ぼく

この物語は一人の少女が悪魔と出会い、
恋を叶える、不思議でありふれたお話。

里芋

遅刻遅刻~

ぼく

すいません。嘘つきました。
でも仕方ないんです。
監督が舞台の公開前日にこんなことを
言いやがったんです。

監督

ウチの劇団に可愛い女の子いなくない? 
かといって雇うのも金かかるし、
もういっそ老け顔の男の子でいいんじゃん?

監督

あ、あと悪魔だっけ? 
無理無理、そんなの演出に金かかるじゃん。悪魔の代わりは変なおっさんにしよう。

ぼく

はい。このように既に本来の脚本とは大きく逸脱したものになっています。
でも僕たちは諦めません。

ぼく

このくだらない頑張り物語に
最後までお付き合いいただきたけたら
大変うれしいです。

座長

誰に話しかけてるんだよ。公開まであと12時間もないぞ。脚本は仕上がるのか?

ぼく

仕上げるしかないんだ。
原作者には既に謝罪した。多少のご都合も
喜劇と言い張れば通るはずだから大丈夫だ。
座長も一緒に考えてくれ。

座長

喜劇舐めんな。
とはいってもよ、俺より演出家の方が
そういうのむいてるだろ。

ぼく

演出家は盲腸で出来ないって言っただろ。
まずは冒頭の少年が坂道かけあがっていく
シーン、どうする?

座長

確か原作ではそこではじめて悪魔を見るんだよな?それが変なおっさんになってる。

ぼく

悪魔に物怖じしないその姿勢を見せる、
悪魔に優しくすることで、ラストに悪魔が
少年を助ける動機になるんだ。

座長

んー、それならこういうのはどうだ?


桜舞う道に一人の男が幽鬼のような表情を
うかべて立っている。
朝の通学路には似つかわしくない光景だった。

里芋は怪しがりながらも、
そのまま学校へ急ごうとした。

変なおっさん

やぁ。

ここにいる夏川という教師にこのハンカチを渡してほしいんだが頼めるかな?



男に話しかけられ、つい返事をしてしまった。
やってしまった、と後悔するが、
どうするか数瞬迷う。
今更無視をすることも難しいと思い、立ち止って
男の方を向く。

里芋

はぁ。おじさんは?

変なおっさん

夏川さんに昨日、
酔っぱらったところを助けられてね。
その時にハンカチを借りたんだが、
返そうにもここの学校の教師ということしか知らない。
まさか部外者の私が入ってくわけにも
いかないだろう?
なぁ、君頼めないかな。


風貌だけでなく説明もどこか怪しいと感じた里芋は、
頼みをきかず断ろうと思った。

どう断るか悩んでいると、
始業五分前の鐘がなっていることに遅れて気づく。

この男と話していると遅刻してしまうと焦った里芋は
男の頼みを聞いて急いでこの場を去ることにした。

里芋

いいですよ、貸してください

変なおっさん

ほんとうかい、助かるよ。ああ、そうだ。
彼に猫の日は近いと伝えておいてくれ



里芋は男からハンカチを受け取ると、
返事もせず教室に向かって走った。

男は里芋が視界から完全にいなくなるまで見送って、
学校を後にした。

男が去り際につぶやいた言葉は風に紛れて
誰の耳にも届くことはなかった。

座長

どうだ?

ぼく

うん、いいと思う。で、この後の展開は?

座長

なんもかんがえてないけど?

ぼく

おい!!!

仕事増やしてどうするんだよ!
猫の日の意味も考えなくちゃいけなくなったじゃないか!

座長

猫の日は2月22日だろ?その日に何か起こすんでいいじゃん

ぼく

何かって?

座長

…………

ぼく

はぁ。もういいよ。
今後の展開次第ではどうにかなる。

座長

そうだよな!

ぼく

でも次からは後の展開も考えつつ提案してくれ。次は吉岡の寝顔を見て騒ぐとこだ。

座長

一気にとんだな。ここは主人公が男になってるから、どう直すかだ

ぼく

いや。ここはあえてそのままでいこう。僕に考えがある。


夕日が差し込む教室では二人の少年の影が伸びている。

机に突っ伏した少年は気持ちよさげに寝息を立てている。その傍らには里芋がおり椅子に腰かけて少年をじっと見つめていた。

里芋

あ、吉岡がねてる~。寝顔みれないかな~。

座長

待った。オネエじゃん。これで恋愛とか無理じゃん。

ぼく

オネエでいくしかないんだ。そうしないと全部やり直すことになる。

座長

脚本家としての腕は信頼してるけどさぁ、
本当に大丈夫なのか?

ぼく

大丈夫だ。

ちょっと待ってくれ。
監督から電話が入った。
はい、はい。え、無理です。
無理ですって、はい。


分かりました

座長

どうした?

ぼく

悪い知らせだ。さらにテコ入れが入った

ぼく

監督曰く

監督

寝顔をみようか見ないか
葛藤するシーンあったでしょ?
あれ、ありきたりでつまんないよ。
もっと個性だしていこうぜ!
そうだ。甲は寝顔を見られると暴れだすっていう設定にしよう。

座長

氏ねじゃなくて死ね。

……夢遊病って言う解釈でいいか?

ぼく

そういう解釈でいこう。
正直中途半端にマジメで使いづらい設定だ。寝顔を見られると部族の踊りを踊るとかの
方がまだいい。

座長

どういう状況だよ。

ぼく

もののたとえさ。寝顔を見られると暴れだすってことは、この後襲われるってことだよね。どうやって落ち着かせる?

座長

こっちもテコ入れすればいいんじゃねえの。新キャラとか出してみるとか

ぼく

ならいっそめちゃくちゃ設定詰め込んだ
キャラにしてみないか?
例えば……

里芋

あ、吉岡が寝てる~。寝顔みれないかな~。



里芋は席を立ち、夕焼けに照らされる彼にのそのそと近づく。それから寝顔を見る為にやや膝を曲げ覗き込もうとした。

その瞬間、吉岡は勢いよく立ち上がり、
目をつぶったまま里芋の方に向き直った。

動作一つ一つが非常に緩慢で、
それがまたどこか不気味だった。

里芋

あ、ごめん。
おこすつもりじゃなかったの

吉岡

んああああ。んああああああ。
なああああああ


吉岡は髪を振り乱し、机を蹴り飛ばし椅子を投げ出す。
里芋は突然の奇行に目をむき、立ちすくんでしまった。

尚も吉岡は椅子を振り回し、このままでは里芋も
巻き込まれて大怪我をすると思われた。


その時教室のドアが勢いよく開かれ、男が吉岡の方に走って向かっていった。
男は手馴れて様子で吉岡を取り押さえると、先ほどまでの奇行が嘘のように静かになった。

夏川

無事かい?

里芋

夏川先生、今のは?

夏川

君は転入してきたから知らなかったんだと
思うが、吉岡くんは無防備になった姿を人に見られると攻撃性をみせるんだ。だから放課後教室で寝てる彼には近づいてはいけないよ

里芋

そんな……いつから。昔のコウちゃんはそんな状態じゃなかったはずだぞ。


その言葉に夏川から優しげな表情が消える。
空気が徐々に張りつめたものへと変質していくが、
里芋はそれに気づかずただただ取り乱していた。

夏川

君はコウのことを知っているのかい?

里芋

昔、今はもうそんなこという資格ないですけれど、親友だったんです。
親友だって言っておきながら、コウちゃんの親父がいなくなって一番つらい時期に何もしてあげられなかった。一番つらい時期にコウちゃんから離れてしまった。

里芋

俺は最低なんですよ。親の仕事の都合でこの街から離れることになって。
俺はほっとしたんです。
俺は自分のことしか考えていなかったんだ。
苦しむコウちゃんを見なくて済むと思って
ほっとしてしまったんです。

夏川

……

里芋

でも、ずっと気になってて。
今度は逃げたくないって思ったんです。
今度はどんなに苦しくたって、離れない。
どんな形でもいい。
もう親友を名乗ることはできないから。

里芋

関係をかえてそばにいようと思ったんです。

今さら都合がよく友達になれません。
でも、オネエなら。
厚かましく支えることができるオネエなら
そばにいられると思ったんです。

姑息な人間なんですよ、俺は。

夏川

姑息なのは私の方だ。なぜなら

夏川

私こそが勝手にいなくなったコウの父親だからだ。そして、それを隠してコウに近付き、知らぬ顔で彼を守っているのだから。

里芋

会議よ踊れ(12時間前)

facebook twitter
pagetop