完全にどうかしていた……

御境カナタはRCMライフルを構えると肩の上に設置して武器側の電極をアタッチメントに直結させる。RCMという武器の情報が眼前のディスプレイの隅に表示された。

残エネルギー。

一発あたりで消費するエネルギーの配分。

そして、現設定でライフルを使った場合の残弾数。

暗視デバイスが働いているので、暗闇の中でも透き通った緑色の風景がカナタには見えていた。
だが、問題は武器の情報でも夜間の情報視認でもない。

切迫した状況を作り出しているのは、画面の中央に表示されているターゲットサイトの捉える対象だった。
赤く点滅する四角形の中に少女がはっきりと映り込んでいる。

そして、RCMライフルのAFB(オートフォーカスバースト)システムの照準がターゲットサイトの情報を得て少女を追いかけた。情報が結合する。点滅する四角形が二重になる。
あとはトリガーを操作すれば複雑な行程を一瞬で終えて少女を殺せる。
しかし、カナタは指をそのトリガーに引っかけたまま少女の行動を見守っていた。

耳元から男性の声が聞こえてくる。普段は酒ばかり飲み、意味の分からない説教を繰り返すが、任務となると人が変わったように冷静沈着になる上司のグレイグ・ベルナード大尉だ。

発弾許可は与えている。ジーベックが異星の生命体の目に晒される前に、速やかに排除を命じる。これは緊急事態だ

高度100キロメートル以上の位置に居る調査船から発せられる命令は、どれだけ距離があっても耳元で聞こえてくる。

異星の生命体……。あれは、どこからどう見ても、俺たちと同じ人間じゃないのか

カナタはその迷いから攻撃が出来ずにいた。
高台へと続く森を抜けていく少女の姿は、後ろ姿だけでも『人間』だと分かるものだったからだ。
しかし、グレイグは彼女を異星生命体だと呼ぶ。それはある意味では正しいとカナタは思っていた。いや、正確を喫するのならばグレイグの意見の方が当然なのであった。

カナタたちがアプローチしているこの惑星は、彼らの母星である天の川銀河の太陽系第三惑星『地球』ではなかった。

天の川銀河に属してはいるが、全く別の星系に存在する惑星なのである。

この天体の特徴はまさに『地球と同じであること』であり、地球が生命の存在出来る環境であると説明される時に用いられる数値や概念(大気の存在であるとかそれを満たす気体の種類であるとか、その濃度であるとか)がこの惑星の周辺の事象と置き換えて説明をすることが出来る。

すなわち、『別の用語で記述が出来る地球』……『双子地球』なのである。
カナタたちがこの双子地球を見つけたのは、地球が推し進める民間のSETI(Serch for Extraterrestrial Intelligence)計画の一環においてだった。この計画は言ってみれば、『宇宙人を探す』という目的の基に各国が基金を設立し、それに基づいて用意された調査隊が様々な宙域を調査するというものである。

双子地球の発見はカナタたちの事故と不測の事態が重なっての全くの『偶然』からであったが、この発見はSETI計画において十分すぎるほどの成功と言えるものであった。

言えるものであったのだが……。
カナタはこの双子地球の実態を調査するべく、小型艇のジーベックに乗り込んで単独でこの星に降り立った。
時刻は夜であったが、カナタは着陸してこのジーベックのハッチを開けた瞬間、景色を見て感激してしまったのである。まるで地球の山林のような風景。砂漠や岩ばかりを見せられてきたこの宇宙の旅において、このような緑を見られ、そして涼しげな風を感じることができたのは、カナタの感情を震わせるに十分であった。

つい、彼はシーベックから降りて、夢遊病者のようにふらふらとその場を離れて自然を観察してしまっていた。緑の画面の暗視ゴーグルを通して、『何をしている、血迷ったか、戻れ、戻って報告しろ』というグレイグからの命令を耳元で受けながら、ぼんやりと歩いていたのだった。

シーベックから一定距離離れた時だった。
短いアラートが鳴り響き、目の前のディスプレイの上隅に『生命体反応あり』という文字が躍り出し、そこで初めて我に返ったのである。

すぐさまカナタは林の影に隠れて、携行していたRCMライフルを構えてその『接近物』を確認したのだが、それは紛れもなく彼が地球で見かけるような人間……しかも同い年ほどの少女であるのだ。

少女は辺りを見回しながらシーベックの方へと確実に移動をしている。このままでは発見されてしまうだろう。

だが……だからと言って……殺すのか? あれは人間ではないのか?


カナタはこれまで多くの惑星で知性を持たない生命体を殺傷してきた。それはサンプルとして持ち帰るものであったり、行動が制限されていたためにやむなく殺したものであった。このようなケースは初めてであった。

息を飲み、ゆっくりとカナタはライフルから手を離していく。
少女の元へと走り始めた。

今ならシーベックを見られる前にここから遠ざけることが出来る。俺ならやれる


少女とカナタの距離からすると、そう思うのは当然だった。
しかし、少女がシーベックの一部を見つけてから走り出したのは計算外だった。カナタはその少女を捕まえられず、シーベックの元へと二人で同時に到着してしまった。

少女は目の前のシーベックのみならず、後ろからいきなり現われたカナタの姿をも発見したことになる。

こんな超常現象級であろう出来事を二つも目の当たりにしたにもかかわらず、その少女は冷静だった。
だが、その落ち着き払った顔はすぐに興奮と上気による赤みを得ていく。

やっぱり! あなた宇宙人? 私、待ってました! 待ってました! 小さい頃からずっと!

呆気にとられてカナタは何も言えず、その少女の言葉が理解できるという奇跡についても特に何も思わず、ただ立ち尽くすだけであった。

言語までも同一であるという事実に驚きを隠せず、カナタはその少女をまじまじと見つめていた。こうして向き合って立っている限り、どこにも違いは見つからなかった。
そうしている内に、異星人に見つかってしまったという事実に改めて危機感を抱く。
このシーベックをこれ以上見られている訳にはいかないと思い、カイルは少女に場所を移すことを提案した。特に警戒もされずに素直に従ってくれた。

どうしてあの宇宙船に気がついた?

カナタは無理をしてでも先に喋った。色々聞かれる前に適当に誤魔化してしまおうと考えたのだ。
先手を打って逃げてしまう手もあった。そうなると少女は人を呼び、衛星軌道上に居るグレイグたちが発見されるかもしれない。この星は地球と双子とは言えまだ未知数なのだ。

そんな風に考えながら話していると、少女はまるで遠くからの友人に会ったような顔で笑う。まるで驚いている様子がない。もしかしたらこの星の住人は既にどこかの星の知的生命体と交流しているのかもしれない……とカイルは予想する。

最初からここに来たかったんです。この展望台で星を見るのが好きで。空気も澄んで星を見る絶好の機会です

望遠鏡も何も持たずにか?

ぼうえんきょう……? 自動車の部品か何かですか?

彼女は首を傾げた。
まさか存在しない訳ではあるまい。カナタは疑いの眼差しを向けるが、そこを追求するよりも、早くこの少女と別れようとした。

さっき君はようこそと言ってくれたが……

あ、その……すみません、私はハルっていいます。あらためまして、よろしくお願いします

ハルと名乗った少女が言葉を遮ってきた。ついカナタは喋るのを止めて、相手が名乗るのをそのまま聞いてしまった。
そして、ハルはこちらの名も聞きたそうにしているので、迷った挙げ句、『カナタ』と本名を答えてしまっていた。これ位は障害にもならないだろうと判断した。

カナタさんはあの宇宙船でどういう星から来たんですか? 見た感じ、私たちとそれほど変わらないみたい

概ね、この星と同じような星から来たんだ。ちょっと不時着してしまってね。すぐに帰らなければいけない

苦手な作り笑いでそう言うと、あからさまにハルは嫌な顔をした。

せっかくこの星を代表してご挨拶をと思ったのに……

……何で君は驚かない

先ほども思ったが、やはりこの星には他にも宇宙人が来ているのだろう。カナタはそう予測して、これから出てくるであろう異星人の名前を記憶しようと身構える。

だって、これだけ星があるんですよ? 宇宙人が居てもおかしくないじゃないですか。それに、私はいつもここで星を眺めて探してたんです。そういう星を。だったら、来てくれたとしても不思議はないでしょう?

それは想定外の言葉であり、あまりに脳天気で怒りさえ湧いてきそうなハルの言葉だった。すかさず、そんな訳ないだろうと反論したくなる。しかし、そう答えてしまえばまた会話が続いてしまうので、無理をして笑ってみせた。

すまない。さっきから仲間が呼びかけてるんだ。今すぐ行かなきゃいけない

紳士的な宇宙人を演じ、わざとらしい口調でカナタは展望台から去ろうとする。
すると、やはりハルは変わっていて、それならば仕方がないですね、と無念そうな顔をしたけれども、諦めてカナタを行かせてくれたのだった。自分がもしハルの立場だったら、絶対に引き留めるだろう。しかし、彼女はそれをしない。

疑問に思うが、やはり関わり合いにはなりたくない。その一心でカナタはシーベックに戻ろうとした。

この件は秘密にしておいてくれないかい? 近々挨拶に来るつもりなんだ。その時まで混乱させたくない

演技じみているとカイルは自分でも思っていた。けれども、健気にハルは頷いて『口が裂けても言わない』とでもアピールしているように口の辺りを指でなぞっていた。
それをカナタは見届けると、急いでシーベックに帰還して離脱の準備を始めた。

星を探していたと彼女は言っていた。もしかして、俺も同じなのかもしれない。そして、お互いに見つかった訳か

離陸していくシーベックの中でカイルはそんなことを思っていた。

けれど、やっぱり俺らは違う。彼女は歓迎するために星を探していたが、俺らは侵略のために探していたんだから

そう思い直し、カイルは離れていく双子地球を窓の外に見ながら、頭の中で見立てを作る。これから作成する報告書に記載する内容にかかわることだ。

この星には十億の地球人が住める。ただし、ハルたちを含めたここの住人を残らず抹殺した場合に限り

深くため息をつきながら頭をシートに倒し、シーベックが母船に収容されるのを待っていた。コードさえ入力しておけば誘導は自動なのだ。
そうして戻ったカナタはシーベックからすぐに各種の計器を回収して降りると、ブリッジへと移動をした。双子地球での調査の報告をするためだった。

叱責されるのは覚悟の上だ。なにせ、グレイグという上官の命令を無視し、さらに現地の生命体と接触してしまったのだ。どのような処分が下るのか考えただけで恐ろしくなるけれども、すぐにどうこうという問題ではないのでブリッジに到着する頃には落ち着いていた。この船は今や乗員が三名の、漂流にも近い状態の船なのだ。わざわざ人員を減らすようなことはしまいとカナタは考える。

ブリッジに近づくと、扉の前で腕組みをして待っている女性の姿があった。同僚のリンである。いつもどこかカナタをライバル視しており突っかかってくる。カナタはそれに対していつもつれない態度をしてかわしていた。

これであんたは歴史の教科書に載るって訳ね。おめでとう。私、孫の代まで自慢しちゃおうかしら。あのカナタって人と私は同じ宇宙船に乗っていたのよ。もちろん、私はお荷物で控えで、あいつはエースだったけどって

探査はチームプレイだ。君も教科書に載るかもしれない

そう言うと、張り合いが無くなったのかリンはむくれてその場をどいた。

なーんにも分かってない。ふん。あんたなんかグレイグ大尉に怒られまくればいいのよ! くっ……

そんな負け惜しみを言い放ちながら、心底悔しそうな顔でリンはその場をどいた。
首を捻って背中を見送りカナタはブリッジに入る。
そこにはグレイグがウイスキーを飲んでおり、特にカナタを責めるような態度を取っている訳ではなかった。

このような奇跡的な瞬間に立ち会えたと喜ぶとこなんだろうが。俺としてはただ酒を飲む口実が出来たことの方が嬉しい

そんな軽口を叩くグレイグだが、酒を飲みながらため息を何度かついていた。どうやら疲労しているようだった。人類最初の偉業を成し遂げる一員となったのだ。並大抵の心労ではない。

とにかく相手は休みたそうにしていたし、カナタも同じ状態だったので聞き取りは一日延ばされた。
その間に調査結果をまとめたファイルをコンピューター上で作成した。
例の計算結果も打ち込んでおく。
人類がここに定住するにはこの星の生命体を全て殺さなくてはならない、と。

そうして翌日になり、カナタのレポートがグレイグとリンの前でなされたのだが、あの双子地球は我々よりも文明化しているのかどうかとか、宇宙開発についてどう考えているのかといった疑問が幾つも出てくる。
不確定な要素ばかりが増えてきた頃、グレイグは再びカイルに双子地球への降下調査を認めるのだった。

三日、ここでこの星の採れる限りの情報を手に入れてくぞ。もう、母艦に帰るまでの燃料はギリギリだからな

その言葉を何度も心の中で繰り返しつつ、カナタは再び双子地球への調査へと出発するのだった。

シーベックには前回不時着した位置座標のデータを入力しておいた。一度、ハルという少女と接触しているので別の箇所での情報収集が好ましいのだが、再び不時着する可能性がある。それほどに大気圏突入は困難な行為なのである。なので、全てをオートでやるには前回座標があった方が確実であり、安全なのである。

カナタは座標を入力して、そしてそのまま双子地球に導かれるままにシーベックのシートにもたれていた。
リラックスしている間、ハルと名乗った少女のことを思い出すが、すぐに頭から消した。変に情を抱くのは愚かな行為だ。そう自分に何度も言い聞かせる。

やがて、前回着陸した場所が見えてくるのだが、そこには大勢の生命体……この星の人間が集まっているのが見えた。
カナタは背筋が寒くなるのを感じたが、すぐに顔つきを厳しくして、シーベックの自動飛行モードを解除した。そして、母船に打電をする。緊急事態。現地の住人が集結している。これを回避するために最大限の処置を行う。

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