ドラゴン。

 ヨーロッパや中東の民話に現れる想像上の生き物。
 起源は原始宗教などの宗教で神聖な生物とされる蛇を神格化した存在だとされる。

 時代の移り変わりにより、新興宗教の中では、この神格化された蛇を「古き宗教の邪神」として扱い、「悪の象徴」「退治されるべき存在」とする事もある。

茶助

………………

 入学式の後、これから担任になるであろう教職員に誘導されやってきた教室。

 俺に割り振られた席に着き、まず俺は電子辞書をを取り出した。
もちろん、ドラゴンについて調べるためだ。

 最近の若者ならばここでスマートフォンやらパソコンやらを使うのだろうが、生憎、俺はどちらも所持していない。
 代用品として持ち歩いているのが、この電子辞書と言う小さなパソコンみたいな奴である。

 中学の時、懇意にしていた先輩からいただいた物だ。
 最初の頃は使い方が全くわからなかったが、慣れてくると便利な物である。

そして辞書を引き、俺は唖然とした。

茶助

……想像上の、生き物……だと……!?


 馬鹿な、では教室に置いてもなお俺の隣りに座るこのドラゴンは何だと言うのだ。

 春の日の白昼夢、と言う訳では無いだろう。
 だって指をクナイでブッ刺してもこいつの存在感は変わらなかった。

 大体、それだと俺が読んだ蔵書はどう説明を付ける?

 ……まさか、あれはいわゆるフィクションだったのか……!?

タツオ

どうかしたんですか?


 お前のせいで俺は混乱している真っ只中だと言うのに、よくもまぁそんな口を利けたモノだ。

茶助

いや……そのだな……

タツオ


 これは、どう対処すれば良い?
 と言うか、何故想像上の生き物が教室内にいるのに誰も騒がないんだ?

クラスメイト

これからよろしくねー

タツオ

あ、よろしくお願いします

茶助

………………


 騒がない所か平然と挨拶交わしている子までいる。

委員長

何故電子辞書を片手に固まっているの?

茶助

委員長…


 そこに現れたのは委員長。
 颯爽と俺の左隣りの席に座る。

 まさかの体育館時と同じ配置か。
 前後の人は違うし……完全なる偶然の様だが。

委員長

……委員長……?
私の事?

茶助

あ、ああ。すまない。つい……

委員長

私はまだ委員長じゃない


 まだ、と言う事はなる気ではいるんだな。

委員長

私は雨市(ういち)麻央(まお)。
ひとまず向こう1年よろしく

茶助

ああ。
忍ヶ白茶助だ。よろしく


 ふむ、クラスのマドンナ当確とも言える委員長と隣りの席か。
 これは幸先良い。

 ……って、今はそれ所では無かった。

 ドラゴンだドラゴン。今重要なのは右隣りの奴だ。

タツオ

あ、雨市さん、同じクラスなんですね

委員長

ええ、まさしく腐れ縁ね


 ……まさかの顔見知りか。
 どうやら中学時代のクラスメイトらしい。

 腐れ縁と言う言葉から察するに、中学3年間一緒だったか、はたまた幼馴染とかその辺の可能性も……

 いや、もうこの際、ドラゴンと委員長の関係性はどうでも良い。

 ……もうあれだ。
 こうなったら、直球にいくか。

茶助

…………超絶、少し、聞きたい事がある

タツオ

タツオで良いですよ。なんですか?

茶助

お前は、ドラゴンなのか?

タツオ

はぇっ……


 予想外、そんな感じのタツオの奇声。

委員長

ちょっといい、忍ヶ白くん

茶助

ん?


 突然、委員長が口を挟んできた。

委員長

話がある


 何だ急に……

茶助

いや……悪いが俺は今この胸の中にある疑問を早急に解決したいんだ、後にしてくれ

委員長

その疑問に関しての話。
超絶、あなたも来なさい

タツオ

は、はい

茶助

来なさいって……

委員長

忍ヶ白くんも

茶助

でも、これからHRが……

委員長

忍ヶ白茶助、来なさい

茶助

お、おぅ……


 よくわからないプレッシャーを感じ、俺は委員長に従うしか無かった。


 学校の屋上と言うモノは、そもそも作業員が入る事以外想定されておらず、一般生徒に開放するには安全面に問題がある。
 そして開放する必要性も無いので、安全性を高める施工をする費用は完全に無駄遣い。
 なので基本的に閉鎖されている。

 ……ってのが理由らしい。

 中学生の時、数少ない友人達と屋上に忍び込んで捕まった時、説明してもらった。

 この高校も例外ではなく、屋上のドアは南京錠でがっつり施錠されていた。

委員長

ぬぅ、漫画やアニメを見習って欲しい

茶助

漫画やアニメだと
開放されているものなのか?

委員長

忍ヶ白くん、
そういうのはあまり見ないタイプ?

茶助

ああ、縁が無かったものでな


 我が家のテレビは基本的に爺ちゃんに独占されているし、漫画に触れる機会も無かった。
 その存在と娯楽用品であると言う用途は知っているが、実際にお世話になった事は無い。

委員長

そんなコスプレしてるから、
てっきり私と同類かと思ってたわ

茶助

コスプレ……?


 確か、仮装の英語表記だよな。
 俺の格好のどこが仮装だと言うのだ。

 爺ちゃんが洋服嫌いなせいでガッチガチの和装、悪く言えば古式である事は重々承知している。
 だが、流石に仮装扱いされる事には異議があるぞ。

茶助

と言うか、何故わざわざ屋上なんだ

委員長

これからするのは人に聞かれては不味い話。密談と言うもの

茶助

それにしてもだ、
屋上にこだわる必要は無いんじゃないか?

タツオ

茶助くんの言う通りですよ、
人気は無いし、ここでも良いじゃないですか


 そうだ、この屋上ドア前の踊り場も、充分密談には適している。 
 何より俺はさっさと疑問を解消したい。

委員長

こういう学生の密談は
学校の屋上でやるのが鉄則でしょ?


 何に置ける鉄則だろうか。前提が見えない。

委員長

……まぁ、私の手にかかればこんな鍵……


 何やら委員長がもぞもぞと手を動かしていると、

茶助


 南京錠が、開錠された。

 すごいな……俺もピッキングには造詣があるが、あんな一瞬で開錠する程の技術は無い。
 いくら南京錠とは言え、最低でも10秒はかかる。

 委員長……侮れないな。

タツオ

雨市さん……またそんな使い方して……

委員長

別に『この世界』では法的使用制限は無い

タツオ

ピッキング行為は立派な犯罪ですよ

委員長

…相変わらず図体に反比例して細かい事を…


 タツオの言葉を適当に流しつつ、委員長は南京錠を取り外し、屋上のドアを開放。

茶助

……さて、お望み通り屋上についた訳だが……一体なんなんだ


 俺はタツオへ重要な質問の途中なんだ。

委員長

……さっきのあれ、
超絶に対しての質問、どういうつもり?

茶助

どういうつもりって……


 シンプルに俺の疑問をぶつけただけだ。
 どういうつもりも何も無い。
 強いて言えば、一刻も早く混乱に満ちた脳内の整理を付けたかっただけだ。

委員長

あなたには、
超絶がドラゴンに見えているの?

茶助

それは、まぁ……


 どう見ても、ドラゴンと言う奴ではないのか。
 あ、待てよ……

茶助

まさか、ワイバーンと言う奴か?

タツオ

あ、いえ、ドラゴンで合ってます。
ワイバーンは翼が生えている代わりに、
前足…手が無いのが特徴ですね


 ドラゴンとワイバーンとやらが近縁種的なものだと言うのは例の蔵書で知っていたが、そう言う区別があったのか。

委員長

そういう問題じゃない。
あなたには、超絶がドラゴンに見える。
間違いないのね?

茶助

ああ、この見た目はどう見ても……


 あの蔵書に記されていたドラゴンの挿絵にそっくりだ。
 挿絵だと体の構成は人間よりも犬猫に近い印象だったが……個体差の様なモノだろう。

委員長

つまり……私の『魔法』が効いていない、と

茶助

魔法……?

委員長

率直に聞く、あなたは何者?

茶助

何者……と言われても……俺は特に変わりない平凡な一般人になるべく……

委員長

嘘は許さない。私の魔法が効かない一般人なんているはずがない

茶助

待て、さっきから魔法って何を……

委員長

あなたが、私達に害する者なら……


 委員長の目に、攻撃色が宿る。

茶助

っ!


 殺気だ。完全に。
 委員長は俺を殺す気だ。

 何故かはわからない、だが、いくら美人が相手とは言え殺されてやる 道理は無い。
 全身全霊を戦闘モードに切り替え、迎撃態勢を……

タツオ

ストップですよ雨市さん!


 俺と委員長の間に、タツオが割り込んだ。

タツオ

茶助くんは悪い人じゃないですよ!
直感でわかります!

委員長

鈍感爬虫類の直感なんて当てにならない

茶助

待て委員長、よくわからんが、
俺は悪人であるつもりは無いぞ!


 タツオの言う通り、俺は誰かに取って害悪となる様な人間であるつもりは無い。
 そんな生き方はしない様、心掛けてきたつもりだ。

委員長

その割りに……
私の殺気に対して、随分本格的な迎撃態勢を取ったように見えたけど?

茶助

ぬ……それは条件反射と言うか……

タツオ

誰だって、殺気を感じたら身構えますよ


 そうだ、その通りである。
 殺気を感じたらその殺気の主を即座に排除すべく行動するのが人の性だ。
 タツオは見た目こそ非常識っぽいが、実にまっとうな事を言ってくれている。

茶助

それよりも、意味がわからないぞ。
さっきの口ぶり……まるでタツオがドラゴンに見えるのがおかしいと言う風じゃないか


 これだけドラゴンドラゴンしてる奴が、ドラゴンに見えないはずが無いではないか。

タツオ

それがその、茶助くん。
その通りなんです

茶助

……何?

タツオ

僕は、雨市さんの魔法の力で……
普通の人には『少し大柄の人間』に見えてるはずなんです

茶助

…………はぁ……?


 そうだ、そう言えばさっきから魔法魔法言ってるが……魔法って、あれだよな。
 あの蔵書にも載っていた、魔女が持つと言う奇跡の力。

茶助

まさか委員長……魔女なのか……!?

委員長

……ええ。魔女を知っているのね


 それはまぁ、あの本に載っていたから。

茶助

だが、魔女は魔女狩りで……

委員長

ああ、この世界の歴史の話ね。
私は、別の世界の魔女だから関係無い

茶助

別の世界……?

タツオ

世界は1つではありません、
僕たちは、異世界の住人なんです


 異世界……あれか、並行世界とか言う奴か。
 何かの本で読んだ記憶がある。

 世界と言うものは可能性の数だけ分裂する。
 俺が昼食をオニギリにするかパンにするか悩んだ時、『俺がオニギリを選んだ世界』と『俺がパンを選んだ世界』が誕生する。
 俺がどちらに進もうと、その2つの世界が生まれてしまった事には変わり無い。
 オニギリを選んだ俺とパンを選んだ俺は別々の世界で別々の運命を歩んでいく。

 そんな感じの話だったはずだ。

 つまり、委員長達は……魔女狩りで魔女が滅ばなかった世界であり、ドラゴンが想像上の生き物では無い世界から来た……と言う事か。

茶助

異世界を行き来する事は
できないと聞いたが……


 なんとかパラドックスがどうの、と言うよくわからん理屈があるらしい。

委員長

魔法を使えば割と余裕

タツオ

あんまりよろしい事では無いんですけどね……仕方なく

茶助

仕方なく……?


 何か事情があり、異世界からこの世界に来た、と言う事か。

タツオ

詳しく説明した方が良いかもですね
……雨市さん

委員長

異論は無い。むしろ賛成。
なんでか知らないけど、魔法が効かない以上、忍ヶ白くんは共犯にしといた方が無難

茶助

共犯……?
委員長達は、何か法を犯しているのか?

委員長

私達が元いた世界では、
「ドラゴンを助ける行為」は違法なのよ

茶助

……何……?

タツオ

あまり楽しい話ではありませんが……

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