日野崎わたる

で、これはいったい何なわけ?


ちゃぶ台の上に投げ捨てるように本を置き、俺は半切れ状態で坪倉に聞いた。

坪倉みさき

たぶん読めば分かるよ。開いてみて


正直もう触りたくもなかったが、言われるがまま本を手に取る。

表紙をめくると、日付が書いてあった。
20年前の日付だ。
かなり文字が汚く、殴り書きのように書かれている。

『7月25日 隣の奴がお菓子をよこせとせがんでくる。あまりにもしつこいので、ビスケットを1袋くれてやった』

『7月26日 隣の奴が今日もお菓子をよこせとせがんでくる。断ったら殴られたので殴り返したら隔離されてしまった。あいつが悪いのに、何で俺が』

日野崎わたる

……何これ?


意味の分からない内容に、俺は坪倉に目を向けた。
坪倉はじっと俺を見ている。
続きを読めということなのだろう。

『7月29日 ようやく大部屋にもどされた。朝になったら周囲が騒がしくなっていた。
俺が隣の奴の首を絞めたと周りの奴らが騒いでいる。全身を縛られ、注射を打たれて眠らされた。
俺は悪くないのに、何でこんなことをするんだ。
窓の外から、変な奴がニヤニヤしながら覗いていた。
怒鳴りつけてやったら、どこかへ消えた』

『8月2日 拘束が解かれた。大部屋に戻ったら皆が俺を睨みつけてくる。
また難癖を付けられても腹立たしいので、今日は寝ないことにした』

『8月6日 薬を飲めと主治医に怒られた。
俺はちゃんと飲んでいるのに。
皆が俺をはめようとしている』

『8月11日 夜の内にぶっ殺してやった奴が窓の外から俺を見ている。
なんてしつこいやつだ』

『8月13日 どんどん増えてる。
今日は看護師も1人窓の外にいた』

『8月18日 急に退院になった。
こんな薄気味悪いところから逃れられてせいせいする』

『8月19日 やつらが俺の家まで押しかけてくる。
毎日窓の外から俺を見ている。
怒鳴っても消えない。
殴っても触ることができない』

『8月24日 夜中に親に首を絞められた。
腹が立ったので殴ってやった。
次やってきたら殺してやる』

『8月25日 警察が家にきて、無理矢理病院に連れて行かれた。
窓の外から奴らと一緒に母親が見ている」

日野崎わたる

……なんなんだ、これ?


わずか数ページだけの日記を読み終わり、俺はものすごく不快な気持ちになりながらノートを置いた。

読了後の不快感に、思わず身体に鳥肌が立つ。
内容の意味が分からないし、気持ち悪すぎる。

坪倉みさき

それ、20年前に書かれた日記なんだけど、今まで誰にも見つからずに丘門(おかかど)中央病院の金庫に入ってたんだって

坪倉みさき

それが最近見つかって、色々あって叔父さんが引き取ってきたの

日野崎わたる

色々って?

坪倉みさき

何人かの看護師さんがその日記を読んだらしいんだけど、そのうちの数人が日記の内容をなぞるような夢を時々見るようになっちゃったんだって

日野崎わたる

……

坪倉みさき

それで、2日前に、1人が夜に人を殺す夢を見たんだって。ちょうど日記の6番目の内容と同じような

坪倉みさき

しかも朝起きたら窓の外から誰かが自分を見てるのが視界の隅に見えたらしいの。それで怖くなって、日記を見た人たちで相談して近所の神社にノートを持って御祓いに行ったんだって

日野崎わたる

御祓い? それで何とかならなかったのか?

日野崎わたる

ていうか、なんで御祓いに持って行ったノートがここにあるんだよ

坪倉みさき

そこの神社の神主さん、この間脱サラして後継いだばかりで、そういうの持ち込まれても何も分からないらしいんだよね

坪倉みさき

それで、神主さんと友達だった叔父さんが相談受けて、うちに持ち込まれたってわけ

日野崎わたる

だ、脱サラ……元はどこかの会社員だったのか

坪倉みさき

うん、地元のメーカーで営業やってたらしいよ


普段まったく係わり合いのない業界の話のため、脱サラして神主になるなんて事例があるとは知らなかった。
営業マンから神主にジョブチェンジできるという事実も驚きだ。

日野崎わたる

それで、何で俺に読ませたんだ?

坪倉みさき

これ読むと、日記の内容と同じ夢を見ることがあるみたいなの

坪倉みさき

見ない人がほとんどらしいんだけど、日野崎君ならきっと見ることができると思って

日野崎わたる

お前マジで張り倒すぞ


とんでもない事実を後出しされ、俺は半泣きになった。
こんな気持ちの悪い内容の夢なんて、絶対に見たくない。

坪倉みさき

ごめんね。私も読んだんだけど、何でか見れなくて。どうしても協力して欲しかったの

日野崎わたる

だからあんなに目立つところに置いてあったのか……

日野崎わたる

ていうか、せめて前もって説明くらいしろよ。いくらなんでも酷すぎだろ

坪倉みさき

説明したら読んでくれた?

日野崎わたる

絶対に読まなかった

坪倉みさき

だと思った

坪倉みさき

痛っ!


坪倉の額に手刀を入れると、涙目で睨んできた。
泣きたいのは俺のほうだ。

坪倉みさき

今夜は泊まって行く?

日野崎わたる

泊まらねえよ。むしろ今帰るわ

坪倉みさき

怖いんでしょ? 強がらなくてもいいよ。泊まって行きなよ

日野崎わたる

つ、強がってなんかねえし!


笑顔の坪倉に腹が立ち、俺は意地になって勧めを断ると家を出た。

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