ベシワク

えっ? 転移魔法は使えない?

ルーガル

ああ。さっきの戦いで使ったのは、ただの透過魔法だ。

ベシワク

透過・・・姿を見えなくして移動しただけってことか。一瞬で遠くへ行ったわけじゃなくて。

ルーガル

転移魔法だと嘘をついたら、ジルウェットはすっかり信じていたけどね。

ガラガラと、荷馬車の車輪が回る。
道の両側には深い森。進む先には高い山。

港町で聞いてまわったところ、リリーシカは、大陸中部の都・ジャハにいるらしい。
僕たちは、ジャハの近くまで行くという荷馬車の後ろに乗せてもらっていた。

ルーガル

そもそもこれまで、転移魔法と呼ばれる魔法は存在しなかった。

ベシワク

そうなんだ? さっき町の広場で、大道芸人が帽子からハトを出してたけど。

ルーガル

あれは帽子の内張に、ハトの骨と羽を仕込んでいたんだ。転移ではなく、ただの死霊魔法だね。

ベシワク

そんなカラクリがあったとは。いや、死霊魔法もすごいけど。

ルーガル

転移魔法があるなら、こんな荷馬車も、もう走らせなくてよくなるだろう?

ベシワク

確かに。モノを運ぶたぐいの仕事はなくなってしまうだろうな。

御者

・・・なんか、荷馬車の後ろに便乗させた旅人が物騒な話してるな。

御者

いやでも、もしも転移魔法があったらっていう、架空の話だものね。

ベシワク

あのさ。さっき「存在しなかった」って過去形で言った?

ルーガル

ああ。私が創った。

ルーガル

痛い。

とつぜん荷馬車が大きく揺れ、後ろのステップに座っていた僕たちは、後部扉に頭を打った。
商人のコナーさんが荷馬車の中から身を乗り出し、御者台に向かって怒鳴る。

コナー

気をつけろ! ワインの瓶が割れでもしたら、大損だぞ!

御者

す、すみません、つい驚いて!

馬車はしばらくガタガタしたが、やがて道が安定したのか静かになった。

ベシワク

・・・大丈夫かな。

ルーガル

このあたりは悪路が多い。道を使わずにモノの移動ができれば革命的だ。たから転移魔法は長く研究されてきたのだが、魔力消費量が多すぎて無理という結論だった。

ベシワク

無理っていうと?

ルーガル

簡単に言うと、一度使っただけで魔力が尽きて死ぬ。

ベシワク

それは無理だな・・・。

ルーガル

実験段階で人知れず死んでる研究者もいるかもしれないな。

ベシワク

魔法って、万能じゃないんだなあ。知らなかった。

ルーガル

だが私は、生まれつき魔力量が人より多くてね。やればできるだろうと踏んでいた。そしてやってみたら、できた。

ベシワク

人知れず死んでる一人にならなくてよかったよ。

ルーガル

そんな私をもってしても、気軽には使えない。ここからジャハまでの長距離を飛んだりすれば、倒れてしまうだろうな。

御者

ふう、よかった。私らの仕事がすぐになくなることはなさそうだ。

ルーガル

だからもっと効率的な法式を探している。もう三年ほど研究すれば、私以外も使えるレベルにできるだろう。

御者

安心させるかさせないかどっちかにしてよ。どうするかな~、ギルドに伝えるべきか・・・?

ベシワク

それは、御者ギルドに話を通しながら進めた方がいいだろうな。

御者

!!

ルーガル

なぜ?

ベシワク

たくさんの人がかかわる仕事が、一瞬でできるようになるんだろ? 仕事を失う人が出る。

ルーガル

私にそこまで背負う責任はない。

ベシワク

君以外でもその魔法を使えるようにしたいのは、人の役に立てたいからじゃないのか? その魔法のせいで困る人がいるのは、君の望みじゃないはずだ。

ルーガル

・・・君はいつも人のことばかり考えているから、ほかの人もそうだと思いこんでいるらしい。言っておくが、私は君ほど善人ではない。

ベシワク

ええ・・・そうかな?

ルーガル

ただ、たしかに別の視点で考えることは重要だな。君の考えは私にはないもので、一考にあたいする。

ベシワク

考えてくれるのか。ありがとう。

ルーガル

なぜ君が礼を?

御者

・・・物騒な話、終わったかな。

ルーガル

ところで、君の島を襲った魔女リリーシカのことだけど。

御者

ほんとの意味で物騒な話が始まった。

ルーガル

彼女は転移魔法が使えるんだ。

御者

物騒な話と!
物騒な話を!!
合体させるな!!!

ルーガル

さっきは御者が突然叫びだして怖かった。

ベシワク

怖かったね。

ジャハまでの道に立ちはだかるコートン山脈。
そのふもとに到着した頃には、日が暮れかけていた。

ここは、旅人が山越えの前に身を休める宿場町だ。
コナーさんが馬車から出てきて、馬車の後ろにいる僕たちに手を振った。

コナー

やあ、二人とも。荷馬車の後ろは揺れたろう。大丈夫だったかい?

ベシワク

大丈夫です。今日はありがとうございました。

コナー

私は商人ギルドの運営する宿屋に泊まるつもりだが、君たちは?

ベシワク

そんな宿屋が?

ルーガル

やめておこう。ギルド登録者なら安く済むが、それ以外からはぼったくる。私も魔法師ギルドの宿があれば泊まれるんだが、この辺りにはないな。

コナー

ああ、君は魔法師なのか。どおりでローブがよく似合う。

ルーガル

どうも。

コナー

それじゃあ君たち、明日も乗るだろう? また明日、ここで会おうじゃないか。

ベシワク

はい。よろしくお願いします。

馬車をひいていくコナーさんたちを見送り、僕たちは反対方向に歩き出した。
立ち並ぶ宿屋の中から、ルーガルはいちばん小さな建物に迷わず入っていった。

ルーガル

いちばん安そうだからな。

ベシワク

大事なことだね!

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