えっと、ここは……


葉を千切って紙のように束ねたものが床に落ちている。
いえ、これは置いてあるのね。
そして床には何やら蓋らしきものがあり、妙な匂いが鼻につく。
さらに異様に狭い部屋で窓は無く、薄っぺらい板のような扉が目の前にあった。
天井はそれなりに高く、三メートル近くはありそう。そして天井自体が淡く光っているからか、この空間はそこまで暗くない。

ねぇアニスちゃん。ここってさ

おトイレ……ですよね

記憶の片隅にあるいくつかのファンタジー小説のお話では、よくあるスタート地点が森の中だったり、草原だったり、或いはダンジョンだったりしてた。
でもね。

さすがにおトイレスタートはないでしょ!!

あの創造神デミゴスとやら、絶対わざとだよね。
今度会ったら一発ぶん殴ってあげるわ。

まあまあファルティラさん、落ち着いて

アニスちゃんこれが落ち着いていられる? もしここが男性用トイレだったら、あたしたち痴女よ?

どっどどどどうしましょう!?

まあまあアニスちゃん、落ち着いて

こ、これが落ち着いていられますかっ?! 早く外に出ましょうよ!

これだけ薄い壁でこれだけ話ししてたら絶対外に誰かいたらばれるよね

…………

今更黙っても遅いよ。堂々と出ましょ

おトイレがあるという事は街の中、あるいは誰かの家の中かな。
街中のおトイレならいいのだけど、もし他人の家の中だと不法侵入になってしまう。転移してきてそうそうにトラブルは避けたい。
しかしこれだけ騒いだにも関わらず、外に人気はなさそう。
なら多分近くに人はいないと思う。

がちゃ。

おトイレの扉を開け、そしてあたしの目に飛び込んできた景色は、とても広い草原だった。風がそよぎ、まるで歌を運ぶように耳に届いてきた。

ファッ?!

えええっ?

二人して驚く。
何ここ、仮設おトイレ?!
というよりこんな誰もいないだだっぴろい草原に、どうしておトイレがあるの?!
後ろを見れば遥か遠くに見える山々、目の前には地平線が広がっている。
す、すごい。
こんなのあたしが住んでいたところには無かったよ!

……あれ?
あたしの住んでいたところ?
どこだっけ。

まあいいや。細かいことは気にしない。

ねーアニスちゃん。ここどこ?

分かりかねます。ファルティラさんこそ、ご存知じゃないのですか?

分かるわけないよっ。それよりどうしよう

でも創造神デミゴス様がいくつかの種族を創造したのですから、きっと誰か居ると思いますし、まずは人里を探すのが良いかと思います

…………

どうかしました?

アニスちゃんって賢い?

普通だと思いますけど

それはあたしが馬鹿って暗に言ってる?!

否定はしません

してよっ! 悲しくなるじゃないの! でも、あの少年は十億年ほど放置してたとか言ってたよね。もしかしてもう絶滅した可能性もあるよね

否定はしません

してよっ! 悲しくなるじゃないの!

でもここにおトイレがあるのですから、きっと誰か使っているのでしょう

あ、そっか。そうよね。じゃあここで待っていればいつか誰かくるのかな

周りを見ても何もない。でも誰かここへ来るならどうやってくるの?
まさか歩いて、何てことはないよね。目に映る範囲に何も無いところで。
車とか飛行機でもあるのかな。
でも、確か地平線ってせいぜい四キロとか五キロくらいと記憶の片隅にある。ここがあたしの住んでいた星と同じ大きさ、という条件だけどね。

でも待ってるなんて事、あたしには似合わないよね

はぁ……。じゃあどちらへ行きますか?

その前に、まずは食べ物と飲み物が先決よね

別に私たちは食べなくても死にませんけど

ふぇっ??

慌てて自分の身体を見る。
ぷにぷにの二の腕、筋肉がありそうでなさそうな足、自分の身体を抱きしめ、そして感じる体温。
……まさか。
この身は……機械の身体?!

まさかあたしたちは、人間じゃなくロボット?!

……いえ、あの

エーテルさんと一緒に銀河鉄道に乗って旅をしなくても、略されたのね

……さすがに古いですよそれ。それと微妙に名前が違う気がしますが

じゃあなに! 食べなくても平気だなんて! 人間の三大欲求の一つである食の楽しみがなくなったのよ!

ああ、ファルティラさんはおいしい食べ物が食べたいだけでしたか。それよりファルティラさんって自分の身体の事なのに分からないのですね

うぅ~、何が言いたいのよ

確かにあたしは何も分からない。だって気がついたらあの不思議な森にいて、そしてあの少年と出会ってこの身体を貰って、いきなりここに飛ばされたから。
でもそれはアニスちゃんだって同じなはず。

私たちは創造神デミゴス様が特別に造られた、いわば神の僕、つまりは神の一種であり、寝ることも食べることも、そして疲れる事もありません

事も無げに説明してくれた。

な、なんでそんなこと知ってるの

造られた瞬間、その辺りは理解できましたが

あたし何も知らないんだけど

ま、まあ私のような者には計り知れない深いお考えがあっての事でしょう

そっちのほうが面白そうだから

今、あいつの声が聞こえた気がした。
絶対次に会ったとき一発殴ってやるからね。
まあいいわ。

と、とにかくまずは一歩を踏みしめましょう

は、はい

そしてあたしはようやくおトイレの前から、一歩大地に足を踏み入れた。
柔らかい地面、草の感触、そしてどこからとも無く

痛っ

という声が、あたしの五感を襲ってきた。

え? 痛っ?

pagetop