机の向こうから送られてくる冷たい視線に慌てて言葉を返す。
足を組んで椅子にふんぞりがえっている姿はまるでオッサンのようだが、社長の性別は女だ。
眼鏡をかけたクールな才媛――なんて言われちゃいるが、着ているものはヨレヨレになったパンツルックのスーツだし、中身はただのドSだ。しかも男勝りとあって、それなりの歳だが男も寄りつかない。以前酒の席で冗談半分で聞いてみたが、
それで? のこのこ帰ってきたと?
いやいや、そう簡単に事が片付かないのは社長も分かってるだろ!?
机の向こうから送られてくる冷たい視線に慌てて言葉を返す。
足を組んで椅子にふんぞりがえっている姿はまるでオッサンのようだが、社長の性別は女だ。
眼鏡をかけたクールな才媛――なんて言われちゃいるが、着ているものはヨレヨレになったパンツルックのスーツだし、中身はただのドSだ。しかも男勝りとあって、それなりの歳だが男も寄りつかない。以前酒の席で冗談半分で聞いてみたが、
うっせえ、ぶっ殺すぞ
これである。酒癖も悪いんじゃ、そりゃ男も寄りつかんだろう。
チッ。それじゃあ、さっさと現時点での報告をしろ
これ見よがしに舌打ちされたが、俺は資料を取り出して大人しく報告を始める。
今回の現場は、親子の心中があった場所。亡くなったのは母親と娘で、薬物を使ったようだ。発見者は家賃未払いを咎めに来た大家
心中としか思えない状況だったんで、警察は自殺として粛々と処理。実況見分も終わって、いざ部屋を原状回復しようと業者に依頼したら、心霊現象が発生。手に負えなくて、うちに依頼が来た――というのが今回の依頼の流れだな
あー、そういやそんな話だったな。すっかり忘れてた
アンタが取ってきた仕事だろうが!
完全に忘れてたという顔で言われてしまい、思わずツッコミを入れてしまう。
本当にこれでどうやって仕事を取ってくれるのかと今でも疑問だ……。
――さて、ここで軽く説明をすると、うちの会社は特殊清掃業というものを行っている。
特殊清掃業とは、事件や事故で発生した遺体を、それを含めて清掃してしまう仕事だ。単純に遺体を片付けるだけなら簡単だが、例えば一人暮らしの人間が室内で自殺したとする。その場合、大体がすぐには気付かれず、放置すると段々腐っていく。この時に出る臭いやらでやっと発見されるケースが多い。
この時の遺体というのが、肉や野菜を腐らせたことがあれば容易に想像できるだろうが、まあアレと同じような状況だ。水は出る、腐臭はする、虫は湧く。しかもそれらのせいで部屋までダメになってしまうと、片付けるのはとても難儀で素人には手に負えない。
そういう時に出番となるのが特殊清掃業者。プロの手際で遺体を片付けて、消臭、消毒、リフォームと原状回復をするのだ。
ただ、うちの会社がさらに特殊なのが、それらにプラスでもう1つ行っていることがある。やはりそういう現場というのは、時折出るんだ。
『幽霊』って奴が――。
そういうのが出るだけならいいが、今回のように清掃作業を邪魔する奴もいる。そいつらをもまとめて対処するのが、うちの会社という訳だ。
ま、実際現場出るのはお前だからな。私がそこまで知っている必要がない
いや、できれば情報収集ぐらいはしてくれよ……
前から分かりきっていたことだが、うちの会社は絶対仕組みがおかしい。
会社とさっきから言っているが、社員はそこにいる社長と俺だけだ。しかも幽霊が見えるのは俺だけ。こんな仕事をしているくせに、社長は一切幽霊が見えない。だから必然的に働くのは俺だけになる。
私は営業役で、お前が現場。分かりやすい仕事分けじゃないか。何の不満がある?
不満大アリだよ……
その辺はまた今度飲みながら聞いてやる。さっさと続きを話せ
もう少し粘って話してやろうかと思ったが、これまでに何度もこの話はしているので、のれんに腕押しなのは分かりきっている。今の所は話を進めるしかない。
部屋にいた幽霊は心中させられた娘だった。最初はその子が心霊現象を起こしてると思ったんだが、話を聞いてるとそうでもないらしい
ん? 違うのか? そのクマのぬいぐるみもその子の物だったんだろう?
そのようなんだが――
あのクマは君のなんだよな?
クマじゃないよ! ベネットだよ!
ああ、ベネットな、ベネット。それでベネットなんだけど、俺が触ると変なことが起こるんだけど、何でか分かるかい?
尋ねると少女はしばらく悩んでいたが、
わかんない!
だよな……
迷いなく言われてしまい、俺は思わず頭を抱える。
話を聞いてみると、彼女はお菓子を食べた後、急に眠たくなって気付いたら今の状況になっていたという。物を触ろうと思っても手がすり抜け、外に出ることもできないらしい。
まあ幽霊だから物理接触できないのは当然だし、それに外に出れないということは地縛霊になっているということだろう。
しかし、それであれば腑に落ちないのが、やはりクマがトリガーになって起こる心霊現象だ。
クマを取られまいと起こしているというのが一番理屈として分かりやすいのだが、そうでないとすれば他に何の要因があるというのだろうか。
口に手を当てながらしばらく考えてこんでいると、ショーコと名乗った少女がこちらを覗き込んできていた。
どうしたの、おじさん。お腹でも痛いの?
いや、大丈夫だよ。この部屋を片付けるにはどうしたものかと思ってね
片付ける? さっきみんなで片付けたところだよ?
あー、その片付けるって意味じゃなくてだな――
ちょい待ち。みんなで片付けたって、どういう意味だ?
みんなはみんなだよ。私とね、お母さんとね、あと――
父親だと?
そう、父親。心中する前に父親が来ていたらしい
そこまで聞いて、社長は難しい顔で何やら考え始めた。こういう時の社長は確かに切れ者といった感じだ。
そして考えがまとまったのか、社長は背もたれに預けていた体を前に動かした。
こっちでも少し調べてやる。現場の書類をこっちに寄越せ
ん? ああ
立ち上がって書類を机の上に置いてやると、素早く目を通していく。
ふむ――。よし、お前はもう1回現場に行ってこい。もしかすると状況が動くかもしれん
マジで?
私の勘が外れたことがあるか?
自信満々の顔で言う社長だが、確かにこの人がそういう時は大体そうなる。それがこの人を小さいとはいえ会社を維持し続けていられる由縁なのかもしれない。
分かった。とりあえず幽霊の相手してるから、何か分かったら連絡をくれ
あいよ
社長は返事をすると、すぐに電話の受話器を手に取り、手早くボタンをプッシュしていく。調べるといっていたので、いつもの人に情報をもらうのだろう。
さて、それじゃあ俺も現場に戻りますか――。