座長

おお! 一気に物語が動き出したな!

ぼく

このあとは実は二人の独白を、狸寝入りしていた吉岡は聞いていてっていうのはどうかな

吉岡

ふざけんな!


教室に大きな怒声が響く。窓ガラスが揺れるほどの大きな声だった。声の主は夏川でもなく、里芋でもない。

その声を発したのは
先ほどまで寝ていたはずの吉岡だった。
吉岡は実は既に起きていたのだ。

吉岡は怒りをあらわにして夏川に掴みかかった。

吉岡

俺を捨てたくせに、守っている? 
父親面するんじゃねぇよ!
なら、どうして俺を捨てたんだ!

夏川

……違う。捨てたんじゃない。
お前を巻き込まない為だったんだ

吉岡

巻き込む?

夏川

お前を置いていなくなったのは、
暴力団から守るためだ。
私たちは大きな暴力団と道警との癒着を明らかにする資料と暴力団の資金をすべて奪おうとした。結局失敗してしまったがね。

吉岡

なんでそんなことしたんだよ。
正義の味方気取りか?
それが実の息子より優先することかよ。

夏川

すまない。
僕はお前の理想の親になりたかったんだ。

あの頃のお前は正義感が強く、
不正を許さないまっすぐな子でだった。
苛めている子を助けたという話を聞いて
私はとても誇らしかった。

そしてこうも思ったよ。
ヒーローの父親は怯え弱さを理由にして悪に立ち向かわないのに。

夏川


いつしか記者としての本質を忘れ、
見たくないものを見ないようにしていた。

情けない父親だが、
恥ずかしい父親にはなりたくないと思った。

お前が暮らすこの街を暴力団の支配から
解き放ち、少しでもお前が暮らしやすくしたかった。

吉岡

それで俺がどんな思いをしたかわかるか?! 
もういい!! もう二度と俺に近付くな!
卑怯者!!



吉岡は乱暴に扉を開け教室を出て行った。
里芋は吉岡を追わなくてはと思ったが、その場からすぐに動くことができずにいた。

夏川

はは。そりゃ怒るに決まってるよな。

分かってても、つらいな。

里芋

先生……

夏川

恥ずかしいところを見せてしまったね。
でも僕はまだ諦めないさ。
いつかまた、コウがお父さんって呼んでくれると信じている。 
息子のこと、考えてくれてありがとう。
コウのこと、よろしく頼むよ。

里芋

あの、まってください。
そういえば、朝、先生にこのハンカチを渡すように頼まれたんです。

あと猫の日は近いと伝えてほしいと
言われました。

夏川

そうか。そうか。



……ついに成し遂げたか。長かった。
ようやく目的を果たすことができる。



そういうと慌ただしく教室から出ていく。

しばし呆然としていると、
また勢いよく教室の扉が開いた。


吉岡

おい、協力しろ。

里芋

コウちゃん。

吉岡

別に里芋のことは恨んでないぜ。
悪いのは全部あいつだ。
あいつには一泡ふかせたい。
多分、あいつは暴力団の資金か癒着の証拠かを手に入れたんだろう。そいつを奪いたい。

どこに行ったか分かるか?

里芋

い、いや分からない。



吉岡は顎の下に手をやる。
その仕草は吉岡が悩むと行う昔からの癖だった。

それを見た里芋から肩の力がぬける。
不思議と、失った時間を取り戻すかのような、
あのころに戻ったかのような気持になった。

気づけば勝手に口が開く。


里芋

もしかしたら、だけど。
猫の日は近い、に関係あるんじゃないかな。

夏川先生に反応があったのは
そのフレーズだし。

ハンカチを渡したら目を見開いて驚いてた。ハンカチにも猫のことが書かれてたよ。

「南を越えし猫はおとこらしいあざつら。流るる月日。観測するべき箱の鍵は最も大きな箱の下にある」って書かれてたと思う。

吉岡

猫の日。猫のは近い?

里芋

猫の日は2月22日。月日を抜いたら222。
楔数か?四角錐数か?
前後の数の国道に関係があるとか?

吉岡

なぁちょっと関係ないかもしれないけどよ、
猫って男らしいか?
よく女性にたとえられたりするだろ。

里芋

確かにおとこらしいって変だね。
別の意味のらしいでとらえても雄らしいってなるのが普通って、ああ、まさか!

里芋

猫は漢だ。漢字にするんだ。二月二十二。
そこからぬくと

吉岡

二二十二。これってもしかして

里芋

22+2。24だ。月と日に共通するのは時間。24時間。
時間は干支で表すことができ、
干支にも猫が入っている。

吉岡

はぁ?子丑寅卯辰巳馬未申酉犬亥。
いないじゃん。

里芋

日本ではね。南を越えし。
越南では卯が猫になる。
猫に近いのは寅と辰。24。
24が含まれる地名でここから近いので考えられるのは北二十四条駅か二十四軒駅だ。

北二十四条は駅番号が3、
二十四軒が駅番号が4。
卯の北24条から調べよう。

里芋は見つかろうが見つかるまいが
どっちでもよかった。

ただ、吉岡に久しぶりに頼られたこと、
吉岡と再び一緒に行動ができることが何よりも嬉しく、
里芋は必死に考えた。

座長

これちょっと無理あるんじゃないか?

ぼく

う、うるさい。何も言うな。

座長

原作にない部分だし、
俺がこんな伏線貼ったせいだから
文句はねーけどよ。


あ~あ、でもなんでこんな話になっちまったんだろうな。
御洒落でポップなラブストーリーだったはずなのによぉ。

座長

めんどくせーよなー。ん?

ドア今誰かノックしなかったか?

ぼく

こんな時間だぞ?誰か来るか?

座長

もしかしたら監督かもしれない。
はいはい、今開けまーす。

ごめんください。

ぼく

あ、あなたは!!

座長

オタサーの姫!!

ぼく

原作者の茜さんですよね。
この度は本当に申しわけありませんでした。

あの、別に私は気にしてないわ。
原作とはかけ離れるなんてよくあることよ。

演出家の方から苦労してるだろうから
手伝ってほしいと電話をいただいたの。
それで、少しでも力になりたくて。

ぼく

ありがとうございます。

あれ、インターホンが鳴ってる。
ちょっとすみません。

監督

おう進んでるかー!

お久しぶりですね。

監督

……お前。何しに来た。

手伝いに来ました。

監督

帰れ。これは俺の舞台だ。

私の作品でもあるはずです。
今はもうかけ離れてしまったようですが。

監督

お前の力なんざいらん。どけ、邪魔だ。

嫌です。

座長

やべぇよ……やべぇよ……



何ということだ。我が家が修羅場と化してしまった。
何か悪いことでもしただろうか。

壁が薄いのだから、あまり騒がないでなどと
言えるわけもない。


本当に、どうしたらいいんだ。
とりあえずスレを立てようとしている座長を
殴ってでも止めよう。


監督

作品を汚したのが気にくわないのか? 
俺が憎いなら憎め。
だが演劇ってのは映画とは違う。
撮り直しなんざ出来ない。

原作に忠実にしてほしいなら
違う媒体を選べ。

別に憎んでなんかいません。
でも、本当にそれが理由なんですか?
脚色にしては度が過ぎてます。

本当の理由を教えてくれるまで、
ここから動きません。

監督

断る。嫌だ。

……ようやくあなたに追いついたと思ったのに、まだ認めてくれないんですね

監督

追いついただって?
とっくに追い越していただろう。

付き合ってた頃は確かに俺の方が売れっ子だったさ。だが、数年前にお前が書いた
「マウンテンゴリラ系恋話」は映画化、それから新人賞をとり、最早知名度は段違いだ。

お前は売れっ子作家、俺は連載作品が減っていき、舞台監督の道に転向した。

どんな気持ちだ?
なぁ、さぞかし気分がいいんだろ?

私は対等になってあなたと一緒に一つの作品を手がけることを目指してここまで頑張ってきたんです。

まだ叶えさせてくれないんですか?

監督

もう皮肉はやめろ。
俺が一番わかってるんだよ。
才能がないことくらい。


もしおまえの言うことが真実だったとしても
信じられない。やめてくれ。

何で俺を高く評価するんだ。

そんなの!

好きだからですよ!

先生の書く文が好きだから!
誰に何と言われようと関係ない。

それに、
私に書く喜びを教えてくれたのは
あなたなのよ。
あなたに面白いって言ってほしくて
書き続けたの。

私にとっては、まだ憧れの人なの。

監督

……俺は。俺はお前に勝ちたかった。
ずっとずっとお前を越えたかった。

俺だけの力で、お前を越えたかったんだ。

良い原作じゃ良いものができて当然だ。
だからこそ、俺は俺のやり方で、
お前を越えたかった。

監督

すまなかった。許してくれ

もういいんです。

先生、まだ私に勝てないと思ってますか?

監督

ああ。
でももう腐らないよ。
お前を育てたのはこの俺だからな。

それじゃ駄目です。勝ちましょう。

私は私の尊敬する人が負けたままで良しと
するのを見ていたくありません。

私と先生で私の作品を完膚なきまでに超えましょう。私じゃ先生に勝てないし、先生じゃ私は超えられないかもしれない。

でも、二人ならきっと。
そう思っちゃだめですか?

監督

……やり直せるかな。

分かりません。
でも女々しい先生は嫌いかもしれないです。

監督

うるさい。


おいお前ら。
さっさと、脚本、仕上げるぞ。

座長

なぁ、俺の力って頑張ってんの俺たちだろ。私と先生でって俺たちもいるんだけど。

ぼく

野暮なことは言うなよ。

時間よ、止まれ、君は美しい(10時間前)

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