エミーはルイーゼのラボに無事合格することができた。というより、最上位と最下位を採用するというルイーゼの妙な方針のおかげで、
幸運にも"最下位合格"を得ることができた。初日の夜は研究員のリタが腕をふるい、二人は豪華な食事でもてなされた。
エミーは美味しい料理に舌鼓を打ち、明日から始まるラボラトリーの生活に想いを馳せていた。そして何より、商店の手伝いから解放されたことを、エミーは一番喜んでいた。
エミーはルイーゼのラボに無事合格することができた。というより、最上位と最下位を採用するというルイーゼの妙な方針のおかげで、
幸運にも"最下位合格"を得ることができた。初日の夜は研究員のリタが腕をふるい、二人は豪華な食事でもてなされた。
エミーは美味しい料理に舌鼓を打ち、明日から始まるラボラトリーの生活に想いを馳せていた。そして何より、商店の手伝いから解放されたことを、エミーは一番喜んでいた。
これから新しい生活になる!楽しみだなあ
宴会はそう遅くない時間に終わり、エミーはリタの部屋に入った。
本日からよろしくお願いします
いえいえ、よろしくおねがいします
エミーちゃんはどうしてうちのラボに来ようと思ったの?
広い部屋のなかに、部屋の1/3を占める大きなベッドと、大きめの勉強机と空の本棚と詰まった本棚がある。
えーっと、実は実家の商店を継ぎたくなくて……
エミーは今までの生活について話した。中等部に行く以外は商店の手伝いで、時々しか遊べず勉強もそこそこだったという話をした。
まあ、大変だったのね。
このラボに入れば、新しい生活ができるって思って、とても楽しみなんです。
そっか。小さなことでも、勉強のことでも、なんでも私に相談してね
エミーは明日が待ち遠しい気分で布団に入った。
翌日
4月1日の朝がきた。
今日から入試トップで合格したブルーノと共に化学を勉強する。講義室には大きなホワイトボードを前に長机が1つ。2人は並んで座っていた。そこにルイーゼが入ってきた
さあ。始めるぞ。
室内なのに紺色のとんがり帽子は取らないらしい。これでは魔女と噂されるのも仕方ない。
おねがいします。
では最初に、今日の目標を示しておこう
ー物質の一番基本的なパーツー
ー物質の個性を決めるものー
まず我々がこれから学ぼうとしている学問はなんという名前だ?エミー
は、はい。化学です。
そう。化学だ。では、化学とは何をする学問だろう?エミー。わかるか
え、えーっと、新しい物を作る?とか?ですか
少し曖昧だな。ブルーノはどうだ
はい。物が何からできているか、どのような性質をもっているか、どのような反応を起こすか、どのような別の物に変わるか、を調べる学問です。
よろしい。ではその「物が何からできているか」について今日は考えることにしよう
例えばそこに木の机があるだろう。これを限界の限界まで破壊して、化学の力で一番小さな部品までばらばらにしたら、何になる?
うーん。イメージわかないです
そりゃ、イメージできるものじゃないからな
ブルーノ、何になるか知っているか
原子、でしょうか
そうだ
原子……聞いたことがあるようなないような
一応、中等科でも習うはずなんだけどな
すみません……
いや、いま理解すればいい。要するにだ。化学という科目では、物質の一番基本的なパーツのことを原子と呼ぶんだ。
原子は、物質の一番小さなパーツなんですね
言いたいことはわかるが、それは半分正解、半分間違いだ。
???
その話はあとで説明することにしよう。
とりあえず原子は【物質の一番基本的なパーツ】だ。覚えておいてくれ。
わかりました
その原子だが、原子には様々な種類がある。もちろん性質も様々だ。
ブルーノ、幾つか知っている原子の種類を言ってみろ
はい。水素原子とか、酸素原子とか、ウラン原子とか、ですか
いいだろう。
大雑把な言い方になるが、この原子の種類のことを元素と呼ぶ
いまブルーノが挙げた水素や酸素、ウランなどのことだ
原子の種類が、元素
そうだ。その元素の種類によって、原子の中身が少しずつ違うのだ。
原子の中身がちょっとずつ違って、それが個性になってる、ということですか
その通りだ。まずはこの図を見てもらおう。
そういうとルイーゼは机の前に手をかざした。すると二人の目の前になんらかの図形がぼんやりと浮かび上がった。
なにこれ!すごい!これがルイーゼ先生の魔法ですか?
まあ、そういったところかな。あまり外では言いふらさないようにしてくれ。
さて、これがヘリウム4原子だ
先生、「4って何ですか」
それは後で説明する。
この図からわかるように、原子というのは中心に【原子核】というツブがあり、その周りを【電子】というツブが回っている
これは新しいことだ。覚えてくれ。
中心の丸いのが原子核、その周りにあるのが電子、ですか
そうだ。ヘリウム4の場合は電子が2つある
(あの4は電子のことじゃないんだ)
さらに、この原子核というのはさらに小さな2種類のツブからできている。
ルイーゼが手を結んで再度開くと、新しい図が浮かび上がった。
原子核をつくってるツブは陽子と中性子、この2種類だ。
ヘリウム4の場合、原子核は陽子2つと中性子2つからできている
原子はこの3種類のツブが集まってできているのだ
はい、3種類の名前言ってみて、エミー
は、はい。電子、原子核……は原子核は……陽子と中性子です
よろしい。電子と陽子と中性子、陽子と中性子が集まって原子核だ。
そして大事なことだが、初期状態では陽子と電子の数は同じだ
陽子の数と電子の数は同じですね
この3種類の、重さと、電荷について教えよう
すみません……電荷、ってなんでしょう
ああー。これは簡単すぎて難しいというやつ、か?
中等理科で電気についてやっただろう
あの電気の量のことだと思ってくれ
電気の量ですか。
そう。電気の量だ。電気にはプラスとマイナスがある。知っているな?
それはわかります。プラスとマイナスは引きつけあって、プラス同士マイナス同士は仲が悪いんですね
まあそうだな。その電気の強さというか、どれだけ電気を帯びているかの量だと思ってくれ
わかりました
ではついでなので電荷の方から話そう。
陽子は+1の電荷を持っている。電子は-1の電荷を持っている
中性子は電気を持っていない
つまり原子核はプラスの電気を持っているということですね
そうだ。プラスの原子核の周りをマイナスの電子が回っている
続いて重さについてだ。
陽子と中性子はどちらもほぼ同じ重さをしている。電子だけが非常に軽い
どれくらい軽いんですか
電子1840個で、やっと陽子1つ分だ。
うーん、すごく小さいっていうのは分かりますが…
そうだな。例えば陽子が50kgの人間だとすると、電子は27gだ。
アクセサリーくらいの重さだろうか
なるほど
というわけで、原子の重さは陽子と中性子の数で決まる。
電子の重さは考えないんですか
いい質問だ。家に体重計はあるか
あります
何g単位で測れる?
えーっと、たぶん200g単位ですね
そうか。さっきの体重のたとえに戻るぞ。50kgの人間が体重を計るとき、27gのアクセサリーを気にするだろうか?
うーん、ちょっとだけ重くなる気はしますけど
でも200g単位でしか測れない体重計に、27gのアクセサリーはあってもなくても同じだ
確かに表示は変わりそうにないですね
そうだ。だから電子の重さは考えないことにする
わかりました
原子の重さは陽子と中性子の数で決まる。
だから陽子と中性子を合わせた数が原子の重さの目安になるわけだな
そこで、陽子と中性子を合わせた数のことを【質量数】という
エミー、さっき見せたヘリウム原子の質量数はいくつになる?
えーと、陽子が2つと中性子2つで、合計4つですね。
4つ。では答えになってないぞ
あ、はい。質量数は4、です
正解
ちなみに「ヘリウム4」の4は質量数を表す。
質量数のことだったんですか
普段はいちいち言わないんだが、質量数をはっきりさせたいときはこういう言い方をする
というわけで【物質の一番基本的なパーツ】についてはこれで終わりだ
さて、次に【物質の個性を決めるもの】について話そう。
もっと具体的には、原子の個性はどのようにして決まるか、についてだ
原子の個性ですか
そうだ。例えば水素は燃えやすい、ヘリウムは全く反応しない、酸素はものが燃えるのを助ける、などいろいろあるだろう
それらの個性は何の違いからくるのだろうか
わかった。質量数が違うから性質が違うんですね
んー、惜しい。質量数の違いよりも大事なものがあるんだ
それは陽子の数だ
陽子の数が原子の性質を大きく左右する
中性子は関係ないんですか?
化学においてはあまり関係ない。陽子の数が大事なんだ。
このことを説明しよう。
そもそも化学反応というのは、【原子と原子の間での電子のやりとり】のことなんだ
原子が電子をやりとりするんですか
そうだ。
さっきも言ったが、電子は非常に軽い。だから他の原子に乗り移ったり、逆に他の原子から奪い取られてきたりする
化学とは電子のやりとりを扱う学問といっても間違いではない
じゃあ電子の数が大事なんですね
少し違う。さっきも言ったが、電子は簡単に行ったり来たりする。
だから【初期状態の電子の数】が重要なんだ。
最初に何個持っているか。それを決めるのは陽子の数だ。
陽子の数と【最初に持っている電子の数】は同じだからな
陽子の数で原子の個性、つまり反応の個性が変わってくる
だから原子を陽子の個数で仲間わけしよう、という発想になる
陽子の個数が同じ原子は同じ性質を持っているからな
というわけで、原子に含まれている陽子の数のことを【原子番号】という
原子の番号ですか
そうだ。背番号みたいなものだ。
そして原子番号ごとにシンボルマークも決められている。元素記号だ
つまり最初に出てきた元素というのは、原子を陽子の数で種類分けしたものということができる
元素の個性とは陽子の数のことだった、というわけだ
陽子の数が違うから元素に個性が現れるんですね
その通り。さてその元素だが、現在100を超える種類が知られている
そんなにあるんですか
しかし、すべての元素の名前と元素記号、性質などを覚えている必要は一切ない
全部覚えているのは相当なマニアくらいだな
最終的には50種類くらい覚えてもらうことになるが、とりあえず原子番号1番から20番までを覚えておいてほしい
宿題ですか
そうだ。覚えるべきものはたくさんある
しかしな、闇雲に20種類覚えても意味がない
実は便利な表があるんだ
元素周期表ですね
その通り。
元素の性質には法則がある
性質の似たものが縦に並ぶように工夫された表があるんだ。
それを覚えてほしい
どんな表なんですか
そうだな。111種類全部載せた表を見せてもいいんだが
まずは最初の20種類だけが書かれた小さな表を覚えることにしよう
そうするとルイーゼは宙空に指で小さな表を描き始めた。
ー小周期表ー
族……?2の次が13……?間は?
ああ、2の次が13になっているのは、3から12を省略したからだ
本物を見ればわかるとおもうが、本来はもっと横に広い
とりあえずこの表を覚えたらいいんですね
そうだな。明日までにある程度覚えておいてほしい
え、明日までですか?!
いけるだろう
いけます
や、やってみま…す…
ここまでで何か質問はあるか
さっきの【原子は物質の一番小さなパーツ】というのはどう間違っているんですか
ああ。少し難しい話になる。
実は陽子や中性子もさらに小さいパーツからできているんだ
6種類のクォークというのだが
ただ、それは化学的には全くどうでもいい話でもある
さっきも言ったが、化学反応とは【原子と原子の間での電子のやりとり】のことだと思っていい
原子核の中の陽子が何で出来ているか、などは電子のやりとりには全く関係ない
だから、原子は最小のパーツではないが、化学的には一番基本的な粒子ということだ
ラジオを動かしている回路のことを一切知らなくてもラジオを聴くことはできるだろう?
陽子や中性子の中身を知らなくても化学はわかるということですね
そうだ。内部構造に興味があるならアカデミーで素粒子論を学んでほしい。
では午前の講義はおわり。昼食のあと14時から午後の講義だ
昼食の準備はエミーとリタの番だったな。よろしくたのむ
ありがとうございました
ルイーゼはさっさと退出してしまった。
ぶ、ブルーノさん
ブルーノでいいよ。
その割にはぶっきらぼうに言う
ブルーノ、は、この周期表覚えられそうですか?
というか、これくらい中等部のころから知ってる
エミーは習わなかったのか
え、こんなの初めてだよ
そうか。まあ頑張って
ブルーノも退出した。なんでそんな言い方するんだろう。そりゃあたし、入試最下位だけどさ……
エミーは厨房へ向かい、昼食の準備にとりかかった。
リタさん
はーい。なにかしら
原子を20種類覚えなさいって言われたんですけど……
あー。元素の周期表ね。
ブルーノさんはもう覚えてるみたいなこと言ってて
そうねえ。あの子中等部はいいとこいってたみたいだからねー
ふうん……あ、それで、なんかいい覚え方みたいなの、ないですか
あれ、覚え方教わらなかったの
はい。表を渡されて、それを覚えろって
そっかそっか。じゃあ有名なのを教えてあげる。
そういうとリタはメモ帳を取り出し、元素の名前を書きながら言った。
・水(H)兵(He)リーベ(Li/Be)僕(B/C)の(N)お(O)ふ(F)ね(Ne)
・七(Na)曲がり(Mg/Al)Ships(Si/P/S)クラーク(Cl/Ar/K)カルシウム(Ca)
リタはメモ帳を破ってエミーに渡した。
これで20番まで。さらに長い36番までのもあるけど、とりあえずこれだけね
水兵リーベ……うーん、明日までに覚えられるかな
そうねえ。1日じゃちょっと難しいかもね
そうですよね。はあ、厳しいなあ。
私も手伝ってあげるから、一緒に頑張ろう、ね
はい、ありがとうございます!早速お世話になってしまいました。
いいのよー。じゃあお湯が沸いたし、スパゲティー茹でちゃいましょう。
はい!