第一話「探偵部の二人」

私立潮騒学園。
この学園には『探偵部』が存在していた。

世の中探偵のイメージはきっと『殺人事件を華麗に解決する人』や『怪盗と華々しく対決する人』ではないだろう。浮気調査や迷子の犬猫捜索。そんな地味な仕事をこなす人だといい加減多くの人が分かっていると思う。それでもって、潮騒学園の探偵部も世間一般のイメージ通りの活動を行う存在であった。

探偵部は言わば生徒会の便利屋として活動している。

ゴミ拾いといった清掃活動、生徒会選挙のための書類作り、生徒総会のための資料作成、生徒会室の大掃除の手伝い……。
そういったことを主な活動内容としているのであった。

そして、探偵部の部長は生徒会の皆や生徒達から、親しみを込めて『探偵』と呼ばれている。

俺、後藤諭は、その探偵という名前がどんなに皮肉られていても、皆からそう認めてもらいたいと思っていた。この学園に入ってからずっとそう思っていたし、高校二年生になった今、その機会に最も近づいていた。

去年までの探偵部は三年生ばかりであり、今は全員が卒業をしてしまった。もちろん

『探偵』であった先輩もである。
次の探偵は俺に回ってくるはずだった。しかし、そう上手いことばかりでもない。

探偵部に残ったのは二人だったのだ。

俺と、イギリスからの帰国子女、御神楽ラスクである。俺と同い年の二年生。もちろん『探偵』の座を虎視眈々と狙っているのである。
今日も、俺とラスクは、生徒会室の隣の『探偵部部室』にてどちらが探偵にふさわしいかの言い争いをしていた。

またとない機会なのデスよ! まさに絶好の助手日和! この私を探偵と認めて、そして私の助手となる……。今日こそ、ゴドーさんは私の助手になってもらいますからね!

いちいち語尾に『!』を付けないと喋れないのかと突っ込みたくなるほど、部屋中に響く声でラスクは言い放った。
俺は読んでいた文庫本から目を上げて彼女の姿を一瞬だけ見て、そしてため息をつくと、また文字に戻る。

ええい! まともに話を聞くのデス! 聞き分けのないゴドーさんからは、本をボッシューします!

いきなり机の上に体を乗り出して、俺の読んでいた本を奪い取ろうとしてくる。身をよじって回避する。このままでは読書もままならないので相手をしてやるしかないだろう。面倒極まりないけれど。

あのな。昨年の活動内容を考えてみたまえよ。君はとんでもないミスばかりだっただろう?

むむむ

生徒会の人にも先輩たちにも迷惑をかけ続けたじゃないか。文化祭でガスコンロの使用許可を出す書類を配り間違えた、美術部の備品を保管する場所と写真部の部室を一緒にした……全く迷惑ばかりかけて

ぐぐぐ

誰がどう考えたって、探偵部の部長は俺に決定だと思うけれどね。何か反論があればどうぞ?

あ?

すっかり意気消沈してしまったと思われたラスクが肩を震わせてボソリと呟く。

あなたには心がないデス

ひ、人を鬼か悪魔みたいに言うのは止めたまえよ

言葉では強がるけれども、内心では少し図星を疲れた気がしてびくりとしてしまう。

こちらの説明不足で記入漏れが多かった書類、全て問答無用でボツにしました

適切な業務であったな

でも、生徒会の人達、後から全部OKにしてましたよ! ゴドーさんはやり過ぎだって言ってましたし!

それにそれにっ! 私に対しても非常に冷たい! こんな冷たいお茶しか出してくれません! これは探偵の資格なし、デス!

涙目になりながらラスクは俺の目の前に湯飲みを見せつけてくる。

それは……君が早く飲まないからではないか……

うるさいですっ! 私が熱いお茶が好きなのを知ってて、わざとこんな意地悪をするんデス! こんな心ない人が『探偵』になったら、この学園はとても暗い!

君が『探偵』になったらな、学園は滅茶苦茶なんだよ……

いつの間にか俺も立ち上がって、ラスクと顔を突き合わせていた。お互いに一歩も引く様子は見せない。ここしばらく数日は、このような事ばかりをやっていた。と言うか、先輩達が卒業してから一ヶ月。五月になっても俺たちは言い争いをしており、そのせいで新入部員の勧誘もままならず、ついに探偵部は俺たちだけになってしまっていたのだった。

探偵部が事件起こしてどおすんじゃボケがああああああああああ!

怒鳴り声と共に部室のドアが乱暴に開かれた。俺たちはその怒号と音に体を跳ねさせて、乱入者を見ていた。

お前ら、騒ぐなら外に出ろ! 隣では予算の会議してるんだっての! 分かってんのかよ!

松本は呼吸を整えないまま説教を始めたので、次の言葉を出す前に、疲れてしまったらしく、机に手を付いて休息を取っていた。その隙を見て俺たちは一斉に松本を議論に巻き込んでしまう。このまま説教され続けるのは嫌だからな。

松本!

マツモトさん!

俺たちは目を輝かせて彼を見つめる。

……ああ? ったく、分かってんだよ。何も言わなくても。筒抜けだからな、お前達の声、隣に

壁の向こうの生徒会室を指さしながら、松本は迷惑そうに言う。

どちらが探偵部の部長にふさわしいかってことだろ? くだらねえ。どんなの両方部長で良いじゃねえの? どっちも探偵。これで解決じゃん

早口でそう言った松本に対して、俺とラスクは無表情で沈黙していた。会心の答えをしてやったとでも言いたげに、自慢げに胸を張っていた松本だった。
俺とラスクは、息をぴったり合わせてため息をつく。

分かってない。実に分かっていないぞ、君は

失望、デス

な、何なんだよお前ら

良いか? 君。探偵が二人居るってことはな、生徒会長が二人居るというのと同義ではないか。想像してみたまえ。会長が二人になったらどうなる?

両手を広げて俺は松本を挑発するように言ってみるが、しばらく彼はその状況を考えて頬を染めてしまった。しまった。ここの学園の美人で有名な生徒会長にこいつは惚れている。だからこそ、さっきのように生徒会の邪魔をしている俺たちを叱りに来たのだろう。だが、これでは俺の例えは分かりにくくなるだけだ。

良いデスか? 松本さん。探偵が二人居る。そうすると、何だか卑怯な気がしませんか? 集団で寄って集って犯人を追い詰めて捕まえる……実に卑怯極まりないデス

……その理屈で言うと警察はかなり卑劣な組織ということになるな

松本の冷静な反応に俺も同調して頷いておく。

なあ、君から生徒会に『探偵』を指名するように言ってはくれないか? 去年の俺の助手としての働きなら、間違いなく俺が『探偵』だろう?

駄目デス! 松本さん! 悪魔のささやきに耳を貸してはいけませんよ!

松本は耳を塞ぎながら、何度か首を振って、それから両手を突き上げる。

生徒会はそんな仕事をしないっ!

俺とラスクはびっくりして飛び退くように下がってしまった。

第一だな、前の部長……『探偵』がしっかりと指名していくのが道理ってもんだろうが。ねえのかよ、遺言……じゃなくて手紙とかメールとかよ

あったらここまで揉めているものか

そうデス! そうデス!

呆れた顔をしながら目の辺りをぴくぴくさせて、松本は俺たちを睨んできた。調子に乗りすぎてしまったことを反省して、俺たちは口を閉じて目を逸らした。

こうなれば……もう、取るべき道は一つ、デスね。分裂、デス

分裂

ラスクの確信めいた目つきに俺も答えてにやりと口元を歪ませた。

そりゃあいい。俺も例えこいつが助手になっても、こんなポンコツとはやりたくないって思ってたのだ。それぞれ別の部で活動すれば、そうだな……問題はないな

ふふふ、私は生徒会のみならずたくさんの生徒の悩みを解決して、この学園で不動の探偵となってみせます。そうなれば、ゴドーさんなんてお払い箱デス、ね

ははははは、プライベートな事件をわざわざ持ち込んでくるやつがいるとは思えないね。どれ、哀れな自称探偵の最後でも看取ってやるとするかな

言いましたね……?

楽しみだね……

俺たちが机を挟んで火花を散らしていると、しばらく静かだった松本がその間に入ってきた。

話をややこしくするんじゃねええ! 探偵部が分裂したら、また生徒会の手間になるんだっての! 新設部の申請やら顧問の手配やらめんどいんだぞ。会長にこれ以上負担をかけさせるってんならよお。俺を倒してからにしな

最後は少し意味が分からない。

ただ、松本の言うことももっともだと思った。部活の申請にはまた手続きが必要である。それにこの元々の探偵部を俺とラスクのどちらが継ぐのかという問題もあるのだ。余計な面倒を、俺たちも向こうも被ってしまうことになる。

……ああ、もうしゃあねえな! それじゃ、ちょっと前に生徒会に相談が上がってきたんだが、お前ら、それを解決してみせろ

首の後ろ辺りを掻きむしって松本は提案した。

それは……もしかして『事件』というやつデスか!?

ラスクはキラキラした目を松本に向けていた。『事件』という単語は、普段から暇をしている探偵部にとってはまさに猫に鰹節。大好物という訳だ。俺も彼女のように表立った反応は見せなかったが、内心ではうきうきしていた。

そう捉えるならそう捉えてくれ。ったく、生徒会がこんなことに時間を割く訳ないだろって相談だからな? そう期待すんじゃねえぞ?

松本のその言葉は俺たちにはもう聞こえていない。

これではっきりする訳だね。どちらがこの部にふさわしい探偵であるか

そうデスね! 本場、シャーロック・ホームズ仕込みの英国流推理、見せてあげますよ

かくして、俺とラスクの『探偵』の座を賭けた勝負が始まるのだった。

第一話「探偵部の二人」

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