第3話 「丘恵美、Lv1だよ!」






 矢中さんはいつでもワインボトルを抱えている。
 レッスン場にまで持っていく始末だ。

だってワインは私の血なんですもの


 ときには、ライブ本番ですら飲んでいるらしい。
 だがそれが『個性』なのだと、矢中さんは言う。

 彼女は未成年が多いこのアイドルグループで、
 お酒をたしなむことによって、オンリーワンを得た。

 こうすることで、
 なんとか生き残ってこれたのだと言う。

 そう言って微笑む矢中さんが、
 そんなにお酒が好きじゃないことを、わたしは知っている。
 本当はお酒よりもずっと、ウーロン茶が大好きなのだ。
 でもそれじゃあ生き残れないからって。
 矢中さんは暇さえあれば、部屋でカクテルの本や、ワインの本を読みあさっている。
 どこでもすらっと出てくるように、だ。
 頭の下がるような努力です


 わたしには一体なにがあるんだろう。
 個性、個性かあ……。

でもそういうのって、
プロデューサーさんが見出してくれるんじゃないんですか?


 わたしが尋ねると、矢中さんは首を振った。

違うわ。私たちはみんな、プロデューサーの奴隷よ

ど、奴隷……?

ええ、彼の手間をかけさせるようなことは、できないわ。
彼が『この子を育てたい』と思うような私たちにならないと

ならないと……?

丘さんのようになるわ

…………っ








 部屋に戻ったわたしは、慌ててノートに向き直る。
 アイドルのことを色々と書き連ねているノートだ。

 机に向き直って、ペンを持つけど……。
 でも、そんな個性って言われたって、
 わかんないよ……。


 周りの人たちは、本当にすごい。
 同じ『レア』のアイドルたちも、キラキラと輝いているように見えた。

 背が高くて「はっぴはぴー!」とかが口癖の子とか。
 あるいは廊下を歩いていると突然
「わしわしー!」といって、胸をもんでくる子もいた。

 その誰もが、作られたキャラだと言うけれど。
 でも、少し顔を合わせただけじゃ、
 そんなことはまったくわからなかった。


 矢中さんもすごい。
 彼女はプロデューサーの『メインデッキ』のひとりだ。

 それは選ばれし10人だけがなれる、
 トップアイドルのようなものらしい。
 そんな人と同室なのは、
 わたしにとってすごく運が良いと思う。



 ストイックな矢中さんは、
 わたしに色んなことを教えてくれる。

とにかく、日々のレッスンは怠らないことね。
『特訓』に比べたら効果は雀の涙だけど、
少しずつでもレベルがあがっていくから。
続けていけば、
ライバルと、差をつけることができるわ

なるほど……!

スキルレベルをアップできる機会もあるから、それも逃さないように。
特別レッスンは一度も欠かしちゃだめよ。
悩んでいることがあったら、早めに言って。
できるかぎりのことはするわ。


 矢中さんはそのノウハウを惜しみなく教えてくれる。
 どうして良くしてくれるのか、聞いてみたことがある。
 だって矢中さんにとって、わたしもライバルのはずだ。

 すると矢中さんはこう言っていた。

同じ部屋の子がいなくなるのは、
いつだって寂しいから。それだけよ

……矢中さん


 わたしの背を、矢中さんがさすってくれる。

個性もなにもないわたしが、
本当に生き残れるのかな……?


 最初から勝ち組のはずの、
『レア』のわたしですらそう思うのだから。

 レアリティが『ノーマル』の子たちなんて、
 どんな風に毎日を過ごしているんだろう。

ひどいものよ


 矢中さんは目を伏せながらつぶやいた。

丘さんと同じ部屋だったのだけれど、
見ていてとても、痛々しかったわ

…………


 わたしは思わず生唾を飲み込んだ。

彼女は同じ『ノーマル』の子たちと自分を常に比べて、あの子よりダンスの数値が高い、あの子より攻撃発揮値が高い、あの子よりスマイルの値が高い……、
そんなことを毎日ずっと言っていたわ

ステータスの数値……

ええ。あの子よりいくつ高いから、まだ生き残れるはず。あの子よりいくつ高いから、次に『特訓』させられるのはあの子のはず。
毎日そう言うあの子は、不憫だったわ。
なにも悪いことなんてしていないはずなのに

ひどい……

それに私が『レア』だったでしょう?
だから彼女は私もすごく羨んでいたわ。
私は気にしないのに、毎日私のベッドのシーツを整えてくれたし、なにも言わなくてもウーロン茶を買ってきてくれたの。
だからお願いです、お願いですから私を『餌』にしないでください、って……。
私が決められるわけがないのにね……

…………


 わたしは顔を手で覆った。
 そんなわたしを、矢中さんは抱き締めてくれる。

……私たち、一緒に生き残りましょうね

……はい


 矢中さんは毎日お酒の飲み過ぎて吐いたり、
 頭痛に苛まれたりしている。
 すごく無理をしているんだ。

 果たしてわたしたち、
 この世界で幸せになることは、できるのかな……。


 ――と、そのときだ。

 部屋のチャイムが響いた。

あ、はーい


 わたしがドアを開くとそこには――。

 満面の笑みの彼女がいた。


 えっ、とわたしはドッキリした。
 だって彼女は、わたしが餌にしたはずの――。

初めまして!
あ、今挨拶まわりをしているんです。
あたしレアリティ『ノーマル』の、
丘恵美って言います!
これからよろしくお願いしますね、
『レア』のセンパイ!

……初めまして?


 元気な丘さんにわたしが戸惑っていると、
 ――後ろからやってきた矢中さんが、微笑む。

ええ、初めまして。よろしくね

はい! それでは丘はこれで!
これからよろしくお願いしまーす!


 嵐のように去っていった彼女。

 いったいなんだったんだろう……。

 わたしは振り向き、尋ねる。

あ、あの……

彼女は、ノーマルだから。
一日一回の無料ガチャで出るのよ

…………?

もう、あんまり仲良くしないほうがいいわ。
彼女もきっと、すぐにいなくなっちゃうから

――あとが辛いわよ。

………………………………はい。














芦原 愛子

 丘恵美(N)
 
 Lv 1 / 20
 親愛度 1 / 50

 特技:なし

 福岡からやってきた元気っ子。
 勝ち気で男まさりなポニテ娘。
 特技はスポーツ全般。17才。

第3話 「丘恵美、Lv1だよ!」

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