でもおまえ、また新曲のアルバム出すんじゃなかったっけ?

ううん。今度のはCDでは出さないの。ただワクワク動画にアップするだけ。収録は明日だから、大丈夫なの

ワクワク動画というのは、商業活動以前からルイが参加していたオンライン動画サイトだ。動画を見る視聴者のコメントが画面を流れていくシステムで、反応がリアルタイムでわかる。

まあ、どうせルイはそういうコメを全部読まないんで、本人のモチベーションにはまるで影響ないけどな。
ただ、所詮はオンライン活動だと侮ることなかれ。

ワクワク動画のシステムだと、アクセスに応じて動画のアップ主に入金される仕組みなので、あっさり数百万アクセス、時には数千万アクセスを稼ぐルイのクラスだと、これも立派な商業活動になるってわけ。
ただし、本人は別に金稼ぐためにやってるわけじゃないんだけど。

あのさ、お世辞じゃなく言うんだが

駄目元で、俺はあえてまた蒸し返してみた。以前から何度も言ってることだけど、もしかしたら今なら素直に受け止めてくれるかもしれないしな。

おまえの歌、本気でいいと思うぞ

うん……おにいちゃんがそう言ってくれるから、ルイは歌うのよ

人の膝に横座りしたルイは、俺の胸に顔をくっつけてくんくん鼻を動かしたりしている。変態かよと思うが、

おにいちゃんの体臭が好き

だそうで。

いや、そうじゃなくて

またぞろいつもの話題になりそうになり、俺は無理に修正を試みる。

歌が爆発的にヒットしてるのは、おまえの魅力と歌唱力の――

ううん、インフェクションのお陰だよ

ルイはきっぱりと言い切った。どうやら、まだそう信じ込んでいるらしい。
インフェクション……それはルイのギフトの一つで、思想感染とでも言うべき力だ。ルイの声を聞き、(例えマスク装着だろうと)その姿を見た者、あるいはルイの間近に来た者は、たちまちこの子の影響力を受ける。

早い話が、ルイの言うことや命じることに逆らえなくなる。 唯一の例外は、今のところは俺だけだ。

六年前からそういう傾向はあったが、お陰で今は筋金入りの人間嫌いである。
ルイの場合、もう一つのギフトであるサイレントボイスは好みらしいが、このインフェクションがもたらす恩恵には全く興味がなく、むしろ忌避しているようだ。

アイドル活動だって、俺が勧めたから渋々やってるくらいだしな。

まあ、そのことはまた今度にしよう

ルイが暗い顔になったので、俺は早々に話を打ち切った。

外に出るのはいいことだから反対しないけど、せめて着替えたら?

うん……あと、家からもうステルス使うよね?

不安げに聞いたが、俺は首を振った。
いい機会だから、外に慣れてもらおう。

わかってて訊いてるだろ? あれはそう長く保たない

……そうだけど

拗ねたように唇を尖らせてから、ルイはようやく俺の膝から下りて立った。そのまま背中に手を伸ばしてドレスのファスナーを下ろそうとするので、慌てて止めた。

ここで脱ぐな、ここでっ

どうして? 着替えはこのスタジオにも常備してるの知ってるでしょ?


心底、不思議そうに聞くルイである。
最近になるまで、俺がだいぶ甘やかしたのがまずかったようだ。

いや、まだ行くのは早いんだよ。治療も終わってないだろうし、深夜だな……病院へ行くのは

じゃあ、時間来たら着替えを手伝ってくれる? 前みたいに?

寂しそうに言われたが、俺は断固として首を振った。

いや、無理

実はちょっと後ろ髪を引かれたんだけどな。
さすがに十四歳の妹の下着姿を見るのはちょっと。



            ☆

夕食を挟み、ようやく深夜の時間帯になった。
ほとんど読書で時間を潰したようなものだが、まあ妹にとっては歌の練習を続行できたから、結果オーライだろう。

着替えてきたルイは、身体にぴったりフィットしたスリムジーンズと、白いブラウスという格好になっている。
一見地味そうな格好なのに、さすがは現役(仮面)アイドル。
なんかもう、歩く姿一つをとっても、スターのオーラが出ている。こういうのをカリスマ性というのかもしれない。さすがにインフェクションのギフトを持つ妹だ。

これであと、俺の腕に縋りながらびくびく周囲を見なきゃ、言うことないんだが。

おまえさ、完成直後の二足歩行ロボットじゃないんだから、俺に縋りつかないで一人で歩けないか?

……無理

蒼白な顔で言ってくれた。

そうか……まあ、今後の課題だな

実際、外で強引に手を放して逃げたり、放置してダッシュしたりすると、ルイはその場で動けなくなってしまう。
本人曰く、人の視線が怖くて仕方ないらしい。

むしろ周囲の人間こそ、インフェクションを持つルイを恐れてしかるべきだと思うんだが、こればかりは理屈ではないのだろう。

わかった。じゃあ、ゆっくり歩くから落ち着いてな

うん

言葉通り、俺達はゆっくりゆっくり歩き、なるべく裏道を選んで秋葉原中央病院へ向かった。
バス――はもう深夜でないにしても、タクシーに乗れば早いのだが、俺は一緒に歩くことでルイの対人訓練も兼ねているつもりである。
なので、わざと小一時間かけて病院まで歩いた。

本当は表通りの人通りどっさりのところを歩くのが一番効果あるんだろうが、それだとルイの許容限界を超えてしまう。
事実、ルイは文句こそ言わないものの、病院が近くなるとかなり参った様子を見せていた。徹底して他人が苦手らしい。

人が通るといちいち俺の後ろとか横に隠れているから、実際にルイを見たヤツなんて数えるほどもいないんだが。

その代わり、ちらっとでも顔を見たヤツは、みんな現世で天使に会ったような顔して、思いっきり注視していくけどな。

美人は辛いもんだな

おにいちゃんだって、女の人がちらちら見ていくよ……嫌だな

そんなこと言われても

適当に返事をしつつ、俺は病院前の混雑ぶりを見て、うんざりした。
五階建ての病院で、正面出入り口前はそれなりに広く、タクシー乗り場やバスの停留所まである。しかし今やそこは、部外者ですし詰め状態だった。

パトカーが何台も止まってるのはわかるとして、放送局のバンがやたらと多いし、それに比例してリポーターの数も多い!

もう零時過ぎてるってのに、暇な連中である。

この分じゃ、どうせ病室にもみっちり警護がいるんだろうな。……ていうか、そもそもその病室がどこかわからないか

俺は腕を組んだままのルイの横顔をちらっと見た。
妹も女子にしては背が高い方なので、見下ろすという感じにはならない。

ルイちゃーーーん、インフェクションの出番が来たようだよ。そこら辺のテレビ局の人に、ちょっと訊いてくれないか

……うう

あからさまに嫌そうな顔をしてくれた。
人が苦手な仮面アイドルに頼むにしては、ハードルが高すぎたかもしれない。

第一章②インフェクションに頼る

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