おじさんとケータイ電話
第二話
おじさんとケータイ電話
第二話
今日も今日とて終電帰り。
私は駆け足だった。
何故かと言えば、
リビングに待つはつい先日にゲットしたピンクチラシ。
昨晩には良いところで中断された
天使ちゃんとのらぶらぶセクハラトーク。
私を待っている。
……ん?
通い慣れた道を走っていると、
ふと、電信柱の一本が目についた。
なんの変哲もない電信柱だ。
つい先日にも意識を奪われた電信柱だ。
そこに一枚、紫色の紙がペタリと貼られている。
チラシの類いだろう。
過去の実績から、自然と足が止まる。
悪魔のお悩み相談室。廃れた貴方の心を蔑みます……か
これはあれだな。
マゾ向けだ。
……あり、だな
私は基本的にはサドだが、
たまには苛められたい日もある。
今日はマゾの日だ。
…………
うむ。
けしからん。なんてけしからんチラシだ。
……こ、こんなところに張り紙とは、
けしからんっ
右を見て、左を見て、
他に誰の姿も無いことを確認する。
指先に摘まめば、
柔いテープに貼り付けられたそれは
簡単に剥がれた。
あぁ、まったく。
まったく、けしからんなぁ!
けしからんっ!
手に取ったチラシを二つ折りにして、
手早く鞄へと放り込む。
より過激で実用性のあるおかずなど、
他に幾らでも手に入れる方法はあるだろう。
しかしながら、私くらいの年になると、
情緒というものが大切なんだよ。
情緒というものが。
けしからんから、これは私がちゃんとゴミ箱へ捨てて置いてやろうかなぁっ
他に人の気配は感じられない
…………
私は逃げるようにその場を後とした。
自宅へと急いだ。
自宅に帰ってきた。
食事を終えて風呂にも浸かった。
サッパリした。
そして、目の前には
満タンまで充電されたケータイと
二枚のチラシがある。
チラシは内一枚がピンク色
もう一枚が紫色。
…………
なんてけしからん紫色だ。
ピンクも良かったが、
紫というのもまた素晴らしい。
怪しさがエロさを誘う。
ここまで激しく自己主張されては、
やはり調査が必要だろう。
場合によっては
然るべき対処というやつをせねばならん。
……まったく、けしからん、けしからん、ぜろ、はち、ぜろ……
案内に記載された番号は固定電話でない。
素人くさいな。
しかし、だからこそ滾るものがある。
その意気や良し。
一般人ならば、天使ちゃんのところの姉妹店、
もしくはライバル店のチラシと考えるだろう。
だが、私は違う。
天使ちゃんは業者。
こっちの悪魔ちゃんは素人。
天使ちゃんのチラシに触発された、
近隣在住のエッチな素人娘の存在を提起する。
そんな彼女が今一歩を踏み出してチラシをぺたり。
はっちゃった、
自分の番号を書いたエッチなチラシ
電信柱に張っちゃった。
…………
おいおい、堪らないではないか。
俄然滾る。
近所の娘は良いものだ。
妄想が捗る。
事実など些末なものだ。
大切なのはこの回線越し、
如何に心地良い興奮を得るか。
そんな酷く一方的なチャレンジ精神なのだ。
近所の娘最強伝説。
ろく、ろく、ろく……と
画面に番号が並んだ。
おもむろに通話ボタンを押す。
…………
三コールほど待ったところで、反応があった。
ガチャリと回線の繋がる音が響く。
同時に声が届けられた。
ぁーい、悪魔のお悩み相談室。
なんのようだ? さっさと言えよ
っ……
でたっ。
でおったわ!
あぁ、こちらで悩みを聞いて貰えると伺ったのだが……
昨日の経験が如実に生きている。
ダンディーにキメることができたぞ。
今のボイス、マジ良かった気がする。
場のフィールドをナイスミドルが満たした感ある。
んじゃ、さっさと言えよ。
ほら、聞いててやるから
うむ、そうさせて貰おう
流石はマゾ向けなだけあるな。
口調が厳しめだ。
しかしながら
こういう子に限って普段は穏やかな性格で、
男性経験も少なかったりするのだ。
そして、いざ部屋で二人きりになると、
もじもじ太股を摺り合わせながら。
…………
うむ。
良い。
良いぞ。
妄想が捗る。捗りおるわ。
この調子でペース良くいこう。
実はここのところ、夜の営みが芳しくなくてだな……
あぁ?
昨日にも用いた技だ。
これがまた思いのほか使い勝手が良いのだよ。
そりゃオマエがインポ野郎ってことか?
おいおい、不能なのかよ
い、いいや、そういう訳じゃないのだがねっ……
インポだろ? インポ。
いちいちんなこと相談してくるんじゃねぇよ
…………
流石はマゾ向けだ。
随分とテンポが良いじゃないか。
背筋にゾクりと来たわ。
しかも、天使ちゃんに同様、
こちらの子も随分と声が若々しい。
やはり小さな子供を相手にしているような気分になる。
けしからん。なんて、けしからん。
背徳感が昂ぶりおるぞ。
幼い声でインポと蔑まれることに悦びを得る。
ふと脳裏に浮かんだのは、
お隣の家の沙耶香ちゃん(9)だ。
堪らぬ。
いや、やはりインポかもしれんな……
よし、今日はインポだ。
今日の私はインポ一年生だ。
おいおい、なんだよ。
いきなりインポ野郎の相談かよ
う、うむ
っていうと、なんだ?
今もふにゃふにゃしている訳か?
エクセレント。
なんてナチュラルな話の運びだ。
この悪魔ッ子め、手慣れておるではないか。
或いは素人などとは名ばかりの
最強メスビッチの可能性が高い。
であれば、
ここはセクハラの伝道師として遠慮はしていられない。
うむ、このふにゃふにゃを君の声で、逞しくしては貰えないものだろうか
うっへぇ、マジでキモいな
できないのかね? 昨晩に相談した天使の子は見事な手前であったが
おっと、
思わず天使ちゃんを引き合いに出してしまった。
悪魔ッ子も良いが、天使ちゃんも良かった。
やはり、この通話が終ったら今一度、
連絡を入れてみようか。
……なんだと?
ん? どうかしたかね?
天使の野郎がそっちにいるのか?
昨晩の話だよキミィ。
もしかして知り合いだったのかね?
どうやらライバル店であったよう。
しかし、店の存在を確認した限りで、
ここまでアドリブを聞かせられるとは、
なかなか大した嬢じゃないか。
サービスが成っているな。
この調子ならば、うむ、
自宅へ呼んでも良いかも知れない。
可能性として考慮しよう。
だがしかし、今日は駄目だ。
風呂場の排水溝が詰まり気味で、
カビもちょっと生え始めているからな。
ちゃんと掃除してから、
後日、万全の体制で挑むとしよう。
シャワールームが汚れていると、
初印象が悪いという。
お迎えは部屋を綺麗にしてからでないといかん。
うむ。
明日はホームセンターへよって
カビ落としを買ってこよう。
ちっ、どっちも考えることは同じか
どうしたのだね? 私のふにゃふにゃは依然として柔らかいままなのだが
上等だっ! ちょっと待ってろっ
待つのは構わないが、それで良いのかね? 他に面倒があるようなら掛け直すが
いいから黙ってろっ!
う、うむっ……
随分と役に入って思える。
アイドルや声優の類いでも
将来の夢としているのだろうかね。
であれば、声の調子も含めて、
なかなか有望株ではないか。
今のうちにサインとか貰っておけば、
いつかヤフオクで高く売れるやもしれぬ。
…………
回線の向こう側では、
なにやらドタバタとした音が響いている。
演出が本格的だ。
これは俄然、期待してしまう。
今日はケータイも充電してある。
途中で電池切れの心配は皆無だ。
キミィ、まだかね?
……わかったっ! ……それなら……そうっ……
受話器から離れて言い合う声が聞こえる。
なにやら揉めている様子だ。
だから、わたしが……そうっ……おうっ……
もしや出勤の是非を巡って
嬢が言い合いでも始めたのだろうか。
やれやれ、モテる男は辛いものだな。
今日はまだ呼ぶつもりもないのだが。
ややあって、再び受話器に声が戻った。
おい、ニンゲンっ!
どうしたのだね?
随分と騒々しくしていたようだが
いいか? 耳の穴をかっぽじって良く聞け
君の可愛らしい声ならば、
いつだって私は良く聞いているよ
う、うっせっ!
なんだね、なんだね。
ちょっと初心な反応が可愛いではないか。
次に天使のヤツと電話が通じたら、
こっちにも連絡を入れろっ!
入れてどうするのだね?
いいから! 分かったな?
なんでも良いから通話を繋げよっ!?
ふむ……
店同士の争いというヤツだろうか。
あまり客を巻き込んで貰いたくないのだがね。
とは言え、ここは頷いておくのが良いだろう。
仮に天使ちゃんに回線が通じたとしても、
その事実は私だけの秘密。
であれば、今はわざわざ事を荒立てる必要もあるまい。
分かった良いだろう
よしっ!
しかし、ただでという訳にはいかんなぁ
……なんだと?
交渉というものは、互いにそれ相応の何かを持ち込んでこそ然るべきではないかね? そちらが私に対して提示できるものがあれば、考えないでも無い
こ、このっ、ニンゲンのくせに、悪魔を謀るつもりか?
どうするかね?
このまま切ってしまっても良いのだが
くそっ! わ、分かったよっ! 代わりになんでも一つ、テメェの願いを叶えてやる! 本当なら魂の一つでも貰うところだが、今回ばかりは特別だ!
……まあ、良いだろう
これはあれだ。
初回に限り無料でサービスしてくれる
と考えて良いだろう。
何事もごねてみるものだな。
素晴らしい成果だぞ、私。
できればゴム無し即即を希望する。
くっ……いいかっ? 絶対に、必ず繋げよっ!?
分かっている。ただ、それも向こうと回線が繋がったらだがな
ふんっ! 覚えてろよっ!? じゃあなっ!
え?
短く吠えると共に、
悪魔のお悩み相談室、
ガチャ切りのお知らせ。
どういうことだ。
耳に届けられるのは、ツーツーツー、という電子音。
……良く分からんな
やはり何か問題でもあったのだろうか。
末端の一顧客にはまるで理解できない。
なによりも、ぜんぜんセクハラできんかった。
まあいい、今日のところは寝るか……
もう夜も遅い。
明日はもう一度、天使ちゃんにコールしてみよう。
あのロリボイスは堪らん。