第一部
第一部
第一話「消失」
弘が殺されたのか。翌日、職員室で朝刊を読みと祐介は内心で呟いた。記事を読み進めたが、簡潔な記事だった。現場は公園。
石による撲殺。目撃者情報なし。それだけだったが、最後の一行が目を引いた。
「いつも所持していたUSBメモリがなくなっており、事件との関係を慎重に調べている、か」
朝の廊下は騒がしい。始業のチャイムが鳴ると、祐介は出席簿を脇に抱えながら教室の扉を開けた。生徒たちは祐介を一瞥したが、数人の生徒が席に戻っただけである。紙のボールと丸めたカレンダーをバット代わりに、一部の男子生徒は野球の真似事をしていた。
祐介は溜息をつくと教壇まで歩く。そして出席簿を教卓の上に置くと、言った。
「おーい、教室で野球するなとは言わない。でも僕たちの見てないところでやるように。面倒な事になりたくはないでしょ? それじゃ、一応、注意はしたからね」
男子生徒は素直に「はーい」と言って大人しく「ボール」と「バット」を片付ける。祐介はさらに道化た調子で言った。
「どうせならイチローのようにアメリカで活躍してさ、しがない高校教師にベンツの一台や二台買ってちょうだい」
「ひでぇなー、生徒にたかる気かよ」
男子生徒は笑っている。祐介は腕時計をちらりと見ると、生徒たちに顔を向けた。
「それじゃ出席を取るよ……」
祐介はそう言うと出席簿に目を落とす。名前を順々に読み終わると、教室から出ていこうとした。女子生徒、飯田茜が祐介に甘えた声で話しかける。
先生ー、昨日、先生の家の近くで殺人事件があったでしょ?
茜は目を輝かせて尋ねた。祐介は頷くと答える。
「ああ、朝刊で読んだ。それにしてもよく僕の住所が解ったね」
「ヘヘ、友達からグループチャットで回ってきたんだ。『ねぇ、これ先生の家の近くじゃない?』って。だからクラスの女子はみんな知ってると思うけど?」
祐介の顔が一瞬、曇った。それを見て、茜は慌てて付け加える。
「あ、先生に教えてもらったやり方で非公開にしてるよ。だから安心して」
「やれやれ、君たちを敵に回すと大変になりそうだね。教頭先生を敵に回すよりもよっぽど」
祐介は大袈裟に肩を竦める。茜はしきりに澄まし顔で頷いていたが言った。
「当たり前でしょ。で、先生。死体は見たの?」
「いや、見てないよ」
「どうしてどうして? 信じられない! 私なら絶対見に行くのに!」
茜の顔は興奮で少し赤く、手は忙しなく動かしていた。
「死体なんて見に行くもんじゃないよ」
祐介が苦笑しながらそう言うと、茜は頬を膨らませる。風船のようだった。しばらく膨れっ面をしていたが、やがて身を乗り出して尋ねた。
「じゃあさ、変な人は? 見なかった? 言い争う声とかは?」
畳み掛けるような問い掛けに、祐介は苦笑交じりに答えた。
「それがさ、ヘッドホンで音楽を聞いてて、パトカーのサイレンにも気が付かなかったんだよ」
「ふうん、つまんないの」
茜は手を頭の上で組んで、さらに続けた。
「実はさ、ネットで写真、見たのよ。あそこの公園から女の人が飛び出してきたっていう」
茜はそう言うとスマホを取り出してタップする。投稿時間は十時五分となっていたが、画質が悪い上にピントも合っていない。
しかし茜は頬を上気させている。
「ほら、すごいでしょ。犯人が映ってる」
「そうかもね」
「そうかも、じゃなくて犯人だよ。絶対。……で、この写真は本当かな、と思って先生に聞いてみたんだけど」
「知らないなぁ」
「ふうん、知らないならいいや」
彼女はそう言うと、友達の輪に入っていった。
「もう、また既読スルーして」
「ごめんごめん、塾でチョー疲れてて寝ちゃってた」