第五話「犯人」
第五話「犯人」
真昼の公園では小学生がサッカーをしていた。祐介はベンチに腰を下ろすと、腕時計を見る。
「十一時五十分、か」
祐介はそう呟いた。やがて辺りを見回しながら、澪が現れた。祐介が座ったまま手を上げると、澪は駆け寄る。今日は香水を付けていなかったが、その代わりに刺激臭が漂ってきた。
彼女の顔は真赤である。祐介はその顔を見ると、さも反省しているかのような口振りで言った。
「すみません。この手しか思い浮かばなかったんです」
「で? 何の用」
澪は喧嘩腰だったが、声は震えている。
「僕の友達が殺されたんです」
「へぇ、そう。で?」
澪はつまらなそうに言うと、踵を返して公園から出ていこうとする。
「そんな話なら帰ってもいい? 暇じゃないの」
「D-6を飲まなきゃいけませんからね。それともD-20でしょうか」
祐介は澪の太腿に手を伸ばしたが、カバンに触れると澪の手を振りほどく。カバンには家の鍵がくくりつけられていて、鈍い光を放っていた。
「ねぇどこで知ったの? 教えてよ」
祐介は澪の太腿に手を伸ばしたが、カバンに触れると澪の手を振りほどく。カバンには家の鍵がくくりつけられていて、鈍い光を放っていた。
「関係ないでしょう?」
祐介は冷たくそう言うと、彼女は拗ねたような顔付きになる。
「じゃあこうしましょ。私が洗いざらい話す代わりに、あなたも誰から聞いたか話すってのは」
しかし祐介は澪の申し出を無視して尋ねた。
「事件当時、この公園から飛び出してきたのもあなたですね」
彼はスマホをタップして例の写真を見せた。澪は一瞬見ただけで吐き捨てる。
「何よ。全然撮れてないじゃない。そんなことより誰から……」
「だが君である可能性が高いんですよ」
祐介はそう言うと、スマホの地図アプリをタップした。
「あなた、恭子という女の人と通
話してましたよね?」
「はぁ? 何でそんなこと言わなきゃいけないの!? バカみたい」
澪は声を荒らげたが、小学生が彼女を向いた。彼女は小学生に向かって微笑を浮かべたが、弱々しいものとなってしまう。祐介は囁くように言った。
「答えなくても構いません。通話していたのは解ってますからね。さて九時三十七分に通話を終えて、澪さんは人目に付かないような最短ルートを選んだはずです。でも自転車は置いていない。ということはこの公園を横切ったんでしょう。そしてこの写真が撮られたのは……」
祐介はそう言うと、スマホをタップして写真の投稿時刻を見せた。十時五分。
「弘が殺されたのもこの時間です」
「あぁ、そう。私が殺した。あの男に襲われたの。だから正当防衛。でもD-6を吸ってるでしょ? だから警察には言えなくて……」
澪が暗い顔で呟いた。しばらく沈黙が流れていたが、彼女の高笑いが公園に響く。
「って言えば満足なんでしょうけど、お生憎様。犯人探しなら警察に任せておけば?」
澪は強張った笑顔で言ったが、祐介は苦笑して答える。
「誤解しないでください。犯人を捕まえようという気はありませんよ」
「へぇ、何が目的?」
「あるものを探している」
「あるもの?」
祐介はそれに答えず、黙って澪の顔を見ていた。彼女は言葉に刺を含ませて言う。
「言わないつもり? まぁそれこそ私には関係ないんだけどさ」
澪は肩を竦めて、立ち上がった。足が少し震えている。尻についた土を払うと祐介を睨みつけて続けた。
「あれこれ聞かれたくないから念のため言っとくけど、あんたの言う通り公園を通ったわよ。それは事実。だけどもう死んでたの」
澪は公園の吐瀉物を一瞥したが、すぐに祐介へ向き直る。吐き捨てるように彼女は続けた。
「帰る途中、気持ち悪くなったの。だから公園で吐いてたのよ。そしたら目の前に死体があったってわけ。それでびっくりして飛び出した。これでご納得頂けましたか?」
「ドラッグを持ってて警察に言えなかったんですね」
「そういうこと。さぁて、私が知ってることは全部話したし、誰から聞いたか話してくれそうにないし……」
彼女はそう言うと、のんびりとした足取りで公園の出口に向かった。しかし道路へ出た途端、そそくさと立ち去ったのである。
祐介がベンチでその姿を眺めていると、制服姿の茜が見えた。彼女は澪とぶつかりそうになったが、身をかわす。茜は祐介に手を振ると、公園に入ってきた。道路を振り返ると、しかめ面を作る。
「何? あの女の人?」
祐介はベンチから立ち上がると、言った。
「さあ? ところで飯田はどうしてこんなところに来たの?」
「事件現場を見に」
まるで公園が観光名所であるかのような口振りである。茜は目を輝かせて、しばらく辺りを見回していた。しかし目からは光が消えていく。
「普通の公園ね」
「当たり前でしょ。奈良公園じゃあるまいし、シカなんていると思ったの?」
「いやぁ、別にそういうわけじゃないんだけどね」
茜はそう言うと、甘えた声を出した。
「先生、ジュース飲みたい」
「自販機は角を曲がるとあるよ」
祐介がそう答えると、茜は笑った。
「ケチ」
「自販機の下をあされば100円玉くらい落ちてるかもよ?」
「華の女子高生はそんな汚いマネなんかしません」
茜は澄まし顔でそう答えると、祐介は返した。
「華の女子高生なら殺人現場なんて見に来ないと思うけど……」
「ひどぉい、生徒の純粋な探究心を踏みにじって」
「その純粋な探究心を定期テストに向けてくれない?」
祐介は大袈裟に肩を竦めると、溜息をついた。それを聞いて、茜は乾いた笑いを浮かべる。
「先生って案外Sでしょ? そんなんじゃ彼女できないよ」
「放っといてよ。じゃ僕は帰るから」
祐介は苦笑交じりに言うと、立ち去ろうとした。それを茜は呼び止めると、祐介が振り向く。茜が駆け寄ると、手を開いて言った。
「そうそう、先生。これ何だと思う? あの人とぶつかりそうになった時にさ、こんなもの落としたんだけど」
サイコロのようなものが、茜の掌で転がっている。陽の光を受けて、赤く輝いていた。祐介は笑って答えたのだった。
「まぁ僕が交番にでも届けておくよ」