おい、来たぞ。約束は今日だったはず…うおっ!?

来たわねロトフクス!
見なさいっ、そしてほめたたえなさいこの超有能な〈変身の魔女〉を!

ロトフクスがドアを開けるなり、
チバリは小ビンを突きつけた。

そ、それは?

〈地下牢番〉を逆に閉じ込めてやったってワケよ、この薬ビンにね!

トウダイグサのエッセンスから〈地下牢番〉と同じ成分を作ったんです。

だいたい同じ、ね。
それでも不足を補うには十分。毎日飲めば食人衝動はなくなるわ。

毎日だと?
その量じゃいくらももたねえだろ。

作り方を教えるわ。薬が尽きるまでには覚えられるでしょ。

問題は作り方より材料ですね。手近なトウダイグサを刈り尽くしてその量なので。

それについてはまた考えましょ。まずは一口、飲んでみてくれない?

言って、ビンを投げ渡す。
ロトフクスはしばらく
それを手の中で転がした。

飲むのは、やめておく。

ええーっ!?

今は。

えっ。

“食人鬼”とやり合いてえんだろ?

ええ。

今ならおまえを頭から食い殺す気で戦える。力比べの相手なら、その方がいいんじゃねえか?

え……!

ひゃっほう!

飛び跳ねて小躍りするチバリ。

何やってんだ、ありゃ。

勝利の踊りです。

まだ戦ってねえぞ。

依頼が無事解決したのが嬉しいんでしょう。今回、かなりがんばりましたから。

本を探すのをな。自分のズボラのせいじゃねえか。

〈地下牢番〉がトウダイグサから作れることは、本にはありません。

あ?

植物に動物に山ほど試して、材料になるモノをあれこれ探して。この七日間、ずっと蒸留器とにらめっこだったんです。

バタンッ!
きゅううう。

しばらく寝かせてやってくれませんか。

寝かせてっていうか気絶してねえか、アレ。
別にいいけどよ。寝不足でフラフラな奴と殴り合うわけに行かねえし。

その上相手が怪力薬を使っていては、さすがのチバリ様も苦戦するでしょうね。それで負けたらキャンキャン言うこと間違いなしです。

おまえ師匠を犬みてえに。
ってかそうだ、変な薬飲まなきゃなんねえんだ…。まあ、今更引けねえか。で、その薬はどこにある?

ちょっと待ってください。
えーっと確か…

あー…

あ、こんな色してた気がする。
多分これですね。どうぞ。

今すぐ魔女をたたき起こせ。

さて。両者用意はいいですか?

森の開けた場所で向かい合う二人に
ノーラが声をかけた。

一日眠ってスッキリしたわ!

起きてくれてよかったよ。二度と起きねえかと思った。

ところでロトフクス、得物はそれでいいの?

ああ。
そういうおまえは丸腰か?

ただの丸腰じゃないわ。私もあなたと同じで、怪力薬を飲んでおいたの。

素手がいちばん感覚つかめるのよね。

大岩が粉々に。

さ、準備は完了よ。
ノーラ、いつでも合図して!

待ってくれ、少し心の準備を。

はいじゃ、始めてくださーい。

号令が適当だなものすごく!

チバリが地面を蹴った。
ひとっ飛びに距離を詰める。

ああもうっ、やるしかねえか!

ヒョコ。

おや、騒がしいと思えば何事だイ?

あら〈植物の魔女〉さん。

やあお弟子クン。先日はどうモ。

実は届けてくれた怪力薬、注文した数より少なくてネ。こうして取り立てに来たのだけれど、〈変身の魔女〉は取り込み中かイ?

依頼人と力比べをしてるんです。

へえ、そんな依頼ガ?
魔女にいどむとは度胸があるネ。

いえ、依頼の対価として、チバリ様から求めてのことです。

力比べヲ? チバリが? ナゼ?
あいつが好きなのは自分だけが強くて楽しめる奴だロ。なんていったっケ…

そうそウ。
一方的な蹂躙。

そんなことないですと言えない…

おーこわ!
あっちはあっちで殺す気だろ。

退避してきました。チバリ様が優勢でしょうか?

いいや、チバリも消耗してル。深追いせず様子を見ているようダ。

怪力薬を飲んでるのはお互い様で、腕力だけなら俺のが上だ。武器がある分有利なハズが、いくら攻撃してもいなされる。

場数の違いか? 俺は自分より弱い奴を油断させて襲ってばっかだったからな。真っ向勝負は苦手だぜ。

…真っ向じゃなけりゃいいわけだ。

…なんかこっち見てません?

魔女より弟子のが弱いだろ。
悪いが盾にさせてもらうぜ!

やっぱり、こっち来たんですけど!

やれやレ。下がってな、お弟子クン。

えイ。

ぶわっ!?

っくしょん!
何ですか、これ。

ただのくしゃみ粉サ。それより助けたことに礼ハ?

…アリガトウゴザイマス。

すごく不服そうだナ。

私までくしゃみが止まらなくなってなければ、もう少し感謝できたのですが。クシュンッ!

収まりかけた土煙から
影が飛び出してきた。

今っ、ノーラを狙ったわね!

私の弟子に、何すんのよッ!

……ッ!

着地と同時に振り下ろされた
チバリの拳を、ロトフクスがかわす。

あわっかわされ!

痛たたあ…

もらったあ!

チバリめがけて振り下ろされた
ロトフクスの棍棒は、

なんてね、わざとよ。

転がって避けたチバリの背後の
岩にぶつかり砕け散った。

あっ…!

お返しっ!

武器を失ったロトフクスが
迷いを見せた一瞬。

跳び起きたチバリの靴が、
ロトフクスの側頭部にめり込んだ。

…う…

あっ起きた!
よかった〜。

ここは…?
ああ、俺は負けたのか。

本気出したし悔しくはあるが、もうつきまとわれないと思えばスッキリするな。
俺はどのくらい気絶してたんだ?

目覚めてよかったです、本当に。

なんでちょっと目をそらすんだ?

いや~久々にいい蹴りが入ったわ。

満足げに言うんじゃねえ。
時間経過を教えろ。

心配せずとも、そんなに経ってないヨ。

誰?

ついさっき二度目の朝日が昇ったとこサ。

だいぶ経ってんじゃねえか。
あ! だから場所移ってんのか。

ところで彼は誰なんだイ?
この二日、バタバタして聞く機会もなかったけれド。

ロトフクスよ。食人鬼〈狼〉と言えばわかるかしら。

へえ、キミがウワサの。最近めっきり事件を聞かないけれど、引退でもしたのかイ?

引退って言い方で合ってんのか…?

引退するために依頼してきたの。それでね、薬のレシピはできたんだけど…

この薬、飲み続けなきゃならなくって、トウダイグサがコンスタントに必要なのよね。どうしようかしら。

トウダイグサ? ははあ、それでワタシを呼び寄せたのカ。

はて?

注文した薬の数を間違えたのはわざとだネ? そうしてワタシが訪ねるように仕向けたんダ、この〈植物の魔女〉が。
さすが、先見の明があるネ。

…………。

ええそうよ!

なんでそこで見栄を張りますかね。

あ、やっぱウッカリか。まあともかく植物のことなら任せたまえヨ。

さてと、森の狼クン。
ワタシは〈植物の魔女〉カンディ。願いを聞こうカ?

…この森には魔女が何人いるんだ?

ワタシの知る限り、チバリとワタシだけだネ。

では三人ですね。

割り込んだのはノーラの声だ。

私も魔女なので。

あら!

へエ。

そうなのか?

どういう意味のあらでどういう意味のへえですか。

意外だな、の他に意味ガ?
チバリの教え方に免許皆伝も何もない。なのに弟子を名乗り続けるから、魔女になりたくないのかと思ってタ。

魔女を名乗るには資格がいると、ずっとそう思ってたんですよ…

でもそろそろ、自分の生き方に名前をつけるのも悪くない、と思いまして。

生き方を選べるのは幸運なことダ。歓迎するヨ、魔女ノーラ。

二つ名つけましょ二つ名!

いりません。

間髪入れず断るノーラだったが…


その後、チバリの薬術書の数ページが
二つ名候補で埋め尽くされ、
しぶしぶひとつを選ぶことになる。

森の中に、大きな木のような家がある。
そこには、魔女が二人で住んでいる。

 

おしまい

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