ベシワク

ここか・・・

馬車は僕たちを、コートン山の頂上まで連れてきた。目的を果たした幻は、氷がとけるように消えた。

頂上にあったのは、入り口を草木で隠された洞窟。

近くには、まるで草木の一部のように、いくつもの馬車が転がっている。幌を引きはがされたり、車輪を外されたり、残骸といっていい状態だ。

ベシワク

荷台は空っぽだ。積まれていた荷物は、洞窟の中に持っていかれたみたいだな。

ヤムカ

あっ、オレの馬車もある! 酷いことするぜ、まったく。

グージィ

ああ、マッタくヒドいコト!

ベシワク

中に入ろう。相手は魔法を使うから、慎重に。

ルーガル

暗いから、灯りが必要だね。

ルーガルが足で地面を3回たたいた。
魔法の光が浮かび上がる。

ヤムカ

詠唱なしで・・・あんた、契約魔法師か?!

ベシワク

契約魔法師?

ヤムカ

何だよ、知らねえのか? グージィ、教えてやれ。

グージィ

・・・ハッ! なんでございましょう? クラいバショではどうもネムくて。

ヤムカ

また寝てたのかよ、仕方ねえ、オレが説明してやる。契約魔法師ってのは、特定の魔法を使うのに、精霊と契約してる奴らのことだ。

ベシワク

魔法って、さっきのルーガルの話だと、精霊に呼びかけて引き起こさせるものらしいね。

ヤムカ

そう。そのとき、対価として魔力を持っていかれる。

ベシワク

転移魔法は魔力消費量が多い・・・というのは、精霊が持っていく魔力が多いということか。まあ、大仕事にはそれなりの報酬が欲しいものな。

ヤムカ

呪文で呼びかけて魔法を使い、使ったあとに魔力を渡す。それが普通のプロセスだが、契約魔法師はそれをすっとばす。

ベシワク

すっとばす?

ヤムカ

あらかじめ精霊にまとまった量の魔力を先払いして、何回分かの魔法を詠唱なしで引き起こさせるんだよ。簡単なしぐさを呪文代わりの合図にしてな。ま、大量に魔力がある奴の裏技だ。

ベシワク

それで呪文の詠唱を面倒くさがってたのか。

ルーガル

右手のフィンガースナップで透過。左手のフィンガースナップで攻撃。右目のウインクで飛行。左手のウインクで防御。そして今の灯光魔法。
私が精霊と契約しているのは、以上五つだ。それ以外はなるべくやりたくない。

ベシワク

でもルーガル、十秒口を動かすのを面倒くさがってちゃ、何もできないんじゃないか?

ヤムカ

そういうおまえは何ができるんだ? 契約魔法師サマと一緒にいる割にゃ、たいしたことなさそうなツラしてるが。いや、それどころか――

ベシワク

うわっ!?

ヤムカが僕の胸ぐらをつかんで、顔を引き寄せた。
背の低いヤムカの上に、少しかがむ姿勢になる。

そうして僕の目をじっと覗きこんだヤムカの目が、馬鹿にするように歪んだ。

ヤムカ

おまえ――魔力なしか。

ベシワク

ぎくっ。

グージィ

マリョクなし! マリョクなし!

ヤムカ

役立たずが何しに来たんだ? 洞窟の外で震えて待ってろよ。それともオレたちの前を歩いて、罠よけにでもなってくれんのか?

ベシワク

魔法は使えないけど、剣は使えるよ。盗賊と戦うことになるなら、人手は多い方がいいだろ。あと人形に悪口言わせるのやめろよ!

ヤムカ

足手まといは少ない方がいいけどな。なあ、契約魔道士サマもそう思うだろ? 魔力なしなんているだけで面倒だ、ここに縛って置いていこうぜ。

ルーガル

・・・君、バムカといったか?

ヤムカ

ヤムカだ。

ルーガル

私は君が嫌いだ。声を聞くだけで不快に思う。こんりんざい話しかけないでくれ。

ヤムカ

・・・は!?

ベシワク

ルーガル?

ルーガルはいらだったような早足で、僕たちを置いて洞窟を進んでいく。
それでも洞窟に反響して、独り言のように続ける言葉は聞こえてきた。

ルーガル

君がベシワクを、魔力がないからと馬鹿にするのは、私から見れば滑稽だ。君は魔力少量症だろう?

ヤムカ

な!? なんでそれ知って・・・

ルーガル

魔力量くらい、目を見ればわかる。人形を使役しているのは魔力があることのアピールか? 涙ぐましいことだな。

ヤムカ

ちょっと待てよ契約魔法師さん、なんでオレあんたにケンカ売られてんだ?

ルーガル

魔力量で役立たずかどうか決まるなら、この場には私以外必要ないらしい。洞窟の外で震えて待つといい。君自身がそう言ったようにな。

ヤムカ

な・・・

ヤムカ

誰が役立たずだ? てめえ、よくも言いやがったな!

ヤムカが肩をいからせたそのときだった。

ルーガル

あ。何か踏んだ。

ルーガルの足元から、不吉な音がした。
次の瞬間、壁の穴に隠されていた何本もの矢が発射し、ルーガルを襲った。

ルーガル

・・・ッ!

ベシワク

るっ、ルーガル――!!!

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