序章

 夜の橋は派手なネオンサインに彩られていた。その上を一台の車が走っていたが、路上に停まる。
 眼鏡の男、渡辺裕介は助手席でキーボードを叩いていた。ある会社の銀行口座に不正アクセスすると、五十万ほど彼の口座に移す。画面を見ると、ダイス製薬に多額の融資しているらしい。
 運転席で谷口弘はその画面を覗き込むと、煙草に火を点けた。彼の親指には緑色のペンキが付いている。
 冷やかすように弘は言った。

「親子の絆がそのハッキング画面だけとは情けないねぇ」

祐介

「放っておいて。それにあの人とは赤の他人なんだから」

 祐介はそっぽを向いて吐き捨てる。あの人という言葉には軽蔑と他人行儀さが感じられた。

「悪かったよ」

 弘は笑っていたが、二人に気まずい空気が漂う。やがて祐介はタブレット端末を見せて言った。

祐介

「……何ならもう一仕事する? 兜町で株取引の傍受とか」

 祐介はそう言うと低く笑ったが、弘はきっぱりと断った。

「いや、金融街は足が付きやすいだろ。お前との関係でな。オヤジへの復讐なら一人でしてくれ」

 それを聞いて、祐介は顔を赤くする。やがてそっぽを向くと低い声で言った。

祐介

「……OK。行き先は任せるよ。でも九時にはアパートに送り届けてね」

「何だ、早寝なんだな。今どきは小学生でも十時くらいまで起きてるぞ」

 弘は冷笑するかのように口許を歪める。

祐介

「誰からいつ電話がかかってくるか解らないでしょ。僕は表向き高校の数学教師なんだから。で? USBメモリはどこ?」

「さぁな」

祐介

「渡す気はない、と」

「さぁな」

 弘は繰り返したが、その声は冷たい。カーラジオからは警官が麻薬麻薬の不法所持で逮捕されたというニュースが流れた。

祐介

「ふうん、まぁいいけど」

 祐介はそう言うと、スマホをタップした。そして教え子からのメールへ適当に返信したのだった。

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