テオ

サキ、いまいいか?


突然テオから個別のトークが飛んできたのは、深夜前のことだった。


勇者達との会話は基本グループトークで行うが、時々こうして個別で話すこともある。


特にテオとはこうして、ふたりきりで話すことが多かった。

サキ

どうしたの?

テオ

いや、夕食の件、改めて礼を言おうかと

サキ

律儀だね、相変わらず

テオ

でもあんなにたくさん、高くなかったか?

サキ

買うのは一人分だからそんなでもないよ

サキ

でもやっぱり不思議だよね

テオ

ん?

サキ

写真でとって送るだけで、そっちに料理出てくるんでしょ?
その上写真の数だけ出てくるなんて、ちょっとうらやましい

テオ

たしかに、お得なかもな

テオの言葉を聞きながら、私は改めて彼が送ってくれた写真を見る。


彼らのそばにあるのは、私が買った料理と同じだ。

サキ

まるで魔法みたい

ふとこぼすと、テオが小さく吹き出す。

テオ

魔法みたいなんじゃなくて、魔法だよ

サキ

わかってるけど……。
こっちは携帯で写真とってるだけだから、
あんまり実感無いんだよね

けれどこのアプリも、そしてアプリが生み出す不思議な現象も、テオ曰くすべて『魔法』なのだという。

テオ

まあ、どっちかって言うと『奇跡』にちかいのかもな

テオ

俺が生きて、あの部屋で暮らしてるのも

テオ

こうしてサキと喋ってるのも、奇跡みたいなもんだし

私は『奇跡』という言い方はあまり好きではないけれど、テオがそう思うのも無理はない。


そもそも彼は、本来ならこうして誰かと話せる状態ではないのだから……。

サキ

そういえば、もうすぐ1年だっけ。
テオが『眠り』について

テオ

だな。サキと出会ってからも、1年だ

サキ

そろそろ、そこから出たいって思わない?

テオ

正直あんまりかな

テオ

今俺がいなくなったら、あいつらの面倒だれが見るんだってなるし

サキ

確かに、みんな自由人だしまとめ役がいないと困るかも

サキ

でもテオは大変じゃ無い?
私はご飯の時だけ苦労すればいいけど、テオはそうもいかなそうだし

テオ

ほんとだよ……

テオ

あいつらさっきも誰が先に風呂はいるかでもめて……、朝もトイレの順番をめぐって本気で喧嘩するんだぞ?

テオ

ルースとナミナは、怒るとすぐ魔法使い出すから本当に困る……

サキ

それだけ聞いてると、みんな本当に勇者なのか疑いたくなるね

テオ

勇者って言っても、しょせんは人間だしなぁ

テオ

たまたま世界に呼び出されて、運良く力があったってだけだし

サキ

でもその部屋にいるって事は、その力を使って何かしらの脅威から世界を救ったってことでしょ?

サキ

やっぱりすごいよ

テオ

すごいわりに、しょうもないことで毎日喧嘩してるけどな

テオの疲れ果てた顔を見る限り、どうやら彼の苦労はかなりのもののようだ。

サキ

そうだ、疲労回復にいいお茶かったんだけど送ってあげようか

テオ

いいのか?

サキ

うん、ちょっとまってて

アプリはそのままで、私は台所に戻るとお茶をいれる。


ちゃんとお茶の味が出ているか一口飲んで確認し、それからさっそく写真を撮り、テオへと送った。

テオ

いい香りだな、花茶か?

サキ

うん。でもちょっと濃くなりすぎたかも

サキ

味見してみたんだけど、
舌の上に苦みけっこう残る

テオ

確認したのか……

なぜかそこでふっと笑うテオに、思わず首をかしげる

サキ

あれ、変なこと言った?

テオ

いや、ただ間接キスだなと思って

飲みかけていたお茶を、私は思わず吹き出す。


こちらの動揺は私が文字を打たない限り伝わらないのが幸いだ。


たぶん今、私の顔は真っ赤になっている。

サキ

無自覚にどきっとすることよく言うんだよね……

今思えば、出会ったときからテオにはドキドキさせられてばかりなきがする。

ふと尼に浮かんだのは、はじめてこのアプリに気づいて起動させたときのこと。

そのとき、向こう側にいたのはテオ一人だけだった。

テオ

やっととどいた

最初に浮かんだのは、安堵の声と息をのむほど優しげな笑顔。


今はもう慣れたけれど、突然誰かが頭の中でしゃべり出すのは衝撃的で、私は思わず悲鳴を上げかけた。


それはテオには見えていなかったはずだけど、返事がないことで、彼は私の動揺に気づいたらしい。


彼は私を怖がらせないよう穏やかな声で、語りかけてきた。

テオ

はじめて使う機械なので、もし何か間違えていたらすみません

テオ

私はある事情で、この部屋から出ることができません

テオ

ただこの機械を使えば、どなたかに声が通じると言うことを教えられました

テオ

俺の言葉が届いていますか?
もし届いているなら、何か反応を返して頂くことはできますか?

そこでようやく、私は意を決して文字を打ち込んだ。

サキ

届いています

テオ

驚いた。
まさかこんなに綺麗な人とつながるなんて

最初にどきっとさせられたのは、たぶんこのときだ。

サキ

お世辞がお上手ですね

テオ

あっ、もしかして聞こえてました?

テオ

やっぱり、加減が難しいな……

少し照れたように言う彼を見て、私が持っている携帯と彼が手にしている物は違うらしいと気づく。

私の方は文字を打ち、送信してはじめてその瞬間の表情や言葉が届くが、彼の方は装置を握りしめさえしていれば、考えていることがこちらに飛んでいってしまうらしい。

テオ

見た目は機械だけれど、こちらは魔道具のたぐいなのかもしれません

テオ

まあ、女神が作った物なら当然ですが……

その頃はまだアノ世界にいたので、私は女神と聞かれてすぐに伝承の事を思い出した。

サキ

女神? それって、エンダージアの守護をしているって言う?

テオ

はい

サキ

てっきり、架空の存在かと

テオ

俺もそう思ってたんですけど、さっき直にあった話をしたんです

テオ

嘘みたいな話でしょう?

それからテオは、自分の身におきた奇跡の話をしてくれたのだ。


最初は半信半疑だったけれど、彼と言葉を交わすにつれ、私はあることを思い出した


テオドール=イグニス


そう呼ばれた勇者が、つい先頃この世界を脅かす脅威の一つ『闇の竜』を倒したというニュースを私は新聞で読んだばかりだった。


何百という勇者を喰い殺してきた竜を退け、竜に連れ去られていた小国の姫君を救い出した勇者。


その顔とテオの顔は、確かに同じだった。

テオ

女神に言われたんです。力を使いすぎた勇者は、長い眠りに落ちてしまうんだって……

テオ

そしてその間、勇者の魂は女神の奇跡の中にとらわれる

サキ

奇跡……

テオ

とはいっても、なんか奇跡っぽくない場所ですけどね

テオ

すごい古いアパートメントなんです、
かびくさい

サキ

えっ、奇跡なのに?

テオ

はい、ベッドとか埃まみれです

サキ

そこに、テオさんはいったいいつまで……

テオ

わかりませんが、力が回復するまではここいることになりそうです

テオ

そうしないと、肉体が崩壊するとか何とか

サキ

物騒ですね

テオ

まあ、死ぬよりはましですけど

テオ

でもせっかく世界まで救ったのに、
ほこりまみれの布団は勘弁願いたくて……

テオ

だからこそ、あなたに声を送ったんです。
あなたと、あなたの手にある機械だけがこの世界に物質を送信できるそうなので

それから私は、テオの口から女神の言葉を聞いた。


写真を送れば、そこに映った物を『奇跡』と呼ばれる古いアパートに送れることを知ったのも、そのときだ。


とはいえそれにも制限はあり、たとえば同じ写真は1度までしか使えないことやあまりに巨大な物は遅れないことなどは、ふたりで色々と試しながら見つけていった。


そうしているうちに勇者は増え、私は彼らの要望をかなえるため写真を送り続けた。

04:個別トークと始まりの勇者様

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