延々と続く竹林を超えた先に
目的の天道家は在った
延々と続く竹林を超えた先に
目的の天道家は在った
はぁひぃふぅ……
な、何とも過酷で清涼感
のある道程だったな……
途中で見かけたのは一面
の段々畑と店がひとつ
いやはや、陸の孤島だね
千駄木君、長らくお疲れ様
そら、そこに頭が見えとる
のが天道家じゃで
老いても警官、そして元々
この地方出身の味噌川警部
はさすがの健脚だ
涼しい顔には汗のひと筋も
流れていない
ほぉ……これは大層なお屋敷
ですね。人の気配がまるで
感じられないのはそれだけ
広いからかな?
いや、そんなはずは?
わしがガキん頃は使用人やら
庭師やら放し飼いにされとる
ニワトリやらでそりゃあもう
にぎやかだったもんじゃが
味噌川警部の幼少時の記憶と
比較されてもたぶん参考には
ならないと思うが、ひとまず
口には出さないでおく
……それにしても静かだ……
よく手入れのされた庭木や
建物の様子からして、没落
した風には見えないが?
まずわしひとりで玄関口に
回ってみるけん、千駄木君
はこちらで休んどってくれ
あ、はい
ーービクッ!?
ーー!
笹の葉をかき分けるようにして
現れたのは細身の青年だった
動揺する千駄木を見て、やはり
同じ体勢のままで固まっている
おーい? 健ちゃんやい、
どうしただ
いきなし立ちんぼすっから
背中をブッ刺すとこだった
でねぇか!
ペコッ
健ちゃんと呼ばれた青年は背後の
おっさんと前方の千駄木へ交互に
頭を下げると、振り返りもせずに
そそくさと立ち去っていった
健ちゃん……シャイなんだな
驚かして悪かったな……僕も
同程度にはたまげたけども
ンで? おめさ誰よ?
見るからに怪しい奴なら
刺しても正当防衛だべ
そんなわけないでしょ……
とりあえず、その物騒な刃
引っ込めて下さいよ……
声ちっさ!!
じぇんじぇん聴こえね
やぁやぁ、お待たせして
少しは休めたかい千駄木君
……その真逆でした……警部、
手始めにこの人を銃刀法違反
で逮捕してくれませんかね?
おんや、分家のとこで庭師を
やっていた木平(もくへい)
じゃないか! 今はこっちで
勤めておるんかの?
サッ(植木鋏をしまう音)
これはこれは。味噌川の
旦那、おひさです
こっち人手が足りねぇっ
つぅんで、おらが移動に
なっただよ
そうかそうか。張り切ってな
こちら、わしと一緒に本日の
法要に呼ばれた千駄木さん。
よろしくしてやっとくれ
よろすく! 何でも
聞いてぐれな?
さっきまで刺しても正当防衛
とか言ってたくせに……
いらっしゃいませー!
お久しぶりですね、味噌の
旦那さん。お元気でした?
千代ちゃん久々じゃなぁ
これまたすっかり健康的
に日に焼けて
やっだぁ旦那ったらこういう場合は嘘八百でいいからキレイになったとでも言っておけばこっちも勝手に気分良くして角が立たない上に玉露の一杯ヨーカンのひとつでも出てくるってもんですよ次からはぜひともそんな感じでお願いしますよ
えらく長文で早口じゃな
気が利かんですまなんだ
で、こちらがお供の千駄木さん
ですね? どうも初めまして〜
当家の家事全般を任されてます
、使用人の千代っていいます。
どうぞよろしくお願いします〜
は、こ、これはご丁寧に
……千駄木です。よろしく
聴こえていないらしく
愛想笑いで誤魔化して
いる
では主人を呼んでまいりまーすと
言い残して、おしゃべりスズメな
千代は出ていった
健ちゃんと同年齢くらいだろうか
あの若さにしてこの広大な屋敷の
家事全般を任されるとはたいした
ものである
…………。
随分と元気な娘さん
ですねぇ
良い子なんじゃが、あの際限ない
おしゃべりと、そらもう何にでも
首を突っ込むところが玉に瑕でな
使用人が次々と辞めていく天道家
にとっちゃむうどめえかぁじゃろ
亡き当主のご子息である稀馬(きま)
さんの紹介で入った恩があるからか
、どっぷり心酔しきっておってのう
方言が出ないのも東京での生活経験
がある彼の話し方を真似とるそうだ
あらら……恋する乙女心♡
かな?
千駄木は意外と恋バナ
好きであった
「ーー失礼いたします」
ようこそいらっしゃいまし
天道の当主代理であります
彩葉(いろは)と申します
そう言って、冷え冷えとした
美貌の喪服の人は深々と頭を
下げるのであったーー