畑すらない田舎道を抜けると、そこはド田舎だった。

魔王ちゃん

マジでなんにもねー!!!

マジで何にもないド田舎。
資料によると土地は痩せ、
作物はまともに育たず、
栄養状態が極端に悪いため病気が発生しまくり。
冬になると餓死者も出るようです。

治安はステキなモヒカン山賊が村を襲ってヒャッハー。
バカな徴税官が村娘をさらってヒャッハー。
キレた農民が一揆を起こしてヒャッハー。

もうだめぽ……なんでこんなんなるまで放っておいたの……その謎はすぐにわかりました。

持ってきた資料で。

ええ。すぐにわかりましたとも。
カンニングペーパーによると主な原因は遊牧民の軍勢による略奪。
ステキなモヒカンとは別枠です。

※イメージです。

要するに市民の生活よりも国防優先だったのです。

街に入ると道にうずくまる男性が目に入りました。
それは懐かしい目をした男でした。
それは負け犬の目。
ただ侵略者に搾取されるだけの生活を漫然と受け入れる負け犬の目。
それは魔王をやっていた頃によく見た、魔族の皆さんと同じ目でした。

魔王ちゃん

あかん。
この領地、想像してたよりも3倍ヤベえ……

私は頭の悪そうな顔で呆けると鼻水をたらすのでした。

魔王ちゃん

シルヴィア。国からもらった補助金ってどのくらいありましたっけ?

シルヴィア

領地の税収3年分なのだ

魔王ちゃん

ぜってー足らないやん!!!

シルヴィア

しかたないのだ!!!
国の方も逆さに振っても金はないのだ。

これは詰んでいます。
完全に詰んでいます。
ヤバいよ!ヤバいよ!!!

熱々おでんを出せい!

完全に私は錯乱してました。
必死な私の脳みそが必死になって打開策をひねり出します。

魔王ちゃん

……に、偽金です


私は黒目を大きくして言いました。

シルヴィア

はい?

魔王ちゃん

偽金作って予算を水増しして、それを元手に金借りまくって踏み倒しませう!!!

シルヴィア

だからなんでお前はデタラメなのだ!!!

偽金作りは魔王の基本スキルだと思います。

魔王ちゃん

じゃあどうすんのよ!!!

シルヴィア

コツコツと治安改善と野菜の産地開発に開墾をすればいいのだ。

魔王ちゃん

予算がねえー!!!

農業だからお手軽で堅実やろが。

……などという恐ろしい暴論も世の中にはあります。

魔王ちゃん

農業なめんなよ!!!

まず土木工事に超金かかります。
治水工事やってー、農業用の水路作ってー。
ミミズに雑草食べさせるのでも家畜の出すアレでもいいので、肥料作る工場作ってー。
畑の方も土壌改良からやらないと使い物になりません。
全部混ぜっ返すとこから始めてー。
それに作物作ったら作ったで、販路開拓にPRに……

加工しないと儲けが少ないから工場も作らないと……
んで、冬に凍死者とか餓死者が出まくるので、その前にハウス栽培を開始してー。
促成栽培用の苗買ってー。
ハウス建ててー。
そうすると維持費だけで現在の3倍は収穫しないと割に合わないわけでー……

でもそれは難しいしー。
結局、孫の代まで借金が残る計算になるわけで……

結論。

ムリポ。

魔王ちゃん

うがああああああ!金がいくらあっても足りんわ!!!

シルヴィア

アキラメロ。
お前はそういう星のもとに生まれたのだ。

魔王ちゃん

ひでえ!!!

シルヴィア

うっさいのだ!根性出すのだ!!!

魔王ちゃん

逆さに振ってもそんなもん出てこねえよ!

こうして私たちは醜い喧嘩を繰り広げました。
まさに今の気分は市場に売られていく子牛。
こうして私たちは領主の輩に運ばれていったのです。
魔王ちゃん大ピンチ。

領主の館

領主の館には男爵領の徴税官や裁判官などのお貴族様が次々と、私とシルヴィアに挨拶にやってきました。

私は紋章官のお兄さんに、やってきたクソ貴族どもの馬車についている旗の絵からどこの一族かということ教えてもらっています。(機嫌が悪い)

これは非常に重要なお仕事です。
どこの一族で誰の親戚かわかれば、こいつ排除したら親戚で一番偉い人、どこの貴族を敵に回すかなってとこまで予想できます。

魔王ちゃん

ちなみにうまく罠にはめれば一族全員の失脚連鎖を狙えます。
ひゃっはー!!!

それと紋章には独特の規則性があり、現在何のお仕事をしているのか?
軍人か文官か?
どの派閥かなどが読み取れます。
履歴書代わりです。

ひたすら居酒屋のバイト経験が書かれている履歴書に目を通す苦行はこの世界にはないのです!!!

「運動部の経験があるからリーダー向き」
という謎の超理論にツッコミを入れないでもいいのです!!!

すごいですねー。

例えば今ついた馬車の中から出てきた人ですが、旗にはドラゴンと菊のマーク。

魔王ちゃん

……て、ヤクザかい!

……コホンッまずは紋章のマントに模様と色がないので騎士。
軍閥は基本的に模様と色はなしです。
貴族と王族は色アリ模様アリです。
主紋章はうちの実家と同じドラゴン。
副紋章は菊。
副紋章は職業を表している場合が多いですが今回は騎士とわかっているので部隊を表してるんじゃないかな?

旗の下の字は家訓。
書いてあるのは

ただ勇敢であれ

……少し胸がときめきました。
次に槍の穂先の本数。これは兄弟の順位を表しています。三叉。つまり三本なので三男ですね。

まとめますと

・騎士
・主紋章がドラゴンなのでうちの親戚か親父の部下。
・三男。つまり家督を継いだのではなく叩き上げと思われる。
・旗に『あのよろし』とか『みなしの』って書いてあれば満点

謁見に来た時間が早いのでそうとうな重要人物だと思われます。

魔王ちゃん

親戚ですかね?
それか親父の副官クラスか……

謁見に来た時間が早いのでそうとうな重要人物だと思われます。

家令

男爵領守備兵団団長であられる騎士のゼス様でございます。

領主の館に勤める家令の爺様が言いました。

魔王ちゃん

なるほど。
まずは予想は大当たりですね。

男爵領守備兵団と言っても、要するに田舎の警察署です。

ですので、活動内容はちんけな泥棒の逮捕や有害な獣を狩ったりするもの。
主な敵は熊とイノシシ、それに鹿。
自警団に毛が生えたような平均年齢60歳代の老人クラブ。
……と想像してしまいがちですが実は違うのです。

資料によると、度重なる遊牧民の略奪というリスクを抱えるこの男爵領では、予備役も含めると全人口の10%にもなる一大派閥です。
どこのご家庭でも親戚のうちの一人くらいは守備兵団の団員です。
敵に回したら速攻で死亡フラグが立ちます。

紋章から推測すると親父の関係者ですから、とりあえずは味方だと思われます。
ですが……

魔王ちゃん

騎士で三男坊からのたたき上げですか。
正直、やっかいです。

なぜなら、高位貴族の師弟でも三男坊くらいになると、ある程度の年齢になったらとりあえず騎士団へ入団させてしまいます。
少なくとも食いっぱぐれることはないし、親のメンツも保たれるという非常に条件のいい就職先だからです。

彼らは見習いの従騎士として入団、そこから騎士団の幹部候補として騎士の中の騎士として仕込まれます。

その中での絶対の誓いは正義。

つまりリアル正義の味方です。

彼らは利害関係より正義を優先するので脅迫や利害関係で物事を説得するのは難しい人種なのです。

魔王ちゃん

ただし脳筋ですが。

脳筋ゆえに誠意を持ってちゃんと話さなければなりません。
それは私の不得意分野です。
困りました。

魔王ちゃん

詐欺に乗ってくれない人間をどう説得しやがれと!!!

どう転んでも、まずは仕える価値がある人間か、正しい行いをする人間か、それが試されると思ったほうがいいでしょう。

魔王ちゃん

なにこの無理ゲー!

魔王ちゃん

正義とか仁義とか無茶言うな!!!

文句を言う私にシルヴィアが言いました。

シルヴィア

お前はどこまでクズなのだ……

魔王ちゃん

うっせ!

私は気が進まないまま、客を領主の間に通しました。
ほんとどうしよう。

領主の間

執事に通され入ってきた二人の男。

片方は王国の最新の流行を取り入れた品の良い身なりをしている20代後半~30代前半の男性。
痩せ型ですが肩幅が広い細マッチョ。
気品あふれる好青年です。

その後ろには仕立てのいいジャケットに流行遅れの動きやすそうなズボンというやはり30代中頃の男性がいました。
ひげを生やしたぎょうざ耳の筋肉ゴリラ。
ねじりハチマキつけていたらラーメン屋の親父ですし、
長靴履いていたら漁師さんです。
どことなく演歌が似合います。
いかにも従者っぽい顔です。

ですが……

私は迷わずゴリラの方に挨拶をしました。

魔王ちゃん

ゼス殿。本日は若輩なるわが身にお会い頂きうれしく思います

私は彼らに先制攻撃をしました。
ちゃんと人を見る目はありますよー。
っていうアピールです。
おそらく相手もゼスさんを間違えたら、私を恫喝するつもりだったのでしょう。

『主人と従者を間違えるとはなんと無礼な!』とか『領主は自分の部下の顔もわからんのか!』とかですね。

就職活動の面接みたいでムカつきますよね。

これが私とゼスさん。
私と叔父貴の出会い。
そしてこれこそ私と巨大怪獣との戦いの日々のはじまりだったのです。

pagetop