僕はスーパーで適当に食材を買って、小豆沢の部屋へと向かった。
考えたら、女の子の家や部屋なんて、物心ついてから行った記憶がない。
なんだかものすごく大それたことをしてる気が今更してきたけど、あまり考えないようにした。
僕はスーパーで適当に食材を買って、小豆沢の部屋へと向かった。
考えたら、女の子の家や部屋なんて、物心ついてから行った記憶がない。
なんだかものすごく大それたことをしてる気が今更してきたけど、あまり考えないようにした。
小豆沢の部屋のドア前でしばらく立ち止まってから、僕は呼び鈴のボタンを押し込んだ。スカスカした感覚のボタンだったが、ちゃんと中で音が鳴って、とたとたと足音が聞こえる。
間もなくドアが開いた。
いらっしゃーい……って、なにこれ食材……? お料理してくれるつもりだったの? ってか、こんなに買ってきたの!? どうして!?
あ、ああ……このくらい食べるかなって。お腹、空いてるよね?
言われてみれば、量を考えずに食材をカゴにぽいぽい放り込んでいた。会計も結構な金額だったなあ。
あ、ありがと……。嬉しいけど、とても食べきれないかも、あはは
つ、作り置きしておいて少しずつ食べればいいんじゃないかな?
なるほどー。じゃ、えっと……あがって?
僕はおそるおそる、小豆沢宅へとあがった。
僕の部屋は両親と三人暮らしだけど、この部屋はもっと間取りが狭いようだった。同じアパートでも部屋によって違うのかと、今更知った。
じゃあ、ここに座っててくれる? って、あ、山菜さん、今からお料理してくれるんだっけ……
小豆沢が、ちゃぶ台の横にあらかじめ置かれていたクッションをぽふぽふ触りながら笑う。そう言えば僕は小豆沢に「家で待ってて」とだけ伝えて、何しに行くのかも何も伝えずに駆けだしていったんだった。小豆沢、いったいどういう気持ちで待ってたんだろう。
なんだか、立場が逆の気がするけど……じゃあ、お願いしてもいいのかな。私、実は料理全然できないんだけど……なにか手伝おっか?
えっと……
台所をちらりと見てみると、確かに使われた形跡がほとんどない。
大丈夫。大した料理をするつもりじゃないし、えっと、くつろいで待ってて
それ、私のセリフであるべきだよね……あはは、えっと、じゃあお言葉に甘えまする
小豆沢は武士のような口調で苦笑いして、ぺこりとお辞儀をした。僕は生返事だけ返して、とっとと料理にかかった。
豚の生姜焼きにサラダ、味噌汁。炊飯器がなかったから、スマホで調べながら鍋でご飯を炊いたら、いつもより美味しく感じた。
はぐっ、はぐっ……山菜さんって、もしかしてシェフ? どこかでお料理するバイトもしてるとか?
残念ながら、工事現場と新聞配達だけだよ
信じられない!
ごく普通の献立だったけれど、小豆沢はびっくりするくらい喜んで食べてくれた。
僕はこの頃には――台所の様子やゴミ袋にインスタント食品の袋ばかりの状況を見て――小豆沢の食生活がどんな感じか、ざっくり推測がついていた。だから、尋ねてみたいことは胸中に増えゆく一方なのに、どの話題も言い出せずにいた。
そして、小豆沢は無心にがつがつと食べて、僕は内心もだもだしながら何も言えず、並べた料理を食べ終えてしまった。
僕がお茶をコップに注いでいると、小豆沢が深々とお辞儀をしてきた。あたまのつむじが見えた。
ごちそうさまでした
いえいえ、お粗末様でした
料理を作った人のその返しって、なんだか変だよね。こっちは「いやいや粗末なんかじゃない、すっごくおいしかったから!」って返したくなって、なんだかむずむずするー
このやり取りを掘り下げる人、初めて見たよ
だって、誰かと食事するの久し振りで……
……そっか
予想がついてたから、僕は驚かずに相づちをうった。この家に小豆沢の両親がいないことは、台所だけじゃなく置かれている物や玄関を見ればわかる。僕はいまだに切り出せる言葉を見つけられず、小豆沢の次の言葉を待った。
見ての通り、私は一人暮らしなんだ。両親はね……ちょっと、理由があっていないの
彼女の言う「両親がいない」の意味が一時的なものなのか永続的なものなのか、僕はきけなかった。
あはは、なんだか、絵に描いたような貧乏少女でごめんね? えっと、でもアルバイトとかいろいろやって、頑張ってやりくりしてるの
……そうなんだね
自分の語彙のなさにいらいらする。もうちょっと何か、かけられる言葉、気の利いた言い方があるだろうに。
ずっと難しい顔をしている僕に対して、小豆沢は声の調子をどんどん明るくしていく。
そんでもって、なんと超能力者だもんね、私。漫画やアニメだったらこういうヒロイン、もてたりするのかな、えへへ♪
必死に踏み込んでた明るさのアクセルが急にガス欠を起こしたかのように、小豆沢の空元気はそこで急降下した。
……でも現実はそうでもないんだよね。実在する超能力者は、こんな感じだもん
その様子が僕の言葉の呼び水になってくれた。僕は自然と疑問を口にしていた。
えっと、それは……超能力のせいなの?
問うてみれば、すごく曖昧な質問だった。「それ」ってなんだよ。「小豆沢が貧乏なのは超能力が原因なの」っってききたかったのに。はっきり言えなかった。
ううん、それだけじゃない。どうして両親がいないのかとか、なんでいつもどこか寂しそうなのかとか、いろいろな疑問をまとめて内包してるのに。こんな言い方じゃ伝わらないじゃん。
うーんとね、
だけど小豆沢は、僕の顔をしばらく見つめて、視線を斜め下に少し落とした後、答えを返してくれた。
大体合ってる、かな。小さい頃の私は超能力を人に使ってみせたりしてたんだ。そしたら最初は面白がってくれるんだけど……だんだん、みんな態度が変わっていくの。インチキだろとか、そんな力があるのはズルいとか、ね
そう言いながら、小豆沢は掌をそっと持ち上げる。その上に――プラスチックの箸が浮いて、ゆっくりくるくる回り出した。
こんなことできたらそりゃ不気味だし、ズルだよね。だから私、力を使うのをやめた。そして普通の人と同じように普通の暮らしをしたらいいはずだって
そこで一度言葉を切る。箸が回転を止めて、ちゃぶ台にパタリと落ちた。
でもって、普通に暮らしてたんだけど……そんなときにいろいろあって、お父さんとお母さんは――
……えっ?
小豆沢はうつむいていた顔を突然あげ、窓の外へと向ける。怖い目をしていた。
小豆沢……ど、どうしたの?
僕の問いには答えず、小豆沢は勢いよく立ち上がる。プリーツスカートがひらりと靡くのが、スローモーションに見えた気がした。
ちょっと、やることができちゃった。山菜さんは、ここにいて
小豆沢が僕を見下ろしながら、言う。今まで見たことのない、哀しい笑顔だった。
いいけど……どうしたの?
ちょっと、ね。たいしたこと、ないからっ!
次の瞬間、小豆沢は部屋を飛び出していった。
僕が片手を持ち上げて後を追う動作をしてみたのは、彼女が見えなくなってからだった。
ちゃぶ台の上には、コップに注がれたお茶が二つ。どちらももう、湯気をあげてはいなかった。
僕は遅れに遅れてから立ち上がる。
外に駆け出そうとして立ち止まり、玄関口でこの部屋の鍵らしきものを見つけて、それで鍵がかかるのを確認してから、僕は走った。
小豆沢がどこに向かったのかも全然わからないのに。
第六感に任せて、僕は走った。
>やしちさん
コメントありがとうございます!
なるほどニヤニヤ展開を想像しておられましたか……思えば、私もなぜにやにや展開にしなかったんでしょう(汗) つ、続き頑張ります!