味噌川警部

……あ……

味噌川警部

あったーーー!!

味噌川警部

え……コレ、なん……?
大黒か恵比寿……??

千駄木幸治

強いて言うなら翁の像……
ですかね? 柔和なお顔で
いらっしゃる

味噌川警部

千駄木君もほれ、触れて
みるんなら台所から拝借
してきたエンボス手袋を
嵌めておくれ

千駄木幸治

あ、はい

千駄木幸治

……見たところ、指紋は
完ぺきに拭き取られて
いるようですね……

味噌川警部

だがこれが凶器であるとする
なら、もしかすると血液反応
が残っとるかもしれん
それにほれ、翁さんの後頭部
がくぼんどるーー

味噌川警部

……何かに思いきり叩き
つけた痕跡かもなぁ

千駄木幸治

千代ちゃんを買っている
味噌川警部の耳には辛い
話でしょうけど……
僕の推理を聞いて下さい

味噌川警部

はい。心して
聞きましょう

あの日ーー

離れのガラクタ部屋にこっそり
忍び込み、この像を盗み出した
千代ちゃんでしたが、そのとき
運悪くも当主と遭遇してしまう

ふたり揉み合っているうちに、
鬼蔵氏は階段下に転落
その振動で例の花瓶も落ちて
割れ、発見時にはニセ凶器の
役割を果たすこととなる

そして、格好の状況を前にした
千代ちゃんの脳裏に悪魔がこう
囁いたのではないでしょうか

『二つも悪事を重ねてしまった
おまえに未来などない。だが、
今なら事故に見せかけられる』

ーーと

ーー彼女には躊躇する暇など
ありませんでした

ひどく焦ってもいたはずです

なぜなら、健ちゃんが裏の戸を
開けようとする音が届いていた
だろうから

味噌川警部

鬼蔵さんの頭にコレを
叩きつけた瞬間の音を
健ちゃんは……耳にして
しまったんじゃね……

千駄木幸治

もしくは、叩きつけた後で
床に転がった音を、ですね

ーー続けます

もう時間がない! 凶器となった像
を拾い上げた千代ちゃんはとっさに
隠れ場所にふさわしい羽目板の奥へ
逃げ込みます

間一髪のところで健ちゃんが旦那様
の元へと駆けつけました

千駄木幸治

元より、家事全般を任されて
いた彼女です。家の中のこと
を隅々まで知り尽くしていた
のでしょうね
ゆえに、本来なら修理すべき
箇所を緊急時の隠れ場所へと
早変わりもさせられたーー

千駄木幸治

それどころか、殺人のリスク
を負ってまで手に入れた翁像
を隠す場所としてもピッタリ
だった
主殺しの凶器となったものを
さすがに自分の部屋に置いて
おくわけにもいかなかったで
しょうし

板の隙間から鬼蔵氏発見騒動
を確認し、健ちゃんの動向を
見届ければ後はカンタンです

彼が渡り廊下を抜けた直後に
自分もそっと抜け出し、台所
でエプロンを着けてからなに
食わぬ顔で合流してしまえば
良いのですからね

味噌川警部

つまりーーエプロンの役目
は返り血、あるいは、翁像
を抱えた際に付着した血液
を隠すためか……!

千駄木幸治

千代ちゃんのエプロン
はかなり丈が長かった
ですしね
あれなら、例えズボン
に付着していたにしろ
覆い隠せたはず

味噌川警部

このタイミングで証拠品が
わんさか出てくるとは……!
こりゃ見過ごすわけにゃあ
いかんわなぁ

味噌川警部

はっ!?
となるとーー

味噌川警部

なぜにこの翁像に執着
しとったかは不明だが
“怪盗”やら言うんも、
もしや千代の仕業か?

♪プップクプ〜♪

千駄木幸治

正解です!
そのとおり!!

味噌川警部

やった!!

千駄木幸治

千代ちゃんは当然ですが穏便に、
そして、犯人は自分だとバレない
ようなやり方で、更に言うならば
万が一バレたとしても単なる悪戯
でした〜で済むかもしれない方法
でこの像を盗み出そうとした
コレは、そうまでして手に入れる
ほどの価値が彼女にとってあった
のでしょう

味噌川警部

千駄木君が気付いた
決め手は?

千駄木幸治

〈怪盗事件:第四話〉にて
千代ちゃんがガラクタ部屋
に自分だって滅多に入らん
と発言した直後に健ちゃん
が微妙な顔をしていたので

味噌川警部

その段階から!?
はやっ! 有能っ

千駄木幸治

あ、いやいや……

千駄木幸治

で、ですから、むしろその
逆なんじゃないかと……

千駄木幸治

ほんとうは翁像を探すため
にガラクタ部屋をひんぱん
に漁っていて、離れに時々
出入りする彼にだけはその
奇行がバレていたからこそ
怪訝な表情を浮かべていた
のではないかとーー

千駄木幸治

蛇足ですが、怪盗のしわざ
に見せかけるために盗んだ
他の品々は、恐らくそっと
戻してあるのでは?

味噌川警部

……!!

味噌川警部

言われてみれば……積まれた
ガラクタの埃の付着度合い
に随分と差があったような

千駄木幸治

鋭いですね警部
そうなんですよ

千駄木幸治

積みダンボールの後ろっかたに
重なっていた骨董品類は不自然
なくらい埃が付いていなかった
そこを怪しまれないよう、調べ
終えたものは後ろに隠していた
に違いありません

味噌川警部

となると千代と翁像の
繋がりがますます気に
なるなーーむ、待てよ

千駄木幸治

扱いはぞんざいでも一応
他人からの預かり物扱い
をしていたほどですから

味噌川警部

鬼蔵さんが金の貸借名簿の
ような記録をつけていたと
したら、そこに借金のカタ
に翁像を預けたもんの名前
が明記されとるかもしれん

味噌川警部

該当者と千代の関係
を辿ってみればーー

千駄木幸治

それが確実ですがーー
その前にできることが
あるのでは?

味噌川警部

……?

千駄木幸治

稀馬さんです

味噌川警部

あ……っ

千駄木幸治

千代ちゃんが恩人と慕う
あの方ならば彼女の身の
上をご存知のはずでは?

味噌川警部

どっ、どうしました!?
なんやら騒がしいがっ!

天道稀馬

味噌川さん!
千駄木さんも!

天道稀馬

おふたりは離れのほうに
おられたんですか?
じつは、木平が玄関先で
腰を抜かしていてーー

木平

…………

千駄木幸治

もっ!?

千駄木幸治

木平さん、木平さん!
どうされました!?
そんな、塩かけられた
菜っぱみたいに萎びて
しまって!

木平

……千代坊が……

天道稀馬

!!

木平

千代の奴が……嫌がる健坊を
強引に車に乗せようとしと
ったんで、おらが体はって
止めようとしたら……轢かれ
かけたずら……

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