シーベックは人々の目に触れる前に山林から離れた廃材置き場に着陸し、ちょうど辺りのジャンクがカムフラージュになってくれるような形になった。
シーベックは人々の目に触れる前に山林から離れた廃材置き場に着陸し、ちょうど辺りのジャンクがカムフラージュになってくれるような形になった。
やっぱりハルは話したのか。当然だ
シーベックに取り付けられたカメラを操作して、昨日の不時着現場を拡大して捉えてみた。冷静に見つめていたのだが、集まっている人々の中にハルの姿があった時は失望で胸が一杯になる。
とはいえ、少しだけ信じていたのも間違いない。駄目だ。気をつけねば
カナタは自分に言い聞かせながら、カメラの中のハルを冷酷な視線で見つめてRCMライフルの着脱操作を始め、自分の着ているスーツのサポート用プログラムを起動させた。
エネルギー炸裂弾を用いても残エネルギー量は75パーセント。演算はこっちがやってあげるわ。今度はちゃんとトリガーを引いて
耳に入ってきた声に一瞬だけ戸惑うが、カナタは平静を保っていた。どうやら今日のオペレーターはグレイグではなくリンだ。まるでどんな感情も込めないままに忠告してくる。それはまさに機械がするような指示だ。
彼らの姿は人間よ。確かに私たちは人殺しではない。でも、あれは地球外の生命体。割り切れって言ってるのよ
言われるまでもない
シーベックのパネルを操作してシステムを全て待機モードにしてから、ハッチを開けて外に出られるようにする。
こっちは相手からの攻撃を受けるケースも想定してる。これ以上失望させるな
RCMライフルを手にしてカナタはシーベックから地面に降り立つと、耳元から聞こえているリンの声に冷静に答える。
昨日のは失敗じゃない。たった一個体に対してこちらの装備を使用し、情報を与えてしまう。そのリスクを回避した結果だ。次はし損じない
言い訳も一流って訳ね。でも、私相手にその答えは合格点にほど遠いわ。さっさと片付けて帰ってきなさい
言葉の最後は早口だった。通信が一時的に切られる。レーザー回線を使っての通信にもエネルギーを消費する。繋ぎっぱなしにしている訳にもいかない。
カナタはジャンクの山を駆け抜け背丈ほどある植え込みの中に隠れる。そして、先日シーベックを着陸させた場所を窺ってみた。
そこにはシーベックから見た通り、十名ほどの男女が集まって何やら合議をしているようだった。
カナタは肩のプラグにRCMライフルを装着して情報をスーツに送り込んで、設定を変更していく。
一つの機械になったようにカナタは照準を合わせた。
しかし、ある光景がまたしても彼にトリガーを引かせるのをためらわせた。
目標の辺りで何やら動きがあったのだ。カナタは目を細めて動向を見極めようとした。
この間の少女、ハルが、集まっていた人の視線を何か大きな声と身振り手振りで集めていた。まるで体操でも行っているような滑稽で大きな動きだった。それから、辺りを駆け回り(カナタはここでハルが頭をおかしくしたのだと本気で思った)、空を指さすとそのまま遠くの方に指先を持っていった。
何だあの奇行は
ハルの身振り手振りについ見とれてしまったカナタは、本来の任務を思い出す。そして炸裂弾を放とうとする。
だが、その前に対象が駆け足でどこかへと消えて行ってしまった。ハルの指示した方へと、何があったのか分からないが、我先にと急いで走って行くように見えた。
そして、残されたハルは『危なかったー』とでも言いたげに胸に手を当ててホッとしているようだった。
それから改めて辺りに誰もいないことを確認するように周囲を見回すと、何と、こちらに向かって手を振ってきていた。
まるで遠くで隠れていた野生動物を安心させるかのような笑顔を見せている。だが、自分の行為が誰かに見られたらまずいと感じたのか、一瞬その行為を止めて、恐る恐るといった風に辺りを見回すと、今度は控え目に手を振っていた。
まるで軍事行動のように辺りを警戒しながらハルの方へと徐々に接近して、そして再び顔を合わせることになった。
いやー、名演技でしたね。恥ずかしながら今のは女優顔負けって感じでしたよ
何だったんだ、あれ。君は頭がおかしくなったのか?
ひ、ひどいですね。えっと……やっぱり私の他にもあの船を見たって人が何人か居て、それでいつも展望台に通っている私が詳しいだろってことであの辺で調査を始めてしまったんですよ
やはり先日の不時着は気づかれていたのかとカナタは胸中で一瞬だけ焦りの感情を抱く。
そこにまたカナタさんが現われたではないですか。それでですね!
そこまで話すと、自分の声が大きすぎたかもしれないと思ったのか辺りを見回して、そして安全だと分かると、一歩カナタの方に歩み寄って囁く。
彼らには離れてもらいました。ほら、あの中には宇宙人なんて見たら、色々な所に知らせて教えて大変なことにしてしまいそうな人だって居そうでしたし。それに、私一人が『うちゅーじんが出たぞー』って叫んでも皆無視です。ですが、あれだけの人がいればですね、もしかしたら
まあ、もしかするかもな
でしょう?
ハルは誇らしげにするが、こちらの視線に気づいて恥ずかしそうに俯くのだった。
何をそこまで恥じているのか、そしてどうして自分を助けたのか、カナタは理解が追いつかない。
あの! 本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか! お暇があるようでしたら、その私とお茶でも!
宇宙人を逆ナンするのか、君は
そういう軽い、つまり軟派なお話ではないのですよっ。私はですね、この星とあなたの星との文化交流という崇高な使命を果たしたくて……
あたふたとハルは視線をあちこちにやっていたが、最後はカナタの冷静な目つきに自分が恥ずかしくなったのか、縮こまるように両手を前で組んだ。
連れがいればやりやすくはあるか……。俺一人で行動するよりもよっぽど安全そうだ
カナタはそう判断するとハルの申し出を受け入れてどこかで話すことにするのだった。
森を抜けると、ほとんど地球と同じような町並みが現われてカナタは唖然としてしまう。街の看板は見たことの無いものだが、言語は同じなので意味は分かる。道路標識も、行き先の書かれたものの地名は分からなかったが、見方は全て理解出来るものであった。
文化というのは似た生命体同士でこうも共通するものなのか……?
ハルの隣を歩きながらカナタはある事柄を思い出していた。
それは、地球で聞いたことのある『各地の神話や伝承の共通点』の話である。
例えば古代ギリシャには『ノアの箱舟』で有名な大洪水の神話がある。同じくバヌアツやメキシコ、韓国にも同じような図式の神話が残っているそうだ。
しばしばこれらはオカルト的に語られることが多い。偶然の一致を何か神秘的なものとして解釈しているという反論も聞かれる。だが、この星の文化と現状、隣を歩くハルの姿を見て、必ずしも偶然の一致が全てなのか? という気がしてくるのだった。
これもまた研究の対象になるとカナタは思いついたところで、ハルに聞いてみたいことがあったのを思い出した。
そういえばだな、何か巨大なものが見たいんだよ
はい? タワーとか超高層ビルとかそういう立派なものが見たいんですか?
ほら、空を飛んだり、陸を走ったり、……必要に応じて砲撃をしたりだな
カナタは上手くはぐらかして質問出来ない自分が情けなくなっていた。
要するに『軍事基地』が見たい。この星の軍備がどれくらいのものなのか。先のグレイグとの話し合いで調べるようにと命じられていたのだ。カナタはこの星の生命体を滅ぼすと仮定したが、その場合、どれだけの戦力が必要なのかを考える必要がある。
歩きながらハルは少し難しい顔になった。やはり怪しまれたか? カナタは、心では落ち着くようにと自分を律しようとしていたが、緊張した表情は隠せなかった。
あー分かりました。ふふふ、それ、兵器のことですよねー?
とびきりの笑顔でハルはカナタの顔を覗いてくる。それがあまりにも不気味でカナタは固唾を飲んだ。
残念ですねえ、カナタさん。この星にはですね、そういうものは一切無いんですよ。残念でした
はぐらかされたか、とカナタは思った。このハルという少女は見た目は抜けているのに、案外考えている。そうだ。普通、どこに敵かもしれない存在に軍事的な知識を与えようとするやつがいるだろうか。
何とか苦笑いをしてカナタは『バレたか』という顔をしている。
すると、ハルはカナタの携行していたRMCライフルを指で突きながら悪戯っぽく笑うのだった。
だから、こんな危ない物を持ってると皆から注意されるかもしれませんよ。でも、その時は私が頑張って『作りものですっ!』ってアピールしますから。協力、して下さいね? また名演技を見せてあげますからね
ちょっと待ってくれ。まさか、本当に、兵器が存在しないのか?
カナタの頬を汗が伝った。ここまで驚愕したのはいつ以来だろうか。精神の安定を図るために受けた脳手術を受けて以来、こういう心の状態になったことがなかったので覚えてすらいなかった。
到底、そんな話を信じられる訳がなかった。
どうしても疑ったカナタに対して、機嫌を悪くしてしまったのはハルだった。
そこまで私が信じられませんか。そうですか。そういう人なんですね……とむくれてしまって、カナタを図書館へと連れてきたのだった。
カナタはそこでこの星の歴史の書かれた本を真っ先に手に取ると、読書スペースで熱心に読みふけり始めた。
その間、ハルは宇宙人を特集した怪しげなオカルト系の雑誌をめくりながら、ちらちらとカナタと雑誌を見比べていた。
そうして一冊の本を全て読み終えて、カナタは背もたれに体を預けると、深く息をついて天井を見つめていた。
何てことだ。何てことだ。ハルの言ったことは、全て、本当だったのだ。
この星は『蒼星』と呼ばれており、現在は輪歴890年。輪暦というのはこの国独自の暦であり、この輪暦が始まって以来、同時に『蒼星』はあらゆる武器を捨てたようだった。きっかけは単純だった。戦って殺しあうよりも、協力して何かを生産した方が効率よく文明が発達出来るからだ。
無ければ作れば良い。
そして、作れなかったら、それは無かったことにすれば良い。
そこまで考えてカナタはとある考えを抱いた。そして、意識を今に戻すと、上を向くカナタの視界に、雑誌と彼を難しい顔で見比べるハルの姿があった。
何をしているのかはあえて聞かず、核心的な質問のみをする。
この星の宇宙開発はどうなっている?
案の定、だった。
この星では宇宙開発の類いは全て行われていないようだった。
宇宙開発は国家間の競争があってこそだ。そういった争いを全て放棄した代わりに、宇宙開発のレベルは中世レベルなのだ。
蒼星の歴史と文化に触れてカナタはショックを受けていた。
そんな彼をハルはお気に入りのレストランに連れて行ってくれた。
そこで昼食にパスタを頼んでくれる。この国にもそういう食べ物はあるらしい。
パスタが来るまでに二人きりで席に座り、そこで無言になる。ハルは何やらあたふたしておりあちこちに視線をばらまいていた。だが、やがてカナタを真っ直ぐに見つめる。
カナタさんの星には、素敵なものがありますか? あ、ありますよね? 教えて下さい!
あるね。戦いと競争にまみれた血だらけの歴史だよ
一気に空気が重くなった。
せっかくパスタを頼んでくれて悪いが。俺は食事を必要としないんだ
う、宇宙人だから……ですか! すごいです!
周りの視線が一瞬だけ集まったが、反省したように前で手を組んで縮こまるハルだった。
違う。もともとはあったんだ。でも、捨てた。星を探すために、もっと丈夫な体になるために、体を捨てたんだ。目も機械とリンクするようになっているし、胃は自動であらゆる場所からエネルギーをとる。今は……水か。空気中の水蒸気がエネルギー源として採用されてる
何だか、とってもすごいです。間違いなく便利だと思います。で私だってきっとそうなりたいって、誰だってそうなりたいと思います
嘘はつかなくて良いんだ。無駄だった。俺は争いが嫌で宇宙に飛び出した。戦うのが嫌で、自分の星の歴史が嫌で
そこにパスタがやって来た。カナタたちの会話には無関心で、ウエイターは二人分のパスタと伝票を素早く置いて行ってしまった。どちらも食事には手を付けない。カナタは語り続け、そしてハルは興味深く話を聞き続けていた。
この星の人間は皆平和で、だから、俺のように宇宙に希望を求めたりもしないんだ
待って下さい。それは違うと思うんですけど
ハルは口を挟んでくる。初めて見せる真剣な表情で、胸に手を当てて必死に訴えかけてきた。
それでも私は宇宙を見ていました。この星のことを誰かに知ってもらいたいって思ったから。だから、あなたが宇宙人だと知って、嬉しかった
でも、俺みたいにはなりたくない。俺のような体にはならないだろ?
そう吐き捨てるように言って、カナタは近くにあったフォークを取る。
そして目の前にあったパスタを一口だけ口の中に運んだ。
味覚は残したんだ。この星から帰ったら、不純物を検出する装置と舌を交換して、味覚そのものも取り去ろうと考えてた
何度か咀嚼するとカナタの口の中には甘酸っぱいトマトの味わいが広がって、何故だか涙が出そうになったが、涙腺を取り外しているのでそれさえ敵わなかった。
確かに美味い。俺はやっぱり、味覚を捨てるよ
それっきりカナタは何も話さずに、ハルがパスタを食べ終わるのを待つと、『そろそろ帰る』とだけ言って、シーベックの元へと帰還するのだった。
何も話さずに彼女はただついてくる。自分がこの空気の原因を作ってしまったのだろうかと悔やんでいるのかもしれない。そう考えると、カナタは冷静さを取り戻して横を歩くハルに話しかける。
話せて良かった。色々なものを見られて良かった。俺はこれからもそれだけは失わないよ
はい……でも、ごめんなさい。私、軽々過ぎました、よね
いや
軽く首を振った。ハルが何を言おうがどんな態度を取ろうが、カナタはこのどこか虚しい感情を変わらずに抱いただろう。この星の人々のうらやましさと、そして同時に抱いた嫉妬心をだ。
シーベックの元に帰り、そしてハッチを開けて乗り込むと、カナタはハルに最後の挨拶をする。
また会いに来る。今度は、どういう形か分からないけど、必ず会うから
爽やかな別れを演出しようとカナタは演技をしたが、ハルには通じなかった。まるで、これが今生の別れであると悟っているような悲痛な表情を浮かべていた。