第二話「探偵たちと図書室の依頼人」

松本に連れられて俺たちは図書室へと向かうことになった。依頼主はどうやら図書委員の生徒らしく、依頼内容も『直接聞いた方がいいだろう』というのが松本の意見だった。

学園の図書室は放課後の現在も、部活動が終わる六時半くらいまでは開いているようだ。場所は校舎の二階にあってそれなりに広い。検索端末が二台用意されているほど蔵書の数も多いようだった。

図書室に入ると、まずその近くにあったカウンターへと連れて行かれ、俺たちはそこに座っていた女子生徒に紹介された。

あー、あんたが言ってた例の事件だが、この探偵部の探偵どもが担当してくれるようだ。こっちの柄の悪そうな男が後藤。で、外国人っぽいのが御神楽

君の方が柄は悪いだろうが

よろしくお願いしマス! ちなみに、御神楽ではなくて、どうぞラスクとお呼び下さい! 天才探偵ラスクです!

俺が松本にツッコミを入れている間にラスクは依頼者の手を取って、満面の笑みを見せていた。依頼者は苦笑いで答えていた。ただ、特に気を悪くした様子はない。

ラスクさん……何だかお菓子みたいな名前でカワイイですね

などと依頼者も言って、何となく二人は良い雰囲気になっている。捜査には人間関係が大切なのだ。一歩置いていかれたことに対して焦りを覚える。全部、松本のせいだ。

んー、じゃあ、あとは任せても良いな。それじゃ、適当に探偵決めてくれよ。揉め事は無しでな。特に、分裂は止めてくれよな

俺が松本を非難の目で見たからか早々に去って行ってしまった。
あくまで決着は俺たちでつけろということか。客観的に観てくれる人がいてくれた方が、俺としては都合が良かったのだが。

しかし、不満を抱いていても仕方が無い。
俺は一つ咳払いをすると、依頼人に今回の依頼について詳しくを尋ねてみることにした。

依頼人の名前は佐伯という俺たちと同じ二年生だった。二年でどうやら図書委員の委員長をやっているらしい。

依頼なのですが、まさか探偵部の方々が来て下さるとは思いませんでしたわ……本来ならば図書委員で何とかしなければいけない問題なのですけれど……

大丈夫デス! 探偵部は皆の味方なのデスから!

そう言っていただけると、楽になります……

見ると、佐伯さんは涙目になっていた。この問題で相当困っていたのだろうか。

実は、不思議なのですが、ある文庫本が、返却されたにもかかわらず消えてしまったのです

その依頼人の一言で、俺たちは推理用の頭に切り替わる。探偵部の人間ならば当然だ。
佐伯さんは『現場を見てもらった方が良い』と言い、俺たちを文庫本のコーナーへと案内してくれた。

金城くん、ちょっと外しますわ。お願いしても良いかしら?

丁寧な口調で、佐伯さんはカウンターに居たもう一人の図書委員の生徒に言う。

別に構いませんけど……あの、なるべく静かにした方が良いですよ

答えた金城という男子生徒は苦い顔をして注意をし、佐伯さんは笑って応えていた。
俺もカウンターを去る時に金城くんに会釈をしてみる。だが、どこか気まずそうに目を合わせてはくれなかった。何かこの事件について知っているのかも知れない。後で話を聞いてみることにしよう。

辿り着いた文庫本コーナーには、俺の好きな探偵小説ももちろんあるし、有名な古典SF小説も揃っており、あとは恋愛系やら何やらの一昔人気になっただけの作品も置かれていた。かなり蔵書は揃っている。

佐伯さんは書架を指さす。そこには本が一冊入るくらいの隙間が空いていた。

ここに『奈落の林檎』シリーズが並んでいるのですが、一巻だけが、無くなってしまったのですわ。記録上は返却はされていますし、どこか別の場所にあるのではと図書館中を一斉に探しましたが、見つからないのです

まるで我が子を失ったかのように悲しそうな顔をする佐伯さんだった。
俺は顎に指を当てて手を上げた。

持ち出されたと考えるのは? その理由は分かりますかな?

持ち出し……ですか。私は出来るなら利用者を疑いたくはないのですが、その、一巻だけ持ち出すというのはどういう理由なのか少し分かりません

はい。持ち出せる可能性と、それが出来た人物は分かりますか?

ええと……あの、それも……

俺たちの質問に佐伯さんは自分の手を掴んで困ってしまい、首を傾げていた。
答えられないのも仕方が無いか。だから、ここに探偵部が呼ばれたんだからな。その思いはどうやらラスクも同じだったようで、縮こまってしまった彼女の手を取って、闇雲に振り回していた。

オッケーデスよ! 私がこの事件、きちんと綺麗に解決してあげますからね!

任せて下さい。こんなのより時間をかけずに真相を明らかにしてみせます

と、挑発を忘れずにしておいてから、俺はさっそく調査を開始することにした。首をぷいっと振って、ラスクの方も始めるらしかった。もちろん別々に行う。そうでないと決着をつけることにはならないからだ。それに、こいつの力なんて借りなくても解決は出来る。

まず、俺は聞き込みを開始することにした。全ての捜査の基本だ。安楽椅子探偵を否定する訳ではないが、基本的に情報は足で集めるものだと俺は信じていた。

図書館内を巡り、時にはその外にまで出て、話を聞いて回る。職員室での先生への聞き込みも忘れない。生徒会室にも寄って松本にも話を聞いた。

松本からは『相変わらず性格と違って人と話すのを大切にしてるんだな。普段からもそうすれば良いのによ』と皮肉を言われた。これは捜査に必要だから人と話しているのであって、そうでなければ俺は一人で読書をする方が好きだ。それ以外で対話をするなんて御免被りたい。

一通り情報を集め終えて、それを整理しようと図書館に戻って来た。
すると、そこにはノートを片手に捜査をしているラスクの姿があった。隣には図書委員長の佐伯さんや、興味を持った利用者が集まっている。

ラスクがやっているのは実証実験らしい。

ふむ、ケース5……カバンの中に入れて持ち出すというのは、図書館の本以外の本を五冊まで挟めば警報装置が作動しないようデスね。また一つ謎が解けていきました

ちょっと覗いてみると、ラスクは厚手の古めかしいノートにボールペンで色々な条件を書き連ねていた。こいつはこうやって『誰が犯行可能だったか』を徹底的に調べ上げるスタイルなのだ。見たところ犯行可能な人間を絞っても居るようだが、そいつに聞き込みをした方が早いんじゃないかと思う。非効率なんだよ、やり方が。

……ゴドーさん、見ないでいただけますか。いくら勝てないことが分かったからといって、卑怯な手に出るのは見苦しいデスよ

そんな役にも立たないノート、誰も見ないよと思いながら黙って退散した。
俺は図書室の机で集めた情報を整理し始めた。この事件に至った犯人の動機は何なのか。それが分かれば、あとは動機を抱きそうな人間を探せば良い。

だが、手詰まりになってしまった。そして、どうやらラスクの方も同じらしかった。先ほどからノートとにらめっこをするばかりで何も動きが無かった。
俺は椅子を立ち、ラスクの元に歩み寄るとハッタリをかましてみた。

そろそろ推理を発表しないか? 部活の終了までにはケリをつけたいのでね

時計を指さしながら告げる。天井近くの丸い時計は五時を示していた。ラスクは取り繕うことなく慌てていたが、ノートを見つめながらブツブツと何かを呟いて、それから無理矢理作った笑みを見せた。

良いでしょう。私の華麗な推理、ご披露しマスよ!

そうして、俺とラスクは委員長を呼んで、またしてもあの『奈落の林檎』があった書架の前にて結果を報告することにした。この場を選んだのは、あまりお互いに周りから見て目立ちたくないという意識からだろう。俺も犯人は分かっていない。

だが、この瞬間、上手くラスクを尋問するようにして情報が得られれば、手持ちの情報と会わせて犯人が分かるかもしれない。そんな狙いがあった。

では、お先にどうぞ

レディ・ファーストとは感心しマスね。そんなに負けたければ、いいでしょう

ラスクはぱらりとノートを開くと、推理を披露し始めた。

検証の結果、犯行可能な人間は図書委員、ということになりマス

先ほどまで明るく振る舞っていたラスクだが、さすがにこの時ばかりは真剣な顔になっていた。図書委員長の佐伯さんは顔を強ばらせている。

まず、この図書室の検索システムで『奈落の林檎』と調べると、四冊が出てきました。本棚には現在、二巻から四巻までの三冊ですね。つまり、一巻だけが綺麗に無くなっていマス

俺は書架をしばらく見つめてから、再び彼女を見て頷いた。おかしいところはない。

それではどうやって持ち出したのか。この図書室には手荷物を預けないと室内に入れない決まりになってマス。あれ、ですね

ラスクが指さしたのは室内にあるロッカーだった。あそこで生徒は荷物を預ける。

色々実験しました。図書委員の人に上手く背を向けながら、ロッカーから荷物を取り出して、そして本を入れるにはどうすれば良いか。ご協力、ありがとうございました

ラスクはぺこりと佐伯さんに向かって頭を下げた。慌ててお礼を言われた方も会釈をする。

実験の結果、貸し出し処理をしていない本については、あの警報装置が鳴り、ドアが閉まってしまうのデス

本が隠せても持ち出しは出来ない、と?

本を間に五冊以上挟めば何とかなりマス。警報は作動しません。ですが……

途端に暗い顔になって、ラスクは佐伯さんと顔を見合わせた。

その、図書室のルールとして、一人十冊は借りられないです……

はい。五冊と五冊で挟めば警報は作動しないのですが、十冊は借りられません。もし、それが可能だとしたら、図書委員が細工をして貸し出しのシステムをいじるしかありません。十冊以上貸し出しすることもできました

ノートを閉じてラスクは推理を締めくくった。

図書委員でしか本の持ち出しはできない、デス。それが結論になりマスね

こちらも犯人は分かっていない。きっと、向こうは俺が犯人を分かっていると思っているんだろう。すっかり敗北ムードになっていた。
それはどうでも良いが、今の推理について言いたいことがあった。

聞き込みで分かったんだが、三年以上前に本を持ち出して捕まったやつがいたらしい

え?

ほ、本当デスか?

俺は無表情のまま頷いた。

教師に聞いたんだ。カッターで貸し出しのバーコードを切り取って、それで出たらしい。その方法を使えば、図書委員じゃなくても犯行は可能だ

そう指摘すると、二人とも表情は明るくなった。しかし、ラスクの方はゆっくりと沈んでいってしまった。今までやって来たことが全て無駄になったのだから。だから効率が悪いと言うんだ。

で、では、犯人が分かっているのデスかっ!

怒り気味にラスクは言う。
俺は余裕の表情を見せるけれど内心には焦りしかなかった。

ラクスの推理を聞けば何かが分かると思っていたが、何も思い浮かばない。まずい。

い、いや、どうもだな。聞き込みの結果、一巻だけを欲しがる心理は分からないと言う意見が大半でな。文庫本を一巻だけ盗んで何がしたいんだって

言い訳気味に言うと、ラスクは高笑いをし始めた。

ゴドーさんも無意味だったのではないデスか! 情けないデスね!

黙りたまえよ! 君の推理の穴を埋めただろ! それだけでも収穫だ!

そう言い合いながら俺たちがいがみ合っていると、横から委員長が笑みを見せながら止めてくる。

お二人とも、実は仲がよろしいのではないですか?

そんな言葉に俺たちは一斉に噛みつくのだった。こんなのと一緒にするんじゃない、と。

結局、その日のうちに事件の解決は出来ず、明日以降に問題は持ち込まれることになった。
しかし、事件が起きたのは翌日だった。

次の日の放課後、探偵部は部室に寄らずに直接図書室に行った。荷物をそれぞれ図書委員に預ける。時々、図書室のロッカーは利用者でいっぱいになってしまうらしい。

俺は今日は誰に聞き込みをしようかと考えていた。
すると、おろおろしながらラスクがこちらにやって来る。

ノートが……私のノートがなくなってしまいました……

涙声でそう訴えかけてるくるラスクに対し、俺はいつものように軽くあしらう。

どうせ昨日みたいな役に立たない結果ばかりだったんだろ

すると、ラスクの顔色が豹変して顔を思いっきり近づけてきた。つい、こちらは仰け反ってしまう。

どうしてそんなこと、言うんデスか! あれは私が英国のおばあさんからもらった、大切なノート。大切な私だけの推理ノートなんデスよ!

そこまでのこだわりがあるとは知らなかった。だが、そんな事情は知ったことじゃない。俺は『ああ、そうだったのかい』と返して、それなら代わりのノートを貸してやろうかと言おうとした。

すると、後ろから佐伯さんが恐る恐るこちらに歩いてくる。

手には見覚えのある厚手のノートがあった。間違いなくラスクのものだった。
まずは喜びに何度もお礼を言うラスクだったが、その後の委員長の言葉で表情は急変する。

そのノート、後藤さんの荷物にまぎれていましたの。さっき、金城くんが見つけてきて

そこまで佐伯さんはラスクと俺の顔色を伺いながら言う。
すると、ラスクは俺を睨み付けてきた。

これまでに見たことのない、彼女の怒った顔だった。俺は冷や汗をかいてしまう。

ゴドーさん! どうしてそんな意地悪するんですか! どんなに気に入らない人でも、ゴドーさんは正々堂々と戦ってくれる人だと思っていました! それなのに、そんな……

誤解しないでくれたまえ。君のノートなんて俺が欲しがる訳

うるさいデス! ゴドーさん、見損ないました!

そう絶叫するとラスクは涙を零し、勢いよく走って外に出ていってしまった。
俺はあまりにいきなりのことで呆然としてしまい、とっさに追いかけられなかった。
その場に残されて、委員長や他の図書委員、図書室の利用者から視線が注がれているのに気づき、気まずくなってしまった。

だ、だいたいな。そんな大事なノートなら、置いて帰るんじゃない

俺は委員長の手に合ったラスクのノートを見てから、そっぽを向きながら言う。委員長はどこか悲しげに言い放った。

ノートのことより、後藤さんに裏切られたショックの方が大きかったのだと思いますわ

何も悪いことはしていない。
しかし、俺も気が動転してしまっていたのだろう。どうして俺の荷物にあいつのノートが紛れていたのかという疑問を抱くよりも、あいつをあそこまで悲しませてしまったという後悔の方が前に出ていた。

第二話「探偵たちと図書室の依頼人」

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