両手を合わせて頼むと、ルイは少し考え、満面の笑みを浮かべた。
悪いと思うけど、頼む!
両手を合わせて頼むと、ルイは少し考え、満面の笑みを浮かべた。
じゃあ、キスして
掠れたように甘い声音で言う。
それはもう、控えようと決めたろ?
おにいちゃんが無理言うんだから、せめてそれくらいはしてくれないと、力が出ないの
仕方ないな
やむなく俺は病院の周囲に生えてる松の影にルイを引っ張り込み、細腰を抱いて素早くキスした。即座に離れようとしたのだが、ルイが俺の首筋に両手を回し、強引に自分から引き寄せた。
ようやく身体を引き離した時は、さすがの俺も頬が熱くなっていた。
今は、さぞかしゆであがったタコみたいな顔になっていることだろう。対してルイは、うっすらと頬を染めつつも、とても満足そうだった。
舌を入れるのは反則だって前に言ったろ!
どうして? どうせいつかもっと激しいことをするようになるのに
なるかあっと言いかけたが……俺は辛うじて堪えた。今、ルイを気落ちさせるのは、戦略上よろしくない。
まあとにかく……そろそろ聞き込み頼むよ。ほら、あの人なんかいいんじゃないかな?
ルイの腰に片手を回したまま、近くのバンの影にぼさっと立っているおじさんを指差す。
どうやらスモークタイムのようで、百円ライターでタバコに火を点けるところだった。
脇坂という名の高校一年生が入ってる病室はどこか知りませんか……そう訊いてくれ
タバコ吸う人、嫌い
険悪塗れの表情で、そんなことを言ってくれた。
いいから行きなさい!
埒があかないので、俺はあえて強く厳命し、ルイの背中を押してやった。ようやく、膨れっ面でルイは歩き出し、カタツムリほどのノロさでおじさんに近付いた。
ルイに気付いた彼は、退屈そうにちらっと見た途端、口を半開きにした。
ここまではよくあることで、つまりルイの美貌に驚いているわけだが……妹のインフェクションが発揮されたのはここからである。
あの……脇坂さんという高校生がどこの病室に入ったか知りませんか?
あ、ああ……もちろん、知ってますよ、はい
おじさんはくだくだと自慢そうに話し始めた。
ルイを警戒するどころか、まるで自分の上司であるかのように振る舞っている。訊かれれば本人の家族構成だろうと、即座に教えてくれるだろう。
ただ、自分がこの局の古株であり、いかに警察に顔が利くかの話題から始めたので、ルイが痺れを切らしていきなり遮った。
ごめんなさい、何号室かだけ教えてくれませんか
あ、はい
おじさんは嘘のように素直に頷く。
インフェクションのギフトの前では、普通人はまず無力だ。右を向いてワンと言えとルイが頼めば、おそらく本当に実行するだろう。
501号室です
当然のように即答した。
ありがとうございました。では、ごきげんようです
あ、ちょっと
おじさんが呼び止めようとしたが、ルイは近寄る時の三倍の速度で撤退し、俺の元に戻ってきた。
額に脂汗が浮いていて、あんな短い会話でも、ルイにとってはひどく大変なことだというのがよくわかる。
ご苦労様
後でまたご褒美ほしい
……それはまあ後で検討しよう。とにかく、じゃあ行くか
俺はルイに腕を取られたまま、ゆっくりと移動を開始する。
しかし、ルイが話しかけたおじさんが急ぎ足で近付いてきたのには参った。
これはインフェクションの効果もあるだろうけど、おそらくおじさんがルイが気に入りまくり、少しでも話したいのだろう。
ねえ君、良かったら僕の知人のプロダクションへ――
ごめんなさい、急いでいます。車に戻り、なるべくこちらを見ないでください
あ……はい
おじさんは素直に戻っていく。相変わらず、インフェクションは身も蓋もないギフトだ。
しかし、『なるべくこちらを見ないでください』はないだろ。いや、助かるけどさ
俺が笑って言うと、ルイは軽く頬を膨らませた。
だって、見られていたら、ステルスが使えないでしょ
まあそれは確かに
逆らわずに頷いておいた。
そして、ちょうど別の松の木陰に入ったところで、即座にステルスのギフトを使う。後は、大胆にルイと一緒に病院の前までずかずか歩いていったが、もはや誰もこっちに注目しない。もはや俺達兄妹は、彼らの目に映ってないからだ。
俺から離れるなよ、ルイ。離れたら、その瞬間に見えてしまうからな
ルイは微笑して、ますます俺の腕にしがみついた。
妹にとっては、今のは好都合な申し出らしい。
病院内はさすがに報道関係者の姿は見当たらなかった。
患者に迷惑なので、病院側の方でお断りしているのだろう。その代わり、制服姿の警官の姿はちらほら見える。
おにいちゃん、あれ
妹が階段の方を指差した。
テレビカメラが天井に据えられ、階段を監視しているようだ。
そして、階段横のエレベーターホールの上にもカメラがある。
しょうがない。見舞客みたいな顔して、他の誰かと一緒にエレベーターに紛れ込もう……別に悪いコトするわけじゃないし。ただ……静かにな?
はぁい
可愛い返事のご褒美に頭を撫でてやり、俺はエレベーターホールに足を向ける。
ちょうど、入院患者らしき中年男が、エレベーターのケージを呼んだところだった。当然、ケージが開いたところで、俺達は急いで中に入り込んだ。
姿は見えないが、さすがに狭いケージの中では勘付かれるかとドキドキしたものの、ケージは男が押した三階に無事止まり、新聞片手のそいつは外の廊下へ出て行った。
そこで素早く、俺が五階のボタンを押す。
ケージのドアが閉まり、普通に五階目指して上がり始めたのでほっとした。
よぉし、ここからちょっと急ごう
ステルスは、せいぜい七分くらいしか保たない。
だから、病室ではステルスを解除して脇坂と話すつもりだが、起きててくれるといいがな。
――っ!
ケージのドアが開いて廊下に出た途端、俺は危うく声を上げそうになった。
ルイも、驚きのあまりか大きく息を吸い込んでいる。
というのも、病室が並ぶ廊下の片隅に、椅子を置いて警官が座っていたからだ。