千駄木はかなり無理して、
声のボリュームを2つまみ
分ほど上げる
チーン
ーー彩葉さん、それにしても
前当主、鬼蔵(おにぞう)氏
の急逝はほんに残念なこと
でしたなぁ
ありがとう存じます
遠戚であるにもかかわらず、
何かとお忙しい味噌川さん
が本土からはるばるお越し
下さって
いやいや。出張と重なって
しもうて、葬式自体に出席
できんかったのが悔やまれ
ますわい
あの時は大変お世話に
なりました
本日もわざわざ月命日
に来て下さり厚く御礼
申し上げます
へぇっ!? 月命日?
……僕ぁ、法要とお聞き
しましたが?
千駄木はかなり無理して、
声のボリュームを2つまみ
分ほど上げる
? 法要……ああまぁ、身内だけ
でささやかな故人を偲ぶ食事会
を開きましたが……それも昼には
終わりましたし
なので、味噌川さんが本日
三宅さんのご友人と一緒に
お越しになると急な連絡を
いただき、大層驚きました
ギョギョッ!?
物言いはあくまで丁寧ながらも
彩葉の言葉にはあちこち嫌味と
いう名の棘が含まれている
特に今のひと睨みは蛇のそれを
連想させる鋭く冷ややかなもの
だった。気弱な千駄木なんかは
思わず正座が崩れかけたほどで
ある
邸内の催しにはあまり関わりの
なさそうな木平やら何も考えて
いそうにない千代たちとの温度
差が凄まじい
味噌川警部たちの本日の訪問は
天道家にとっては晴天の霹靂で
あり、また、かなり迷惑だった
に違いない
そら、まことにすんませんな
今日明日くらいしか、線香を
あげにくる暇が取れませんで
当の味噌川警部は柔和な笑顔を
微塵も崩さず、さらりと嫌味を
かわしている
さすがは丘山県警の古ムジナと
謳われただけあって、この手の
やり取りには慣れているようだ
…………
彩葉は「あらすみません、お構いも
しませんで」と言って、卓上に籠で
置かれていた果物の皮をやおら剥き
始める
気まずさが漂う中、ショリショリと
耳触りのよい音だけが響くーー
お、奥さん……
もう誰かの女房ではありません
から、どうぞ彩葉と下の名前で
お呼び下さいまし。三宅さんの
ご友人様
そもそも三宅さん
とは? だ、誰?
で、では……彩葉、さん?
はい
彩葉さんは……その……
失礼ですが、割と……
不器用ですね?
うわっと!? 赤い蛇が迷い
込んどる思たらこいつぁ林檎
の皮かいな!!
あっ!? 警部、そこ、
足元も危ないっーー
こ、今度はどえらく長く
剥かれた柿の皮かいな!
危うく転んで腰骨がイカ
れるとこじゃったわ
何ちゅう巧妙なトラップ
じゃ!?
お釈迦様が蜘蛛の糸の代用に
使いそうなとんでもない長さ
ですね……ある意味器用だな
ギヌロ
散々な言われようの彩葉は
ふたりをそれぞれひと睨み
すると、プリプリしながら
「ひとり息子の稀馬さんを
呼んで参ります」とひと言
言い残して仏間を出て行く
意外なおっちょこちょいっ
ぷりに、千駄木たちは顔を
見合わせて爆笑した
ムシャムシャーーあ、この
林檎の皮美味い。よほどの
高級品なんでしょうね
さすがは旧家のお金持ち
こっちの柿の皮も美味いぞぉ
何せ実がぶ厚く残っとるけん
こんだけで腹いっぱいじゃ
皮をキレイさっぱり腹に
納めたところでーーさて
味噌川警部?
……はぃ……
あなたと彩葉さんとの
話のくい違いには理解
が追いつかないくらい
なんですが……説明して
いただけますよねぇ?
うん、わかっとる
わかっとりますよ
ただ、長くなってしまう
んで、それは次回に回そ