放課後、忍が生徒会室に行くと、すでに桃が到着していた。

 生徒会室というのも名ばかりのその部屋には、大きな長机が四つ、真ん中に置かれている。
 部屋の奥には扉があり、魔窟の倉庫へと続いている。大きな書類棚および本棚が壁を埋めつくしており、長机にはそこから取り出された書類が積み重なっていて、今にも崩れそうだった。

 その書類のなかに、埋もれるようにして作業をしている人がいる。
 オレンジ色のポニーテールが、何かを書き記すたびにぴょこぴょこと左右に揺れている。

 桃、と忍が声をかけると、彼女ははっと顔をあげた。忍が入って来たことに気がつかないほど、集中していたようだ。

お疲れ、何してるの?

いろいろだよ!

 そのいろいろの内容をきいているのだが、と忍は思ったが、黙っておいた。そう、と忍が言うと、そうなのそうなのと言いながら、桃は作業に戻っていく。

 忍は、もくもくと作業を続ける桃を見つめた。
 宮野桃。学校のアイドル的存在。ファン多数、しかも男女問わず。

 笑顔が眩しい。誰にでも明るい。成績は中の中、しかし事務所理能力は天下一品。

 四月はじめに生徒会役員に就任してから、自分の仕事だけでなく、今まで溜まっていた仕事を黙々と片付けているようだ。

 しなくてもいいのに、と忍が言ったことがある。すると桃は、趣味なんだよと白い歯を見せて笑うのだった。
 クラスでの彼女を忍は知らなかったが、恐らく彼女の仕事好きな一面を知っているのは、生徒会役員だけなのではと思っていた。

何か手伝うことある?

 忍の質問に、ううんーと桃は首を横に降る。

そっか。無理しすぎるなよ

好きでやってるんだなぁ、これが

 書類整理は楽しいな、と鼻唄混じりに桃がつぶやく。ふ、と忍が笑うと、桃はふふふ、とそれに答えるように笑った。

忍ちゃんが、いろいろ雑務を引き受けてくれるから、こうやって私が好きな書類整理とかができるんだよ。ありがとうね

 唐突にそんなことを言われると照れてしまう。こういう正直なところが、アイドルたるゆえんなのだと思いながら、忍はいいよと頬をかいた。

よっすよっす

 大きな声と共に現れたのは、生徒会長の晃弘だ。

お、今日も仕事に精が出るねえ、桃やん

 晃弘は桃に近づくと、そのポニーテールの先を指で弾いた。やめてよ、と桃が顔をあげる。

毛先がうねうねしてる

雨だからねー

なるほどねえ。それにしても、いつもありがとうね。お陰でごちゃごちゃのファイルが、とってもきれいになってる

晃弘にほめられると嬉しいなあ。きれいになると、晃弘は幸せ?

もちろん。ほしい記録がすぐに出てくると、それだけでもう、幸せだよ

だと思ってやってるんだなー

 仲睦まじい会話になごんでいる場合ではない。ウィッチは、と忍が言うと、桃は好きだねえと首をかしげた。

興味ないのかよ

興味はあるけど、今はまだ情報が少なすぎるよ。これからの行動を予測したいと思っても、だ。昨日みたいにこちらは後手、後手に回るしかないのだから、焦っても無駄無駄

でも、掲示板は常にチェックしなきゃだろ

してるよー、友達が協力してくれてる

 桃は、書類をめくる手を止め、書類のなかに埋もれている携帯電話をほい、と取り出した。

何かアクションがあったら、電話してくれるんだ。なんだ、ウィッチはって忍ちゃんが切り出したから、ウィッチの考察でも始めるのかと思ってた。話をするんじゃなくて、ウィッチはどうなってるのって言いたかったのか。忍ちゃんは私の後手だね、後手後手だね

う、うるせえ

 忍は返す言葉がなかった。なるほど、友達に頼むなんて手があったのかと感心したほどだ。

 学校中がウィッチの噂で持ちきりだ。その中でも特に興味があるような、いつも掲示板を見ているような友達に監視を頼み、自分は仕事を続ける。

したたかだな

私が? そんなそんな

しかし、実は桃もかなり興味あるんだな、ウィッチ

かなり興味があるのは生徒会長様だよ。捕まえて、伝説残しちゃうんだ。私はその補佐をしたいだけ

 桃の言葉に感動した晃弘は、ありがとうと目を潤ませた。
 伝説などという意味のわからない単語が飛び出した時点で、忍ははいはいと流していた。

 晃弘と桃の会話は独特なのだ。二人とも、忍と会話をするときはとても理知的な言葉をたくさん使うくせに、二人が話し出すと、とたんに電波でも飛び交ってるんじゃないだろうかと思うほどの、意味不明な単語だらけの会話を繰り出す。

こんにちは

 香里が、いつものにこにこ笑顔で生徒会室に入ってきた。電波会話が始まる前に救いの手が、と忍は安堵のため息をつく。

 よう、と忍がいう前に、突如馬の駆け抜ける音が、生徒会室に響き渡った。

 一瞬、何事かと全員が身構えたが、すぐに桃の携帯電話の着信音だということに気がつき、三人はもう、と全身の力を抜く。

 「なんでだよ」という忍のつっこみを無視し、桃は真剣な面持ちで携帯電話を手に取ると、すぐに画面を凝視した。そして小さな声で、呟いた。

ウィッチの書き込みがあったみたいだよ

2 屋上の夕日はまるであなたの(2)

facebook twitter
pagetop