翌朝。
僕たちは、宿屋に駆けこんできたコナーさんの大声で起こされた。
あわてて一階へ駆け下りると、宿の戸口、昇ったばかりの日の下で、コナーさんが青ざめた顔で立っていた。
たっ、大変だあ!!
翌朝。
僕たちは、宿屋に駆けこんできたコナーさんの大声で起こされた。
あわてて一階へ駆け下りると、宿の戸口、昇ったばかりの日の下で、コナーさんが青ざめた顔で立っていた。
どうしました!?
盗まれたんだ、荷馬車が丸ごと・・・。盗賊のしわざだ!!
なんだって!
私だけじゃない。商人ギルドの宿に馬車を預けていた者はみんなやられた。それだけの量を、痕跡も残さず盗むなんて・・・これは、魔法が使われてるな。
魔法を悪いことに使うなんて。
なあ、頼みがあるんだが。君のお連れは魔法師なんだろう? 魔法で何とかできるんじゃないか? どうか、乗車賃代わりだと思ってさ!
えっ、えええ〜〜!
コナーさんが拝むように僕の手を取った、そのとき。
悪いけど──私たちは先を急いでいる。
ルーガルが、階段の上から降りてきた。
荷馬車がないなら仕方ない、面倒だが歩こう。たまの山登りなら悪くないさ。
ルーガル、そう言わないでさ。君ならどうにかできるんじゃないか?
ベシワク、君は魔法に夢を見すぎている。そもそもどうにかとは、具体的にはどうすることだ?
そりゃ、盗賊から荷物を取り戻す・・・っていうのは大変でも、盗まれた荷物がどこにあるのか探るとかさ。
荷馬車の行方を突き止めるだけなら、方法がないでもないけどね。大仕事なんだよ。とても疲れるんだ。
僕は、ハッと思い出した。そういえば、転移魔法の研究は命懸けだったって話だ。
魔法を使うことが、ラクで簡単とは限らない。
ごめん、また無理強いしちゃったね。そんなに大変だったなんて・・・
呪文を詠唱しなきゃならないんだ。それも、たっぷり十秒はかかる。口の筋肉をそんなに動かすなんて、重労働だろう?
前言撤回。コナーさん、ぜひお手伝いさせてください。
おお、ありがたい!
僕はルーガルの袖をつかんで、コナーさんの前に連れて行った。
不服だ。
ルーガルは、とてもとても渋い顔をしていた。
荷馬車を停めていた場所はここか。確かにここから盗まれたんだね?
そうだが、盗賊の痕跡は一切ないぞ。みんなで探したが、足跡ひとつ見つからなかった。
場所さえ合っていれば構わない。
ルーガルは、馬車が停まっていたという辺りに手をかざした。
口から言葉が流れ出す。
同時に、青く冷たい光が掌に集まっていく。
豊かなる者、流れる者よ、
知恵と豊穣もたらす者よ、
過去を映し出す水鏡よ、
見せよ、なんじと戯れしを。
――時幻鏡〈ワポロスコピオ〉
言葉を唱え終わった瞬間。
おおっ!
何もない空間に、じわりと色がにじみ始めた。水にインクを落としたみたいに。
どんどん広がって、見る間に荷馬車の姿が現れた。ただ、反対側の景色が透けているので、すぐに幻だとわかる。
これは?
空気中にひそむ水の精霊に呼び掛けて、過去の景色を映し出したんだ。ほら、車輪が回り始めた。盗まれていく場面だぞ。
過去の出来事を再現しているのか。これを追いかければ、盗賊のアジトにたどり着く。行こう、ルーガル!
追いかけるより、乗った方が楽だ。
言うが早いか、ルーガルは僕を抱き上げて空を飛んだ。
わわっ! ルーガル、いきなり抱えないで!
豊かなる者、流れる者よ、
知恵と豊穣もたらす者よ、
果てには幻夢を我は見る、
糧には、なんじが慈悲が要る。
――幻実体〈マテリアライズ〉
ふわり。僕たちは、荷馬車の上に降り立った。
白い幌をすかして、地面が見える。この馬車は幻だ。でも、幻に乗れるわけがない・・・。
おそるおそる足元に触ると、冷たく固いものに指が触れた。
この幻、氷でできてる!? これも魔法?
水魔法だ。幻を実体化させる・・・といっても、氷の作り物だけどね。
いやあ、こりゃ、ほんとにすごいな。
!?
知らない声がとなりから聞こえた。
驚いて振り向くと、荷馬車の幌の上に、僕たちのほかにもう一人いた。
どーも、オレはヤムカ・ストロウ。人形商人だ。こっちはわら人形のグージィ。
おミシりおきヲ!
オレも商人ギルドの宿に泊まってたんだ。んで、盗賊にやられちまってさ。自分のモンは自分で取り返したい。勝手についてくが、気にしないでくれよ。
ガラガラと。
幻の荷馬車は山へ向かう。