二人と紅子達は本棚での点検を終え、最初に集合していた場所に戻った。ぱらぱらと他の図書委員も集まっていて、機器を司書の菖蒲に返していた。

 少し待っていると、生徒が全員戻ってきたらしい。委員長が人数を確認して、菖蒲のところに報告していた。

 菖蒲はうなずいて、カウンター前のパソコンに座り、なにやら操作している。少しすると、顧問の千草と共に、何枚かのプリントを手に戻ってきた。

皆さん、お疲れさま

 千草が柔らかい声で、みんなをねぎらってくれる。菖蒲は、図書委員が座っている席を周り、持っていたプリントを配っていた。

 プリントには、行方不明本リストと題字が打たれていて、その下には本の題名、分類番号などが打たれたリストが並んでいた。

今回の開架書庫の点検で見つからなかった本はそのリストになります。もし、覚えのある本があったら、持ってきてください

 開架書庫で見つからなかった本というのは、どういうものなのだろう。淡香が首を傾げていると、青藍が意味を説明してくれた。

今、俺たちがバーコードを読みとったよね

はい

その本と、貸し出されてる本、全部を除外した本のリストがこれなんだ。つまり、勝手に持ち出したりした本ってことだな

……そんな。これが、全部

 リストにある本の数は、決して少なくはない。確かに図書委員会でも、無断で持って行かれる本があることは、何回か話題に挙げられていた。

 それでも、入り口に無断で持って行かれないよう、ゲートを設置したりして対策を取っているのだ。
 それほどの対策を取っても、行方不明になってしまう本がこんなにあるのか。

まあ、理由は色々ね。とりあえず私達は私達にできることをしましょ

 目の前に座っていた紅子はさっぱりと言い、リストに目を通しているようだった。そして、思いついたように顔を上げる。

……あ

なんですか?

この本、確かあの教室で見たことあるわ、えっと天文学同好会!

 紅子はリストの中の一冊を指さして、強く断言した。
 青藍が頬杖をつきながらも、困惑したような、戸惑ったような表情を浮かべる。

お前、そんな辺鄙なところに本があるの、よっく知ってるな

へへん、私の人脈をなめちゃいかんよ

 紅子は得意げに指を立てて振ると、勢いよく立ち上がった。

とりあえず、ちょっと取りに行ってくるわ。ついでに他の部室にも本があるかもしれないから見にいってくる

それじゃあ、俺たちも行こうか。俺たちの棚は、他の棚から移動してきた本も戻したしね

 紅子に続いて、青藍も立ち上がった。空もそれに続いたので、淡香も負けじと立ち上がる。

 他の机にちらりと目を向けると、彼らもそれぞれに動いていた。もう一度自分達が担当した棚を見るもの、自分の教室を探しに行くもの。

 図書委員長は自分達が担当した棚を確認することと、ホワイトボードに集合時間だけ書いていて、あとは好きに行動するようにとのことだった。
 無くなった本を探すのに、こうするべきというルールは無いからなのだろう。

 四人は、学校内を突っ切って、部室がある部室棟へと向かっていった。

 窓の外から聞こえていた喧噪が、あっという間に近くなる。
 部室棟に足を踏み入れると、ちょうど部活の時間であることもあって、にぎやかな声が響いている。

 天文学同好会の部室は、部室棟三階の奥にある。
 ちょうど今日は活動の日らしく、扉の向こうから、生徒達の声が聞こえてきた。
 だが、扉には黒い布が垂れ下がり、中の様子は伺えない。

はいはい、失礼しますよーっと

 中の様子が分からないので、普通は開けても良いものかどうか尻込みするものだ。
 だが、紅子は全く躊躇する様子を見せず、勢いよく扉を開けた。

「うわっ、出た!」

 淡香は扉の横に立っていたし、扉は紅子が突入していったので中の様子は分からない。
 だが、紅子が突入してすぐに、中から悲鳴に近い叫び声が聞こえてきた。
 続いて青藍も慣れた様子で中に入る。隙間ができたので、淡香は隙間から中をのぞき込んだ。

 天文学同好会は、窓にも暗幕が垂れ下がり、暗い部屋になっていた。
 そして、部屋の片隅に下げられたスクリーンに、土星の映像を映し出している。どうやら上映会をしていたようだ。

 紅子は薄暗い部屋でも迷うことなく、奥にある本棚へと歩いていった。そしてポケットから出した携帯の光をかざして、目当てのものを探し出しているようだ。

あ、あった!

 少しして、本棚にある本を見つけたらしい。歓声が聞こえてくる。
 突然現れた紅子達に、呆気にとられていただろう同好会の生徒達が、ようやく声を上げた。どうやら現実に戻ってきたらしい。

「ちょっと。何だよ、急に入ってきて!」

ん? 蔵書点検で行方不明の本があったから、探しにきたの

 紅子は振り返ると、腰に片手を当て、もう片方の手でひらひらと本を振った。得意げな表情である。

 紅子の得意げな表情と、手にされている本に、同好会の生徒は何かを思い出したらしく、怒りのまま表情を固めていた。

 紅子はそのまま、お邪魔したわね、とだけ言って同好会の部室をあとにする。青藍が無表情のまま、扉をしめた。

やっぱりここにあった。前にここで見たと思ったのよねぇ

 思ったとおりにあったことが気分が良かったらしく、紅子はふんと鼻を鳴らした。

お前のことだから、どうせあの部室で映画を勝手に見てた時とか何だろ。少しは大目に見てやれよ

そうねぇ。私があの部室に押し掛けて映画見てなかったら、本も見つけられなかったしねぇ

 前を歩く二人の会話を聞きながら、空がこそりと囁いた。

小美野先輩って、敵にまわしたらいけないタイプだな

……うん

 淡香もやっとのことでうなずいたが、少し表情が強ばっていたかもしれない。
 先輩達の会話を二人して顔をひきつらせながら聞いていた時、青藍がさて、とつぶやいて振り返った。

どうしようか。せっかくここまで来たから、各部室を見ていこうか

そうですね。資料として勝手に持ち出したまま置きっぱなしの人とかもいそうですし

それじゃあ、開いている部室から見ていこうかしら

 四人はそれから、活動している部室をひとつずつ回って、本棚を確認させてもらった。
 漫画ばかりが本棚を埋め尽くしている部室もあれば、楽譜ばかり並んでいる部室もある。
 自分が所属している部活でなければ見ないところなので、何となく目新しさも感じていた。

 そんなことを考えながら淡香達が次に訪れたのは、文芸部だった。

次はここか

ここはありそうね

 紅子は青藍の言葉にうなずきながら、文芸部の扉をノックした。中から、大人しそうな生徒が出てくる。

「あら、小美野さん……」

部活中にごめんね。今、図書委員で蔵書点検をしているところで。行方不明の本がないか、確認させてもらってもいい?

「うん、いいよ」

 どうやら、出てきた生徒と小美野はクラスメイトであるらしい。文芸部の中に快く入れてもらえた。
 棚には文庫からハードカバーの本と、様々な本が並んでいる。なんとなく、図書室と似た空気も感じられた。

 淡香が棚の下を確認していると、そこから背表紙に分類番号のラベルが貼られた本を発見した。

あ、あった

 本を引っ張りだしながら、リストを確認する。リストの一覧には、確かにその本の名前があった。

あーよかった。無事に発見できた

 淡香は自分でも行方不明な本を見つけられたことに、ほっとして息を吐いた。
 ひっぱりだした本を何気なく確認しようと、本を開いた、その瞬間だった。

 開いたページから、文字が急に大きくなったかと思うと、勢いよく飛び出してきたのだ。

 急に立体化した文字があまりに現実離れしていて、反応が一瞬遅れてしまう。

 文字は飛び出してきて、淡香を襲おうとしてきた。淡香は本を取り落としてしまう。

きゃっ!

どうし……ッ

 驚いている淡香に真っ先に気が付いたのは、青藍だった。
 彼は飛び出して襲いかかってきた文字を腕で勢いよく払うと、胸元から何か細長い紙のようなものを出してくる。
 読めない文字だろうか、記号にも見える何かが書いてあって、呪符のようにも見えた。

 青藍は険しい顔つきのまま、素早く呪符を本へと投げつけた。
 本から飛び出してくる文字は呪符にぶつかると、溶けるように消えていった。

 立体化していく文字が消えた瞬間を狙って、さらに青藍が呪符を本に投げつける。
 吸い寄せられるように呪符は本に張り付き、そしてぴたりと言葉を吐き出すのをやめた。

 終わったの、だろうか。淡香が固唾を飲んで見守る横で、青藍が小さくため息をつく。

やられたな

やられたってことは……、つまり

そう。喰われた

 青藍は本を拾い上げ、ぱらぱらと中のページを淡香のめくってみせる。

 めくられたページは、全て白紙だった。

 表紙は古びた、明らかに本として装丁のなされたものであるし、図書室で使う本として、ビニールフィルムでくるまれている。
 だが中は、無地のノートのように真っ白なのだ。

これが……

 話で聞いていても、理解するのとはまた違う。
 改めて事実を目の当たりにして、淡香は言葉を失ったまま、立ち尽くしていた。

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