天道稀馬

千代!! よせ!!

味噌川警部

あたたた……っ
足場の悪いとこを
走ると膝が痛んで
かなわんな……

味噌川警部

そんなことよりーー
千代ちゃん、よさんか!
健ちゃん突き落としたら
いかんよ、いかん!

千駄木幸治

はぁっはぁっぜっぜっ
↑(全力疾走に疲れ果て
声も出ない)

千代

……稀馬様……
それに味噌川警部
と千駄木さん……

健ちゃん

うぅ〜きまさま
怖いよぅ……

天道稀馬

大丈夫、大丈夫だ
健ちゃん
今から俺がそちら
へ迎えに行くから

味噌川警部

! 稀馬さんや、
足元にはくれぐれ
も気を付けてな

千駄木幸治

ぼ……僕らも、ギリギリ
までついていきますよ

千代

稀馬様は来ちゃダメだ!!
稀馬様は心臓が悪いんだ、
万が一のことがあったら

健ちゃん

ーーっ!!

健ちゃん

そ、そうだよ!
きまさま来ちゃダメ!
おれ、怖くないから、
ほらねっニコッ

天道稀馬

健ちゃん……

千代

第一、どうしてうちら
がここにいるってのが
わかったのよ!?

千駄木幸治

も、木平さんが教えて
くれたんですよ

千駄木幸治

千代ちゃんと揉み合いに
なった際に、車の中の健
ちゃんに向かって「岬に
行こうね!」とか何とか
言っていたって……

千代

……ははっ!

千代

しくったなぁ!
私ってヤツはツメ
が甘いなほんと

天道稀馬

千代!!

千代

ビクッ!?

天道稀馬

千代の様子がおかしかった
ことは俺も気になっていた
健ちゃんを解放して、二人
でゆっくり話そう!
それでは駄目か? 俺は君
の役には立てないだろうか

千代

……き、ま……様

千代ーー頼む
さ、この手を
取ってくれ

崖の突端にいる千代たちへ
向かって、にこやかに手を
差し出す稀馬

しかし、彼とて緊張の頂点
に達しているらしく、その
手は細かに震えていた

味噌川警部

ゴクリッ
敬愛する稀馬さんの
説得でイケる……か?

千駄木幸治

上手くいってくれ!
さぁ千代ちゃん、その
手を取ってくれ……!!

千代

…………

千代

ニコッ

千代

ーー稀馬様

千代

千代はあなたのお父上を
殺した犯人なのですよ?
これを聞いてもまだこの
女の手を取ってくださる
おつもりなら、どうぞ

味噌川警部

ーーしまった!!

千駄木幸治

事が収まるまで秘密にと
考えていたんだがーー
まさか、この場で本人が
暴露するとは……!

天道稀馬

え……え?
千代が?

天道稀馬

千代が親父を?
まさかそんな、
あり得ない

千代

残念ながら……
ほんとうです

唐突な告白にさすがに
呆然となる稀馬に比べ

千代はあくまで笑顔の
ままで淡々とした態度
も崩さない

千代

千代の言っていること
が嘘か真実かは、そこ
の味噌川警部と千駄木
探偵が証言してくれる
はず

健ちゃん

ち、ちよちゃん……

私こと千駄木幸治
ここに記すーー

人格者である天道稀馬氏
の名誉のために一言断り
を入れておくのなら、彼
が刹那ーー

天道稀馬

千代……おまえが……

天道稀馬

〜〜〜っ
親父を……おまえがっ

刹那、本物の憎悪をその柔和な
顔にたぎらせてしまったのは、
まったくの無意識によるもので
あったと思われる



例え意識的であっても、加害者
を前にした被害者遺族の心情を
誰が責められようかーー

天道稀馬

ハッ!?

千代

…………

事実、稀馬氏は即座に自身を制した
様子であったが、深い恩義と愛情を
抱いていた相手が見せた刹那の豹変
は千代ちゃんを断罪するには充分で
あり、また、

千代

……健ちゃん……

千代

木さんに乱暴働いて
ごめんねって謝って
おいてね

健ちゃん

ーーえ?

健ちゃん

わ……わぁ!!

味噌川警部

!? 解放されたーー
健ちゃん、そら、わし
の手ェつかめ!!

千駄木幸治

!!

千駄木幸治

千代ちゃん!!
駄目だ……っ

この岬まで逃げてきた段階で
彼女はとっくに覚悟を決めて
おり、元より生き永らえる気
などなかったのだろう

あれから味噌川警部の要請に
よって県警が動き出し、あの
狭くてのどかで平和だった島
はしばしの間蜂の巣を突いた
ような騒ぎだったという

大規模な家宅捜索も行われ
千代ちゃんの部屋から押収
された物の中に遺書代わり
の告白ノートがあった

そこには実の母と鬼蔵氏の
死にまつわるすべての事柄
が詳細かつ丹念に記されて
いた

彼女にとってこのノートは
懺悔そのものだったようだ

そして余罪についても克明に
記されていた

遥々自分を追ってきた探偵を
殺めてしまったことや凶器を
埋めた場所等ーー

健ちゃん

が、のちに凶器は千代ちゃん
の身の破滅につながる予感を
抱いた健ちゃんの手によって
埋められたのだと本人の供述
により判明

日頃から優しくしてくれた
彼女を姉の如く慕っていた
ーーまさに異父姉弟だった
わけだがーー健ちゃんの、
幼くも健気な犯行であった

あの日以来、何かとふさぎ
がちな健ちゃんを木平さん
が懸命に支えてくれている
らしい

あの出来事が起こったのは、
わずか数ヶ月前だったという
のに、残念ながら天道稀馬氏
もすでに鬼籍に入っていた

天道稀馬

岬の一件が心の臓に致命的
な負担をかけたらしく、即
緊急入院となりーー最期は
静かな後悔を口にしながら
ひっそりと息を引き取った
のだそうだ

天道彩葉

ひとり残された彩葉さんは
実に立派なもので、島民達
の視線や追及を物ともせず
家業を再開し上手く回して
いるとのこと

ただ、本人は生涯喪服しか
着ないと宣言しているとか

以上が味噌川警部の送ってきて
くれた手紙に書かれていた大体
のあらましである

誠実で情に厚い彼は千代ちゃん
を救えなかったことをそれから
も長らく引きずることとなる

千駄木幸治

…………

千代ちゃんの魂は果たして
救われなかったのだろうか


僕にはそうは思えないのだ

なぜなら、彼女の亡き骸は
未だ発見されていないから

ゆえに、不謹慎と言われる
だろうけど僕はこんな想像
をしてしまうのだ

“この岬から飛び降りて太陽
を目指して泳いでゆくと、
必ずやあまくに、すなわち
黄金色に輝く天国へと辿り
着けるのだという”

千代ちゃんはきっと、苦渋に
満ちた人生を泳ぎ切った先で
ようやく、永遠の安息の場に
辿り着けたのではないかと

不遇の名無し探偵の本名:春日部達也

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