コナー

たっ、大変だあ!!

翌朝。
僕たちは、宿屋に駆けこんできたコナーさんの大声で起こされた。

あわてて一階へ駆け下りると、宿の戸口、昇ったばかりの日の下で、コナーさんが青ざめた顔で立っていた。

ベシワク

どうしました!?

コナー

盗まれたんだ、荷馬車が丸ごと・・・。盗賊のしわざだ!!

ベシワク

なんだって!

コナー

私だけじゃない。商人ギルドの宿に馬車を預けていた者はみんなやられた。それだけの量を、痕跡も残さず盗むなんて・・・これは、魔法が使われてるな。

ベシワク

魔法を悪いことに使うなんて。

コナー

なあ、頼みがあるんだが。君のお連れは魔法師なんだろう? 魔法で何とかできるんじゃないか? どうか、乗車賃代わりだと思ってさ!

ベシワク

えっ、えええ〜〜!

コナーさんが拝むように僕の手を取った、そのとき。

ルーガル

悪いけど──私たちは先を急いでいる。

ルーガルが、階段の上から降りてきた。

ルーガル

荷馬車がないなら仕方ない、面倒だが歩こう。たまの山登りなら悪くないさ。

ベシワク

ルーガル、そう言わないでさ。君ならどうにかできるんじゃないか?

ルーガル

ベシワク、君は魔法に夢を見すぎている。そもそもどうにかとは、具体的にはどうすることだ?

ベシワク

そりゃ、盗賊から荷物を取り戻す・・・っていうのは大変でも、盗まれた荷物がどこにあるのか探るとかさ。

ルーガル

荷馬車の行方を突き止めるだけなら、方法がないでもないけどね。大仕事なんだよ。とても疲れるんだ。

僕は、ハッと思い出した。そういえば、転移魔法の研究は命懸けだったって話だ。
魔法を使うことが、ラクで簡単とは限らない。

ベシワク

ごめん、また無理強いしちゃったね。そんなに大変だったなんて・・・

ルーガル

呪文を詠唱しなきゃならないんだ。それも、たっぷり十秒はかかる。口の筋肉をそんなに動かすなんて、重労働だろう?

ベシワク

前言撤回。コナーさん、ぜひお手伝いさせてください。

コナー

おお、ありがたい!

僕はルーガルの袖をつかんで、コナーさんの前に連れて行った。

ルーガル

不服だ。

ルーガルは、とてもとても渋い顔をしていた。

ルーガル

荷馬車を停めていた場所はここか。確かにここから盗まれたんだね?

コナー

そうだが、盗賊の痕跡は一切ないぞ。みんなで探したが、足跡ひとつ見つからなかった。

ルーガル

場所さえ合っていれば構わない。

ルーガルは、馬車が停まっていたという辺りに手をかざした。

口から言葉が流れ出す。
同時に、青く冷たい光が掌に集まっていく。

ルーガル

豊かなる者、流れる者よ、
知恵と豊穣もたらす者よ、
過去を映し出す水鏡よ、
見せよ、なんじと戯れしを。
――時幻鏡〈ワポロスコピオ〉

言葉を唱え終わった瞬間。

コナー

おおっ!

何もない空間に、じわりと色がにじみ始めた。水にインクを落としたみたいに。
どんどん広がって、見る間に荷馬車の姿が現れた。ただ、反対側の景色が透けているので、すぐに幻だとわかる。

ベシワク

これは?

ルーガル

空気中にひそむ水の精霊に呼び掛けて、過去の景色を映し出したんだ。ほら、車輪が回り始めた。盗まれていく場面だぞ。

ベシワク

過去の出来事を再現しているのか。これを追いかければ、盗賊のアジトにたどり着く。行こう、ルーガル!

ルーガル

追いかけるより、乗った方が楽だ。

言うが早いか、ルーガルは僕を抱き上げて空を飛んだ。

ベシワク

わわっ! ルーガル、いきなり抱えないで!

ルーガル

豊かなる者、流れる者よ、
知恵と豊穣もたらす者よ、
果てには幻夢を我は見る、
糧には、なんじが慈悲が要る。
――幻実体〈マテリアライズ〉

ふわり。僕たちは、荷馬車の上に降り立った。
白い幌をすかして、地面が見える。この馬車は幻だ。でも、幻に乗れるわけがない・・・。

おそるおそる足元に触ると、冷たく固いものに指が触れた。

ベシワク

この幻、氷でできてる!? これも魔法?

ルーガル

水魔法だ。幻を実体化させる・・・といっても、氷の作り物だけどね。

ヤムカ

いやあ、こりゃ、ほんとにすごいな。

ベシワク

!?

知らない声がとなりから聞こえた。
驚いて振り向くと、荷馬車の幌の上に、僕たちのほかにもう一人いた。

ヤムカ

どーも、オレはヤムカ・ストロウ。人形商人だ。こっちはわら人形のグージィ。

グージィ

おミシりおきヲ!

ヤムカ

オレも商人ギルドの宿に泊まってたんだ。んで、盗賊にやられちまってさ。自分のモンは自分で取り返したい。勝手についてくが、気にしないでくれよ。

ガラガラと。
幻の荷馬車は山へ向かう。

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