時は遠い未来、場所は宇宙
星々のきらめきに人類の手が届き、
誰もが宇宙という広大な海へ漕ぎ出せる時代



しかし、広い宇宙へ飛び出したとしても
小さな人の身にできることは限られている

人はどこまでいっても一人では生きられない
誰もが誰かと繋がることを求めて、生きる



今日もまた、一つの宇宙船で絆が試される
人ははたして、無重力下でも人でいられるのか









【パニクルー・クルー】


















カン、カンと音を立てて、俺は船内を走っていた
息が切れる、すぐ目の前には固く閉じられた扉があった

ここが行き止まり、この扉は決して開かない
少なくとも、宇宙の海を漂い続けている限りは

ジン・サカズキ

うおおお! 近寄るな!
近寄るんじゃねぇ!
今、俺に近付いてみろ!
命があると思うな!



艦内デッキの一番奥で、俺は声を張り上げていた
正面には複数の影、そして俺はたった一人

取り押さえられるのは時間の問題……
だが、奴らは無闇に飛びかかろうとはしない

俺から距離を置き、説得する姿勢だ

ジジイ

待て! 落ち着くんじゃ!
何事も話せばわかる!
些細なすれ違いで、後悔するぞ!



老齢の爺さんが必死な声で叫ぶ
真剣な目つきに、思わずほだされてしまいそうだ
些細なすれ違い、事実なのかもしれない


メカニック

そうだ! 俺たち仲間だろう?
こんなことで仲間割れだなんて馬鹿馬鹿しい
誰も傷付かないで済む方法があるはずだ!



それに続いたのはメカニック風の男
確かに彼の言う通りかもしれない

ひょっとしたら俺の抱いている問題は、彼のように専門の人間から見れば笑い話なのかもしれない

門番

ボクたちの関係って、こんな脆いの?
一緒に一旗揚げようって、約束したのに
こんなの悲しすぎるよ……



震える声で兜の向こう側から届く
良心に揺さぶりをかけ、心が掻き毟られる
かつて交わした約束が、宇宙の彼方へ流れてしまう

スナプキン

誰だって生きてれば辛いこともある
だけどよ、それでも生きなきゃなんねえ
それぐらい、兎だって知ってるんだぜ



その声には酸いも甘いも噛み分けた、本物のハードボイルドにしか出せない実感が込められていた
くいっと帽子の唾を下げ、瞳を見せないスナプキン
ひょっとしたら瞳は、後悔で潤んでいるかもしれない

リチャード

拙者も、初めて愛を知ったでござる
それを教えてくれたことに応えるのが、
今の拙者の務めでござるよ! ニンニン!



天井に張り付くリチャードが、愛の尊さを訴える
その忍者刀で多くの命を奪ってきた男だからこそ
言葉にはひどく重苦しい”現実”ってやつがあった

F・H

聞こえますか、クルー・ジン
今、これだけの人たちが声を上げています
他でもない、あなた自身のためだけに!



これまでずっと、一緒にやってきた相棒の言葉
感情のないはずのF・Hのマシンボイスに、
なぜだかやけに熱いものが込められている気がする

ジン・サカズキ

…………

F・H

いったい、これ以上の何を望むのですか?



黙り込む俺に、F・Hの問いかけがあった
静かな奴の言葉に、俺は目をつむったまま答える

ジン・サカズキ

確かに、俺が間違ってるのかもしれない
お前たちの言葉は正しくて、
こんなに必死な俺の方が誤っているのかも



爺さんが、メカニックが、門番が、スナプキンが、
リチャードがF・Hが、正しいのかもしれない




だけど――!

F・H

それなら……!

ジン・サカズキ

でもなぁ! これだけは言わせてもらうぞ!




俺が間違っているんだとしても!
みんなが正しくて、あらゆる人に後ろ指差されても、
これだけははっきりと言わせてくれ――!


ジン・サカズキ

一人も知ってる奴がいねぇんだよ!!
俺と同じクルーどこいったんだよ!?




船内全部に届くような声で、あらん限りの声で叫んだ
誰かこの不条理に答えを出してほしいと
お願いだから、それだけは教えてくださいと――!


ジン・サカズキ

乗り合わせた同僚が全員、
知らない奴になってんだけど!?
何がどうしてどうなって、
お前ら俺をどうしたいんだよ!?




ホントにもう、何がどうなってんだよ!?


黒幕

ピピッ 物語はジンが叫ぶ数時間前へ戻る
全ては彼が、コールドスリープから
目覚めたそのときに動き出すのであーる

ジン・サカズキ

お前も誰だよ!!


















≪パニック1≫
『小さいネージ小さいネージ
   小さいネージみーつけた』
















――目覚めるとき、最初に聞こえたのは声だった


夢のお告げ


――ジン、ジン・サカズキ、聞こえますか?

ジン・サカズキ

むにゃむにゃ……んー、誰の声だ?

夢のお告げ

私は夢のお告げ……
まだ何者でもないあなたに力を授けるもの

夢のお告げ

これからあなにいくつか質問をします
その答えで、あなたの資質がわかるでしょう

ジン・サカズキ

むにゃむにゃ、なるほど……

夢のお告げ


 ――では参ります、第1問  

夢のお告げ

人に頼まれると断れない方だ
YES? NO?

ジン・サカズキ

あ~、そうだなぁ
わりと流されやすい方だから
YESかもしれないなぁ

夢のお告げ

わかりました
あなたの性格は『いくじなし』です

ジン・サカズキ


 1問目で決まんの!?


叫んだ直後、音を立ててカプセル内に空気が入る
途端に俺は肺が膨らみ、窮屈な感覚を味わった

ゆっくりと、体を起こす

ジン・サカズキ

んあー、やっぱりあちこち固いなぁ
ずっと寝てると、体キツイわ


軋む体を動かして、久々の感覚を確かめる

すると、開いたカプセルを覗き込む緑のランプ
どぎつい色のメタルボディのご登場だ

ジン・サカズキ

……目覚めて最初の顔がお前か

F・H

おはようございます、クルー・ジン
122日ぶりのお目覚めになります
コールドスリープはいかがでしたか?


無感情のマシンボイスでそう言ったのは、俺の同僚
ついでに相棒であり、仕事の要であるマシンガイ
人工AIを積んだ操船用ロボで、名前はF・Hだ

ジン・サカズキ

そうだな、悪くねぇよ

ジン・サカズキ

まぁ、寝起きに一発かまされたのもあるしな
なんだったんだよ、あの欠陥性格診断

F・H

ちなみにNOの場合は『ごうけつ』でした

ジン・サカズキ


 1問目の比重が大きすぎない!?

F・H

人生に、そう何度もチャンスは訪れない
私からあなたへの、メッセージです

ジン・サカズキ

それが言いたいだけの悪ふざけか!
寝起きにわざわざありがとよ!

F・H

いえ、本当は最近インストールした
催眠導入アプリの効果を試したかったのです

ジン・サカズキ

催眠導入アプリ……?
なんだそりゃ?

F・H

大したものではありません
寝ている人間の脳波に語りかけ、その深層意識に都合のいい認識を植えつける
そうすることで相手を意のままに動かせると

ジン・サカズキ

十分大したことだよ!!
人の脳みそに何してくれてんだ!?
俺の頭に何を植えつけようとした!?

F・H

はは、ご安心ください
色々と試してはみたのですが、どうも思ったようにいかず……これが意外と意思が強い!

ジン・サカズキ

ケッサク! みたいな言い方すんな!
それ今すぐアンインストしろ!
          二度と使うな!

F・H

ちっ、反省シテマース

ジン・サカズキ


 してない奴の定型句!!


まったく、口の減らない相方だが、
この空気感も懐かしいといえば懐かしい

実際、122日ぶりだ
といっても眠っていただけなので、
体感的にはほとんど経っていないのだが

ジン・サカズキ

で、だ。F・H
俺の昼寝中、何か異常はあったか?

F・H

午睡に寝苦しさを感じておられないのが、
私の操船が順調だった証拠ではないですか?
航路、宇宙風、デブリ、宇宙海賊
いずれも問題なしのクルージングですよ

ジン・サカズキ

だろうとは思ったけど、一応な
勘弁しろよ、そのチェックも俺の仕事なんだ
ぐーすか昼寝して、たまに起きて口出しする
嫌な上司の見本みたいで悪いけどな


惑星間航行はウン万光年を飛ぶ長丁場だ
まともに付き合ってちゃ、人間の寿命の方が先に尽きる

その対策がコールドスリープ(冷凍睡眠)
通称昼寝なんて呼ばれちゃいるが、人類が宇宙を旅する上で欠かせない航行システムだな

極限まで代謝を落として眠りにつき、目的地か予定時間までを仮死状態に近い状態で過ごす
今や宇宙船の自動操縦も操船ロボットも珍しくない
乗組員は出発から到着まで寝てても宇宙旅行ができる

ジン・サカズキ

ただし、決まった間隔で異常がないか、人間がチェックする決まりがある
船内安全とか航路の確認って作業をな

F・H

我々、AIやロボットにミスはありません
惑星間航行の規約は時代遅れのナンセンス
そんなこともわからない愚かな人間たちに
我々機械が従う必要があるのか……?

ジン・サカズキ

お前みたいな性格悪いAIが
そういうこと言い出すから、
真に受けてこんな規約ができたんだろうが!


まぁ、事実がどうなのかは別として、惑星間航行の宇宙船では管制AIと人間でバディを組むのが基本だ

俺とF・Hの関係がまさにそれで、俺は航行中は定期的に昼寝から起こされ、F・Hが管理していた船内をチェックして回り、報告する義務がある

ジン・サカズキ

さって、じゃあ無駄口叩くのはこのぐらいにしておいて、ちゃっちゃと仕事に入るか

F・H

アイコピー
船内に重力場を形成、無重力を解除します


F・Hが俺の指示に従い、船内の環境を操作する
すると眩い光がF・Hのアイカメラから放たれて、コールドスリープルームの壁に映像が映し出された。

ジン、元気にしているか?
こっちは特に変わりなくやってるよ

F・H

おっと

ジン・サカズキ

おっとじゃねぇよ!
しかもうちの親父じゃねぇか!
なんだこのビデオレター!

F・H

失礼、久々の操作でミスがありました
これはお恥ずかしい……ははは

ジン・サカズキ

不意に親バレした俺の方が恥ずかしいわ!
それにさっきロボはミスしないとか言ってたじゃねぇか! 絶対わざとだろ!

お前ももう25だ
立派な大人だし、道は自分で選べるだろう
迷う気持ちはわかる、父さんもそうだった

F・H

クルー・ジンのお父上ですが、
やや頭部のパッケージングが甘いですね
仕様でしょうか……?

ジン・サカズキ

パッケージングとか言うな!
仕様でもねぇ! 父方代々あんなだよ!
俺もわりと不安がってんだからやめろ!

F・H

ピピッ、生体スキャニング開始――
近似値DNA保有者である父親のスキャニングデータから、クルー・ジンの頭部荒廃域までの予測時間を割り出します

ジン・サカズキ

落ちる木の葉の枚数を
 数えるような真似はやめろぉ!!
お前には本当に血も涙もないのか!
希望があるから人は生きていけるんだよ!

人生、遅すぎることなんてないんだ
どんな苦境であっても、必ず希望はある
希望があるから人は生きていけるんだよ

ジン・サカズキ


 しかも親父の決め台詞と被った!!

F・H

なるほど、まさに親子の絆ですね
血は水よりも濃い……やはりクルー・ジンも十字架からは逃れられない……

ジン・サカズキ

うるせぇよ!
あといたたまれないから親父消してくれ!
あとでちゃんと見てメール出しておくから!

それと母さんなんだが、
実は最近少し化粧が濃くなった
出かけることも多くなったし夜も遅い
これってどういうことなんだと――


発言の途中で、浮かび上がった親父の姿が消える
なんか話がすごい気になるところで切れた気がするが
正直追及したくない感じの話題だったので流しておこう

ジン・サカズキ

あんまり気にしすぎてもしょうがないしな!

F・H

さすがです、クルー・ジン
その切り替えの早さは見習いたい
ストレスを溜めないこと……
それこそが頭皮への最大の優しさ!

ジン・サカズキ


 お前の発言が一番のストレス要因だ!!


普通の人工AIはここまで発言がとっちらかったりしないはずなんだが、どうもF・Hはその辺がおかしい

社長の話では創業以来、我が宇宙運送屋『火の車』の専属ロボとして働いているらしいんだが、投げ売りされていたAIを積んだとかで出所が不明らしい

堅苦しい無個性AIに比べれば話相手に最適だが、ユーモア(ブラック寄り)全振りなので疲れることもある

F・H

まあまあ、それに頭皮にストレスが悪いなんていうのも根拠の薄い迷信のような……
おっと、すみません……薄いだなんて……

ジン・サカズキ

別に気にしてねぇよ! 過敏に反応すんな!
気遣ってる素振りが気遣ってねぇんだよ!



などとやってる間に、いつの間にか体が重い
船内に重力が戻ったらしく、俺は床に足をつけていた

ゆっくりと踏みしめ、半重力世界を歩き出す

ジン・サカズキ

ちゃっちゃか指示通りにすりゃいいのに
余計な真似ばっかりしやがって……
俺が起きてられる時間もそうないってのに

F・H

船内活動限界までは十分に余裕があります
寂しい人形遊びに付き合っていただいたと、
そう思っていただければ幸いです

ジン・サカズキ

その場合、人形遊びしたのは俺だよな?
俺をオモチャ扱いしてたわけじゃないよな?

F・H

…………

ジン・サカズキ


  黙んな!!

F・H

ハッ、寝てました
ランプ、消えてたでしょう?

ジン・サカズキ

つまらない小ネタ挟むなよ……ったく
宇宙航行中に操船ロボがスリープ状態に入るとか、完全に事故原因の一つじゃねぇか……


そういったマシントラブルを避けるため、普通は航行中のAIからその機能は奪われているはずだ
ほいほい自由に居眠りするF・Hの方がおかしい
なんだこいつ、自由すぎる

まぁ、そんなAIとは思えない発想をするような奴だから、『寂しい』なんて感傷も理解するのかもしれない
たまに目覚める俺にこうしてべったりなのも、その裏返しだと思えば可愛げもある


F・H

クルー・ジン、後頭部に白髪を確認しました
焼却処分の許可を求めます、ユーコピー?

ジン・サカズキ

キャンノットコピーだ! やめろ!
火器なんかどこにどうやって積んでんだよ!

ジン・サカズキ

お前は本当に落ち着きが……ん?

F・H

どうかされましたか?

ジン・サカズキ

いや、なんか今一瞬、変な音したなと……


やっぱりなんか聞こえた
船内通路を歩いていた最中だ
デッキの向こう側、ちょうどメインコンピュータなんかがあるブレインルームから音がした

ジン・サカズキ

またお前の妙なイタズラじゃないだろうな

F・H

航行に支障をきたすような真似はしませんよ
私をなんだと思っているんですか
常識でちゃんと考えてください

ジン・サカズキ

 
   腑に落ちねぇ!!



なんか納得いかないものを抱えたまま、俺は半重力下で軽く弾むように飛び、ブレインルームへ入る

そして聞こえた音の原因を探して視線をさまよわせ――

ジン・サカズキ

  …………  

F・H

どうされました、クルー・ジン?
何か見つかりましたか?

ジン・サカズキ

  ――ジだ  

F・H

  はい? 



俺の掠れた声に、F・Hが疑問の声を上げる
その集音マイクに届くように、俺は言ってやった

ジン・サカズキ

  ――ネジが、落ちてる  

F・H

  …………  

ジン・サカズキ



――ネジが落ちてるんですけどぉぉぉぉ!?






やだ! どこのネジ!?

宇宙船って外れていいネジってあるの!?

























『パニクルー』惑星間航行642日目
船内にて出所不明のネジ発見、ボスケテ
         ≪ジン・サカズキ≫

――波乱含みのまま、次回へ続く!

パニック1 『小さいネージ小さいネージ小さいネージみーつけた』

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