第2話 「矢中三春、Lv18よ」





大変なことになっちゃった……


 ライブフレンドアイドル(仮)。
 言葉の意味はよくわからないけど、
 そういうソーシャルゲームがあった。

 そのゲームの中では、
 集めたカードを強化してデッキを作って、
 そうして色々なゲームに挑むものだ。

 カードとはアイドルのことであり、
 それぞれに綺麗な絵柄が描かれていたりする。

 まあそういう、よくあるソーシャルゲームだ。


 そんな中――。

 わたしは、アイドル寮の一室で頭を抱えていた。

そうだった……ここ、ゲームの中の世界なんだ……


 目の前で丘ちゃんが消え去ったのを見た瞬間、わたしはすべてを思い出した。

わたしはどうしてもアイドルになりたいって思っていた。
でもどんなに努力しても、
ひとつもオーディションに受からなくて。
全然ダメで……。
自分には才能がないんだって、
もう諦めかけていたんだ。


 そんな時。
 わたしが手を出したのは、怪しげなアプリ。
 名前は忘れちゃったけど。
 ゲームの中の世界に入ることができるアプリ、って書いてあった。

 それを起動して、
 わたしはアイドルが集まるゲームの中に入りたいと願い――。
 ――そして、今の今までその記憶を失っていた。

 でもわたしにはちゃんと、藤野愛子として生きてきた18年の記憶があるのだ。
 ふたつの記憶が混ざり合って、頭の中がごちゃごちゃだ。

わたしがきょうから暮らすこの寮だって、
ゲームの世界ときっと一緒だ……
だからここは、ゲームの世界なんだ……


 とても信じられないけど、でも、信じるしかない。
 なんたって、目の前で女の子がひとり、カードに変わったのだから。

どうしよう、どうしよう……


 アイドルになれた喜びは、もうとっくに霧散していた。
 目の前で泣き叫んでいたあの子の顔が、まぶたから離れない。

なんでわたし、よりにもよって、
ソーシャルゲームの世界に入っちゃったの!
もっと、もっと他に良いゲームがあったでしょー!
うう……


 わたしもそう遠くないうちに、カード化されて『特訓』されちゃうんだ。
 二段ベッドの下で、そうして悲観にくれていると、だ。

あら、新入りさん?

えっ……


 顔をあげる。
 するとそこには、綺麗な黒髪の女性が立っていた。

私は矢中三春。
これから同室なのね、よろしくね

あ、はい……芦原愛子です……

ふふっ、その様子だともう見たのね、
――『特訓』を

……はい


 矢中さんは髪をかきあげて、優雅に微笑む。

大丈夫よ、芦原さん。
私もあなたも『レアリティ』は『レア』だから。
そう簡単に餌にされたりはしないわ

……レアリティ?


 なんだろう、どこかで聞いたことがある。
 現実世界にいたときの記憶は、
 ぼんやりとしか思い出せない。

そう。私たちアイドルのパラメータの上限は、
あらかじめレアリティによって、
決められているの。
つまり『レア』の私たちはもう、
最初からある程度の勝ち組なのよ

……そう、なんですか?


 わたしは自分の姿を眺める。

 どこを見ればステータスがあるのかわからないけれど、
 矢中さんがそう言ってくれているのなら、
 信じられるような気がした。

 なんだかこの人、すごく良い人そうだ。
 話し方も落ち着いていて、
 不安が少しずつ和らいでゆく。

ありがとうございます、色々と教えてくださって

ううん、いいのよ。
それじゃあちょっとお部屋を片付けるから、
手伝ってくれない? 
相部屋の子、急に遠くに行っちゃってね

あ、はい……。大丈夫です、任せて下さい。
元気だけが取り柄なんです!


 無理矢理にでも握り拳を作る、と。
 矢中さんはホッとした顔を見せてくれた。

そうそう、その意気よ。
芸能界で生き残るために必要なのは、
なによりも自分の『個性』なんだから。
だから中には髪を水色に染めたり、
ピンク色に染めたりする子もいるぐらいよ

わぁ……すごい、大変ですね

ええ。自分は超能力者だとか言い張ったり、舌っ足らずに『くおえうえー』なんて、自己紹介したりね。
あとはそうね、『はたらかない』なんてTシャツを着たおちびちゃんは、その個性で今もっとも、トップアイドルに近い位置にいるのよ

ええええー!
はたらかないのに、すごく働けるんですか?
羨ましい……


 みんな、自分なりの方法でがんばっているんだ。
 わたしも、こんなところで、
 落ち込んでいる場合じゃないよね。

 そうだ、ここがソーシャルゲームの世界だからって、
 憧れのアイドルにはなれたんだから!

 わたしが立ち直ったのを見て、矢中さんは微笑む。

うふふ。
あ、そこにあるものは、
全部捨てちゃっていいわ

え? この机のものですか?
ペンとか消しゴムとか、
まだまだ使えるんじゃ?

使いたいなら、持って帰ってもいいけど……
オススメはできないわよ

あ、このノートもほとんど新品同様……


 裏を見た瞬間、
 わたしの手の中から、そのノートはこぼれ落ちた。
 そこには『丘 恵美』と書かれていた。

…………


 泣きながら土下座をしていた彼女の顔が、
 わたしの脳裏をよぎった。
 血の気が引く。

 そっ……と、矢中さんの手が、わたしの肩に触れる。

ちゃんと個性を身につけないとね……

…………

この芸能界、『生き残れない』からね?

……………………はい


 この日からわたしの目標は
『トップアイドルになる』のではなく。

 ただひとつ『生き残ること』に変わったのであった……。


















 矢中三春(R)
 
 Lv 18 / 30
 親愛度 46 / 100

 特技:クール&コール
 効果:全体の防御力を10%up

 東京生まれの東京育ち。
 冷静だが、落ち込みやすい。
 ナイーブな心を持つ、21才。

第2話 「矢中三春、Lv18よ」

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