ロトフクス〜? ロトロトやーい!
変ねえ、この辺のハズだけど。

探すのも面倒ですし今日は帰りましょう。

おい。

なんだ、いたんですか。

よく俺の前に顔出せたなてめえ…

魔女の方とは久しぶりだな。俺の依頼、どうなってる?

もちろん、そのことで会いにきたのよ。試しに飲んでほしいものがあるの。

…じいいいいい…

何かしら?

言ったっけか? 俺は人食いだが、好きで食ってるわけじゃねえ。

そう聞いてるわ!

できるなら殺したくねえし、たとえ相手が生きてたって、人を食うような真似したくねえ。

あっそうなんだ?

それを踏まえて聞くが、何だソレは?

…………。

仔羊さんの血ね!

メエー

いやだまされねえぞ!? そこで鳴いてる奴いんじゃねえか、そいつの血か!?

いえ、その辺を歩いてた魔女狩りの血です。

その辺を歩いてた魔女狩りを狩るな!

まあそう渋らず飲んでみてよ。
ほらほらっ。

増・や・す・な! 切り株の上にごちゃごちゃ置くんじゃねえ!

ごちゃごちゃ置くなだそうです。

それもそうね。

きちっと並べろと言ったわけじゃねえ!

注文が多いわねぇ。

見えるとこに置くなっつってんだ! 俺を試しでもしてんのか? ただでさえのどが渇いてんのに…

それよ。

どれだよ。

あなた、人間を食べたくなるのは、のどが渇くからなのよね。腹が減るから、じゃあなくって。

だったら何だ?

そう聞いたときから考えてたの。あなたって人を食べたいんじゃなくて、飲みたい、なんじゃないかって。

…………。

人を飲むって…
言葉のつながりがおかしいだろ。

血を飲みたいんじゃないかってことよ。

血を…

血と肉は共通部分も多いけど、血だけに含まれる成分もある。お師匠様の人体書で、それが何かわかるわ。

この本を発掘するのが今回一番大変だったわ!
家畜小屋から鍋の底までくまなく見ても見つからないし。

なんでそんなとこばっか探すんだよ。本だろ。

食糧庫の樽をひっくり返してようやく見つかったんですよね。

なんでそんなとこにあって見つかんだよ。本だぞ。

にしてもそれ、中身は絵だけか? 人間がたくさん描かれてるが。

お師匠様の暗号でね、人体の成分を人の姿で表してるの。えーっとあったあった、このページ。

人体を形作るモノで、血のみが持つのはこの三つ。

幼い双子・女主人・地下牢番。
血液から抽出したものを、それぞれビンに入れてある。このどれかが、あなたのお目当てなんじゃない?

…………

これだ。

飲まなくてもわかるんですか?

匂いでわかる。これが欲しいんだって、本能で引かれる。

地下牢番。たいていは体の中で作っちゃえる成分だわ。でもあなたはその合成機能がないか、働きが弱いのね。外から取った方が早いって体が判断するわけ。

それで、人を食べたくなる?

そういうこと。
人の体って賢いわよね! 自分に何が必要なのか、ちゃあんとわかってるの。

さ〜て、原因ははっきりしたわ!
あとは簡単…

…何だよ、それ。

ほ?

原因だと? 原因がこの体にあるんなら、やっぱり俺は、普通の人間じゃねえってことじゃねえか。
生まれつきの化け物だし、一生化け物だってことじゃねえか!

…………。

なんだその顔、何言われたかわからねえような顔しやがって!

よくわかりましたね。こちら何言われたかわかってない顔です。

本当にわかってねえのかよ!
わかれよ!

えええ…
そんなこと言われても。

チバリが頬をポリポリかいた。

化け物かどうか体で決まるんなら、私は化け物じゃないことになるわ。ただのありきたりの女の子だもの。

えっ。

えっ、って何よ。卵から生まれたとでも思ってた? これでも両親は人間よ。

それでも私が魔女なのは、私が魔女として生きてるから。

体なんてモノでしかない。心なんて目にも見えない。そんなので何かが決まるなんてあやふやだわ。
あなたが何者か決めるのは、その体でどう生きてるかでしょ。

…じゃあやっぱり俺は化け物だ。何人も殺して食ってきたんだから。

そしてあなたはそれをもうやめたいと言ったし、それはそうなるのよ。ここに〈変身の魔女〉がいるからね。

七日後うちにいらっしゃい。
魔女が魔法をかけてあげるわ。

…………。

ロトフクスは何も答えず、
魔女とその弟子に背を向けた。

ひとつ、聞いてもいいでしょうか。
チバリ様は、どうして魔女になったんですか?

草を踏む足音が遠ざかり、
ノーラはつぶやくように尋ねた。

なったっていうのかしら?
普通に生きてたら魔女だったの。

そうですか。
…私も今、普通に生きてます。

もうひとつ、聞いていいですか?

なんなりと!

七日後って、七度寝て七度起きたあとのことですよね。

たいていはそうね!

今ってまだ原因を突き止めただけで、薬のくの字も出来てませんが、そのことはちゃんとわかってます?

しばし黙り込んだあと、
チバリが声を張り上げた。

ロトフクスー! 戻ってきてー!
期限を延長したいんだけどー!!

もう聞こえないんじゃないでしょうかね。

…ヘンだわ、お師匠様。

何がだい、チバリ?

村の人たちは私を魔女だって。でもお師匠様の話だと、私の体は人間とまるっきりおんなじよ。

心が違うから化け物だとも言っていたけど、心なんて目に見えないのに、どうして違うとわかるのかしら?

そうだなあ。
違ったのはきっと生き方だね。

生き方?

人々の是とするものをおまえが非とした。それとも人々の非とするものをおまえが是とした。心当たりはあるかい?

…あるわ。

人は壁を築く。そしてその壁を乗り越えて行く者を、異者とし他者とし魔女と呼ぶ。体がどうあれ、心がどうあれ。

そっか、したことが違ったのね。それならずっとわかりやすいわ!

わかりやすい、か。そうかもね。
でもどう生きるかという行動は、どう生きたいか望む心から生まれるものだ。

おまえが村から逃げてきたのもそう。おまえは殺されることじゃなく、本当の自分を隠して生きるのが嫌だったんだ。違うかい?

本当の自分も何も、私は一人しかいないけど?

…おまえはそうして視えないものを無視するけどね、チバリ。私はおまえがいつか自分の心の声に気づき、耳を傾けることを願っているよ。

心の声をよく聞いた結果、リンゴのおかわりが欲しいわ!

二個目はおなか壊すからダメ。

ケチ!

ケチじゃなーい。
もう、心配だなあ。

まあ大丈夫か。この子はきっと、自分の魂が嫌がることには、指一本、髪一筋、動かさないだろうよ。

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