ーーちゃんーー
……ちよちゃん、くるまの
運転できたんだねー?
できるよー
都会で生き抜いていくため
に必要なことは大抵できる
ようになってたよ
ただ隠していただけだよー
能ある鷹は爪を隠す、
ってね? あはっ!
いや、無能だからこそ
爪を人の倍研がなきゃ
ならなかったのかなー
ビクビク……
そんなに怯えなくても
いいよ? 健ちゃんは
殺さないから……まだ
ち、千代……
知っとったよ……
俺は……覚えても、
いた……
お前があの女の娘っちゅう
ことは……稀馬に紹介された
時点から知っていたんじゃ
ひそかに調べさせも……した
い、いつも……いつも、
戸の隙間から店ン中を
のぞいておったな……
…………
いつか……いつかあの境遇
から幼いお前を救いたい
思っとったら……りさの奴
東京へなぞ戻りおって……
……何も……何もして
やれんで……申し訳
なかった
辛かったよなぁ……
さ、もう行け……
これは……事故じゃけん
……気にせず、忘れろ
その像は元々お前のもん
じゃ……詫び代わりに……
それを持ってはよ行け!
……!
ぎゃああぁぁ
いっーーいてぇ!
いてぇいてぇいてぇ
くそっくそっくそっ
てめぇみてぇな生粋の
悪女に関わっちまった
のが運の尽きか……へっ
…………
ーーちゃんーー
…………
ちよちゃん!!
ーーハッ!?
ごめんごめん。ボーッ
としてた
ーーさ、もう着いたよ
ほら、早く行こ!
健ちゃん、岬大好き
だもんねぇ
…………
道の途中には、白黒のつがいの
ような猫たちが仲睦まじく寄り
添っていた
……あ!
稀馬様やボランティア
さんが世話をしている
子たちだー♪
ねこ……かわい……
猫たちのなごやかな様子に
健も少しだけ緊張を解いた
よしよし。餌待ち
かな?
もう少し待とうね
ふふっ……いいなぁ
お前たちはずっと
仲良しさんだよね
ーー私もーー稀馬様と
こんな風に寄り添って
生きていきたかったな
健ちゃん、お待たせ
さぁ岬に行こうか?
ち、ちよちゃん
もくへーさん、
大丈夫かなぁ?
……うん
うぅ〜ん! 潮風
が気持ちいー!!
珍しくも岬周辺には人影が
まったく見当たらない
千代にとっては絶好の機会
ではあったが
健ちゃんハイ!
あ、ありがと
いただき、ます
どういたしまして!
ちょっと冷えるから
途中で買っておいた
んだ〜
ソレ飲みながら千代の
話を聞いててくれる?
理解できなくていいし
相槌とか要らないから
あ、うん?
あのね、私、あの時おやさしい稀馬
様に拾われて、生まれてはじめて心
から満ち足りていたんだけど……
やっぱり“母親”って名前のトゲ?
呪い? にずーっとチクチク苛まれ
てたんだよね……
こりゃあやっぱり、キチンとケリを
つけなきゃこれ以上前進できないと
つくづく思ってさ、古巣東京の探偵
にメールで依頼したんだ。あの女の
現在いる住所や状況を調べてくれと
なるたけ流行っていなくて調査費も
安く、後腐れのなさそうな事務所を
ネットで検索して、コツコツ貯めて
きた給料を支払いに充てて
で、わりに早く判明したわけよ
連絡を受けた時はさすがに心臓
が高鳴ったっけなぁ
そうとなれば会いに行くしかない
探偵事務所ーーあ、何て名前の所
かも覚えてないーーにも一度顔を
出して、詳細を聞いたり、支払い
もしなきゃならなかったしね
私、東京にいた時分は少し
ヤバめな仕事をしてたから
万が一に備えて別人クラス
の化粧をほどこしウィッグ
選びも念入りに
ーーお上品ぶったメイクといい、
ウィッグの色合いといい、彩葉の
見た目に似通っていたのは、何か
面倒ごとが起きた場合、稀馬様に
なれなれしいあの女をあわよくば
巻き込んでやると無意識に企んで
いたからなのかもしれない
事実、視力がいちじるしく弱まった
あのお節介な探偵も声を聞くまでは
彩葉と私を人違いしていたようだし
稀馬様には「故郷をしばらく
ぶりに見にいきたい」と殊勝
な理由を言ってお暇を頂いた
ひさしぶりの大都会の喧騒に
胸が躍らなかったといえば嘘
になるけど、それよりもっと
心を騒がせたのはーー
母親はあれから数回結婚離婚を
繰り返し、今は何人目かの旦那
との間にできた子を、介護職を
しながら女手一つで育てている
という情報だったーー!
それを聞いた私は矢も盾もたまらず
探偵事務所を飛び出すと、あの女の
仕事場付近をうろついてみた
読みはみごと当たり、かなり老けて
はいたけど、記憶にある面影と一致
している中年女が自分のガキと手を
つなぎながら現れやがったよ
ガキはそのまま近くのコンビニへ、
ガキに手を振ってから勤務先の老健
へ入ろうとする母親に私はすばやく
声をかけ、人目につかない公園へと
誘った
……害をなす気なんかなかった
……この親子の生活を乱してやる
気だって……きっとなかった
ただーーせめて親らしい一言さえ
かけてくれればそれでーーそれで
過去と決別するつもりだったのに
だけどアイツはーー
親心どころか、私を誹り、
疎ましがってーー終いには
何が目的だ!? 金か!?
金だったらそら、財布ごと
くれてやるから、あの子に
だけは手を出させないよ!
その一言が引き鉄だった
もうーー私も限界だった
ーー我に返ると、母親はすべり台に
もたれ掛かるようにして座り込んで
いてーー
彼女がすでに事切れているのは明白
だった
闇に溶けて流血そのものは見えない
けれども、辺りには濃厚な血の悪臭
が漂っていた
これが事故などとは到底呼べや
しない
私は明確な殺意でもって、全身
の力を使って思いきり、無防備
な母親をすべり台の登りの部分
に突き飛ばしたからだ
その感触は今でも両手のひらに
しっかりと残っている
……急に恐ろしくなった私は
誰かに気づかれる前に公園
からコソコソと離れ、翌日
には島に逃げ帰ってきたの
で、調査の対象だった女の
死を知ったおバカな探偵が
わざわざ海を渡って、私を
断罪しにきたわけだ!
は〜ぁ……
旦那様は最期まで優しく
探偵君は正義を貫いた
……間違っているのは結局
私だけだったのかな?
ちよちゃん……
……つらいの?
うん、辛い
今更後戻りはできないし
するつもりも皆無だけど
……いま思えばさぁ
ジリ……
え?
えっ?
おんなじ母親から生まれた
ガキ同士なのに、あのガキ
だけが手を繋がれて笑顔を
向けられてーー
世界一幸せそうな顔をして
いたのを目にした瞬間から
私はマトモじゃいられなく
なっていたんだ!!
ジリ……ジリ……ッ
ずるいよ!!
卑怯だよ!!!!
どうしてなんだよぉ!?
アンタがいつぞや丁度ここで
話してくれた伝承なんて私は
知らない!!
聞いたこともない!!!!
島にいる時だって海を見せて
もらえたのなんて一回だけ!
たったの一回、それも人目を
避けての真夜中に、アイツが
酔いどれてご機嫌な時に!!
だから稀馬様に頼み込んで
旦那様が引き取る体で天涯
孤独になったアンタを天道
の邸に引き取ってもらった
アンタをこの手で殺す
ために! そして、今
こそがそのチャンスだ
ううぅ〜……こわいよ……
ちよちゃん、崖、崖が、
あしのすぐ下にあるよぅ