仕事を終えた真夏は、日野に連れられ、古いラーメン屋にやってきた。
年季の入った引き戸を、日野が勢い良く開ける。

へい、らっしゃい!

莉子

いらっしゃいませー

カウンターのみの小さな店である。
そのカウンターの奥で、店主らしき人物と、セーラー服にエプロンをつけた少女が出迎えると、日野は何故か怪訝な顔をした。

日野悠二

あれっ、大将、バイト雇ったの?

娘だよ。小遣い欲しいっていうから、
今日から店手伝わすことにしたんだ。

日野悠二

えっ、大将、結婚してたんすか!?

日野と店主は顔馴染みのようであるが、娘が店にいるのは初めてだったようだ。

莉子

莉子です!
宜しくお願いします

日野悠二

大将に似なくて可愛い娘さんっすね!!

おう、手ぇ出したら、殺すぞ

日野悠二

……

店主のドスの聞いた声に日野が固まる。
その間に、ラーメン屋の娘、莉子は、真夏に声をかけてきた。

莉子

はじめまして、莉子って言います!
お客さん達は常連さん?

佐藤真夏

あ、いえ。
先輩はそうみたいですけど、
僕はこの秋から異動でこっちに来たので……

莉子

……

ほんの少し、莉子が考え込む表情を見せる。

莉子

お客さん、もしかしてお巡りさん?

佐藤真夏

えっ……どうしてそれを?

莉子

なんかそんな感じしたので!

佐藤真夏

そんなこと、初めて言われましたよ。
いつも、まさかの警察! なんて
からかわれてばかりで……

莉子

そんな、言い過ぎですよ~

佐藤真夏

まあ、それは単に名前のせいもあるけど……

動揺する真夏に、莉子は人懐こい笑みを見せる。

莉子

じゃあ、手錠とか警察手帳とか
持ってるんですよね!
私、一回見てみたかったんだ~

佐藤真夏

いえ、そういうのは仕事中以外
普通持ち歩きませんよ

莉子

えっ、そうなんですか?
ドラマの警察官とかは
プライベートで事件に遭遇しても
「私こういう者なんで」って
手帳出して首突っ込んでるのに

佐藤真夏

あはは、そういうのはドラマだけですね

一般人の警察のイメージはどうしてもドラマが基準になるが、実際は雲泥の差である。出先で事件に遭遇しても、現地の警察と協力して捜査したり……などということはない。

黄色いテープを張ってる制服警官の横を通り過ぎようとして、

こら、一般人は入っちゃいかん!

佐藤真夏

私、こういう者です

はっ……こ、これは失礼しました!
お疲れ様です!(敬礼)

なんて水戸黄門の印籠的な使い方などできないのである。もちろん、巡査だろうが警部だろうが同じことである。

こら、莉子。
お客さんのプライベートを
詮索するもんじゃない

莉子

あ、ごめんなさい!

日野悠二

お前もバカ正直に答えんなよ。
警察だなんて公言するもんじゃないぞ

佐藤真夏

す、すみません。つい……

なりたての頃大声で自慢してたお前が
いっちょ前に先輩風吹かすようになったな

日野悠二

大将~
昔の話は勘弁して下さいよ~

きまずそうに、日野が頬を掻く。

佐藤真夏

先輩にもそんな時代があったんだな……

などと真夏は微笑ましい気持ちになっていたが、日野はあまり話題にされたくないらしく、さっさと話を変えてきた。

日野悠二

そんなことより、聞いてよ、大将、莉子チャン。
こいつさ、まさかの人物なんだぜ!!

ほう?

莉子

えっ、何?
どう凄いんですかー!?

佐藤真夏

あ、いやそれは、単に僕の名前が……

日野悠二

ま・さ・かの
佐藤真夏くんです!
すげーまさかの名前っすよねー!

はっはっは、そりゃーまさかだな。
そのうちまさかの手柄を上げて
まさかの先輩越えを期待してるぜ!

日野悠二

まさか~そりゃないっすよ~

佐藤真夏

……。

莉子

私、素敵な名前だと思います!

佐藤真夏

あはは……子供の頃からいじられ慣れてるし気を遣わなくていいですよ

莉子

ね、佐藤さん。
最近、友達が痴漢被害に合っちゃって。
犯人、絶対捕まえて下さいね。

警察官――刑事と言っても、犯人を捕まえるだけが仕事ではない。もちろんそれも仕事ではあるが、あくまで仕事の一部というだけで、普段は普通の会社員と同じで、署に出勤し、決まった仕事をする。新米の真夏は掃除お茶汲みもする。

とはいえ、期待に満ちた瞳の少女に、わざわざそんなことを教える必要もないだろう。

佐藤真夏

……そういう人が減るように、
頑張って仕事しますね。

無難な言葉を返す真夏であった。

それでも僕はやってない 2

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