―こことは異なる世界ヨカトピア―
テンジン王国 チクシ平原

 

ぜんたーい 止まれー!

兵士A

いち!に!さん!

兵士B

いち!に!さん!

  

いち!に!さん!

  

いち!に!さん!

 

小さく前にならえー!

兵士A

ヤー!

兵士B

ヤー!

  

ヤー!

  

ヤー!

 

ぜんたーい 休めー!

兵士A

ヤー!

兵士B

ヤー!

  

ヤー!

  

ヤー!

 

というわけで、剣術の訓練を行います

本日は特別に、昨日異界からお越しいただいた勇者ケイタ殿にも参加していただきます

 

勇者ケイタ……
確かに顔は良いし、魔法の腕は確かかもしれない――
だが、実戦経験は皆無だという

本当に剣の腕がズブの素人であれば、敵対することになったとしても勝機は、ある――
その実力、この場で試させてもらうぞ――

 

と、その前に――
どうしてアンリエット様まで訓練に参加しておられるのですか?

  

勇者様はまだ異世界に来て二日目
いろいろと戸惑うことも多いかと思いますのでお手伝いをさせていただいておりますの

  

わーっ!
そんなにくっつかないでください!

  

はっ!
私ったら…… 失礼いたしました

ところで勇者様、王宮での生活にご不満はございませんでしたか?

  

ええ、トイレにウォシュレットが付いていない以外はとても快適でした

  

まあ、それは失礼をいたしました
そのウォシュレットというものはどのようなものですか?
ただちに取り付けさせますわ

  

ウォシュレットというのはですね、こう、ノズルから出る水流で――

 

はいそこー
私語は慎むようにー

まずは準備運動からー



























  

ふぅ……
これが異世界のラジオ体操か
ずいぶん変わった動きが多いな

 

はい、準備運動終わりー
それでは剣術の基本、素振りを始めます

最初の1セットは兵士A、Bがお手本を見せますので勇者殿はそこで指をくわえて見学していて下さい

  

は、はい

  

あのライザって人、やたら突っかかってくるな……
最初に調子に乗ったから反感を買ったかな?

だけど、それなら剣術なんて全然な所を見せれば少しは態度が変わるかもしれないな……
俺にはあんな重そうな鉄の剣、持ち上げることもできなさそうだし……

 

それでは素振りはじめ!

兵士A

いち!

兵士A

に!

兵士A

いち!

兵士B

に!

 

ほらほらー
もっと腰を落とす―!

  

え? え?
なんすか、その犬のウンコを棒でつっつくみたいな動き?

 

何って――
素振りの基本型「対ウンマーの型その1」ですが?

  

マジですか?
これ、戦闘で使えるんですか?
栗拾いの練習とかではなく?

 

やれやれ、これだから異世界人は――

そこまで言うなら早速訓練に加わっていただこう

そら、剣を取ってください

  

わ!
投げないでくださいよ!
危ないなあもう!

  

って、軽っ!

  

この剣ってもしかして……

  

これ、アルミ製じゃねえか!

 

いかにも! 良いところに気付かれた!
王国の武具は以前は鉄製のものだったのだがな、50年前に私の祖父が重い鉄製だった武具を軽くて扱いやすいアルミニウム製にすることを発案したのだ!

その功により、我がコンラッド家はその年のベスト・イノベーション賞を国王より賜ったのだぞ!

  

なんだその社内表彰制度みたいな名前は……
どうしてそういうとこだけ微妙に小賢しいんだよ……

  

でも、アルミで剣作っても切れないでしょ?
戦うとき、かえって危険じゃないですか?

 

フフン!
弘法筆を選ばずと言うであろう
我らがテンジン王国剣術の前ではどんな魔獣も敵ではないのだ!

  

テンジン王国剣術とか聞くと強そうですけど、要はさっきの栗拾いでしょ?
普段どんな魔獣と戦ってるんですか?

 

チッ いちいち癇に障る御仁だ……

テンジン国に多く出現する魔獣は「ウンマー」だ
騎士団は月に一回程度、掃討作戦を展開している。単体の脅威は小さいが、数が多く侮れない相手だぞ

  

ウンマー?
どんな魔獣なんですか?

  

こんなこともあろうかと魔獣図鑑を持ってきておりますわ
ご覧ください

【ウンマー】 魔獣ランクP-
テンジン国に生息する代表的な魔獣。体長15~20cm。戦闘力は皆無だが、触れた食べ物や農作物をなんか食べたくなくなるように感じさせるという魔力を持つ。テンジン国では不快害獣指定で、騎士団によって定期的に駆除されている

  

ウンコじゃねえか!!

  

勇者様! お下品ですわよ!

  

いやでも、これ絶対弱いでしょ……

どおりで剣がアルミで素振りが下段攻撃オンリーなわけだ……

 

無礼な!
その他にもメタルウンマーやヒゲウンマー等の強敵も出没するのだぞ!

  

メタルウンマーとヒゲウンマーの情報ですわ

【メタルウンマー】 魔獣ランクO
テンジン国内でごくまれに出現するウンマーの変異体。体長15~20cm。体が金属でできているため、攻撃が通用しにくい。その分動きが遅く、水に浮かないので捕まえて水に沈めると簡単に駆除できる

【ヒゲウンマー】 魔獣ランクO+
テンジン国内でごくまれに出現するウンマーの成長個体。体長30~50cm。通常は一年で一生を終えるウンマーだが、まれに大型個体が越冬する場合がある。越冬して一回り大人になった個体にはヒゲが生え、どことなく大人の余裕がうかがえる

  

ウンコじゃねえか!!

 

勇者殿、なんか突然キレキャラになったな……

  

色々カルチャーショックなんだよ!

ってか、考えてみればなんでこの中世っぽい文明レベルでボーキサイトからアルミニウムが製錬できるんだよ!
電気分解なんかできないだろ!

 

何を訳の分からないことを言っておられる?

アルミニウムはアルミニウムドラゴンがドロップしたものを溶かして使うに決まってるだろう?




アルミニウムドラゴン

  

ファンタジー世界すげえな!

  

てか、ドラゴンとかの強敵もちゃんといたんですね
てっきりウンコとばっかり戦ってるのかと思っちゃいました

 

アルミニウムドラゴンなんて春先になれば定置網でいくらでも取れるぞ
小さいのなら防波堤からサビキ釣りでもたくさん釣れるし

  

アルミニウムドラゴンのページですわ

【アルミニウムドラゴン】 魔獣ランクQ
ゲンカイ湾に生息する海生の魔獣。アルミニウムの骨と鱗を持つ。体長20~30cm。春先から晩秋にかけて主に定置網で豊富に水揚げされる。鱗と骨は溶かして剣や鎧に、淡白な白身はかまぼこの原料にされるが9月頃脂の乗ったものは刺身で食べても美味。ゲンカイ湾の漁師のことわざによれば「アルミニウムドラゴンに捨てるところなし」と言われている

  

単なる海の幸じゃねえか!!

  

あー、ツッコミ疲れた……

そういえば、せっかく魔獣図鑑があるのなら、最初に戦ったグリフォンの情報も見せてもらえますか?

  

ええ、どうぞ

【グリフォン】 魔獣ランクB
魔王城を取り囲む、瘴気深いミノー山脈に巣食う魔獣。鷲の上半身と獅子の胴体を持つ。体長4~6m。高度な知能を有し、性格は残忍で凶暴。風の属性の魔術を使って人間を切り刻み、生きたまま内臓を食べることを好む。時速500kmで空を飛び、一度目を付けた獲物は決して逃がさない

  

めっちゃ強いじゃないですか!

こんなの、よく一人で立ち向かおうとしましたね……

  

ええ、ウンマー程度ならば後れを取ったことがありませんでしたので、ランクが二つや三つ上の魔獣程度ならなんとかなると思ったのですが……

お恥ずかしながら手も足も出ませんでした――

  

……

あの…… アンリエット?
BとPが何文字くらい離れてるか分かってます?

  

いくら勇者様とはいえ、私のことをバカにしすぎですわ!
アルファベットくらい覚えていてよ!

えー、びー、しー、でぃー、いー、えふ、じー………

  

…………

  

…………

ううう… 生きたまま内臓を……

  

ほらほら、泣かない泣かない!
助かってよかった! よかったね~~!!

兵士A

えー、びー、しー、でぃー、いー、えふ、じー、おー、そー、らー、のー、ほー、しー、よー

あれ? シーがふたつ出てきたぞ?

兵士B

ほら、アレだよアレ、発音の違いとかだよ
ネイティブじゃないと難しい微妙な発音とかあるんだよ

兵士A

なるほどー
やっぱ兵士Bは賢いな

兵士B

でへへ……
よせよ、照れるじゃねえか

  

ヤバすぎる!!
やっぱりこの国の人間は全員命に関わるレベルでバカなんだ!

やはり、俺がなんとかしないと――

  

うぅ…… ぐすっ……

だって、この辺で出てくる魔獣なんてウンマーの色違いみたいな奴ばっかりだし……
魔獣ランクBなんて700年前の聖魔戦争の記録にあるだけで……
うっうっ……

  

そうか……
700年前に魔王が封印されて以来、この世界では強い魔獣もいなくなっていたんだな――
それで、戦う技術も衰退していったということなのか――

  

って、それで納得できるかー!

なんで剣がアルミなんだよ!
なんで敵がウンコマンなんだよ!!

うおーーー!!

 

勇者殿!
先ほどから黙って聞いていれば栗拾いだのウンコだの、騎士団を愚弄するにも程があるぞ!

  

いや、ウンコは別にあなたたちに言ったわけではないんですけど……

 

もう良い、剣を取られよ

  

なりませんライザ!

 

いいえ姫様、元よりこの場で手合せさせていただくつもり! 
ケイタ殿の勇者としての資質がその大口に見合ったものか見極めさせていただきます!

  

ライザ! 剣を納めるのです!

  

いえ、構いませんアンリエット
受けて立ちましょう



  

剣がアルミなら死にはしないだろうし、ここで一度負けておけばライザの溜飲も下がるだろう……

こっちとしても、俺がスーパーマンじゃないってことは早いうちに分かってもらわないといい加減困るし――

  

勇者様……

 

さすがは勇者殿、肝が据わっておいでだ
それではテンジン国、宮廷四騎士が一人、魔法剣士ライザ! 推して参る!!

 

ヤーッ!

 

ヤーッ!

  

…………

  

これ、頭ガラ空きだけど、何か狙ってるわけじゃないんだよな?
純粋にバカなだけなんだよな……

……本当にやっちゃっていいのかな

 

ぐっ! 不覚……

  

勇者様!!

  

おーい、大丈夫ですかー?
そんなに強く殴ってないですよー

  

ライザー 傷は浅いですわよー

  

あっ、起きた

 

くっ…… 殺せ……

  

いやいや、殺すわけないでしょ
ほら、立ってくださいよ、って――

 

もう良いのだ。ひたすらに剣と魔法の腕を磨き、宮廷四騎士まで上り詰めたのに変なウンコを退治するだけの毎日……

魔王が復活すると聞き、ようやく騎士らしい武勲が挙げられると思えば魔王配下の魔獣の強さは桁違い……
あまつさえ戦場に身を置いたことすらないという勇者殿にさえ剣でも魔法でも敵わない――
もう私なんて生きていく価値もないのだ――

  

あらあら、ライザが鬱モードに入ってしまいましたわ……

  

この人、元の世界にいたころの俺に似てるのかもしれない――
何者かになりたいのに力が足りず、なるための方法も分からない――

だから突然現れて勇者だのともてはやされてた俺にあんなにつっかかってきたんだな――

  

聞いてください、ライザさん
あなたの気持ち、俺にもよく分かります

信じてもらえないかもしれないけど、俺、元の世界では本当に何のとりえもない普通の人間だったんです――

 

勇者…… どの……?

  

元の世界の俺は、つまらない学校でつまらない知識を詰め込んで――
つまらない会社に入って誰のためになるのかもわからないつまらない仕事で毎日ヘトヘトになるまで働いて――

それでも、本当は正義のヒーローに憧れていて――

  

でも、俺はこの世界に来て変わることができるかもしれないって思えるようになりました。この世界でなら、本当のヒーローになれるかもしれない

学生の頃、なんのために勉強していたか分からなかった知識がここでは最強の魔法になってしまった

きっと、いや絶対に、ライザさんの努力も無駄なんかじゃないです。一緒に魔王を倒しましょう!

 

勇者殿……



























同日 夜
アイガンビル城 王の間

 

それで、本日の訓練はどうであった?
勇者殿について何かわかったことはあったか?

 

はい……
正直、最初は顔以外の印象最悪だったんですけど、彼、初めての異世界で戸惑ってただけだったっていうか――

実際話してみると性格も結構いいやつっていうか、優しくて面白いし――
ぶっちゃけ、彼氏にするならああいう男子かなって――

きゃっ! 言っちゃった!

 

ライザよ。異性としてどうかと聞いておるのではないぞ

 

はっ! 失礼しました!
その件につきまして国王陛下、一つご相談したいことがあるのですが――

 

何だ? 申してみよ

 

異世界の男子って、どういう女子がタイプだと思う?
もうちょっと髪の色明るくしてみようかなって思うんだけど…… どうかな?

 

恋バナかよ!

つづく

第四話 密命と、運命と

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