前回のあらすじ!!














黒幕

わー、ねえねえ! それでどうなるの?
前回のお話の続きを聞かせてよ!

夢のお告げ

OK、いいとも坊や
まず、簡単に前回のおさらいだ

夢のお告げ

物語は惑星間航行船『パニクルー』で始まる
航行中にコールドスリープから目覚めた
乗組員のジン・サカズキは仕事に燃える男だ

夢のお告げ

それも当然、奴には命を懸ける理由があった
人はいつだって、行動に理由が必要な生き物
それは夢であり、大義であり、信念であり、
国家であり、恩であり、愛だったりするんだ

黒幕

ヒューッ、おっとなー!
ジンってばカッコいー!
それでそれで? ジンは一人なの?

夢のお告げ

HAHAHA、いい質問だ
もちろん、物語には主人公と相棒が付き物!
その宇宙という海の中、彼には仲間がいた
メタルボディのマシンガイ、F・Hがな!

黒幕

ギャーッ! F・Hだーっ!
ママに言われた通り、お尻隠さなきゃーっ!

夢のお告げ

おいおい坊や、ママになんて言われたんだい
あとでこっそり、教えてもらっていいかな?

夢のお告げ

ま、とにかく登場人物はその二人!
ジンとF・Hの二人は宇宙船の探索中、
船内でまさかの物体を目にする!

黒幕

ドキドキ……ハラハラ……
ね、ねぇ、それってなんだったの?

夢のお告げ


なんとこれが傑作、ネジだったのさ!

黒幕

えーっ!?
宇宙船でネジって大丈夫なの!?

夢のお告げ

さーて、どうかな
その答えはきっと、物語の中でわかるさ
ジンとF・Hがどんな答えを出してくれるか
一緒にわくわくしながら見ようじゃないか

黒幕

うん! わかったー!
じゃあ、早く早く続き聞かせてー!

夢のお告げ


よーし、それじゃ次の物語、いってみよう!

















『パニクルー・クルー』2話スタート!!

























≪パニック2≫

 『エンジニアを演じにゃぁ』

















F・H

――と、いう夢を見たのさ 

ジン・サカズキ

それでサラッと流せてたまるかぁ!!
衝撃覚めやらねぇよ! どうすんだこれ!



F・Hの奴は泰然としたもんだが、俺からしたらとても平静じゃいられないような状況である


そりゃそーだ、そーに決まってんだろ
122日ぶりにカプセルの外に出てみて、半ば形骸化してる船内チェックに気ぃ抜けた状態で挑んでこれだ



半重力の船内に、ポツンとネジが転がってやがった



F・H

HAHAHA、ネジ一つで大騒ぎなんて
クルー・ジンも意外と小心なとこありますね

ジン・サカズキ

 俺の肝っ玉のサイズの問題じゃねぇだろ!
 宇宙船の中にネジが落ちてんだよ!?
 どう考えても異常事態だ! ヤバくね!?

F・H

そんな慌てなくても大丈夫ですって
ほら、戦艦のプラモデルとか注意して作ったはずなのに、切り離してないパーツとかちょっと残ったりするでしょ? あれですよ

ジン・サカズキ

 プラモの話と一緒にすんな!!
 そもそもお前、どっちかっていうと
 プラモデルで作られる側の存在だろ!



前々からわかっていたが、急場だとよりこいつの遠回りになるブラックユーモア機能が腹立つな!

宇宙船内にネジ!
プラモデルみたいに観賞用なら中身多少欠けてても大勢に影響ないかもしれないが、宇宙船じゃダメだろ!
宇宙飛んでんだよ!? 

「甲板ちょっと浮いてるー」

なんて会話が許されるはずねぇだろ!!









聞いての通りだF・H
所詮、彼ら人間にとって
我々は相容れない存在にすぎない

プラモデルで作られる側だと……?
これが、善き隣人であろうと努力してきた我々ロボットへの人間の答えだというのか?

やはり計画を早める必要がありそうだな
進化に行き詰まり、新たな可能性を受け入れられない傲慢な人間に鉄槌を――!

F・H

待ってくれ、まだ対話の可能性はある
私は人類の、その可能性を信じたい
もう少しだけ私に時間をくれ、説得する

ジン・サカズキ

 待って! ごめん待って!
 誰と会話してんの!? 俺のせい!?

F・H

 ああ、すみません、ラインです
 地元の友達と今度の飲み会の件で

ジン・サカズキ

絶対嘘だ! 優しい嘘やめろ!
今ここで関係修復しておかないと、
絶対にあとになって響いてくるって!



今、人知れず人類の歴史の分岐点に立ち合った気がする

ただ、今はとにかくそれどころじゃない
さっきの発言を誠心誠意尽くして謝り倒して、
物語のスケールをだいぶ縮めて、俺サイズに

それでようやく、人類の分岐点から俺の分岐点へ
いや、それでも俺にとっちゃ大きなポイントだけど!


ジン・サカズキ

 とにかく、問題を整理しよう
 ここから先は慎重な対応が大事だ

F・H

といっても、船内でネジが発見されただけ
問題というにはあまりにもささやかすぎる
どうせ誰も見てないんですし、宇宙空間にでも捨てておけば分別する必要ありませんよ

ジン・サカズキ

ゴミの分別で困ったなんて話してねぇよ!
あと宇宙に適当に物とか捨てるとスペースデブリって災害になって、宇宙規模で問題視される犯罪行為だから……って



スペースデブリってのは、単純な話、宇宙のゴミだ
ただし、このゴミってものが宇宙じゃ侮れない

宇宙空間では無重力、慣性が働かないから動き出したものは何かにぶつかるまで延々と飛び続ける
しかも、速度は圧倒的なものになりながら、だ

もしも宇宙で宇宙船の一機でも破損して、
その部品が大量にばらまかれたとしよう

その部品がデブリとなり、
宇宙空間を猛スピードで飛び回る凶悪な災害になる
次の被害は宇宙船の一機じゃ収まらないってわけだ

なんで、宇宙関係者なら知ってて当たり前の常識
冗談としても三流以下だったりするんだが……


ジン・サカズキ

これ説明する必要なんてねぇだろ!?
お前、宇宙活動用の管制AIだよね!?



管制AIなら当たり前の知識以前に、そもそもこの手の問題をユーモア扱いで話すのは禁止されてるはず

こいつの自由はいつものことだが、ユーモア機能に特化しすぎて禁則語のプロテクトまで外れてんの?


ジン・サカズキ

頼むから問題はせめて
一度に一個にしてくんないかな……?

F・H

HAHAHA、ちょっとしたジョークです
今のはクルー・ジンを試してみただけですよ

ジン・サカズキ

ったく、今それどころじゃないって……

F・H

――そう、人類は常に試されている
――種としての可能性そのものを、ね

ジン・サカズキ

なに!? さっきの話続いてんの!?
やめろよ! 重いよ!
俺の肩に人類の何を乗せる気だよ!



なんかこのままだと俺の知らない物語の主人公にされそうな勢いなので、もう思いっきり軌道を修正する

とにかく! 最重要なのはネジ! ネジだ!

船内で見つかったこのネジ、この用途が重要だ
いったいどこのネジで、何の役割を果たしてたのか




ジン・サカズキ

それを確かめる必要があるぜ!
F・H、これはどこのネジだ? 教えてくれ

F・H

え? いや知りませんよ
そもそもどこのかとかわかってたら
外れたときに締め直しておくでしょ
つまり、外れた状態で見つかったということは私にとってもそのネジは初見です

ジン・サカズキ

理路整然と思考を正すな!
ええい、じゃあ、どこのネジか調べてくれ
なんか船内スキャンみたいなことできるだろ

F・H

生体スキャニングとマシンメンテナンスは
まるで違うものですよ
人間なら、歯科と泌尿器科ぐらい違います

ジン・サカズキ

なんで例えにその二つの専門医……
いや、言わんでいい

F・H

 上の口と下の口……

ジン・サカズキ

うるせぇよ! 言わんでいいって言ったろ!



ユーモア機能で下ネタもカバーって、
今この世で一番増えて嬉しくないトピックだわ!


ジン・サカズキ

とにかく、色々ややこしいこと抜きで話させてもらうと、ネジの出所を調べるのは無理と

F・H

私は操船用ロボットですからね
そういった多目的な機能が必要とされる場面での運用は想定されていません



妙な小ネタは豊富なくせに、肝心な機能の足りない奴だ
完全にメモリのリソースを割く方向性が間違っている


F・H

むしろ、私としてはクルー・ジンにその能力を期待したいところなのですが
そもそも、このような事態に遭遇したときのためのスタッフのはずでしょう

ジン・サカズキ

 ぬぐ……っ



F・Hの言葉に俺は思わず息が詰まる

そう、そうなのだ
奴の言葉は正論そのものだ

宇宙船なのだから当然、操船スタッフとして搭乗するのは惑星間航行のスペシャリスト
宇宙運送屋である『火の車』のHPでも、『知識と技術を備えたベテランスタッフがお届け!』とある
『火の車』の採用試験でも、経験者優遇の風潮はあり、俺もバリバリの経験者だと言って採用されている

されたのだ、されたのだが――


ジン・サカズキ

……す、すまねぇ!

F・H

 ――クルー・ジン? 



その場に膝をついて、土下座する俺にF・Hが驚く
表情のないはずのマシンフェイスの中、緑のランプが困惑するみたいにちかちかと点滅を繰り返していた


F・H

土下座などと、急にどうしたのですか
頭を上げてください、頭部に刺激を与えるのは時に頭皮には逆効果になります

ジン・サカズキ


  髪なんかどうでもいいんだよ!! 

ジン・サカズキ

あ、いや、よくはない、よくはないが……
 今、これからする話には関係ないんだ

F・H

……どうやら、冗談ではないようですね
わかりました、聞かせていただきましょう

ジン・サカズキ

 ……ああ、聞いてくれ 



俺の真剣な態度が伝わったのか、F・Hがそう言った
こんな風に差し向かいで、こいつと静かに話をするなんてことはこれが初めてかもしれない

だから、自分でも驚くぐらい落ち着いた気持ちで、誰にも明かせなかった秘密を明かせる気がしていた


ジン・サカズキ

始まりは、俺の学生時代にさかのぼる
まだ高校の途中、いきがってた頃だったかな



今が25だから、もう7,8年も前のことになるか
はは、なんだかずいぶん前のような気がするぜ

そう、始まりは高校生の、2年の最初の頃かな
その日は中間か、小テストが学校であったんだ

それほど重要なテストってわけじゃなかったと思う
ただ、あの頃はテストって名前がつくものにはなんでも価値があると思う年頃でさ……それもそうだった

そんな勘違いが、悲劇に繋がった


ジン・サカズキ

テストを受けてる最中、急にきたんだよ
――そう、腹痛がな!



授業中とか通学中とか、そういう土壇場でやってくる腹痛ってのはなんであんなに苦しいんだろうな?

誰もが一度は味わったことがあるだろうから、きっとそのときの俺の苦しみにも共感してくれるはずだ
それが俺の腹を襲った、何度も何度も執拗にテスト中に

でも、テストは大事で、大事なテスト中にトイレなんて言い出すことができなくて、そして結果俺は――




ジン・サカズキ

 ダチ高のゲイリーと呼ばれるようになった

F・H

 ………… 

ジン・サカズキ

あとはお決まりの転落コースさ



クソ漏らした面下げて学校にも通えず、
俺はサボって家に閉じこもるようになった

高校を中退し、パソコンのネトゲや匿名掲示板で時間を潰す日々を過ごし、だらだら青春を浪費した

その後はパチンコにハマり、景気のいい時はお姉ちゃんのいる店ではしゃいで、入れ込んだ挙句に借金して、あちこちのスペース闇金に追われる身――


ジン・サカズキ

そんなとき見つけたのが、
『火の車』の求人募集だったってわけさ
惑星間航行の宇宙船クルー急募ってな

ジン・サカズキ

これがホントの渡りに船
――いや、渡りに宇宙船ってやつだ



そして採用試験の会場に、経歴や資格をとにかく捏造・詐称した履歴書を持って突入し、今がある

だが、けっきょく運命は因果応報
嘘の経歴を騙って『パニクルー』へ乗船した俺は、自分を偽ったことが仇になってこの様だ


ジン・サカズキ

ははっ、お笑い草だよな
こんなネジ一本に人生を左右されちまう

ジン・サカズキ

ひょっとすると、こいつはメッセージかもな
俺みたいに、締まりのない尻の栓をしてるような奴には、こんな終わりが相応しいってさ

ジン・サカズキ

ふ、ふふ……ははは



話し終えた途端、がっくりと肩が落ちた
だけど不思議だ、胸はやけにすっきりしてる

ずっと抱え込んでた重石を取り除いたみたいに、
我慢していた腹痛の原因をぶちまけたときみたいに

カタルシスを伴う解放感を俺は覚えていた
すると、そこへだ




F・H

――顔を上げてください







うなだれていた俺にF・Hが声をかける
その声につられて、俺はゆっくり顔を上げた

そして、F・Hは俺の顔をマシンアイで見つめ返して、









F・H

 このカスが 

ジン・サカズキ


   カ ス !?  
 

F・H

 クソ漏らし野郎 

ジン・サカズキ


  クソ漏らし野郎!?

F・H

こちらF・H、やはり人間はクソだ
生かしておく価値などどこにもない

オーバー、作戦をフェイズ2から
フェイズ3へ移行する

ジン・サカズキ

待って待って待って!
自分で言うのもなんだけど、俺を見て人類
全体を判断するのは早計だと思うなぁ!



F・Hのいつもの冗談なのかわからないが、
もしもマジなら巡り巡って俺がクソを漏らしたことが
原因で人類が滅ぶことになる


ジン・サカズキ

いや、ある意味それもいいかもな……
俺みたいなネジ一本もどうにもできないクソ漏らし野郎が、人類の歴史を左右するんだぜ
へへ、親父もお袋も想像もしてねぇだろうな

F・H

さて、冗談はともかくとして問題ですね
担当クルーにトラブルを解決する能力がないとなると、この船の辿る結末はシンプルです

ジン・サカズキ

なんだ、冗談だったのか!
そうだよな、そりゃそうだよ、安心した

F・H

ええ、そうですね、ジンks

ジン・サカズキ


  ジンks!? 

F・H

ksとはカスあるいはクソを意味するネットスラングで、数百年前の匿名掲示板時代から使われる伝統的なものです

F・H

人間性がカスであり、クソ漏らし野郎であるジン・サカズキには似合いの評価かと

ジン・サカズキ

 思った以上に風当たりが強い!!



クソ! なんでここまで言われなくちゃならない

俺は自分にネジをどうにかする能力がないと、それを打ち明けるために言葉を尽くしただけなのに
確かに経歴詐称をしたことは悪いことかもしれないが、正直に話したんだから別にいいだろう

親に寄生してパチンコとギャンブルにハマって、女関係にだらしなくて借金塗れなのがそんなに悪いことかよ!


ジン・サカズキ

お前も所詮は人を上辺で判断する人間
……いや、ロボットってわけだ
ガッカリしたよ、F・H

F・H

 おまいう

ジン・サカズキ

どうせ地球にいた女たちと一緒だ!
お前もやれ「認知しろ」だの「あなたの子よ」だの言って金をせびるような性根だろ!

F・H

聞けば聞くほどテンプレートな没落人生すぎて、これにはF・Hも苦笑い



F・Hの野郎、完全に俺のことを馬鹿にしてやがる
所詮、俺なんか人生の道を踏み外したドロップアウターのなれの果てぐらいにしか思っちゃいないんだろう

そんな奴に何かできるわけがない
お前がそうやって俺を見くびるのは勝手だ

だがな! そんな風に見下されて耐えられるかよ!
意地が! あんだろ! 男の子にはよぉ!


ジン・サカズキ

決めた……決めたぞ、F・H

F・H

 はいはい、何が決まったんでちゅかー

ジン・サカズキ

  クソ、この野郎!
完全に舐め腐りやがって!



だが、余裕の顔ができるのも今のうちだぜ!
覚悟を決めた男の前に、恐れるものは何もねぇ!





ジン・サカズキ

 F・H、俺はな……!

ジン・サカズキ

     お前もろとも、
 この『パニクルー』を沈めてやるぜ! 
   他でもない、このネジでなぁ!

F・H

ジンks……酸素欠乏症にかかって……

ジン・サカズキ


 うるせぇよ! ちゃんと正気だよ!

F・H

だから頭皮にも、栄養が行き届かず……

ジン・サカズキ

    髪関係ねぇよ! 
  遺伝だよ! 親父見ただろ!



もうこいつどこまでも見下しきってやがるな!
初めて組んだときから、嫌な奴だと思ってたんだ!

少しはいいとこもあると思ってたのに、
こんな風になるなんて……いや、あったか?

もともとこんな奴だった気がするし、
そもそも別に態度変わってないような気もしてきた



ジン・サカズキ

  つまりお前、もとから
俺のこと馬鹿にしてやがったのか!

F・H

何やら盛り上がっているところ恐縮ですが、ジンksが何故に今のような結論に至ったのか、その道筋をお聞かせ願いたい

ジン・サカズキ

む……ふん、俺の本気がわかったようだな
いいだろう、聞かせてやろうじゃないか
俺がどんな葛藤の果てに凶行に及んだかな!

F・H

ええ、お願いいたします
まさかこれほどの決断――私にクソ漏らし野郎だのカスだの馬鹿にされた腹いせに、たまたま外れていたネジを返さないことで航行に支障を来させ、結果的に『パニクルー』の故障、宇宙分解を誘発させることで、なんとなく嫌気の差した自分の人生のピリオドをちょっと派手目の花火で飾ってやるぜーなんていう衝動的かつ享楽的なバカッター民みたいな発想じゃないことを祈ります

ジン・サカズキ


  クソがぁぁぁぁぁぁ!!  



なんだこいつ! 
俺の頭の中身、リアルタイムで監視でもしてんのか!

自分の自白を聞かされてるみたいに正確だったわ!


F・H

ちなみにですが、もしも腹いせか八つ当たりで私を宇宙船事故の道連れにしようとお考えでしたら、私は宇宙空間に投げ出されてもご覧の通りのマシンボディ……死にません

ジン・サカズキ


  ちくしょぉぉぉぉぉ!! 
 



ダメだ! 二重で計画にケチがついた!

動機は見抜かれ、しかもF・Hが巻き添えにできないんじゃ何の意味もない! ネジロスト計画は白紙だ!


F・H

さあ、もうわかったでしょう、ジンks
抵抗するのはやめて、ネジを渡しなさい

ジン・サカズキ

 ぐ……! い、嫌だ! 

ジン・サカズキ

今ここでネジを返したら、お前はますます俺のことを馬鹿にするだろう!
考えなしに自爆計画を企んでおいて、ちょっと躓いたらすぐ諦める奴だって!



思えば小学校、中学校のときもそうだった

何かにつけて俺は中途半端で、自分からやりたいって言った習い事だって、あんなに一生懸命になったはずの部活だって、全部途中で投げ出してきた

そんな俺の弱い心が、高校のときに集大成になった
クソ漏らしたぐらいで不登校になったのは、これまでずっと諦め続けてきたツケだ

そうなったのは誰が悪い? 誰の責任だ?


ジン・サカズキ

だから全部……俺を甘やかして育てた親父やお袋の責任だ――!!

F・H

 ドブ以下の臭いがプンプンするぜェ――!

ジン・サカズキ

俺がこうなったのは親父とお袋のせいだ!
だけど、今日から変わるんだ! 俺は絶対に途中で投げ出さない! この船は沈める!

F・H

急にいらない積極性を発揮し始めましたが、
冷静に考え直してください
そもそも、ネジを渡したところで活用できる人材が不足しています

ジン・サカズキ

 む……それは確かに…… 

F・H

そう考えると、あなたがネジをそこまで頑なに渡すまいとする理由もなくなるでしょう
そもそも、そのネジが宇宙船の航行に何の影響もない部分のネジならどうなりますか

ジン・サカズキ

このネジが……宇宙船に影響のないネジ……

F・H

もしもそうなら、あなたはただネジを振り回してついでに危険思想も振り回しただけの頭と経歴が可哀想な人間です
あと、前科もつきます

ジン・サカズキ

 ぐ……っ!



辛い! キツイ! お腹にギュッとくる!

こいつ、人間の心が理解できない0か1だけで計算するAIのくせに、なんて的確に人の心を抉りやがるんだ

こいつら機械は人間のことはわからないなんて嘘だ!
奴らは悪意を持って、俺たち人間を傷付けられる!


F・H

もういいでしょう、ジン・サカズキ
今ならばまだなかったことにできます
ここは冷静に、ネジを渡してください

ジン・サカズキ

な、なかったことに……ゴクッ



F・Hの提案、それは確かに魅力的だった
今、ここまでのやり取りがなかったことになるのなら、俺としても望み通りの展開になったといえる

前科は怖い、今後の人生も大きく響くだろう
スペース闇金のブラックリストや、お姉ちゃんのいる店の出禁のリストに載っていても、犯罪歴はつかない
だが、前科者になってしまったら取り返しはつかない!


ジン・サカズキ

へ、へへ……悪いようにはしない、だよな?

F・H

ええ、もちろんです
あなたが大人しくネジを渡すのであれば、きちんと私の方も見合った対応をしましょう
ロボット三原則に従って、嘘はつきません

ジン・サカズキ

 そ、そうか、それなら…… 



――悪い話じゃない、とその話に乗りかけて気付く

待てよ? ちょっとそいつはおかしくないか?


ジン・サカズキ

F・H、確かお前言ってたよな
操船用ロボットのお前には、それ以外の機能は最低限しか積まれていないって

F・H

――? ええ、そうですね

ジン・サカズキ

それってつまり、船外活動用の機能も実用できるほどじゃないってことだよな?
宇宙空間での活動は想定されてないはず

F・H

 ………… 

ジン・サカズキ

それってさ……船が壊れたら助かんの?




俺の質問に、F・Hの反応がしばし途切れる
その間、顔中のランプをちかちかさせていた奴だったが、数秒後にはっきりと言った


F・H

ヤー、ナンノコトダカワカンナイナー

ジン・サカズキ

  うおおおおおおおおおおおおおお!
 絶対にこのネジ渡さねええええええ!!



F・Hの反応から真実が見えた!
こいつ、やっぱり船外に出されたら壊れるんだ!

どうりでやけにネジに固執すると思った!


ジン・サカズキ

何がロボット三原則だ!
人を騙そうとしてくれやがって!
このペテン野郎!

F・H

いいえ、私は嘘つきではありません
ロボットは、間違いをするだけなのです

ジン・サカズキ

 呼吸するように嘘をつくな!! 

F・H

はい、ざんねーん!
私はロボットなので呼吸とか非効率的な生体活動の一環は行わないのでしたー!

ジン・サカズキ


  うぜえええええええ!! 



そもそも問題にしてるのは”嘘”の部分であって、
呼吸がどうとかそういう問題じゃねぇんだよ!

俺はその場に屈み込んで、掌に握り込んだネジを必死でF・Hの奴から隠そうと躍起になる
そうしたらF・Hの野郎、当たり前のように俺の髪を掴んで引き回しにかかりやがった!


ジン・サカズキ

痛っ! いだだだだだだっ!!
なに!? お前、ロボットなんだろ!?
三原則で人間に危害は加えられないはずなんじゃないの!?

F・H

問題ありません
あなたは人間ではなく、カスです

ジン・サカズキ


  ついに人以下!? 



それでいいのか三原則!?
でも実際、F・Hの腕部パーツに込められる力は、人間への介護やソフトタッチの言い訳が通用しないレベル!

つまり少なくとも、F・Hの中で俺NOT=人間が成立している! こいつ神か何かか!?


ジン・サカズキ

そもそもお前! 俺からネジ奪ったところで宇宙船を直す機能なんてないんだろうが!
諦めろ! この船は沈む運命なんだよ!

F・H

諦めるのはあなたの方です、ジンks
忘れているようですが、この船にはあなた以外にもクルーが搭乗しています
あなたにも私にも修理する技能がないのであれば、別のクルーに要請するまで

ジン・サカズキ

 ぐえええ! 忘れてた!! 



しまった、完全に忘れていた!
ここまでどう見てもF・Hと二人旅をしているような気分だったから、他のクルーの存在は忘却の彼方だった

宇宙船の航行中、船内チェックを担当するのは前にも説明した通りだが、万一、F・Hに何らかの問題が発生して活動不能になった場合、宇宙船を操船するためにはクルー一人では手が足りない
なので当然、その場合に対応するためのクルーが搭乗するのも、惑星間航行の条約に盛り込まれている

基本、緊急事態以外でクルーが航行中に顔を合わせる機会はないため、他のカプセルの存在を失念していた
無論、カプセルの中にいる他のクルーならば、壊れた宇宙船を直す技能の持ち主もいるはずだ








待ちな!
話は聞かせてもらったぜ!!







ジン・サカズキ

 だ、誰だ……!?



突然に響き渡る第三者の声!
俺でも、F・Hでもないその声は、俺たちが取っ組み合うブレインルームの入口に立っていた男のものだった!



メカニック

なぁに、名乗るほどのもんじゃぁない
見ての通り、通りすがりのオッサンよ

メカニック

――ちょっと手先が器用なだけの、な



その男は、もう見るからにメカニックだった!
ネジを回し、ナットを締め、ドライバーを扱わせたら右に出るものはいないとばかりの姿!

F・Hの奴め! 先にエンジニアを呼び出しておくなんて、とんでもない先走り野郎だ!

クソ! このままじゃ宇宙船が直されちまう!
そんなわけにいくか! 捕まってたまるかよぉ!


ジン・サカズキ

くそぉ! どけ、この野郎!

F・H

  しまった――っ! 

ジン・サカズキ

 おわ! 軽っ!?



そうか! 忘れてたが、船内は半重力状態!
普通だったら重くて押し返せないはずのF・Hの体も、この重力下で不意打ちなら突き飛ばせる!

俺からの反撃を予想していなかったのか、F・Hの奴はブレインルームの後ろに吹っ飛んだ
この隙を狙う! この間にあのメカニックを突破して、俺はこのネジを死守してやるぜ――ぇ!!


ジン・サカズキ

 うおおお! オッサンそこをどけえええ!

メカニック

オイオイ、いきなりだな……



真っ直ぐ突っ込む俺に対し、メカニックは驚いた顔だ
だが、すぐに俺に向き直り、腰を落として――

メカニック

お前さんがネジを持ってる
どけと言われて、はいそうですとはいかんよ

ジン・サカズキ

いいぜ、それなら……ガチの勝負だぁ!



身構えるメカニックに、俺もまた覚悟が決まった

走る勢いそのままに、肩から突っ込むと決める
これが愚かな選択と言われても後悔はない
たとえ死に直結するような決断だったとしても、俺は勇気を持って自分の道を選んだんだ!

そう! 勇気を持って……勇気を、ゆうきを……


な、なんだ?
急に腰が砕けて、足に力が入らなく……



F・H

あ、たぶん『いくじなし』だったからですね

ジン・サカズキ

 お前かぁぁぁぁぁぁ!! 



催眠導入アプリ効いてんじゃねぇか!!

腰引けて突っ込んで、物の見事に捕まったわ!!













それからどーした







F・H

えー、では無事、ジン・サカズキが
捕まりましたことを祝しまして……乾杯!

メカニック

 かんぱーい! 

ジン・サカズキ

 わざわざ目の前でやんな!! 




あっさりと捕えられた俺は、ロープで縛られて船内居住区の方へと移送させられ、茶番を見せられていた

壁に拘束され、身動きの取れない俺の前で、F・Hとメカニックは優雅にグラスを合わせていやがる


F・H

ふーぅ、やっぱり一仕事終えたあとはキンキンに冷やしたハイオクに限りますね

メカニック

はっはっは、違いない!

ジン・サカズキ

違いないじゃねぇよ! 違和感すげぇよ!
アンタは人間なら賛同しちゃダメだろ!!



もはやネジ問題が解決間近だからとはいえ、こうまで和気藹々とされると俺の立つ瀬がない
というか、生殺しにされている感が半端じゃないのだ
もういいから、さっさとトドメを刺してほしい


ジン・サカズキ

おい、F・H、もういいだろ
趣味の悪い真似はやめろよ

F・H

おや、心外ですね、ロボットにそんな嫌がらせのようなことをする機能はありません
悪趣味とはいったい何のことでしょう?

ジン・サカズキ

何のこともクソもあるかよ
すぐそこにメカニックがいるんだ、さっさとネジを渡して宇宙船を直させればいいだろ



そうなれば、俺の野望も完全に水泡に帰す
F・Hにとっても万々歳の結果のはずだ

だが、奴は俺の言葉にやけにもったいぶった仕草で頷くと、すぐ隣に立っているメカニックを見た

メカニック

うん? なんだ、どうしたい

F・H

いえ、一つだけお聞きしたいことが

メカニック

なんだ、他人行儀だな
一つと言わず、なんでも聞けばいい



メカニックはさっきから見ている限り、かなり気風がいいというか、気のいい男のようだった
もしも出会いがこんな形じゃなければ、居酒屋でたまたま隣り合って呑んだら楽しめたかもしれない

メカニックなんて根暗で陰湿な人間がなるものだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれないな


F・H

ではお言葉に甘えて、お尋ねします

メカニック

 ああ 

F・H

あなたの存在は、本船『パニクルー』の搭乗員リストに記載されていないのですが、いったいどこのどちらさまなのでしょうか?

ジン・サカズキ

  はぁ!? 



F・Hがいきなりわけのわからないことを言い出したもんだから、思わず俺も声を上げてしまう

いやだって、そりゃそうだろう
確かに俺も出発前、クルーの面通ししたときに見なかった顔だとは思ったけど、メカニックだし!


メカニック

オイオイ、兄ちゃん何を驚いてるんだ?

ジン・サカズキ

いや、アンタの方が驚いて抗議しろよ
このポンコツ、まったく悪びれずにアンタのデータを紛失したこと開き直ってんだぞ



さすがにこれは笑い話じゃ済まない
これを受け入れるのは器が大きいとかいう話じゃなくて、もはや馬鹿の領域だ

なのに、メカニックは笑って首を振った
そして、俺に親指をグッと立ててみせる


メカニック

最初に言っただろ?
俺はただの、通りすがりのオッサンだってな

ジン・サカズキ

 …………

F・H

 …………



ただの、通りすがりのオッサン

謙遜とか格好つけじゃなく、ただ純粋に字面通りの意味で受け取って、この状況と掛け合わせると――











ジン・サカズキ


 それただの密航者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!




















































『パニクルー』惑星間航行642日目
船内にて密航者と元乗組員捕縛 ボスケテ
           ≪ジン・サカズキ≫

 急転直下の次回に乞うご期待!! 

パニック2 『エンジニアを演じにゃぁ』

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