機械油と錆。
無数のケーブルとパイプが縦横無尽に張り巡らされた殺風景な風景。
そこに金属が周囲を埋め尽くすフロア。
セクション47。
それが俺のいる世界だった。

闘技場の油圧式のゲートがガラガラと音を立てて開いていく。
俺は操縦席で拡張現実の表示からステータスを調べる。
心拍数。
血圧。
体温。
脳内物質。
自分の体に取り付けられたセンサーの数値も異常はない。

アゼル

さあって、行くかね。

俺は独り言を言った。
俺が乗っているのはいわゆる人型巨大ロボット。
ここではアゼルと呼ばれている。
二足歩行で手が使えるタイプ。
いわゆる人間型だ。
センサーだらけのオペレーター用スーツに拡張現実によるアシスト。
これにより脳のスピードとほぼ同じ処理が可能とのことだ。

俺はオペレーションメニューを展開する。
俺の目に拡張現実としてメニューボタンが広がる。
タッチも操作も必要ない。
視線操作も念じる必要もない。
脳が必要と思っていれば必要とする機能へアクセスされる。

ローラーダッシュON

俺は転ばないように前傾姿勢を取る。
そして俺は一気に加速した。

俺は一気にゲートをくぐる。
ここで待ち伏せされていたら厄介だ。
ゲートが一番危険なのだ。
機体の周り360度が投影された操縦席。
機体の前を向いていた俺の視界の隅になにかが見えた。

攻撃だ!

それは横なぎの斧だった。
俺はわざと後方へ倒れ込み、加速した勢いでスライディングする。
機体の頭部が存在したところを斧が通っていく。
振動刃特有の耳障りな高温がコックピッドに響く。

アゼル

危な!

今のは少しヤバかった。

アゼル

くっそ! ソニックブレードか!
高級品持ってやがる!

そこには重戦士型のアゼルがいた。

今、俺を掠めたのはソニックブレード。
振動剣ってやつだ。
刃が超高速で振動し、その振動で対象をガシガシ削るという鬼みたいな兵器だ。
喰らったらお陀仏だ。
喰らうわけにはいかない。

俺はそのまま転がり、その勢いを使って起き上がった。
斧を持つのは青い機体。
俺に手招きをする。
挑発だ。

この野郎!

俺は距離を取る。
そして腰に収納された剣を引き抜き相手に向けた。

俺のはただの合金製の短剣。
短くて降りやすいのだけが取り柄だ。

なにこの理不尽!

アナウンサー

おおっと黒騎士!
生意気にも今のを避けました!!!
ゴキブリ並のしぶとさ!

アゼル

やかましいわボケェ!!!


コックピッドに興奮した司会の声が聞こえた。
それと同時に闘技場の観客席から一斉にブーイングが上がる。
ヒールは辛いぜ!

アゼル

なにが黒騎士だアホが


俺はそう毒づくと、ジリジリと少しずつ間合いを詰めた。
すると、一気に決着をつけたかったのか対戦相手は頭の上に大きく斧を振りかぶった。
そして一気に間合いを詰める。

速い!
脚部パワーアシストか!

だけど俺の方が速え!

床に突き刺さる斧から火花が散る。
だが俺はもうその時には相手の懐に入っていた。

アゼル

オラァッ!!!

俺は敵機体の手首を掴みその腕に剣を振り下ろす。

金属がひしゃげる重い音。
切断はできない。
少しめり込むだけだ。
だがそれで充分だった。

複雑な人間型アゼルの内部。
そこに深刻なダメージが起きた。
人工筋肉繊維の断裂。
内部骨格へのダメージ。
各種センサーの故障。

そして痛みのフィードバック。
骨折ほどの痛みが相手を襲ったに違いない。

アゼル

死に晒せ!!!

俺は間髪を入れず、今度はがら空きの胴を狙い剣で薙ぐ。
相手もかなりの腕だった。

それは接近戦になると判断して斧を手放した、相手の手がさしこまれブロックされる。

弾かれる俺の腕。

だが俺は弾かれた腕をくぐるように半歩踏み出し、縦斬りを繰り出す。

これもブロック。
相手の手で下に叩き落とされる。

素手の間合い。超近距離での攻防。
これが俺の間合いだ。
俺たちはその後も攻防を続ける。
叩き落とされた俺の手。
重い武器なら床に突き刺さっていただろう。
だが俺のは片手剣だ。
軽く、その軌道は自由自在だ。
何より片手が自由に使える。

アゼル

オラァッ!!!

俺は左拳を相手の機体、その顔に叩き込む。
俺の拳に電流が流れる。

アゼル

うっわ! かってえええええ


痛えだろが!
俺は涙目になりながら、そのまま相手の太腿に斬りつけた。

アナウンサー

おおっと!
これはセコい!
黒騎士が距離を取りながら置き土産とばかりに足を切りつけたー!!!


いつか司会ぶっ殺す。
夜道に気をつけろよオッサン!

俺がむっとするのと同時に相手が膝から崩れ落ちた。
俺は剣を相手に突きつける。
俺は距離を取り残心、つまり攻撃できる態勢でいた。

アナウンサー

おおっと! 黒騎士トドメを刺しません! やはりクソ野郎です!!!

アゼル

お前そんなに俺が嫌いか?!
なあコラァッ!

前にインタビューに全裸で現れて放送事故起こしたのを根に持ってやがるな。
後で事務所にピンポンダッシュしてやる!
してやるからな!!!

俺が気を取られたのを察したのだろうか、相手は起き上がってきた。
そのまま片手で拳を振りあげる。
正面から殴り合えば勝てると思ったのだろう。
いいねえこういうガツガツしたヤツ!
だから……

アゼル

ヒャッハー!!!
卑怯な手を使ってやるぜ!!!

俺は床目がけて足を踏みしめる。

闘技場の床が壊れるのを確認すると、俺は床の破片を相手の顔目がけて蹴る。
相手は突如目の前に現れた破片に一瞬動きが止まる。

アナウンサー

っちょ! 目つぶしかよ!
お前セコすぎんだろ!


素でツッコむな!!!
るせー!!!

セコイ手で作った一瞬の隙。
その間に俺は持っていた剣を放り捨て、猛然と相手に向かい駆けた。
そして相手の首を掴み、その頭部へ向かって

飛びヒザ蹴りをかました。

膝蹴りが顎を打ち抜く。
衝撃で頭部が揺れ、センサーがエラーを吐く。
エラーを読み取った生命維持装置がメインコンピューターと操縦者とのリンクを切断。
頭部カメラはブラックアウト。
メインコンピューターとの再リンクまでコントロール不能に陥る。
コントロール不能になった巨人は前のめりに崩れ落ちていく。
俺は頭部へ己の腕を振りかぶり、

倒れゆく巨人の後頭部へその鉄槌を振り下ろした。

力を失った首がひしゃげる音が響く。
それは俺の勝利が決まった音だった。

一瞬の静寂。
そして歓声とその何倍ものブーイング。

アナウンサー

またもや黒騎士の勝利です!!!
相変わらず美しくなーい!!!


司会が俺の勝利をアナウンスした。
更にブーイングが激しくなる。
ムカついたので俺は観客席へ中指を立てる。
すると観客席からゴミが投げ込まれる。

アゼル

クッソ!

俺は中指を立てたまま、ぐるりとそれを全方位に向ける。
いわゆるファッ○サインだ。
途中、テレビ中継カメラを見つけたので両手でファッ○サイン。
これで夕方のニュースでモザイク付きで放送されるだろう。
アゼルに乗っていなかったらエ○ちゃんの真似をして全裸で踊って放送事故を起こしてやるところだ。
ヒールはつらいよ。

それにしても……今日も俺は命を繋ぐことができたようだ。
アゼルどうしの戦いとはいえ、パイロットの死亡率はバカにならない。
わりと死ぬ。
簡単に死ぬ。
その点俺は、斬れない剣に、素手での打撃に、関節技で戦っているので相手は滅多なことでは死なない。

ここまで嫌われてゴミみたいに扱われても生きる理由が俺にはあった。

アゼル

俺は絶対に生き残ってやる!
生き残ってあいつらを助けるんだ!!!

俺はそう心に誓っていた。

今俺がいるのは闘技場。
そして俺の今の身分は剣闘奴隷。
ここで闘うのが仕事だった。

本当なら今ごろは普通の高校生だったはずだ。
友達と無駄に学生時代を浪費し、嫌々受験なんかやって残念な大学へ進学する。
運が良ければ彼女ができたかもしれない。
そんな普通の生活をしていたはずだ。

あれは二年前のことだった。
俺は中学の修学旅行で飛行機に乗っていた。
飛行機は墜落。
気がついたらクラスメイトたちとこの世界にいた。

本来なら助け合って帰還を目指すべきだ。
ところが男子生徒どもは足手まといになる女子生徒を売りやがった!!!

俺は嫌だね、そういうの。

非常事態だからこそ美学とかきれい事ってのが重要なんだ。
ところが反対したら、女子たちと一緒に売られてこのざまだ。
アイツらの去り際、俺は言ったね。

タカムラ(二年前)

地の果てまで追いかけてテメエら全員ぶっ殺す!(にっこり)

ってな。
あの連中、俺を指さして大笑いしやがった。

バカどもは後で全員ぶち殺すとして、俺は女子生徒の方に顔を向けた。
まあなんだ。
俺はあんまりモテてない。
女子生徒からしたらゴミ以下の存在だろう。

だけどそんな俺も女子の前で一度や二度は格好つけたい。
いいだろ? そのくらい。

タカムラ(二年前)

みんな!
絶対に俺が助けてやるから待っててくれ!!!


……え? なに? その不安そうな顔。

『こいつじゃ無理』

口にこそ出さないが露骨に顔に出る女子生徒たち。

女生徒

あのさ。高村君、無理しなくていいから……
……私たち、がんばるから!

同級生の中途半端な情けが俺にトドメを刺す。
悪意のない酷い台詞ってありますよねー。

タカムラ(二年前)

酷い!
酷すぎる!!!

タカムラ(二年前)

全員助けて吠え面かかせてやる!
俺は決めた。
決めたからな!!!

これは俺が奴隷から解放され売られた仲間を取り戻す話だ。

……あと俺たちを売ったクソどもをぶっ殺すのも。

タカムラ

ぜってー俺は生き残ってやる!!!

二年間の辛い奴隷生活ですっかり人相の変わった俺が叫んだ。

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