エーン! 探したぜ

 目があった男子生徒が、俺めがけて走ってくる。

 俺は慌てて扉を閉め、周りを見渡した。ここは廊下の行き止まり、周りに人は、いない。

 半分は金髪、半分は赤髪の生徒が、目の前で立ち止まる。すごいなあ、俺よりちゃらいなあ!

どこ行ってたんだ

……うん、ごめん。えっと、エン、って

ん? ああ、親衛隊長って呼べば良かった?

 何のことだよ! 

 俺が狼狽していると、隣でサンザシが何のことですかねえとのんきに笑った。いいよな、お前は他の人には見えないんだから!

どうやらタカシ様は、この世界ではエン様と呼ばれているようですね

 その通りだと思うが、サンザシは他の人には見えていないため、頷かない。

どうしたよ、黙りこくって。お前、変だぞ?

 男に聞かれ、ああ、と慌てて笑顔を作った。

 そうか、黙っているのも変か、ええい、なんだこのハードモード! 難易度設定を選択した俺を殴りたい!

ごめん、少し体調が悪くて。探させてごめん

大丈夫かよ?

 そいつは、俺よりも背が高かった。

 覗き混んでくる目は、真っ赤だ。カラーコンタクトだろうか、それとも、本物? もしかしたら、この世界は俺の記憶にある日本の世界よりも、カラーリングがカラフルなのかもしれない。

 緑の髪の毛の人や、水色の唇の人が出てきても、驚かないようにしなければ。

――ああ、大丈夫だ、よ。行こうか

 どこにかは分からなかったが、探されていた立場から考え、俺はさらりとそう口にした。

 凄くスムーズです! と褒めるサンザシの言葉を無視する。サイレントモードにならないかな、この子。

おう。姫様が心配してたぜ、いろいろとな

 ヒメサマ! ここは学校だよな?

なあ、この学校って創立何年だか知ってるか

知らねえよ、お前、本当に大丈夫か?

 とりあえずここは学校だという確信を得て、ひとまずほっとする。
 学校に、姫。姫は立場か、それともあだ名か。

さ、早く行こうぜ。もうみんな集まってる

 そうだな、と言った後、この派手な見た目の生徒の名前を知らないことに気がつく。

 ええい、もうやけだ。歩き出した男についていきながら、飄々と訊ねる。

なあ、お前の名前の由来って何?

 男は一瞬だけ顔をしかめたが、端的に質問に答えた。

賢くなってほしいから、賢。次男だから数字の二。んで賢二。……お前こそなんでエンなんだよ、縁結びの縁?

 健康の健に、縁結びの縁、ということは、漢字が元になっているということで、つまり。

ここは日本なのか……随分とカラフルになっちまったんだな……

日本だよ……縁がバグっちまった……

 賢二が天井を仰ぐ。

悪い、疲れがたまってるのかも

 思わず口に出していたようだ。危ない危ない。とりあえず、適当にごまかした。

 連れていかれた先は、パソコン室だった。先ほど、廊下を歩いている際に教室の時計を確認しておいた。どうやら今は放課後らしい。

縁、連れてきたぜえ

 パソコン室には、四十ほどのパソコンが背を向けて並んでいた。

おお、凄い数ですねえ

 サンザシが感嘆の声をあげる。確かに。

 よく見ると、何台かのパソコンの画面が妙に薄い。俺の知っているパソコンは、まあ、大分薄くはなっていたが、プラスチックのような薄さではない。

 なるほど、未来か。未来かー。すこしだけワクワクしてきた。

 一番後ろの右端の席に、人が三人いるのが見える。そのうち、二人の視線がこちらに注がれた。

縁、遅いぞ

 青い髪に黒ぶち眼鏡の男が、顔をしかめる。立ち上がり、早く来いと偉そうに言う。
 それにしても青い髪、凄いな。

どこに行っていたんですか

 青い髪の男とは対照的に、物腰柔らかな金髪おかっぱの青年も立ち上がり、もう、とため息をつく。

 金髪なんて可愛いものに見える。カラフルだな、おそらくだが、近未来の日本。

縁さんがお戻りですよ

 ぽんぽん、と肩を叩かれた人物が、おお、と小さく声をあげる。

ケンケン、ありがとお

 唯一顔をあげなかったその人物は、パソコンを食い入るように見つめていた。高く明るい声とは裏腹に、表情はいたって真剣だ。

お安いご用ですよ、お姫様

 姫様。

 そう呼ばれた女子生徒を注視する。ピンク色の髪の毛。なるほど、もう驚かない。

 恰好は、皆と変わらない制服だ。地位ではなく、あだ名の可能性が高くなってきたなと考えながら、とりあえず黙っておく。

縁ちゃん縁ちゃん、結局どうだったの、あったの?

 黙っていたのに、矛先を向けられ、さすがに動揺を隠すことができなかった。

えっ、あ、あの、えーっと

 もう、と姫様は顔をあげ――目を丸くした。

 まるで、何かに気がついたように。

……縁ちゃん

……はい

 がたり、と姫様が立ち上がる。

 護衛するように脇にいた男性二人がびっくりしてのけぞっているが、気にも留めない様子だ。

ちょっと、来て!

 姫様はずんずんと俺に向かって歩み寄ると、手を取り、スピードを緩めることもせずずんずんと進み、パソコン室を出た。

 扉を閉める直前、賢二の声が聞こえた。よかったな、親衛隊長!

ちょ、あの、えっと、姫、様、えっと

 ひと気のない廊下を、姫様はずんずんと歩いて行く。

 しどろもどろに呼びかけるが、聞く耳を持たないようだ。

 階段をのぼり、廊下の端にある教室を、姫様はそっと開けた。中に誰もいないのを確認すると、電気も点けず、小さな声で入ってと言う。

 扉は一人分しか開けられていない。

 俺のすぐ後ろにサンザシが着いて来てはいたが、サンザシが入る前に閉められてしまうのではないかと心配になった。二秒ほど時間をかせげば、でも、どうすれば。

 しかし、姫様は予想外の行動に出た。サンザシが入ってくるまで待ってから、扉を閉めたのだ。

 見えている?

 薄い桜色の目が、俺を捉える。

縁ちゃんじゃないですね


 今度は俺が、大きく目を見開いた。


 ばれてるー。

1 秘密のディスクと不思議な姫様(1)

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