健ちゃん

……まっくら……
きみわるい……

深夜にほど近い時間帯

旦那様のプライベートな空間
だからみだりに入るなと日頃
より固く言いつけられている
にも拘らず、あの日はなぜに
わざわざ鍵を開けてまで侵入
する気になったのかーー

これがいわゆる虫の知らせ
とでもいうものだろうか

ともあれ、おそるおそるな
一歩を踏み出したその瞬間

健ちゃん

っ!!
なになに!?

う……うううぅ〜……

健ちゃん

だんなさまっ

健ちゃん

だっ! だんなっ
ヒックヒック……!

味噌川警部

あ〜……健ちゃんや
すまんすまん
思い出すんは辛い
よなぁ……

味噌川警部

千駄木君や、このへんまで
にしとこか……?
健ちゃんみたいな子が筋道
を立てて話をするんは大変
じゃろうし内容がこれまた
しんど過ぎる

千駄木幸治

…………

千駄木幸治

いえ、このまま続行
しましょう

味噌川警部

で、でもなぁ……

千駄木幸治

話すきっかけは無論僕ら
だったのでしょうけど、
彼がこのように自主的に
語ってくれるということ
は誰かに聞いてもらって
気が楽になりたいのかも

千駄木幸治

あと、健ちゃんが説明に
窮するようならとっとき
の秘策がありますので、
このまま続けましょうよ

味噌川警部

……了解した
君に一存するわ

健ちゃん

グスグスッ! お、おれが
ついた時には、だんなさま
がかいだんの下に倒れてて

味噌川警部

はいはい、健ちゃんや
ちゃんと聞いてるけん
ゆっくり話そか

健ちゃん

だ、んなさま?
だんなさま……?

う……ううう〜……
け、んか? そこに
おるんは健、か?

は、はは、は……
ポカ、やっちまった
足すべらして、あんな
短ぇ階段から……俺も、
年かな……へへへ

健ちゃん

だんなさま、むりに
しゃべっちゃダメだ
すぐに、びょーいん
呼んでくるから!

…………。
待て、健よ

健ちゃん

うん?

びょーいんだの、人だの
呼んでくれるんはいいが
絶対におまわりは呼ぶな
……あいつらに疑われたり
引っかき回されたくねぇ

…………

健ちゃん

わかったって言っておもや
に走ってもどったら、すぐ
おくさまと会って、うんと

千駄木幸治

…………

味噌川警部

千駄木君、そろそろいいか?
健ちゃんも働いた後じゃけん
相当疲れとるようだし……

千駄木幸治

あ、待って下さい
最後にこれだけ

千駄木幸治

健ちゃん、悪いけど
このメモに旦那様が
どういう風に倒れて
いたかをカンタンに
描いて貰えるかな?

健ちゃん

うん? いいよ

健ちゃん

はい

味噌川警部

ほぉ〜? こりゃ
たいしたもんじゃ

千駄木幸治

僕の描いた見取り図
より数倍画伯ですね

千駄木幸治

健ちゃん、ありがとう
ところで旦那様の頭の
大きなコブは何のせい
でできたものなの?

健ちゃん

サラサラサラ

健ちゃん

……これ……の
せいです

味噌川警部

こら……何じゃ?
聖火みたいな形をした
……花瓶か何かかな?

千駄木幸治

家事担当の千代ちゃんに
後で訊いてみましょう
健ちゃん、つまりこの変
な形の物が旦那様の頭を
直撃してしまったという
ことかな?

健ちゃん

コクン

健ちゃん

階段のここに置いてたのが
だんなさまが落っこちた時
いっしょに落ちてわれてた

千駄木幸治

そうか……

千駄木幸治

よくわかったよ、どうも
ありがとう健ちゃん
疲れているだろうしもう
下がって構わないよ

味噌川警部

ーーさすがは千駄木君
じゃな。秘策いうんは
絵で描いてもらうこと
だったとはなぁ

ガタガタッ ガタンッ

千駄木幸治

え、えぇまぁ……

千駄木幸治

ああいう子はえてして
記憶力が良いものです
し表現方法も言葉以外
のほうが得意だったり
しますしね

ガタガタ……ガラガラガラ……

味噌川警部

そ、それはいいが……
さっきから階段を上がり降り
したり、戸を開け閉めしたり
何やらせわしないのぅ!?

千駄木幸治

ああ、すみません

千駄木幸治

昔の建物らしく、戸は
どれも重くて建て付け
が悪いせいでそう簡単
には開け閉めできず

千駄木幸治

わずか数段の階段も
少し重みがかかった
だけで軋み音が凄い

千駄木幸治

ーーねぇ、味噌川警部

味噌川警部

うん?

千駄木幸治

犯人は咄嗟にどこへ消え
ーーいえ、この空間内の
どこへ隠れてしまったの
でしょうね?

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