控え室。
入ってくるなり俺はゴミ箱を蹴飛ばす。

タカムラ

クソ! みんな死ね!!!


毒を吐くと俺はベンチにごろんと横になった。
どうも最近イライラしているようだ。
ヒールって思っていたよりストレス溜まるぜ!

タカムラ

はああああああああああああ~

ため息をついて少し冷静になった俺は指を動かす。

ゴミ箱が勝手に立ち上がる。
いや、『勝手に』じゃないな。
俺が動かした。
超能力というヤツだ。
この世界では普通に使われている能力だ。
奴隷の俺も多少は使える。
最初こそ大喜びしたものだが今では特に感想はない。
当たり前とか慣れというのはそういうものだ。

まあいいや寝よ。寝よ。

俺がふて寝していると控え室のドアが乱暴に開け放たれた。
俺の目の前にいるのは、目つきの悪いオッサン。
いわゆるチンピラ。

雑魚

てめえコラァッ!
なめた試合しやがって!!!

あー。
なるほどね。
対戦相手が来やがった。
よくいるんだよねえ。
卑怯だコノヤロウって殴り込んでくるヤツ。
俺はのっそりと起き上がると拳をボキリボキリと鳴らした。

タカムラ

また負けに来たのか?
このドバカ。

雑魚

てめえなめやがって!!!


男が殴りかかってきた。

大振りの雑なパンチ。

俺は男の拳が届くよりも先に男の鼻っ柱にジャブを撃ち込み動きを止める。
男の鼻から血が流れ出る。

雑魚

てめえ!!!

タカムラ

来いよ。遊ぼうぜ

雑魚

オラァッ!

またもや大振りのパンチ。

俺は相手の懐に飛び込むと、膝でタメを作り、下から相手の顎に拳を叩きつける。

ロッカールームに大男が倒れる音が響いた。

タカムラ

殺さねえように手加減してやってんだよ! このドアホ!

こうして俺は相手をボコにした。
だが、俺の機嫌は悪いままだった。

軽い運動をした俺は睡眠の誘惑に身を任せていた。
そして俺は夢を見る。
それはいつも見る夢。
その日、俺たちは北海道行きの飛行機に乗っていた。
一部にバカどもはいても楽しい修学旅行……のはずだった。

最初は機体の揺れだった。
乱気流。
機体が激しく上下する。

カタカタと揺れる機体。
ここまでは誰もがのんきなものだった。

突然、機体が震動した。
どこかで叫び声が上がる。

エンジンが燃えてる!!!

どこかで誰かが叫んだ。

次の瞬間、爆発音とともに機体の壁が吹き飛んだ。
飛行機の天井までがめくりあがり一瞬で吹き飛ぶ。

タカムラ(二年前)

ぬああああああああ!
な、何があった!!!

その瞬間、シートベルトで座席に固定された体が浮き上がる。
俺は声すら出せずにもがく。

タカムラ(二年前)

っちょ!
っま! 待てって!!!

俺の叫びは誰にも届かない。
ギギギという音とともに座席が傾く。

まずい。

永遠とも思える数秒間、俺は耐えた。

タカムラ(二年前)

うわあああああああああああ!!!!

努力もむなしく俺は虚空、大空へと放り出された。
座席にくくりつけられた体が回転する。
急激な気圧の変化が俺を襲う。

つまりだ……簡単に言うと……

俺は一瞬で失神した。

あっさりと。
情けないことに。
このあとなんかあったっぽいのだがなぜか思い出せない。
なんにも覚えていない。
気がついたらセクション47にいたんだ。

おっきろー!

何者かが俺を揺さぶった。

サイガ

っよ! タカムラ

何者かに声をかけられた。
声の主は黒髪で軽薄そうな顔の男。
外見は20歳くらいと思われるが本当の年齢はわからない。

サイガ。

奴隷商にして拳闘奴隷のプロモーター。
俺の所有者にして共犯だ。

サイガ

お前またやったのか?


サイガが部屋の隅でゴミ箱を被って寝ている男を指さした。

タカムラ

悪いか?

俺は満面の笑みでそう返した。
するとサイガもつられて笑う。
悪い顔で。

サイガ

いんや。
それよりも今日も大勝利じゃねえか! よくやった黒騎士!


俺は起き上がりもしない。
絶対に起きないでゴザル。

タカムラ

黒騎士ねえ……ただ単に黒にカラーリングしただけじゃねえか

サイガ

おいおいおい。お前らの提案だろが。
一番速く解放される方法教えやがれって言ったのはお前らだぞ

俺は黙った。
雄弁に語るだけが戦略ではない。
沈黙すべき時は沈黙する。
それができてこその心理戦だ。
沈黙は金なのである。

なにも言い返せなかったわけじゃないんだからね!!!

それにサイガの言っている事は事実だ。
俺はわざとヒールを演じている。
なぜならこの闘技場はギャンブルもやっているのだ。
しかも自分自身の勝利に賭けることができる。
ヒールを演じて、なるべく強いヤツと戦う。
当然、俺に賭けるヤツは少ない。
で、自分に賭ける。
勝てば一攫千金。
負ければ最悪死ぬ。

嫌われてるので
……ものすごく死ぬ。

そのためにいろいろやった。

生放送のインタビューで突然全裸になったり、
毎回客席にファッ○サインをしたり、
客席に対戦相手を放り投げたり、
客席の壁に対戦相手を押しつけて殴ったり、

あと……対戦相手が死なないように戦ったりとかな。

この世界では、どちらかが派手に死ぬ方が人気が出るらしい。
だからわざと逆をやる。

一種のインチキだ。
ハイリスクハイリターン。

あとロッカールームとか楽屋でキレた相手選手に刺されたり刺されたりとかもある。
だから誰もやらない。

俺の場合は今までやって来た野郎は全員半殺しにしてるけどな。
今ではこのロッカールームは俺専用の控え室のようになっている。
みんな俺の喧嘩に巻き込まれるのが嫌なんだってさ!

タカムラ

ざっけんな!!!
俺悪くねえだろが!

サイガ

おーい聞いてるかー?

サイガが俺に声をかけた。

タカムラ

聞いてるよ?

嘘です。

サイガ

まあいいや。
もうけたもうけたっと。
で、次の対戦相手な。
次は……赤騎士だ。

サイガはにやりと笑っていた。
赤騎士。
それはこのセクション47を治めている領主の私兵だ。
その中でも貴族の地位を持つ猛者だ。
その証拠にこの闘技場のチャンピオンなのだ。
チャンピオンになればなんでも願いが叶う。
奴隷からの解放もだ。
俺たちの最初の目標だ。

タカムラ

とうとうか……

サイガ

ああ。計画通り動け。
タカムラ、お前が裏切らない限り俺は全てに便宜を図る。

タカムラ

ああわかってるよ。


俺はそう返事をしてからサイガに背を向け部屋を出た。

タカムラ

お前こそ裏切ったら殺す!

捨て台詞を残して

サイガとの話し合いが終わると、俺は奴隷の宿舎へ向かった。
ある男に会うためだ。
中庭に着くと教練場から声が聞こえてくる。

吉田

お前ら!!!
俺がJCとケコーンするためにさっさと殺人マスィーンになれ!!!

バカのわめく声が聞こえてきた……
教練場にいたのはまだデビュー前の奴隷たち。
それと30代の大男だった。
男は俺に気づくと大音量で声をかけた。

吉田

おー! タカムラ!!! 終わったのか! ガハハハハ!!!


筋肉質、まぶたに切り傷、耳は潰れていて、拳には拳ダコ。
露骨に濃い男が豪快に笑った。
コイツは中学の担任の吉田英二だ。
修学旅行の引率中にこの世界へ来た。
俺と同じように女生徒を売るのに反対して剣闘士として売られた。

吉田

どうだ?
お前のファンで俺と結婚してくれそうなJCはいるか?!

タカムラ

真顔で言うなドアホ!!!

ファンなんていねえよ!
ファンなんて!!!
(死にたくなった)

なんとなくわかるかもしれないが、俺と吉田は反対した動機がかなり違う。
俺は人道を求め、吉田はJCのケツを求めた。
死ねばいいのに。

吉田

三年B組! ロリコン先生!!!

タカムラ

やかましいわ!!!

隠そうともしてないが、この野郎はロリコンだ。
しかも筋金入り。
自分がロリコンである事を誇りにさえ思っていやがる。
だがコイツはただのド変態ではない。

吉田は俺に武術を叩き込んだ二重の意味で師だ。

ほとんどの人はこの野郎が戦えばいいと思うに違いない。
だが、残念なことに吉田はアゼルを操縦できないのだ。
吉田はこの世界に来ても超能力を使えなかった。
どうやらアゼルの操縦には超能力が必要らしい。
それが俺と吉田を分けてしまった。
俺が戦い、吉田が俺をサポートする。
異世界に放り出され奴隷として売られた俺たちは嫌でも助け合わなければならない。

この世界に来る前には俺は吉田を史上最悪のロリコン野郎だと軽蔑すらしていたが、今では正直尊敬している。
この男は戦闘に関しては信用できる。
それはサイガも同じだったようだ。

現在、吉田は二年前までずぶの素人だった俺を訓練した功績をサイガに買われて、練習生の訓練を担当している。
吉田曰く、女子がいないのが不満らしい。

タカムラ

アホか。

コイツ、人格だけは信用できねえな。ホント。
俺は呆れながら本題に入る。

タカムラ

んなもん、いねえよバカ。
それより……赤騎士との対戦が決まった。

吉田のまぶたがぴくりと動いた。
同時に吉田の緩みきったその顔が引き締まる。

吉田

相手はお貴族様か……今までのチンピラとは違うぞ。

タカムラ

ああ。だからトレーニングメニューを変えてくれ


吉田がにやりと笑う。

吉田

木剣を拾え

タカムラ

ああ


俺は一本だけ手に取る。

吉田

違う。二本だ

タカムラ

はあ?
二刀流は難しいからヤメロって言ったのはお前だろ?

吉田

ああ言った。
だから、これから血のションベン垂れ流すまでお前に動きを叩き込んでやる。

鬼かお前は。

タカムラ

はあ……あー仕方ねえ!
……わかったよ!


吉田はド変態で最低のロリコン野郎だ。
だが、こと武術では嘘はつかない。
俺はもう一本の棒を拾い構えた。
すると吉田が練習生たちに大きな声で話しかけた。

吉田

お前ら! タカムラと俺の動きをよく見ろ! これがプロだ!!!

タカムラ

お前は違うじゃねえか!!!

吉田

るしぇー!!!
それ以上俺のちっぽけな自尊心に傷をつけるなあああああああッ!!!

タカムラ

自覚しとるんかい!!!

こうして俺たちのスパーリングが始まった。

激しく打ち合う俺たち。
二本の木剣で打ち合いながら、肘を入れ蹴りを入れる。
もちろん投げも関節技もありだ。

吉田

おどりゃああああ!
イケメン死ねい!!!

俺は死ぬ気で攻撃をはじき返していく。

タカムラ

な!
いきなり全力かよ!!!

吉田

痩せたら美形になりましたってどこの漫画じゃい!!!
俺は、俺は貴様が憎い!!!

※ただのヒガミである
(もちろんぶっ殺す)

タカムラ

フハハハ! 死ぬのは貴様だ!!!


俺たちは全力で打ち合う。
もちろんお互い殺すつもりでだ。

練習生

……マジかよ。コイツら人間か?


打ち合いで壊れた木材の破片が飛び散る中、練習生の一人がつぶやいた。

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