……?



 人を殺すとは、
こんなにも簡単なことなのだろうか?


 さっきまでみさき先生は、
こちらに向かって微笑んでいたというのに。


 いとも簡単に、
人間の命を奪ってしまったことに……。





一人、ほくそ笑んでいた。




プロローグ



 生まれてから小学6年生になるまでの12年間、
俺は日本の端っこにある離島で暮らしていた。



 俺の生まれ故郷である
『希島(のぞみじま)』は、
漁業と缶詰産業で栄えた島だ。



 驚異的な漁獲量に目をつけた大手企業が
島ごと買収してしまい、
島の中心地に大きな缶詰工場を作ったのだ。



 その缶詰工場が作る商品は
『良質な魚介類を、手軽に食べられる』と
本土で評判になり、大成功を収めた。



 島民全体の生活が裕福になった頃には、
島の外からも職を求めた人々が
大量に押し寄せたのだ。



 そして、最盛期には
日本最大の人口密度の島へと発展した。



 島内には病院、警察、学校などの
行政機関が存在し、
住宅や商店、墓所も整備されていた。



 そして幸運なことに、
島には温泉も湧いており、
島民の憩いの場となっていた。



 更には映画館などの
娯楽施設までもが建設され、
生活に必要な施設がすべて揃っていたのだった。



──しかし、島の繁栄も長くは続かなかった。



 環境の変化のためか、
ある年を境に漁獲量は減り、
それに比例して缶詰の生産数も減少した。



 その上、
本土でも次々と缶詰工場が建設されていき、

離島と本土との運搬費のかかる希島の缶詰は
需要が無いに等しくなってしまったのだ。



 生産量の低下、失業数の増加、
人口の減少……と、

負のスパイラルを繰り返す内に
缶詰工場は閉鎖となり、
島民は移住を余儀なくされた。



 そして、希島は廃墟が建ち並ぶ
無人島となったのだった……。

──それから、5年後。

日良 若葉(ひら わかば)

おはよっ、耀くん

美崎 耀(みさき あかる)

おう

 俺と同じく高校2年生の
『日良 若葉(ひら わかば)』は、
希島で生まれ育った仲間の一人だ。


 まあ、いわゆる幼なじみっていう関係だな。



 希島の出身で近くに住んでいるのは、
若葉だけだ。



 俺も若葉も近くの学校を選んだので、
同じ高校へ行っている。



 同郷の俺と若葉は共通の話題が
多いこともあり、
何かと行動を共にしていた。



 同い年ではあるが、
それこそ兄妹のように心を許せる存在なんだ。

日良 若葉(ひら わかば)

ねえねえ、耀くん。
聞いてる?

美崎 耀(みさき あかる)

ん?
なんか言ったか?

日良 若葉(ひら わかば)

だからぁ。
来月の連休に、島に行こう
って話になったの

美崎 耀(みさき あかる)

島に?
なんでこんな時期に……

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんから
久しぶりに連絡がきたんだ。
それでね……

美崎 耀(みさき あかる)

雲母 亜百合(きらら あゆり)
から!?

日良 若葉(ひら わかば)

むぅ。
なんか予想以上に反応が
大きいんだけど……

美崎 耀(みさき あかる)

そりゃそうだろ。
今や亜百合は、
人気アイドルグループのセンターだぜ?

美崎 耀(みさき あかる)

しばらく話してないから、
同級生っていうより芸能人っていう
印象の方が強くなってさ

日良 若葉(ひら わかば)

亜百合ちゃんと最後に会ってから、
もう5年も経つもんね……

美崎 耀(みさき あかる)

……んで。
亜百合は何の用だったんだ?

日良 若葉(ひら わかば)

なんかね。
島を売りに出すとかで、
学校とかの建物が
解体されちゃうって
情報が入ったんだって

美崎 耀(みさき あかる)

もう壊されるのか。
なんか寂しいな

日良 若葉(ひら わかば)

うん、私も……。
だから、みんなで集まって
お別れ会をしようよって提案したの

美崎 耀(みさき あかる)

お別れ会ねえ

日良 若葉(ひら わかば)

もちろん耀くんも行くよね?

美崎 耀(みさき あかる)

うーん、どうするかな……。
休みの日は家でゴロゴロしたり
漫画読んだりゲームをするっていう
大切な用事があるし……

日良 若葉(ひら わかば)

えーっ。
亜百合ちゃんも
スケジュール調整して、
来てくれるって言ってたのに

美崎 耀(みさき あかる)

じゃあ行く

日良 若葉(ひら わかば)

ちょっと。
亜百合ちゃんが目当てなの?

美崎 耀(みさき あかる)

いや、はは……。
そういうわけじゃねえけどさ。
5年も会ってないから
懐かしいなと思って

日良 若葉(ひら わかば)

そうだねぇ。
テレビで見たら
すごく可愛くなってたけど、
実物はもっと可愛いんだろうなぁ

美崎 耀(みさき あかる)

身体も立派に成長してたしなぁ

日良 若葉(ひら わかば)

んんっ?
どういうこと?

美崎 耀(みさき あかる)

雑誌のグラビアで
水着になってたんだけど、
中学3年生にしては
出る所がきちんと出て、
しまる所がキュッとしまってて……

日良 若葉(ひら わかば)

耀くんの変態……

美崎 耀(みさき あかる)

バカかお前!!

日良 若葉(ひら わかば)

なんで!?

美崎 耀(みさき あかる)

男だったら水着のグラビアなんか
見るのは当たり前なんだよ!
見ないほうが不自然で
変態なんだよ!

日良 若葉(ひら わかば)

ええ~っ?
そうなの???

美崎 耀(みさき あかる)

そうだ。
よく覚えておけ

日良 若葉(ひら わかば)

は、はぁ~い……

美崎 耀(みさき あかる)

まあ、そんなどうでもいい話は
横において。
行くとしたら日帰りか?

日良 若葉(ひら わかば)

ここから行って、
島に着く頃には夜になっちゃうでしょ?
最低でも一泊はしたいよね

美崎 耀(みさき あかる)

泊りがけか……。
兄貴がOKするかなあ……

日良 若葉(ひら わかば)

私たちが住んでた所なんだから、
きっと大丈夫だよ

美崎 耀(みさき あかる)

うーん。
とりあえず帰ったら聞いてみる

日良 若葉(ひら わかば)

うんっ!














美崎 先生(みさき さきお)

あーん?
若葉とイチャラブ婚前旅行?
そんなの駄目に決まってんだろ。
ったく、ガキが色気づきやがって

 こいつは俺の兄貴の、
『美崎 先生(みさき さきお)』だ。
年齢は35歳。



 生まれながらにして教師になることが
決められているかのような名前だが、

その名の通り学校の先生をやっているので
お笑い種である。



 父さんと母さんが病気で死んで以来、
親代わりになって俺を育ててくれたのが、
この兄貴だったりする。


美崎 耀(みさき あかる)

ぶあっっっか(バカ)か!!!
誰が若葉と二人きりで
行くっつった!
他のやつらも一緒だって
言っただろ!

美崎 先生(みさき さきお)

他のやつら?

美崎 耀(みさき あかる)

ほら、その……。
亜百合とか……

美崎 先生(みさき さきお)

ふーん……。
亜百合だけか?

美崎 耀(みさき あかる)

いや、たぶん他にも
来ると思う

美崎 先生(みさき さきお)

へえ、同窓会みたいじゃねえか。
よし、俺も一緒に行ってやろう

美崎 耀(みさき あかる)

ゲッ。
なんで兄貴まで……

美崎 先生(みさき さきお)

元担任として、教え子たちの成長ぶりを
見たいと思うのは当然だろ?
それに、保護者同伴の方が
みんなの父さん母さんも
安心するだろうしな


 島に住んでいた時、
兄貴は俺たちの先生でもあった。



 昔は日本最大の人口密度を誇っていた希島も
俺たちの時代には過疎化していて、
学校に通っていた生徒は
数えるほどしかいなかった。



 小学生と中学生が同じクラスで
勉強していたくらいだから、
当然先生の人数も限られている。



 兄貴と、その奥さんの
『美崎 みさき』先生との二人で、
子供の頃から俺たちの面倒を
見てくれたというわけだ。



 二人は夫婦だから
どっちも『美崎先生』になってしまうので、

みんなは『先生先生(さきおせんせい)』と
『みさき先生』なんて
呼び分けていたっけなあ……。


美崎 耀(みさき あかる)

みさきさんがもし生きていたら、
みんなに会いたがっただろうな……

美崎 先生(みさき さきお)

ははっ。
なあーに、しけたツラしてんだよ



 兄貴は俺の髪をぐしゃぐしゃとしながら撫でた。














 兄貴の奥さんで、
俺の義理の姉でもあったみさきさんは、
5年前に崖からの転落事故で死んだ。



 警察は自殺の線も考えたようだけど、
兄貴がものすごい剣幕で
それを否定していたのを覚えている。


『あんなに幸せそうだったみさきが、
自殺なんかするわけない!!』って……。


 それは俺も同感だった。



 みさきさんはいつでも優しくて、
本当に子供が大好きで、

『私にとって教師は天職だと思うの』と言って
よく笑っていた。


──そして、兄貴の隣で幸せそうに
微笑んでいた。



 みさきさんは、俺の初恋だった。
だから、兄貴と結婚した時はショックだった。


 でも、死んだと聞かされた時は
もっとショックだった。


 もう二度とみさきさんに
会えないと知ってから、
俺は声が枯れるまで泣き続けた。



 だけど、兄貴は一度も
涙を見せたことは無かった。



 兄貴が一番辛かったと思うのに、
泣き言さえ一切漏らさなかったんだ。



『自殺をするわけがない』という
兄貴の主張を用いた警察は、
みさきさんの死因を
『足を滑らせた事故死』と断定した。



 島民から恨みを買っているという証言が
まったく得られないところから、
事件性は低いと見たらしい。















美崎 先生(みさき さきお)

みさきが死んでから、
もう5年も経つんだぜ?
そろそろ立ち直れよ

美崎 耀(みさき あかる)

立ち直ってないわけじゃないけど……。
兄貴はドライすぎるんだよ

美崎 先生(みさき さきお)

ドライだなんて心外だな。
いつも明るくて元気一杯な、
器が大きい人間と言ってくれよ!

美崎 耀(みさき あかる)

はあ……

美崎 先生(みさき さきお)

それはいいけどよ、
早く若葉に伝えろよ。
連絡待ってんじゃねえのか?

美崎 耀(みさき あかる)

伝えるって、島に行くのOKってこと?

美崎 先生(みさき さきお)

ああ。
先生(さきお)先生も
保護者として
ついて行くって言っとけ

美崎 耀(みさき あかる)

やっぱ兄貴も行くのか……

美崎 先生(みさき さきお)

バカだなあ、耀は。
保護者の俺が一緒だから、
島に行くの許可してんだぞ?

美崎 耀(みさき あかる)

はいはい……














美崎 耀(みさき あかる)

……っつうわけで、
兄貴も行くんだってさ

日良 若葉(ひら わかば)

よかったね!
さすが仲良し兄弟

美崎 耀(みさき あかる)

やめてくれ……

日良 若葉(ひら わかば)

どうして嫌がるの?
私、先生先生みたいな
お兄ちゃん欲しかったけどなぁ

美崎 耀(みさき あかる)

一人っ子の若葉にはわかんねえんだよ!
仲良し兄弟と言われることの
気 持 ち 悪 さ が ッ ッ !!

日良 若葉(ひら わかば)

わ、わかったよぉ。
もう言わないよぉ

美崎 耀(みさき あかる)

……んで。
結局、何泊するんだ?
集合場所と日時は?

日良 若葉(ひら わかば)

あっ、待って待って。
それはみんなと話し合うからっ。
先生先生も一緒に行くって知らせたら、
参加人数が変わるかもしれないし!

美崎 耀(みさき あかる)

ああ。
兄貴が行くって知ったら、
辞退するやつがいるよな

日良 若葉(ひら わかば)

ちがうよぉ!
子供だけの旅行を、親に反対された子も
『先生先生が一緒なら安心ね』って
言われるかもしれないでしょ?

美崎 耀(みさき あかる)

チッ、兄貴と同じことを言いやがる

日良 若葉(ひら わかば)

耀くん……。
その歳になってもまだ反抗期なの……?

美崎 耀(みさき あかる)

やかましいわ。
じゃ、詳細が決まったら教えろよ。
俺は寝る!

日良 若葉(ひら わかば)

はぁ~い……


 電話を切って、机に置いた。




 亜百合と最後に話したのは、
5年前……つまり、あいつが小学4年生の時だ。


 テレビや雑誌では
成長した亜百合を何度も見たことがあるけど、
実物は比べ物にならないほど
可愛いんだろうな……。



 楽しみなのはそれだけじゃない。
他のメンバーは誰が来るんだろう?
今からワクワクしてきた。


 いつしか眠りに就いた俺は、
島に住んでいた頃の懐かしい夢を見ていた。













 これから、あんなにも悲惨で残酷な事件が
待ち受けているとも知らずに……。






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