―こことは異なる世界ヨカトピア―
テンジン王国 セブリの森

  

勇者様!
危ないところを救っていただきありがとうございました!!

  

わーっ!
ちょっとひとまず離れて! 離れてください!

  

ハッ……!
やだ、私ったら…… 失礼しましたっ!!

  

えーっと、あなたは…… 王女様?
でしたっけ?

  

はい!テンジン王国第一王女アンリエットと申します
アンリエットとお呼び下さい

  

それではえ-っと、アンリエットさん
私は相川啓太と申します
現在は有限会社ヒューナカで働いておりまして、名刺は……

すみません、ちょっと切らしてるみたいで――

  

宜しくお願い致しますわ。勇者ケイタ様

それから、私のことはただアンリエットとお呼びいただければ結構ですわ
あなた様はこの世界の救世主なのですから!

  

ではアンリエットさ…… アンリエット

その、私が勇者だというお話は、突然こんなところに来てしまったことと関係があるのですか?
正直、何が起こってるのか全然わからないのですが……

  

その通りですわ
今、この世界には魔王スゴクワルイの脅威が迫っております

そこで、この世界を救っていただくために私たちが魔法で異世界から勇者様を召喚させていただいたのです

  

あっ、あなたたちが私を呼んだんですね

これってちゃんと会社に帰していただける予定なんでしょうか?
仕事もめちゃくちゃ残ってるし、無断欠勤はまずいんですよ……

  

魔王を倒していただければ必ず元の世界にお帰しいたします!
なにとぞこの世界をお救いください! お願い致します!

  

えーと、なんか人違いされてませんか?
私が魔王を倒すとかかなり無理臭いんですけど……

  

そんなことありません! 勇者様ならきっとできます!

  

でも私、別に勇者とかそんな大したものじゃないですよ。普通の会社員ですし

元の世界でもぜんぜん強い方じゃないし、資格も普通運転免許しか持ってないですし……

  

いいえ。あなたが勇者様で間違いありませんわ
預言にある通りのお姿ですもの

  

預言?

  

ええ、預言にはこう伝えられています
『魔王復活せし時、立体的な顔面にチタンフレームのメガネをかけ、グレーを基調としたジャケットスタイルの勇者異世界より降り立ち、世界を新たなる秩序へと導かん』と……

  

服装とかめっちゃ具体的だし、なんか私のことで間違いなさそうですね……

でも、さっきも言いましたけど私、大した力もないですし、無理ですよ……
もっと軍人とか格闘家とか強い人に頼んだ方が絶対良いですって

  

そんなことはありません! 勇者様はついさっき第七界相攻撃呪文(フェイズⅦ・オフェンシブ・スペル)をお使いになったじゃありませんか!
私の知る限り、この世界において第六界相以上の呪文を使える者などおりません!
それだけであなたが勇者である何よりの証拠です!

  

七の段を暗唱しただけなのに…… この世界ではそんなにすごいことだったのか?
もしかして、彼女だけじゃなく、この世界の人間は全員バカなのだろうか……?

  

勇者様……

  

でも、もしも本当に……
本当に、この世界には俺にしかできないことがあるのなら――
俺は、これをきっかけに変われるのかもしれない――

この世界でなら、憧れていた正義のヒーローになれるのかもしれない――

 

そうたい! アンタならきっとやれるけん、異世界に召喚されたとばよかさいわいに、ちいとばかし世界ば救ってみんね!

(そうですよ! あなたならきっと成し遂げられます!
異世界に召喚されたのも良い機会です。一つ、世界を救ってみてはいかがですか?)

  

母ちゃんの言う通りたい! そいないば、いっちょうやってみるたい!

(お母様の言う通りですね。そうと決まれば、できるだけのことはやってみようと思います!)

  

――わかりました

私が本当に勇者だという自信は全くありませんが、できることがあればご協力しましょう
まずは詳しいお話をお聞かせください

  

この世界を救っていただけるんですね!
ありがとうございます!
それでは早速王宮へご案内いたししますわ!

  

わーっ!
だから抱き着かないでって!!


























―こことは異なる世界ヨカトピア―
テンジン王国 アイガンビル城 王の間

  

うわー
すごい城だ…… 鎧を着た兵士もたくさんいるし……

本当にここは異世界なんだな

 

よく来てくださった。勇者ケイタ殿
余はテンジン国の王、メレディス三世じゃ
アンリエットから話は聞いておる。早速娘の危機を救ってくれたそうじゃな
礼を言うぞ

  

お、お目にかかれて大変光栄です国王陛下
相川啓太と申します

 

ほっほっほっ、そう畏まらなくともよい
そなたに頭を下げる必要があるのはこちらの方じゃ

勇者殿、アンリエットよりおおよその話は聞いておいでかと思うが、この世界は今、未曽有の危機に瀕しておる
どうか世界を救ってはいただけぬだろうか?

  

はい
そのお話ですが、できる限りご協力させていただきたいと考えております

 

おお! 異世界より召喚され間もないというのに、見ず知らずの我々のために力を貸すことをためらわぬと申すか!

なんという気高さ、それでこそ勇者じゃ!

  

しかし、私には自分が勇者だという自身がまったくございません

元の世界では普通のサラリーマンで戦いの経験など全くなく、魔王討伐などとても成し遂げられるとは思えないのですがーー

 

そう謙遜せずとも良い
聞けば魔術の知識も一切ないまま、一度見ただけで魔術の仕組みを理解し、第七界相呪文を暗唱してみせたということではないか?

そのようなこと宮廷四騎士が一人、魔法剣士ライザであろうとも到底出来ぬ芸当であるぞ
のう、ライザよ?

 

……はい
私が扱えるのは第三界相呪文まで
この国随一の魔術師であるハカタノヒト三姉妹でさえ三人で力を合わせて第六界相呪文を扱うのがやっと……

第七界相呪文など700年前の聖魔大戦の記録にその存在が確認できるのみの秘術でございますーー

  

つまり、この国で一番頭のいい奴でも6の段までしか暗唱できないってことか?
いくらなんでもバカすぎるだろ…… そんなので本当に国が成り立つのか?


  

もしかして、俺、担がれてるの?
やたら手の込んだドッキリとか!?

ちょっとカマかけてみるか――



  

まあ、7は一の位の中で最も大きい素数ですからね
第七界相呪文を理解することは常人には少々難しいのかもしれません――

兵士A

おい…… 兵士B
ソスーってなんだ?
ナスみたいなもんかな?

兵士B

お、俺に聞くなよ!
ライザ様、ソスーってなんですか?
なんかまた新しいスイーツが女子の間で流行ってるんですか?

 

………………うるさい

兵士B

痛っ!

 

…………

  

うわー、睨まれちゃったよ
本気で怒ってるっぽいし、この反応は本物だよな……

うん!
やっぱりこの世界の人間は全員バカなんだ!

 

さすがは勇者殿
我々の知るべくもない世界の真理について、その深淵まで熟知しておられる

  

いえ……
こんなの、私のいた世界ではそんな大した知識でもなかったのですが――

 

……

  

うわ! さらにすごい目で睨まれてる!

 

ははは、どこまでも謙虚なお方だ
だが、謙遜も過ぎれば嫌味というもの

第七界相呪文を誰もが使えるような世界があったとしたら三日で滅んでしまいますぞ

  

ここはひとまず、素直にスゴいってことにしといた方がよさそうだな……

  

確かに仰る通りですね。失礼いたしました

それで、私は今後どのようにすればよろしいでしょうか?

 

いくら勇者殿とはいえ、慣れない異界の旅となれば苦労も多かろう
まずは城にしばし滞在し、この世界についての情報や魔物との戦い、冒険について学ばれるがよい

  

ご厚意感謝いたします
それではお言葉に甘えさせていただきます

 

勇者殿も長旅でお疲れであろう
本日はゆっくり休まれるとよい
アンリエット、勇者様を部屋までお連れしなさい

  

それではお部屋にご案内いたしますわ
勇者様

  

わーっ!
そんなにくっつかないでくださいって!



























アイガンビル城 王の間
同日 夜

 

ライザよ
勇者ケイタ殿をどう見た?

 

性格は嫌味で最悪ですね
自信過剰なくせに、慇懃無礼で、初キスの時も目をガン開きしてくるタイプだと思います――

 

まあ、その……
顔だけならぶっちゃけかなり好みですが――

 

異性としてどうか聞いているのではない
この国の命運を預けるに足る人物かどうかと聞いておるのだ

 

あっ、そっちですか

王女様の仰ったことが間違いでなければ魔王討伐に欠くことのできない戦力になるのは間違いないでしょう
問題は、その強大すぎる力が味方となるか敵となるか、ですね

 

やはりお主も同じ考えか

 

全く呪文の知識も無かった状態から一瞬で魔法のシステムを理解し、第七界相攻撃呪文(フェイズⅦ・オフェンシブ・スペル)を使い、セブリの森の半分を消し飛ばしてしまったとの報告が本当であるなら、今後の成長は未知数です
いずれは第八界相、第九界相呪文すら使いかねません

その力は頼もしくもありますが、同時に脅威でもあります。一人の人間が所有するには過ぎた力かと

 

そうじゃな――
加えて、どのような価値観を持っているのかもわからぬ異世界の人間
今は我々に協力してくれておるが、注意は必要であろう――

 

ライザよ、お主に勇者監視の密命を与える

彼が我々と価値観を同じくするものなのか、魔法以外の戦闘力はどの程度なのか、万が一我々と敵対することになった場合に対抗する手立てはあるのか、ひそかに調査するのだ!

 

承知いたしました!

 

『魔王復活せし時、立体的な顔面に知的な印象のメタルフレームのメガネをかけ、麻素材の涼しげなジャケットを着た勇者異世界より降り立ち、世界を新たなる秩序へと導かん』か……

 

ハカタノヒト三姉妹の預言には「世界を救う」ではなく、「世界を新たな秩序に導く」とある――

新たな秩序とは一体何なのだ?
勇者ケイタはこの世界をいったいどのように変えるというのだ?

つづく

第三話 勇者の思いと、王の思惑と

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