次の日の朝、俺は坪倉の家の前にいた。
朝になったら、家に来るように言いつけられていたからだ。

昨夜は気づかなかったが、明るい中で見る坪倉の家はかなりでかい。
昔ながらの日本家屋、といった雰囲気の外観だ。

表札の下の呼び鈴を押して少し待つと、がらがらと引き戸が開いて坪倉が顔を出した。

日野崎わたる

おはよう!

坪倉みさき

おはよう


爽やかに片手を上げて挨拶をすると、坪倉もしゅたっと片手を上げた。

おかしい。
学校ではこんなことは一度もなかったはずなんだが。
こいつ、やっぱりキャラ変わってないか。

日野崎わたる

や、約束どおり来たぞ

坪倉みさき

うん、上がって

坪倉みさき

朝ごはん、あるよ

日野崎わたる

あ、いや、食べてきたから


俺がそう言うと、坪倉は少し不満げな顔をした。

坪倉みさき

明日からは、うちで一緒に食べよう

日野崎わたる

え、明日からって……

坪倉みさき

7時くらいだと、ちょうどいいよ

日野崎わたる

お、おう


何故か明日以降も、俺は来ることになっているらしい。

しかも朝の7時集合となると、6時には起きなければならない。
学校へ行っている日よりも、かなり早起きだ。


昨日と同じ、ちゃぶ台のある部屋に通された。
そこには、2人分の朝食が用意されていた。

ご飯、味噌汁、メザシ、たくあん、そしてお茶。
相変わらず、質素なメニューだ。

坪倉に勧められ、俺も席に着く。

坪倉みさき

いただきます

日野崎わたる

い、いただきます


俺も強制的に食べることになっているらしい。
別に食べられないこともない腹持ちなので、坪倉と一緒になってもぐもぐと食べる。

坪倉みさき

……

日野崎わたる

……


会話がない。
いや、何か話さなければならないということもないのだが、何となく気まずい。

何か適当に話して、場の雰囲気をほぐすことにした。

日野崎わたる

そ、そういえば、坪倉の両親はどこか出かけてるのか? 昨日もいなかったみたいだけど

坪倉みさき

2人とも死んじゃったから、いないよ。今は叔父さんと一緒に暮らしてる。叔父さん、いつも出かけててほとんど帰ってこないけど


いきなり地雷を踏んだ。

日野崎わたる

ごめん

坪倉みさき

いいよ


よけい気まずくなってしまった。
沈黙したまま、ひたすらメザシを齧る。

坪倉みさき

日野崎君

日野崎わたる

ん?

坪倉みさき

夏休みの間、予定空いてる?

日野崎わたる

空いてるけど?

坪倉みさき

よかったら、家の片付け、手伝ってくれないかな

日野崎わたる

片付け?

坪倉みさき

私、古物鑑定やってるんだけど、品物が増えすぎちゃって整理がつかないの。少しずつ、片付けていこうと思って

日野崎わたる

古物って、骨董みたいなやつか?

坪倉みさき

うん、骨董も扱うよ。おもちゃとかお皿とか、宝石も扱ったりするよ

日野崎わたる

うお、マジか。そういうの扱うのって、資格が必要だったりするんじゃないか?

坪倉みさき

うん、許可証持ってるよ。古物商のだけど


坪倉はそう言うと、ポケットから許可証を取り出して見せてくれた。
それには、『古物商許可証』と記載されている。

ただし、そこに書いてある名前は彼女のものではない。

坪倉みさき

それ、叔父さんのなの。建前上、叔父さんの手伝いをしてるってことになってる

日野崎わたる

そうなのか。古物商ってことは、商品の売買もするのか?

坪倉みさき

私はしないけど、叔父さんがたまに帰って来て市場を開いてるよ。私も売り子をするけど、普段は鑑定をしてるの


鑑定というと、虫眼鏡みたいなものを使って品物を眺めたりするのだろうか。

『これはいい仕事してますね』というフレーズが頭に浮かんだ。

坪倉みさき

それで、その品物が増えすぎちゃって、どうにもならないの。お願いできないかな

日野崎わたる

おう、いいぞ。命の恩人の頼みとあっては断れないからな

坪倉みさき

……


俺が了承すると、坪倉は少し嬉しそうに微笑んだ。

かわいい。

何日手伝うことになるのかは分からないが、毎日坪倉と顔を合わせることになった。
週に何日かバイトをしているので、1日中とはいかないのが残念だ。
まるで漫画のようなおいしい展開に、俺は内心どきどきしていた。

朝食を済ませ、俺たちは奥の部屋に移動した。


本、壷、人形、絵画。
そこにはさまざまな品物が、雑然と置かれていた。
かなり古そうなものから比較的新しそうなものまで、色々ある。
それらを見た瞬間、なぜか背中がぞくぞくした。

日野崎わたる

これ全部鑑定するのか?

坪倉みさき

うん。これから鑑定するから、居間に運んで欲しいの

坪倉みさき

家の裏にある倉にもたくさんあるから、そっちもなんとかしないといけないんだけどね

日野崎わたる

そっか。とりあえず、どれを運べばいいんだ?

坪倉みさき

その辺にあるもの、どれでもいいから1つお願いできる?

日野崎わたる

そりゃ構わないけど……


たった1つしか運ばないのであれば、何も俺に手伝いを頼まなくても平気に思える。
特別重そうなものは見当たらず、女の子1人でも楽に運べるものばかりだ。

ふと、手の届く場所に古めかしいノートが置かれているのが目に入った。
何の気なしに、それを手にとってみる。

そして、違和感。
何か、上手く表現できないのだが、何か気持ち悪い。

日野崎わたる

……坪倉

坪倉みさき

どうかした?


坪倉に目を向けると、彼女はいかにも期待を滲ませているといった視線を俺に向けていた。

日野崎わたる

これ、いったい何なんだ? 気持ち悪いんだけど

坪倉みさき

『いわく付き品』って分かる?

日野崎わたる

ええと……アパートとかで言うところの事故物件みたいなやつか? 死人が出たとか

坪倉みさき

そうそう、そんな感じ


何てものを持たせるんだこの女は。

日野崎わたる

てことは……この部屋にあるもの、全部そうなのか?

坪倉みさき

全部じゃないとは思うけど、いくつかまじってると思うよ。本当に『いわく付き』なのかどうかを鑑定するのが、私の仕事なの

日野崎わたる

よし、俺帰る


ノートを元あった場所に置いてくるりと背を向けると、坪倉に腕を掴まれた。

坪倉みさき

もう触っちゃったから、そのまま帰らないほうがいいよ。それたぶん本物だから、きっと酷いことになるよ


俺は膝から崩れ落ちた。

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